※このブログに書いていることは、私の関わりある法人の意見ではなく、
 あくまでも、私個人の意見です。

2026年05月08日

日本の電信網



 『高橋是清自伝』によると李鴻章との下関条約の交渉の時(1895年、明治28年)清本国と李鴻章との電信暗号は判明していたとあった。

 日本と外国との電信のやりとりはいつから可能になったか、『サイバースペースの地政学』によると

1871年 長崎・上海間に海底ケーブル敷設
1872年 長崎・ウラジオストク間に海底ケーブル敷設
1873年 長崎・上海間のケーブルが二重化



また東京からの電信網は?と思って Wikipedia を見てみるとテストケース、プレゼン用とか以外での実用としては

1870年にやっと東京・横浜間の電報が始まっている。
1873年 東京・長崎間がつながる(これで東京から海外へ通信が可能になる)
1890年(明治23年)頃 全国の県庁所在地が結ばれる

 急速には広がっているけれど、外国につながるより、県庁所在地を網羅するほうが時間がかかってたんだな。


(これは知らなかったのですが、交渉に来た李鴻章に対して、群衆にまぎれてピストルで狙撃し、重傷を負わせた、という事件があったのですね。何ていうことすんねん、と同時に、警備体制が甘かったんだな。この4年前にも大津事件が起こって、止められなかったわけだし。外国からの公式の客人にテロを実行させてしまい、傷を負わせたらいかんよなあ・・・)

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2026年05月07日

『高橋是清自伝』上塚司編





 序文を高橋是清さんご自身が書いており、日付が 1936年1月となっています。

 そして、その1月後、二・二六事件 によって殺されておられる・・・

 何か粛然とします。

 なぜこの本を読みたいと思ったのか。

1. テレビドラマ『いだてん』で、ショーケンが高橋是清を演じており、その中のセリフで誰かの言葉に対し「それは植民地を相手国に返してから言うことだ」と叱責するシーンがあり、「かっこいいなあ。本当にそんなことを言う人だったのだろうか?」


2. いわゆる世界恐慌に対するルーズベルト大統領の「ニューディール政策」よりも早く公共投資による不況脱出政策を行なった、というのはどう考えて、どうやったのだろうか?

という2点について知りたいな、という興味でした。

 まず 1. の点について。

 明治26(1893)年に是清翁は日本銀行西武支店長(馬関(下関)支店長)になっている。

 そこで九州の金融を支えていた。

 朝鮮半島では福沢諭吉などと関係の深い金玉均(キム・オッキュン)が明治維新を模範とした近代化を目指していた。しかし、閔氏政権妥当のクーデターに失敗し、上海で暗殺される。

 1894年 東学党の乱(甲午農民戦争)が起き、朝鮮王朝は清に救援を要請。日本も自国民保護を理由に(当時結んでいた条約に基づいて)朝鮮出兵。

 その時のことをこう言っておられます。

(前略)同時に当時帰朝中の大鳥全権公使は急遽帰任の途につき、六月五日に仁川に上陸直ちに我が陸戦隊に護衛せられて、威風堂々京城に進み、五カ条の改革案を懐ろにして、国王に謁し、その実行を迫った。そしてその諾(き)かれざるや直ちに兵を向けて景福宮に入り、閔氏以下の事大党をことごとく排斥して、大院君を国政総裁に迎え、断固として内政の根本改革を行った。

 明らかな武力を使った内政干渉をよしとする姿勢ですね。

 もちろん時代が違うし、当時の世界の帝国主義の流れの中で仕方がなかった面はあるのかもしれないけれど、「それは植民地を相手国に返してから言うことだ」とは言いそうにないですね・・・

追記
上のように思っていたら、犬養道子氏の回想の中で、子ども時代、たまたま犬養首相・高橋是清大蔵大臣・荒木陸軍大臣が激論している場にまぎれこんでしまい

荒木陸相は興奮した口調で、上海にあって「支那軍の大抵抗に遭っている皇軍」の援助のために、「一大軍隊を送り支那を一挙にこらしめるべきだ」と発言したというのである。道子氏は、「お祖父ちゃまはこの馬鹿に答える気にもならず黙っていた。そのとき高橋(是清)大蔵大臣が、大きな眼をギョロリと剝き大声をあげて陸軍大臣を叱咤した」と書いている。
高橋は、「君はまだ若い......波がひとつ来ただけで大変だ大変だと言う......支那の身になってみろ、満州かッさらわれて.......まずかッさらった満州を返すことが先決だよ。支那問題はここにおられる総理のナワ張りだ」と叱ったそうだ。「陸軍大臣は窮し、蒼白となり、陸軍省に帰って憤激をぶちまけた」とも書き、陸軍内部に「高橋、消すべし」の声があがり、それが昭和十一年の二・二六事件へとつながったというのである。

というのを聞いてしまったと。なお、元の記事で私は「ショーケンがこれを言うのを聞きたかった」と書いているから、ショーケンのセリフの中には無かったのかな? DVD を購入(配信でもいいのだけど・・・)して確認しなきゃいけないな・・・

しかし、「満州を返すことが先決」とおっしゃってたのに「朝鮮を返すことが先決」ということは言わなかったし、台湾もだし・・・

う〜〜む。

元記事



 また、疑問2 に関しては、1905年までの日露戦争のための外債募集の成功までしか語られておらず、大蔵大臣や首相時のことまでは語られていませんでした。

 残念・・・
 
 しかし、自伝(高橋氏が語ったことを上塚司氏がまとめていった)だから、まあ基本的には自慢話にはなるのだろうけど、めっちゃ波乱万丈の人生を送ってはる。

 幕末に肴屋の主人が侍女(じじょ)に手をつけた結果生まれ、しかしそこの正妻さんがよく面倒を見てあげ、その後、当時はよくあったのかもしれないけれど、仙台藩士の元に養子になり、一応身分は低いながらも士族となった。

1864年 12歳で、横浜でヘボンさんの妻について英語の修行。

 この時、吉原から出火し大火になり(東京の吉原?それとも横浜にもあった?)、ヘボンさんのところで学ぶことができなくなって銀行のボーイをし、実地や人について英語を学んで行く。

 しかしそこはならず者もいるようなところ。ネズミを焼いて食べたりしている。

 またラシャメンに悪いいたずらをしたりしている。そりゃ評判が悪くなる。

1867年 14歳でアメリカへ。餞別にもらったお金を行きの舟で全部飲んでしまう(14歳で!)。

 サンフランシスコで・・・ここで後から分かったが「奴隷」として売られる。(これ、一部、今の日本の技能実習生でも起こっていたのと同じような条件で働いていたのではなかったろうか)

 それでも実地で勉強を続けている。

 アメリカ滞在中に明治維新が起こり、「賊軍」になってしまう。

 日本に帰ってきたけれど、隠れ住んでいた。

 しかし森有礼に紹介してくれる人がいて、書生になり、大学南校(東大の前身)で学びに行ったら、いやお前が教えろとトントン拍子。

 ところが・・・

1870年(17歳) 友達の借金の支払いをしてやると「お礼だ」とその友達が借金を作るもととなった茶屋遊びに誘う。それが面白くてのめりこみ(17歳!!)お金を使い果たすは、悪評は立つわ、でクビに。

 しかし、その茶屋の一番の売れっ子芸者さんが世話をしてくれ、要するにヒモになったみたい。まあ、時間になると茶屋に迎えに行く、という仕事(?そうすることでいやな客に延長されるのを防ぐことができる)はやってはるが・・・

 というわけで、何というか周囲から愛される人だったんだろうな。

 で、その後も出世したり、ペルー銀山の事業に失敗したり。

 なおペルー銀山事業の失敗は自伝では強引に頼まれてしかたなく引き受けたみたい。というか、基本的に周囲から頼まれて仕事をしているというのがすごいな。

 なお、知的財産について初めてではないけれど、初期に法律を作るのにも尽力されている。


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2026年04月15日

『四月になれば彼女は』川村元気著




 これはまず映画から見ました。

 であとから原作を読みました。

 めっちゃ風景が美しかった。



ーーーー 以下ネタバレあり ーーーー

 正直映画では、主人公藤代(佐藤健)とハル(森七菜)がなぜ別れなければならないのか、よくわかりませんでした。

 また藤代と弥生(長澤まさみ)がつきあってるのって、精神科医の倫理違反じゃん・・・(いや、倫理規定は無いのか?)

 しかし、原作を読むと、「何をきっかけに別れたのか」、また精神科医の倫理違反はしていないことなどがよくわかりました。

 映画の尺におさめるために仕方が無かったのかな?

 で、両方とも最後はハッピーエンド(?)で終わってるようではあるのですが、いや、これ、「愛の不可能性(愛とかそんなもん無い)」について書いてるのじゃないか、と思ってしまった。

 あと、元カノの手紙を現カノに読ませる(見られたのだろうけど)かあ・・・ハガキならまだしも。

 なお『4月になれば彼女は』というの、サイモンとガーファンクルの歌なんですね。

 流れてくれば聞いたことある、となる。

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今期ドラマ『サバ缶、宇宙へ行く』




 これ、福井県の水産高校での実話をもとにしたフィクションとのこと。

 予告編だけ見ていると、ちょっと生徒が最初からやる気に満ちてる感じがしていました。
 それじゃあちょっと違うかなあ・・・


 昨日、すでに始まっていたことを知り、Tver で本編を見てみたら・・・

 おっ、ちゃんと描かれている。でも1回目からうまく行きすぎみたいな感じはあるけど、そのうまくいったことに対する周囲の理解が「トンチンカン」だったり(つまりは理解されていない)するように描かれています。

・諦めてしまっている高校生
・やる気の無い生徒への指導
・できることでドヤ顔できる
・しかし好き(やりたいこと)は別
・地域と教育
・地方をどう元気にしていくのか

 そんなテーマがつまっています。

 あと、主人公が「校外学習に行かせてください」と言い、「そんな(の今はやってないし・・・)」みたいな時に先輩(荒川良々)が賛成してくれてやってみようとなったくだり、似たようなことが私にもたくさんあったな、と懐かしくなりました。

 車イスに乗った少女が出てきましたが、どうドラマにかかわってくるのだろう。ってか多様性というなら、特にストーリーに絡んでこなくても普通にそういう人はいるので構わないわけですが。

 また、発達障害系でそれとわかる人は出てきてません。出てくるかな?

 なお、元になった話の NHK プロジェクトX はこちら。

 単品 220円で見ることができます。

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2026年02月21日

「「あの戦争」は何だったのか」辻田真佐憲著




2025年初刷

 まず、「あの戦争」をどう呼ぶか。それが人によってまちまちで(一部、はっきりと公式(政府)が名前をつけて出てきたものもあるが)、思想党派によっても呼び方が違う、というの、はへ〜〜、言われてみればそうだ、と納得しました。

太平洋戦争(戦後、アメリカの影響で)
大東亜戦争(日本政府が1941年12月12日に発表。支那事変も含むとされていた)
支那事変(1937年7月7日の盧溝橋事件からの日中戦争)
十五年戦争(1931年の満州事変から)
東亜百年戦争(林房雄が提唱。外国の植民地主義にとどめを刺す奮闘と考える)
アジア・太平洋戦争(何か、一番「政治的に正しい」呼称であるらしい・・・)

 なお、石原莞爾を戦後アメリカが尋問した時、石原はペリーの来航から持ち出したそう。

 なるほどなあ。そう考えることもできるんだ。

 あと「事変」「事件」等々ロシアの「特別軍事活動」と同じじゃん、というのは2022年以後、よくわかるなあ。結局「戦争」じゃん。

 戦争への大義名分として

大東亜共栄圏
八紘一宇

とかあったわけだけど、例えば大東亜共栄圏は「日本の指導のもと」というめちゃ上から目線だったし、ある意味、日本の上層部の建前でしかなかった。

 ただし、下っ端の人たちはこれらの大義名分を信じて「狭い日本にゃ住み飽きた」と満州はじめ外地に散っていった人、勧めた人も多かったろうことは推測できる。

 例えば私のおじさんもその一人であり、満州の陸軍軍官学校の六期生で敗戦を迎え、その後、地獄絵図のような逃避行を経験している。

 また朝ドラ「あんぱん」の柳瀬暢(今田美桜)の戦前の行動のように。

 なお、著者はいろいろな国の戦争博物館・歴史博物館に行きまくり、その国の(その博物館では)過去の日本がどう見られているかを調査してきておられる。

 シンガポールでは日本兵が後ろ手に縛られた男の首を落とす動画が展示されている。

 インドネシアでは日本による強制労働の記憶。ただし、それ以前のオランダへのうらみが強い。ラブアン島の博物館には「サンダカン死の行進」の展示。

 タイでは対日抵抗の歴史。

 長春では「偽満洲国」という呼称。

 南京大虐殺記念館はまあ中国共産党のプロパガンダ施設と考えて良いけれど、しかし現在、実証主義的な動きも出てきいているとか。

 フィリピン。「許そう、だが忘れない」

 いずれにしても日本人が「若い世代だから知らないし、責任も無い」と単純に考えて外国に行くのは、いろいろまずいだろうな。

 私だったら、どこからが始まりと考えるだろう?

 やはり、1894年の日清戦争からか?

 しかし、このあたりの歴史に詳しくなく、また学びたいと思いますが、征韓論に続く細かい交渉から見ていく必要があるのかもしれません。

 よく、「日本は植民地にインフラを整備した。それが美点だ」のような意見がありますけれど、(国家間のことを個人間の関係に当てはめるのは不適切と言われますが)、

ピストルを片手に持ち、いつでも撃てるようにしてあるうえで「この事業をするのはあなたのためですよ」と言ってる姿が浮かんできて・・・

それは戦争状態と言っていいのではないかと思います。

posted by kingstone at 08:23| Comment(0) | TrackBack(0) | 本・記事・番組など | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする