※このブログに書いていることは、私の関わりある法人の意見ではなく、
 あくまでも、私個人の意見です。

2025年07月03日

行動的 QOL の増大とオードリー若林さん



「行動的QOLに基づく支援とはどのような実践か」
高山仁志•中鹿直樹(2021)『対人援助学研究』 11, 48-59

を読んで。

 あれれ?

 先日までリンクがはっきりしていたと思うのですが、今、リンクが貼れないや。不思議?

 この論文、事例がわかりやすいです。

 まず「行動的QOL : 「行動的健康」へのプロアクティブな援助」で定義づけられた3段階

@「(選択性はないが)正の強化を受ける行動」を成立させる段階
A選択肢があり選択できる段階
B既存の選択肢を本人が否定できたり、本人が新たな選択肢を要求できる段階

の紹介をします。そして『対人援助の心理学』(2007)望月昭編集 から

「援助」支援を受ける対象者の行動を「いま、ここ」で成立させるために、これまでなかった新しい物理的・人的な環境設定(援助設定)を導入する作業

「援護」支援者が社会(環境)に向けて援助設定の定着を要請する作業

「教授」従来の指導教育(おしえる)活動などに代表される

という定義を紹介し、望月先生が「援助」を優先させるべきと述べていると。

 で、この論文で、はは〜、と面白かったのが

 つまり、行動的QOLを導入した実践でまず取り組むべき重要な作業は、「正の強化を手段ではなく目的」とした、「対象者個人の行動の成立のための援助」作業といえる。
 このような方針に基づいた支援は、我々が生きる社会に当たり前のようにあふれている。先述した駅の階段,赤・黄・青色で表示される信号機、蛇口をひねれば出てくる水など、ありとあらゆる社会的インフラと呼ばれるものが、正の強化を目的として行われている支援といえる。一方で,社会的インフラによって正の強化を目的とした生活を送れない人びとを、障害者を含む社会的弱者と呼ぶとも考えられる。正の強化を手段から目的へという指針は,様々な支援(援助設定,環境設定)を、広くすべての人びとも受けられるようにするという方針を示している。

 そして行動的 QOL を上げる具体例が出てきます。

◯学生ジョブコーチの例

 喫茶店業務に初めて従事する生徒(その前の例では、特別支援学校の生徒だったので、この例も特別支援学校の生徒と考えられる)に対して、学校側からは「実習期間中に適切なタイミングで自分から大きな声で挨拶ができるようになる」という希望が出ていた。

 初日には黙ってしまったり、他の生徒から「聞こえない」「ちゃんとして」と叱責を受けたりした。

 学生ジョブコーチは、例え小さな声でもすかさずポジティブなフィードバックを行った。求められている基準に達していなくても、ポジティブなフィードバックを繰り返した結果、「できる」が拡大した。

◯犬のトレーナーの例

 散歩中に出会う子どもを避けるようになった結果、散歩自体も拒否するようになった芝犬と飼い主に対する支援。

 こういう場合苦手な刺激に馴れさせる(暴露)対応が取られることがある。

 最初にやってみたが芝犬がパニック様の行動を見せたので中止。

 そして「芝犬が問題なく歩ける場所を探して、積極的に出かける」に方針変更。

(つまり苦手なことをやれるようになる、やらせる、というところから、君が君のままで行けるところに行こう(できる環境を見つける)へ)

 最初に広いところに行ってみたが、やはり子どもの姿が見えるとパニック。

 行く場所を河川敷に変え、当時 1.2mのリードだったのを、10mの長さのリードに変えた(柴犬に逃げる自由を与えた)。するとアイコンタクトや飼い主を追いかけるなど、強化で維持される行動が増えた。

 ところが、飼い主さんが河川敷だと面白くないのか、「河川敷へ連れていく」ことがあまり起きなくなった。

 そこで、行く場所を、川や海、山、ドッグランなど様々な場所にすることで(提案していかれたんだろうな)、柴犬とご家族の選択肢の拡大が達成された(子どもを嗅ぎに行ったり、柴犬のほうから散歩を要求することも出てきた)。


 何か、すごくよくわかる気がします。



 で、題名に何でオードリー若林さんが出てくるかというと、先日の


の中で、若林さんが娘さんの話をしてはりました。

 昼間公園に行くと、たくさんの子供達の刺激にびびってしまい、若林さんにしがみついて離れない。

 実は若林さんも、もともとは人見知りだからその気持がよくわかる。

 そこで、娘さんと夜8時に公園に行くと、誰もいない公園で娘さんは活き活きと遊んだ、という話をされていました。

 これも「馴れろ」ではなく、「君が君のままでできる環境を探そう」という考え方だよね。

 やっぱり若林さんてすごい人だなあ、と思いました。

 この回の激レアさんは、すでに Tver では見ることができなくて、 TELASA で有料だと見ることができますね。

posted by kingstone at 18:06| Comment(0) | TrackBack(0) | 特別支援教育や関わり方など | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

「ロヴァースと自閉症科学のクィア史」を読む



 ニューロダイバーシティ側からの ABA 批判について、(別に ABA の専門家でもない)私が回答するとしたら、どうだろうか?と考えて書いてきたこのシリーズ。

をまとめてみて、アメリカでの ABA、及びその影響を強く受けた地域では、ニューロダイバシティ側の人たちが言うことがもっともな場面がまだまだあるのだろうな、という気がしてきました。

 日本でも 30年ほど前だと、「この子本人にとてはどうだろう?」なんてことはあまり考えず、周囲(保護者、教師、研究者etc.)が「良かれと思って」作った標的行動に向けて、やっていたところが多いようだし。(例えば就学前の子どもが黒板に向かって45分座れることを目指そう、だとか)

 その中で望月先生の主張は 1987年時点でかなりすごいものだったのじゃないかな。ただ、それが広がりを見せる(?見せてると思うのだけど)のはいつくらいからだろう。

 あと、これもかなり昔から論文はあり、日本で最近は当たり前のように論じられることの多くなった「機能的アセスメント」は「この子は何を得ているのだろう」を考え「では行動問題とかではなくそれを得るにはどうしたらいいのだろう」と考える点において、本人の「今、ここ」を肯定していると思えるのですが。(本人の悪いところを直す、治すという視点では無い)

 さて、今回は

"Disturbing Behaviors: Ole Ivar Lovaas and the Queer History of Autism Science"
(Margaret F. Gibson & Patty Douglas, 2016)
「不穏の行動:ロヴァースと自閉症科学のクィア史」

について

まず第一著者の Margaret F. Gibson さんについて、ChatGPT に調べてもらうと

 カナダにある、Renison University College(レンイソン大学カレッジ)と University of Waterloo(ウォータールー大学)で社会開発学・ソーシャルワークの准教授。社会福祉、女性・ジェンダー研究との共同プログラムで博士。

主な活動

“Neurodiversity Matters” プロジェクトを主導 − 神経多様性という用語や概念を様々な立場やコミュニティでどのように捉え、実践に結び付けているかを人類学的かつ参加型のアプローチで調査

• “Eloping”(逃避行)プロジェクト − 自閉スペクトラムの人たちが突然その場から離れる体験(eloping)が、彼らのウェルビーイングや自己表現にどう関わるかを当事者視点で検証

• LGBTQおよび障害識別を有する親たちの支援環境や制度との関係性を、エスノグラフィー(参与観察・聞き取り)やテキスト分析を用いて探る研究にも従事

とのことです。

 ChatGPT にしてもらった論文の要約を以下にまとめます。

 先に、私の感想・結論を書いておくと

「そりゃ、こんなこと、ABA の名の元にやってたら非難されるんが当然やなあ」

 で、そして実際に今のアメリカの現場でも同じようなことがやられている現場もある可能性は十分あります。(日本では、私の周囲に限って言えば、現在こんなやり方してる人はいない、と言っていいと思います。ただし、日本でも「無いとは言えない」わけで、実際そういうところで学んだ人との対応に困ってしまったこともあります)

 あと、今に関して言えば、AFIRM に関する論文でも触れられ、また私も特殊教育学会に参加していても思う、「研究者や実践者の発表していること」と「現場で実際にやっていること」の乖離の問題も、あるのかもしれない。


目的

 本論文は、ABA(応用行動分析)と性別違和行動(gender-disturbed behaviors)への「矯正」介入が、いかに同じ行動主義的ルーツを持つのかを歴史的に分析したものです。
 具体的には、Ole Ivar Lovaas(ロヴァース、ABAの創始者の一人)が同時期に行った

• 自閉症児へのABA療法
• “Feminine Boy Project”(女性的な男児への性別矯正療法)

という2つの介入を重ね合わせて検証します。
また、それが現代のABAの倫理的問題とどう繋がっているかを、クィア障害学(queer disability studies)の視点から問い直しています。

背景

• 2016年、自閉症当事者 Amy Sequenzia が ABAを「自閉症版のコンバージョンセラピー(Autistic Conversion Therapy)」 と呼び、議論を巻き起こした。

• 著者たちはこの主張に着目し、ABAと性別矯正(conversion)療法の共通ルーツを、Lovaasの論文(1965〜1988)とその歴史的文脈から読み解く。

 なお、この Sequenzia さんは「ABA はだめ。FC(Facilitated Communication)が良い」と主張されているようですが、私の「障害のある人の手を持ってするコミュニケーション」についての見解は以下に書いています。

※2016年というのは、autism speaks が「治療・予防・治癒」をミッションから外した年でもあるな。

Lovaasの2つの研究領域

◯自閉症児へのABA

• 自閉症児に「正常」な行動を教え込み、「自閉的」な行動を消去することを目指した。
• 肯定的強化(positive reinforcement) と 罰・電気ショックなどの嫌悪刺激(aversives) を併用。
• 「正常な友人と区別がつかなくなった」とされる 47% の成功率(1987年論文)を有名にした。

◯Feminine Boy Project

• 性的・性別的に非典型な子ども(特に「女性的な男児」)に対して「男性的」な行動を強化し、「女性的」行動を減らす介入。
• 主にLovaasと学生のGeorge Rekers により推進された(Rekersはその後、ゲイやトランスへのコンバージョンセラピー擁護者に)。
• 研究室内では報酬の除去が中心だったが、家庭では身体的罰も指導。

◯理論的枠組みと分析視点

• Foucaultの「現在の歴史(history of the present)」の視点から、ABAの権力作用を問題化。
• クィア障害学の視点(Eli Clare, Robert McRuer, Melanie Yergeau ら)から、ABAが「正常」概念を再生産し、非定型な存在(autistic, queer, trans)を「矯正すべき問題」と見なしてきたことを批判。
• 「正常な未来」というナラティブが、身体的・心理的暴力を正当化してきた構造を明らかにする。

主な議論と発見

◯行動主義の「希望」と「絶望」構造

• Lovaas は「既存の治療は失敗しておりABAこそ唯一の希望」という構図を作り、過剰な期待と正当化を行った。
• 「正常化」成功事例を強調しつつ、多くの失敗や被害は語られなかった。

◯エリート主義と植民地主義

• 対象児は白人・中産階級・男児が中心 → 社会的「希望の未来」として矯正の対象とされた。
• ABAは西洋中産階級的な「理想の子ども像」を押し付けた → 植民地主義的価値観の再生産。

◯子どもの「欲望」自体が矯正対象

• 子どもの「選択」や「欲望」そのものが間違ったものとされ、親・治療者が正しい方向に「教育」しなければならないとされた。
• クィアな欲望や自閉的な行動は「未熟」「危険」と見なされた。

◯家庭・母親の動員

• ABAは母親を「治療者」役割に巻き込み、家庭を行動矯正の場に変えた。
• 母親たちが「希望の物語」に巻き込まれ、多大な労力と感情的負担を負う構造。

◯現在への影響

• ABAは今日も主流の自閉症療法として位置づけられ、多くの国で公費助成対象。
• 他方、LGBTQのコンバージョンセラピーは広く批判され規制が進む。
• だが、ABAへの批判は主流科学や政策にまだ浸透していない。

結論

• Lovaasの仕事は科学的知見というよりも、「矯正すべき子ども像」を社会に浸透させた。
• 自閉症、ジェンダー非典型、クィアな子どもたちの存在そのものを問題化し、規範的な発達像に押し込めた。
• 今日のABAはその歴史的文脈を無批判に継承しており、倫理的再考が必要。
• クィア障害学的アプローチは、非定型な存在や未来像の価値や尊厳を再評価し、新たな視点を提供できる。


なお、参考文献にあった、ロヴァースとショプラーのものをこちらにもあげておきます。

Lovaas, O. (1979). Contrasting illness and behavioral models for the treatment of autistic children: A historical perspective. Journal of Autism and Developmental Disorders, 9(4), 315-323.
Lovaas, 0.(1979). 自閉症児の治療における対照的な病気と行動モデル:歴史的展望。自閉症と発達障害のジャーナル,9(4),315-323.

Lovaas, O. (1987). Behavioral treatment and normal educational and intellectual functioning in young autistic children. Journal of Consulting and Clinical Psychology, 55(1), 3-9.
Lovaas, 0.(1987).若年自閉症児の行動療法と正常な教育的・知的機能。コンサルティングと臨床心理学のジャーナル,55(1),3-9.

Lovaas, O. & Simmons, J. (1969). Manipulation of self-destruction in three retarded children. Journal of Applied Behavior Analysis, 2(3), 143-157.
ロヴァス、0.&シモンズ、J.(1969)。3人の知的障害児における自己破壊の操作。
応用行動分析学雑誌,2(3),143-157.

Lovaas, O., Koegel, R., Simmons, J. & Long, J. (1973). Some generalization and follow-up measures on autistic children in behavior therapy. Journal of Applied Behavior Analysis, 6(1), 131-166.
ロヴァス、0.、ケゲル、R.、シモンズ、J.&ロング、J.(1973)。行動療法における自閉症児の一般化およびフォローアップの測定法。応用行動分析学雑誌,6(1), 131-166.

Lovaas, O., Schaeffer, B. & Simmons, J. (1965). Building social behavior in autistic children by use of electric shock. Journal of Experimental Research in Personality, 1, 99-109.
ロヴァス、0.、シェーファー、B.、シモンズ、J.(1965).電気ショックを利用して自閉症児の社会的行動を構築する。パーソナリティ実験研究,1,99-109.

Schopler, E. (1979). Editorial: Special issue on behavioral research.
Journal of Autism and Developmental Disorders, 9(4), 311-314.
Schopler,E.(1979).編集記:行動研究特集号。自閉症と発達障害のジャーナル,9(4),311-314.

 1979年のは、ショプラーが編集記を書き、ロヴァースがそのすぐ後ろに書いてますね(巻頭論文?)。
posted by kingstone at 02:52| Comment(0) | TrackBack(0) | 特別支援教育や関わり方など | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2025年07月01日

アメリカの ABA 療育に関する制度と市場



ChatGPT に

「アメリカでの 自閉症児への ABA 療育についての法制度、また市場規模について教えてください」

とプロンプトを入れ、返ってきた回答の裏を取りながら書いていきたいと思います。

 また第二次トランプ政権になったので、現在、とんでもなくしょぼくなっている可能性もあるかもしれません。


1.法制度

連邦法(CONGRESS.GOV で確認)

•Combating Autism Act(2006)
• Autism CARES Act(2014, 2019)

 autism speaks (日本で言えば日本自閉症協会かな?Light It Up Blue は autism speaks が音頭をとっている)の Autism CARES Act の説明では、20年間で 52億ドル(7500億円くらい)が自閉症研究に当てられてきた、とのこと。

 なお、これは ABA 提供費用ではなく、根拠となる研究・インフラ整備・モニタリング・支援を目的とした法整備。

 また、autisum speaks はミッションに、かつては「治療・予防・治癒」を入れていたが、2016年に削除しています。

州レベル

保険適用義務

•全50州で保険適用義務あり

 NCSLやAutism Speaksによれば、全米50州およびDCで、民間保険への自閉症関連サービス(ABA含む)提供義務が成立していますが、カバレッジ額、対象年齢、サービス内容等には大きな差があります 

州の保険義務の寛大さと自閉症スペクトラム障害の労働力の増加
(2022)

この論文によると、

 全体として、ASD 児の多様な身体的および行動的健康ニーズには、チームベースの在宅医療モデルのケアが必要になることが多い ( Todorow et al., 2018 )。最近の推計では、これらの総合的なサービスにかかる平均費用は、知的障害 (ID) のない ASD 児の場合年間 50,000 ドル、知的障害のある児の場合は年間 90,000 ドル近くになる ( Buescher et al., 2014 )。応用行動分析だけでも、年間 46,000 ドル、または 1 時間あたり 120 ドルかかることがある ( Special Learning Inc., 2020 )。過去数十年にわたって、これらの費用の大部分は家族が自己負担してきた ( Callaghan & Sylvester, 2019a ; Parish et al., 2015 )。


為替と生活実感を考えに入れなきゃいけないだろうけど

5万ドル → 約730万円!
9万ドル → 約1300万円!

ABA を1年間利用すると

4万6000ドル → 約670万円!

1時間あたり(「かかることがある」だからもっと安い場合もあるのかも)

120ドル → 約17000円

 だから保険適用ということになるのだろうけど、めっちゃ高いなあ。(最後のだけは、専門職が食べていこうと思ったら、日本でもそのくらい欲しいよね、となるけれど、それだけに少ない回数で、ご家族が安心して過ごせるように、環境設定、アドバイスができなきゃ困るだろうな。

 で、保険適用という話になるわけですが、アメリカの医療保険の話を聞いてると、所得によってはたいへんじゃないかな、と思ってしまいます。

サウスカロライナ州
 16歳未満の行動療法に年間最大5万ドル(インフレ連動)まで保障する「Ryan’s Law」があります


 こちらは年間5万ドル(約730万円)まで援助するわけですが、文内で使われている「Medicaid waiver」が Google 翻訳だと「メディケイド免除」となって、何のことかよくわかりません。

 ChatGPT に尋ねると「  本来のルールを「免除(waive)」して、柔軟な支援を可能にする制度」ということで、要するに所得に関わらず(無料?)利用できるということです。

 しかし、例えば早期発見・早期療育で必要なことをしてこられたなら、16歳のお子さん(もう青年期)にそれだけの ABA 療法をするっていうのも、何か変な話だ、と思ってしまいます。(まあ上限であって、もっと少なくてすむ場合もあるでしょうが)


カリフォルニア州
 SB946 という2011年に制定、2012年施行された法律で、BCBA(行動分析士認定資格。修士レベル)の利用が上限なしでも可能。(プラン書類に明記)



2.最新の民間市場推計


oU.S. Autism Treatment Centers Market(2025年報告):自閉症治療センター市場(ABA含む)は2024年時点で約44億ドル規模(年率3.8%成長予測)

44億ドル → 約6400億円

 ただし、これは薬の販売なども入った額。


oGlobal Market Insights(2023年データ):ABA単独で約40億ドル規模、2024〜2032年にCAGR約4.8%で拡大見込み 

40億ドル → 約5800億円


o別報告では、(ABA 市場は)2023年度は38億ドル、市場は2023〜2033年にCAGR4.5%で成長し、2033年に約59億ドルに達すると予測

38億ドル → 約5500億円
59億ドル → 約8600億円



 約6万8000人のBCBAのうち、4万7000人が自閉症者に積極的に取り組んでおり、サービス提供額は約130〜210億ドル。しかし本来は300〜400億ドルの需要が存在 

130億ドル → 約1兆9000億円
210億ドル → 約3兆円

1兆9000億円を 47000で割ると 1人当たり年収 約 4000万円!!!


 しかしこのサイト、サプライする側だから仕方ないのかもしれませんが、読んでるだけでしんどくなるな・・・「就学前の低年齢の子どもは、通常、最も多くのケアを受け、週40時間を超えることも珍しくありません」なんてことも書いてるし。

 それこそ、アメリカでは預かってくれるところなんか少なく、児童発達支援みたいな感じで「預かり」機能を含んでるんだろうか?

 週5日としたら、1日8時間だよ・・・


 なお、ジョージア州アトランタでパラメディカル(特別支援教育士。昔で言えば介助員)と居宅介護みたいな仕事をしておられる方にお聞きする機会がありました。

 ABA の訪問療育を受ける場合、必ず保護者かそれに代わる人が必要とのことで、その役を2家庭でやって実際にやっているところを見せてもらったと。

 で、高校生のお子さんに、何かできる度にチョコレートを渡すのが1家庭。

 小学生のお子さんと(その方の目では)自然に遊んでいるように見える中でいろいろやってたみたいなのが1家庭。

追記(2025年7月3日)
 後者みたいなのを何て言うんだっけ?とあれこれ考えていたのですが、さっきフリーオペラントという単語が浮かんで来ました。でも、確認したらこれは「測定」に使う言葉みたい。私の知識ってそんなもんです。
 やはり機会利用指導法(incidental teaching)かな?

 そんなのを見たそうです。

 たぶん、小さな頃からやってはると思うのね。前者は日本だと、まずやらないんじゃないかな。

 今まで、何も手立てされてこず、強度行動障害状態になり、初めてお会いした、なんて時だったらあり得るかもしれないけれど。

 小さな頃から社会的称賛に変えたり、家事活動だったらトークン(お金直接でも良いと思うけど)だったり・・・


 何かそのあたりも問題がありそう。



 なお、ABA サービスとは関係無い話ですが、日本だと月23日間放課後等デイサービスを利用したとすると年間で(めちゃくちゃおおざっぱです)、

1万円✕23日=23万円
23万円✕12か月=276万円 → 約2万ドル

 なるほど、物価が日本の3倍高く感じる、という説があるからかかるサービス利用費用としてはこんなもんか。
(で、これが所得に応じて無料、55200円、446400円で使えたりするわけで・・・)


 う〜〜ん、アメリカが「良い」とはとても思えない部分、多いなあ。

posted by kingstone at 17:06| Comment(0) | TrackBack(0) | 特別支援教育や関わり方など | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2025年06月30日

閑話休題 アイコンタクトについて(私の体験)



 アイコンタクトについての話が前記事で出てきてたので、私のアイコンタクト関連記事へのリンクを貼っておきます。

 まあ、視線が合わなくてもいいとは思います。合えばこちらにわかりやすい、便利というのは認めたうえで。


 まあ、これは人によるとは思いますが。

2000年度に発表(1999年度までの実践)
コミュニケーションブックから手差しへ 2000年11月

 注意喚起をねらった授業をやってたら、視線が合い出した、という話です。

 最後の「僕はトイレに行くのだ!」を手差し(指差しまではいってなかった)で伝えた時は、すごい目力でした。
 注意喚起をねらった授業も入っています。
posted by kingstone at 21:06| Comment(0) | TrackBack(0) | 特別支援教育や関わり方など | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

ニューロダイバーシティ側の意見に対して(2)



 今回は

How much compliance is too much compliance - Is long-term ABA therapy abuse
Aileen Herlinda Sandoval-Norton, Gary Shkedy & Dalia Shkedy(2029)CLINICAL PSYCHOLOGY & NEUROPSYCHOLOGY,

 私が題名を訳すと

「どれだけの「指示に従う」が「指示に従う」をやりすぎになるのか ー ABA 療法を長く続けるのは虐待じゃないの?」

について

 第一著者の Aileen Herlinda Sandoval-Norton さんは神経心理学博士で専門領域が
o 臨床神経心理学
o トラウマ、神経認知、発達障害(ASD)、学習障害
o 法廷心理学・フォレンジック評価
o 小児神経心理アセスメント

 この論文のキーワード、compliance って言葉、行動分析学会で初めて聞いた時、その発表者の方から「(ABA で)アイコンタクト、常同行動、コンプライアンスなどを狙うのはちょっと考えないと」という話が出て、私はコンプライアンスという言葉で「法令遵守」という意味しか頭になく、発表者さんに質問しに行きました。

 そしたら ABA では「指示に従う」という意味なんだそうです(私はそんなことも知らないやつです)。

 この論文は「自閉症と診断されれば、無料で ABA セラピストが週に1回来てくれるようにできる」というアメリカの現状からのもので、そのあたり日本とはめちゃめちゃ状況が違っています。(州によって違うかもしれません。少なくともジョージア州ではそうなっています)

 この論文中でも、

2017年、ある投資会社は、ABAサービスの市場規模は年間170億ドルにも上ると推定しており、様々なABA専門家、認証、プログラムの継続的な創設により、その数は今後さらに増加する可能性が高いとしている
Crocker Capital Advisors. (2017, November). 
   
ところが、この記事は、紹介された URL が無くなっています。そこで ChatGPT に

「アメリカでの 自閉症児への ABA 療育についての法制度、また市場規模について教えてください。」と質問しました。

 これはまた別記事にします。

 で、私など、題名を見ただけで「そりゃ『指示に従う』に重点を置いての指導とか、長期間の治療(treatment は治療とか療育という意味になります)なんて虐待そのものやん」、と同意してしまいます。

 で、望月先生の場合は「指示に従う」を論文中でよしとされている部分はなく、言語コミュニケーション行動(「音声言語が使えるようになる」ではないことに注意)の方法をまず確実にし、「行動的QOL を高める(本人が get しに行く選択肢を増やす)」をよしとされています。

 その中で本人が選択を通じて主体的に get しに行くようになる。ってことは「指示に従う」とは随分違ってきます。

 そして、私なども「自閉症の方ご本人とコミュニケーションできるようになり、選択して自分のやりたいことがたくさん実現するようになると、それができない場合でも事情を(わかる方法で)伝えれば、我慢(指示に従う)をしてくれるようになる」という体験をたくさんしているのですが。

 では、ChatGPT に頼んで作った論文の要約にもとづいて、回答してみます。※以下が私の回答、あるいは考えたこと

🔍 主な主張と問題点

1. ABA の理論的・実践的問題

• ABAは、外的な報酬や罰(オペラント条件付け)を用いて行動を変容させようとするが、この方法は自閉症の神経学的特性に合っていない。

※いわゆる「ABA は飴とムチを使う」とよく誤解(?)されているやつですが、日本では「外的な報酬や罰(オペラント条件付け)を用いて行動を変容させようとする」というのはちょっと当てはまらないのと違うかな?「罰」は使わない方向で考えられていると思います。レスポンスコスト法を使う例はたまにあるけれど。また私の指導教授は「飴と飴無し」でええんやで、とおっしゃってますね。
(まあ、私が周囲で見ている、あるいはお会いしている ABA 研究者・実践者に限ってのことで、ひょっとしたら「流派」の違うところでは違う可能性もありますが・・・)
日本行動分析学会の声明・ガイドラインのところにある「体罰に反対する表明」「強度行動障害に関する支援ガイドライン」

※神経学的特性に合った関わりって何だろう?よくわからない・・・

• 自閉症の子ども、とくに非言語の「重度」自閉症児は、ABAの効果を測る研究から除外されており、科学的根拠のないまま対象にされている。
※日本では望月先生はじめ、多くの研究があり、除外されていないと思うし、アメリカでもどうなんだろう?読んだ論文の中にあったような気もするけれど。


2. 負の影響と「順応」の強制

• 長期にわたるABAは、以下のような副作用を引き起こすとされる:

o プロンプト依存(指示がないと動けない)
※プロンプトフェーディングが重視されていると思うけど?
※PECS なんてプロンプト依存の弊害を無くすために開発されているのだが。
※「指示待ち」にされてしまうと困る、というのはよくわかります。

o 学習性無力感・自発性の欠如
※望月先生の試みは 選択肢を get する行動を増やし、自発を増やすと思うけど?

o 低い自己肯定感・自己効力感
※これも「治す」のではなく「今できること」で選択肢を増やしていけば増大すると思うが。

o 感覚調整行動(stimming)の抑制
※日本でこれをやってる研究者・実践者いるだろうか?もちろん「周囲が困っている」状態なら代替行動を探すだろうけれど。

o アイコンタクトの強制による心理的・生理的ストレス
※これも日本でやってる研究者・実践者はいるだろうか。もちろん結果的にアイコンタクトができた、ってのはある。ABA というわけではないけれど、私も体験しました
(なお、ChatGPT はアイコンタクトを「眼球接触」と訳してくれました・・・これは怖い・・・)

o 外的報酬依存による内発的動機の喪失
※「内発的動機の喪失」なんてことが起こったら「そら困る」と思うわけですが、「依存」って何だろう・・・
例えば「褒めてもらえれば嬉しい」「感謝されれば嬉しい」それを求めてさらに適切な行動をしよう、と思うのは依存とか呼ばれるようなことなのか?


3. 心理的・倫理的な問題

• 非言語の子どもたちは意思表示できないため、ABAによる「指示に従う」の強制は、虐待に近いとされる。
※まず意思表示できるようにしようよ、ですね。それをやってないのかな?

• 精神的トラウマ、PTSDのリスク、性的・身体的被害への脆弱性の増加も指摘されている。
※アメリカではそうなんやあ、としか・・・

• Board Certified Behavioral Analysts (BCBA) には自閉症の神経学的理解や発達心理学の専門知識が十分でなく、倫理的にも問題がある。
※行動分析士認定資格取得者のことですね。これ、ひょっとしたら、日本の「特別支援学校教諭資格」などと同じような現状になっているってことかも。「資格」にはいつもついてまわる問題かも。

📊 著者の提案と結論

• 研究と倫理の再検討が必要:非言語児への長期ABAの科学的有効性は不明であり、効果を証明する縦断的研究が乏しい。
※ だいたい「長期 ABA」ってのがおかしいのかも。暮らしの中で「行動的 QOL を上げていく」というのじゃなく、「ABA 療法」と考えるならおかしくなっていくと思う。

• 多様なアプローチの導入を:心理学の他分野では複数の理論や手法を組み合わせることが常識であり、ABAだけに頼るのは非専門的かつ有害。
※1987年の望月論文は「福祉との連携」がどのように可能か、を考察している。また実践者ってのはもともと折衷主義になるものじゃないかな?特に日本では。

• 倫理的責任の追及:「害を及ぼさない」という専門家の誓いに反する実践が横行しており、見直しが急務である。
※アメリカではそうなのか。日本では?


 しかし、ABA の専門家でもない私がこんな記事を書くのはおかしい、とも思えるし、ABA の専門家でなくてもつっこみはこれだけ入れられる、という話でもある。

 また、ここで語られている批判的言辞は日本でだと

 保育園、幼稚園、こども園、就学前施設(センター)、学校、の特別支援教育担当者(特別支援学校は全員が特別支援教育担当のはず)などでのお子さんへの関わり方。児童発達支援、放課後等デイサービス、成人向け福祉事業所、などでの成人さんへの関わり方(別に ABA ということではなく)。

 その多くのところに当てはまる批判かもしれない、と思いました。ちゃんとやれてるところのほうが少なそうだから。



posted by kingstone at 20:02| Comment(0) | TrackBack(0) | 特別支援教育や関わり方など | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする