※このブログに書いていることは、私の関わりある法人の意見ではなく、
 あくまでも、私個人の意見です。

2026年02月25日

愛着について「そだちの凸凹(発達障害)とそだちの不全(こども虐待)」を読む



 学校関係で発達障害のお子さんについての相談(会議)をしていると「愛着の問題では」というような言葉が出された、と最近よく聞かれるようになってきました。

 「親の育て方が悪いから発達障害、あるいはその問題行動が出てきているのではないか」という、ベッテルハイムの「冷蔵庫マザー」が再び出てきたか、というのを感じていました。

 ある対面の相談会の時に「自閉症は愛着の問題では無いか」みたいな質問が出てきて、私はつい「こんなもん、親の育て方が悪い、言うてるようなもんやないですか(そんなわけないやろ)」みたいな回答をしました。

 しかし、耳学問というか、あちこちで聞いている印象だけで、私はまともに「愛着」について勉強していないよなあ、それで答えてはいかんよなあ、と反省しました。

 で、日本語のものをあたってみると、一般的(?)な論文だと杉山登志郎氏のものが参考にされている印象(あくまでも印象)。

 そこで

「そだちの凸凹(発達障害)とそだちの不全(こども虐待)」
杉山登志郎(2011)『日本小児看護学会誌』Vol.20 , 3, 103-107

を読んでみました。現在 2026年ですから、15 年前のものですね。

 これは講演をまとめたもの。

 この中では「愛着障害」という言葉、診断名はまったく出てきません。あくまで「愛着」だけです。

 まず

 最近の知見の中で最も重要と考えられる所見は、多くの発達障害が多因子モデルであることが明らかになったことです。多因子モデルとは、疾病が素因と環境因で生じるというモデルです。ここでいう環境因とはエピジェネティクス(epigenetics)と呼ばれる遺伝情報の読み出し過程において、そのスイッチのオン・オフに環境からの影響を受けるという現象です。

 なるほど。素因を発症(例えば周囲を困らせる行動とかになるかな)に至らしめるスイッチがあると。 
 ただし、私が関わって来た発達障害の方はそれこそ生まれてすぐから「何か違う」という感じを親御さんが持たれていたお子さんが多く(いわゆる折れ線型であっても)、環境因子からのスイッチを押されなくても「すでにそうであった」お子さんばかりといっていいけどな。

 ただ、「育ち」で自閉スペクトラム症や注意欠如多動症と同じような行動を呈するお子さんがいる、というのは杉山先生は昔から言っておられて、私も「そういう場合もあるのか。私は見ていないけど」くらいに思ってました。

 素因を持つものは、発達障害の基盤を形成する認知特性によく似た認知の特徴をもっていますが、その大半は、適応障害は認められません。しかし両者の間には連続性があります。つまり臨床的な観点からは、現在において適応障害を有しないグループにおいても、予防的な関与が必要です。

なるほど。「予防が大事」と。

 筆者は素因レベルを表す言葉を模索する中で、単直に発達凸凹と呼べばよいのではないかと考えました。

 これは最近の「診断名ではなく、本人の困り感に対処しよう」という流れにも当てはまります。

 しかし 30年ほど学校教員として、その後福祉職として学校に関わって来て、ある意味、非常に危険な面もあることを知っています。つまり「教師やスタッフが勉強しなくて良いと思ってしまう」という点ですね。いわゆる「診断名とそこからわかる対応について、不勉強でも構わない」と思ってしまう、というやつです。

 めっちゃこういう言葉がウケる人たちが多いことも知っています。

 もちろん杉山先生は勉強し、実践し、考えをまとめられた果ての言葉ですから重いのですが。

 そしてすごく勉強し、実践した後にはそういう境地に至るのですが、でもそれは少ないと思う。



 そして、適応障害の無いグループは困っていないわけだし、診断も必要無いし

 狭義の発達障害とは、発達凸凹+適応障害のグループになります。

と書かれています。


 で、その後、大事なことが書かれています。

 では、糖尿病における肥満のような、発達凸凹において適応障害をもたらす増悪因子とは一体何でしようか。
 これは実は結論が出ています。それは子ども虐待や、学校でのいじめといった追害体験です。中でも子ども虐待、そこまで行かなくとも子そだて不全があった場合において、発達凸凹が高頻度に、発達障害へと転じてしまうのです。


 「虐待や、学校でのいじめ」ここよく覚えておいてください。

 その後の「3. 愛着の重要さ」のところで

 愛着行動が繰り返される中で、子どもの中に養育者は内在化され、そのイメージの想起のみで、子どもは不安を来さなくなって来ます。

 そして

 愛着を形作る他者(人間とは限りません)の内なる記憶とまなざしによって、われわれは苦境に立ち向かうことが可能になるのです。

 この「人間には限りません」ってところ、めちゃめちゃ大事だと思います。

 愛着形成(kingstone注:愛着システムの構築、みたいな言い方でも良いと思います)を困難にする要因に

第1に子どもの広汎性発達障害の存在、
第2に子どもの多動性行動障害の存在、
第3に母親の広汎性発達障害(凸凹)の存在

 まず私は「第3」のところで「父親はどこ行った」とすぐに思います。これは30年前から変わりません。

 あと、講演という場だからかもしれませんが「書くに耐えない」造語もしておられます。

 そして「第1」とか「第2」とかの要因があれば、「普通に子育て」していれば失敗しやすいのは自明であり、いろいろ学ばないとうまくいかないのは当然です。

 そしてそもそも障害の有無に関係無く「失敗の無い子育て」なんか無いというのが私の持論です。

 ただ、自閉スペクトラム、多動性のスペクトラムが薄いお子さんだと、自らの力で、親を変えてくれる力が強い、それが自閉スペクトラム、多動性のスペクトラムが濃いお子さんだと、自らの力で親を変えてくれる力は弱いよな、そして悪循環に陥りしやすいよな、と思います。

 ここからこの論文を支援の場に生かすには、ということを考えてみます。
 素因を発症に至らしめるスイッチは「虐待や、学校でのいじめ」と書いておられるわけですが、「親御さんが普通(例えば音声言語であれこれ言う)の接し方をしているのが、お子さんにとって虐待体験と感じられる」ということはあり得ます。

 しかし、それを「親の虐待」のように言うのか?
 
 また園や学校の先生の対応も「虐待や、学校でのいじめ」とおなじようにお子さんに体験されている可能性は大きいです。

 そして親御さんは一般人です。教師は教育の専門家です。福祉事業所のスタッフは福祉の専門家です。

 専門家ができることは、「愛着の問題があるのでは?」などと言っている暇に、どうしたらうまくいくかを考え、実例をたくさん作り、親御さんに「こうするとうまくいきましたよ」とお見せし、やり方をお伝えしていくことではないでしょうか。

 また本当に「虐待」が存在するのなら、児童相談所はじめいろいろなところに通報する、という必要があります。私はやりました。(でも、学校内とか事業所内とかのものは、おおごとにならないとなかなか表に出てこないですが)

 なんかやはり杉山先生の意図は別として、学校現場とかでは、自分たちのことは考えず、「冷蔵庫マザー」のような言葉として使われている気がするな・・・

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 愛着障害は DSM-5-TR に

「トラウマおよびストレス関連障害群(Trauma- and Stressor-Related Disorders)」
と分類され

1. 反応性アタッチメント症/反応性愛着障害 (RAD)
英語名:Reactive Attachment Disorder

2. 脱抑制型対人交流症/脱抑制性愛着障害 (DSED)
英語名:Disinhibited Social Engagement Disorder
の2つが定義されている。

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内山登紀夫先生の動画です。

「「愛着障害」の誤解」

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 私が 2011年にまとめたもの。

 「愛着」どころか「愛」について書いてます。

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これは 2001年から 2003年ころの話だな。



posted by kingstone at 17:07| Comment(0) | TrackBack(0) | 特別支援教育や関わり方など | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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