私の関わりのある法人
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※このブログに書いていることは、私の関わりある法人の意見ではなく、
 あくまでも、私個人の意見です。

2017年12月12日

2017年12月11日のつぶやき














































































































































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2017年12月11日

(労働者階級の歴史2)労働者階級の反乱 ブレディみかこ著




(労働者階級の歴史2)労働者階級の反乱 ブレディみかこ著

前回の最後から

1945年 ウィンストン・チャーチルの保守党が大敗北
クレメント・アトリーをはじめとする労働党政権
1948年から1970年代の始めまで失業者数が労働者人口の2%を下回る時代が続いた
アナイリン・ベヴァンの公営住宅
また図書館、博物館、体育館、学校など総合的な街のデザインを視野に置いていた
(しかしそのためなかなか量ができなかった)
またペヴァンはNHS(国民保健サービス)を作った


1951年 公営住宅の量があまりできなかったため
「公営住宅に入れたラッキーな労働者たち」に対する
「いまだに公営住宅に入れない労働者たち」の羨望と嫉妬のために労働党政権敗北。

中流階級以上は戦前税金も安く、低賃金の「召使い」もいて「いい時代」だった。
戦後は税金が高くなり、「召使い」を使うこともできない「楽園が失われた状態」であり、NHSができても、もともと高いお金を出して診てもらえていたので、有り難みはなかった。

1950年代。
消費財の所有。「繁栄」の時代。
(って、日本の高度経済成長と同じ?欧米も日本も同じようなものなのか?)
「分割払い」の時代。
消費税の導入と、中流以上の減税により、格差が拡大していく。
1951年 既婚女性の1/3が就労
1955年 全世帯の1/3がテレビを保有
1960年頃 既婚女性の40%が就労
     全世帯の90%がテレビを保有

1950年代半ば以降 公営住宅が狭くなり質の劣化(とにかく作れ)

1951年 全人口の18%が公営住宅に住む
移民層の住宅不足は深刻。また住宅不足は移民のせいと言えば政治家の言い訳になった。
1956年 「怒りをこめて振り返れ」ジョン・オズボーン
1958年 ノッティング・ヒルとノッティングガムのスラム地区での人種暴動
白人労働者は、移民に住宅も仕事も女性も奪われている、という被害者意識があった。
「年上の女」ジョン・ブレイン
「土曜の夜と日曜の朝」アラン・シリトー
「密の味」(映画)シーラ・ディレイニ
1960年 公営住宅への入居者 25%
「ビートルズ」結成(前身のバンドは1957年から)
THE BEATLES - Please Please Me - 1963


「キンクス」や「ザ・フー」も生まれた。
マイ・ジェネレイション / ザ・フー


賃金の上昇と本が安くなり労働者階級でも本を読む人口が増えた。
「労働者階級の文化がクールなもの」という認識が広がり、中流階級出身者も「労働者階級から出た」と経歴をでっちあげるようになった。
アートが注目される→そういう人が集まってくる→しゃれたレストランやブティックが増える→地価・家賃高騰→貧困層は出て行き、より上の層が入ってくる
これを「ジェントリフィケーション」と呼ぶ

1963年 ブリストルでの移民関連の調査結果。
暴動が起こりつつ、労働者階級は隣人として移民を受け入れていっていることが報告されている。
1965年 人種差別禁止法(もちろん差別がきつかったからだよね)
1967年 成人男性の同性愛と、妊娠中絶が犯罪ではなくなった。


1968年 保守党イーノック・パウエルによる「血の川演説」
「移民が増えると暴動が起きて血の川のようになる」
この演説でパウエルは辞任させられたが、賛同する未組織港湾労働者が国会議事堂周辺でデモをした。それに対して労働組合に入っている労働者がカウンターデモをした。
1969年 虐待や姦通の事実がなくとも離婚が認められるようになった

1970年代まで 公営住宅への入居者 1/3(33%?)


貧困層の助け合い精神が称揚されることがあるが、「そうせざるを得なかった」という側面がある。(これ、日本の自殺稀少地域とかでも当てはまるかも・・・プライバシーがあまりないことと表裏になっている)

1970年 保守党 エドワード・ヒース政権生まれる
1971年 労使関係法(労働者の権利制限)
1972年 住宅法(公営住宅の賃料を市場価格によって決定する)
女性を中心とした不払い運動
様々な問題を話し合うお茶会(現在の「モーニング・コーヒーの会」)
非公式の託児所・学童保育そして助成の要求へ
1973年 オイルショック
1974年 ウィルソンの労働党政権。
トニー・ベンは雇用創出を唱えたが、ウィルソンはその説をとらなかった。
1976年 ウィルソン辞職。
後任はキャラハン。財政破綻を宣言し、IMF管理を受け入れる。
(後の韓国みたいなもんんか・・・)
労働党政権が緊縮に舵を取る。
(日本で民主党が消費税を導入したようなもんか)
1979年 保守党 サッチャー政権始まる

「階級はもはや無くなる。自分を助けるのは自分だ。社会や国に依存せず、個人が自分の努力と能力で成功を勝ち取る時代が来た」というサッチャーの信念は、組合があまりにも力を持ちすぎたせいで英国の経済が落ちぶれたのだと信じていた労働者階級の人々に支持された。

 ってことなんだが、サッチャー以前、そこらじゅうにゴミが回収されないまま残っていたのが、サッチャー政権になってからそういうことが無くなった、というのはどう考えたらいいんだろう?組合があまりにも力を持ちすぎていてゴミを回収しなかった?

1981年 住宅法
財政破綻を緩和するために、IMFとの約束で財政支出を大幅削減する必要があった。それで公営住宅を売りに出し、「持ち家政策」をとることにした。結果としてコミュニティー解体。
本当に貧窮している人たちの住宅が無くなり、暴動が起きた。

1982年 雇用法
組合に入る義務が無くなった。

1984年 石炭庁が20の炭鉱閉鎖を発表。
1年のストライキが始まるが労働側の敗北。
映画「パレードへようこそ」


1990年 保守党 ジョン・メイジャーが政権につく
「階級の無い社会を作る」と公言

1992年 労働党勝利するも1994年ジョン・スミス党首死亡。
トニー・ブレアが首班に
しかしトニー・ブレアはサッチャーから「彼が一番できのいい私の息子」と呼ばれていた。
最貧困のコミュニティには「職業訓練」「生涯教育」「コミュニティセンターの充実」「幼児教育の充実(就学時の児童の発育格差が縮小できるように、貧困地区で包括的な保育サービスを行うチルドレンズ・センターを作る)」
と書いてくると「いいこと」ばかりをしているような気がするが・・・
結局、「事情があって働けない人」に冷たかったのかな???
で、このようなことをしているが、次の調査のような結果に・・・なぜだ?

1997年の調査 家族全員無職の家庭で就労年齢の人が450万人。
6人に1人が国の給付で生活している。これは西ヨーロッパでは最も高い数値。

1999年 「反社会的行動禁止令」
(ってことは反社会的行動が増えてたってことだよね。で、そういうことをする若い人はチャヴと呼ばれていたということだけど、それは「ヤンキー」をもっと激しく差別的に言い表す言葉なのかな)
 認定されたら(?)町の中心街に出ることを禁止されたりもするそう。



1990年代後半を通じて「契約社員」の増加と生活の「不安定化」
(やはり日本と同じことが起こってたんや。ってかそれを日本がマネしたのか)

2007年 ブレア辞任ゴードン・ブラウンが首相に
2008年 リーマンショック
2009年 景気後退
2010年 保守党デイヴィッド・キャメロン政権
「ブロークン・ブリテン」を修復するというスローガンで
「福祉削減」「公務員給与凍結」「付加価値税(消費税)引き上げ」を行った。
不正受給狩り(?)が強化され「SCROUNGER(スクラウンジャー。タカリ屋)」という言葉が流行。
2011年 チャヴ暴動。
2016年 EU残留・離脱の国民投票。僅差で離脱が勝利。
キャメロン首相辞任、メイ首相就任。しかし緊縮の方向性は変わらず。
2017年 保守党 選挙で過半数割れ。
労働党、反緊縮策で票を伸ばす。
なお労働党党首コービンはトニー・ベンの弟子。


コービンが下院議会で言及したとのこと。


 なお、やはり白人労働者の多くが「離脱」に票を入れたことは、既にたくさんいる移民にとっては裏切られた思いがすることだが、実は「緊縮策」によっていがみ合わされる状態になっているのでは、というのがブレイディ・みかこさんの見立てになると思う。

 またキャメロンは「余計なこと(国民投票)」をした首相として記憶に残るだろう、と。



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2017年12月10日のつぶやき






























































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2017年12月10日

(労働者階級の歴史1)労働者階級の反乱 ブレディみかこ著




労働者階級の反乱 ブレディみかこ著
地べたから見た英国EU離脱


第III部 イギリスの労働者階級の100年

オックスフォードのセリーナ・トッドの
「ザ・ピープル イギリス労働者階級の盛衰」から、とのこと。


とりあえず、第二次大戦の終わりまで。

1910年(明治43年) 時代の転換点。「イギリス労働者階級出現」(ガーディアン紙)
1月 労働党28議席から40議席へ
5月 エドワード7世死去
ブラックカントリー(工場の煤で町が真っ黒だったから)のクラドリー・ヒースで、鎖工場の女性労働者たちが1日10時間(!)労働規制を求めてスト。労働側勝利。
11月 南ウェールズで炭鉱労働者スト。軍隊出動。
サフラジェットが国会議事堂で警官と衝突。



 しかし、サフラジェットの指導者、エメリン・パンクハーストと、鉄の女、マーガレット・サッチャーと、どっちもメリル・ストリープがやってるんだ・・・



保守系のタイムズ紙
「民主主義の行き詰まり」
保守系の論調
「英国の繁栄は貴族階級の知性と分別によるものであり、ものを知らない労働者階級に選挙権が与えられていなかったから、他国より成功してきたのだ」

100年後、EU離脱が決まってから
「無知な庶民に投票権を与えるな」
というのと相似


1911年(明治44年) 自由党政権が国民保険施行
     肉体労働者と年収160ポンド未満の者に、疾病と失業の保険を提供。
     この中には「召使い(つまり執事やメイド)も含まれていた。
     1911〜1914には「召使い問題」が新聞を賑わせていた。

考えたら召使いってプライベートのない超ブラック労働なんだな。

1914年 第一次大戦勃発。
    これにより召使いがいなくなり、軍需工場労働者となった。
    良い賃金を得られた。
1918年 第一次大戦終了。失業者があふれる。
1919年 暴動が起こる。

1917年にはロシア革命があったし、1918年にはドイツ革命があったし、上流・中流階級は労働者を恐れていた。

1920年代 メイドたちの反逆。フラッパー

追記
 あれ?と思って調べたら、日本のモダンボーイ、モダンガールもこのフラッパーと同じ頃だ。
 大正から昭和初期。背景として「大正デモクラシー」とか「大正自由教育運動」とかも起こったし。
 これは日本も第一次世界大戦で好況になったし、それを背景として同じような現象が起こったのだろうか?
 それとも、「情報」の流通で?



1926年 ゼネラルストライキ。9日間で労働側敗北。

1929年 ウォール街の株暴落
     英国も失業率上昇
1930年代にかけて「家計収入調査」の強化の時代。(失業保険をできるだけ出さないようにするため)

って、これ、昨日日本でされたことと同じちゃう?


スクリーンショット 2017-12-10 22.53.11.png

「現在の生活保護受給額」と「一般低所得世帯の生活費」を調査して比べて「下げろ」と言ってるのだから。

 こういう時代にあって、ドイツやイタリアはファシズムに流れていったが、英国がそうならなかったのは、労働組合が一定の強さを持っており、ドイツの失業者より年齢層が高かったから、という説。
 イギリスのナチ支持者は富裕層だった、と。

1942年 ヘヴァリッジ報告書(ゆりかごから墓場まで)
1945年 にかけて労働者の地位向上。(戦争になると軍需が強まる)
子どもたちの疎開計画に携わった人たちが、戦後の教育改革と社会改革に寄与した。

 1926年には「国家の悪魔」と呼ばれ、1930年代は「国家の寄生虫」と呼ばれていたのが、この頃は「ピープル」と呼びかけられるようになった。

1945年 ウィンストン・チャーチルの保守党が大敗北
     クレメント・アトリーをはじめとする労働党政権
1948年から1970年代の始めまで失業者数が労働者人口の2%を下回る時代が続いた
アナイリン・ベヴァンの公営住宅
また図書館、博物館、体育館、学校など総合的な街のデザインを視野に置いていた
(しかしそのためなかなか量ができなかった)
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労働者階級の反乱 ブレディみかこ著




労働者階級の反乱 ブレディみかこ著
地べたから見た英国EU離脱

 著者は、日本人移民。
 夫はロンドンのイーストエンド出身。
 白人労働者階級。
 二人は20年間ブライトンにある公営住宅地に住んでいる。
 ここはサッチャー政権の時代に払い下げられた。
 住んでいるのはほとんど白人労働者階級。
 だから白人労働者階級の友達もたくさんいる。
 夫の友人で今も著者とつきあいのある人たちは、人種差別主義者、排外主義者ではない、と思って来た。

 また著者は保育士の仕事をし、その中でできた友達は移民が多い。

 2016年6月23日、EU離脱に関する国民投票が行われた。

 6月24日早朝。テレビを見ていた夫さん。

「おおおおおおっ」
「離脱する、離脱するんだ、俺たちは・・・。オー・マイ・ゴーーーーッド」

 夫さんは「離脱」に投票していたが、「離脱」するとは思っていなかったらしい。
 多くの人がそういう気持ちだったと著者は書く。

 また著者の移民友達たちは当然「残留」派で、しかし投票権は無かった。

 で、ニュースでは「白人労働者階級の人種差別主義、排外主義によりこの結果が出た」と伝えられたが、それは本当だろうか、ということで著者があれこれ調べたことをまとめ、この本は書かれた。

 まず「離脱」は「トランプ現象」と同じ流れで説明されることが多いけれど、実際は英国人には「トランプ嫌い」が多い。

 また「離脱」に大きな影響を及ぼした「離脱すればEUへの拠出金、週3億5千万ポンドをNHS(日本の健康保険みたいなもん。ただし「実行機関」も持っている)につぎ込むことができる」というのがデマだとわかって大騒ぎになっている。しかしつまりこれは「社会保障にお金をつぎこめるはずだったのに」ということで米国の「社会保障を切れ」という考え方の対極にある。

 また「離脱」派勝利直後は(「離脱」に投票した人も含めて)多くの人がうろたえたけれど、ごちゃごちゃ議論になっているうちに、「もう決まったんだからさっさと離脱しよう」という人が増えてきている。

 これわかるな。
 うんざりしてしまうもんな・・・

2017年6月
 メイ首相が選挙で盤石の体制を作ろうと思っていたのが、逆に過半数割れに追い込まれたのは、労働党のコービンがいいマニュフェストを出した、というのが大きい。「反緊縮マニュフェスト」と呼ばれた。内容は

○ブレグジットや外交政策についてはほとんど触れない
○国内政策のみに絞った
・公共インフラへの投資
・雇用創出
・医療、教育、住宅、福祉など公共サービスへの支出増大
・大学無償化
・積極財政
・鉄道、郵便の再国有化

 これにより、「あと投票日が1週間遅かったら労働党が勝った」と言われる状況になった。

第II部では白人労働者階級(全員「離脱」に投票)の人たちにインタビューしています。
ここがめちゃめちゃ面白い。
1番私的にウケた1つだけ引用。

(名前と経歴)
ジェフ(仮名)
1956年、ロンドンのレイトンストーンに生まれる。セカンダリースクールを最終学年でドロップアウト。闇の商売に手を染めた逮捕、服役。出所後、塗装業。その後リヴァプールの女性と結婚。離婚。現在は20代のタイ人の妻と2人暮らし。

(みかこ)
 まあ、配偶者ビザの話とEU離脱の話は、また別物だと思うけど・・・

(ジェフ)
「違ってやしないだろう。EUだの何だの、国の外のことばかりが大事になって、国の中を犠牲にしてきたんだ。……俺は、国境を閉ざせとか、一国で孤立しろとか言ってるわけじゃない。俺だって外国人と結婚しているし、毎年タイに行ってるし、外国人に対して偏見があるわけじゃない。タイとか行くとよ、貧しくて、上の学校に行きたいのに行けない親戚の子どもとか、いろいろいるから……。
 ああいうのは本当につらいし、世の中フェアじゃないと思う。頭もいいし、頑張り屋でいい子なのに、生まれた国や環境のせいで、制限されるのかなって。俺にとってはたいした額じゃないから、いつも金を置いてくるんだけど……、俺にはそれしかできないから・・・
 国境を開くっていうなら、ああいう子どもも、ビザだの何だの面倒なことしないでも、俺がこの国に引き取れるようにするべきだろう。どうしてEU国だけなんだよ。それも結局は、閉ざしてることに変わりないんじやないのか、EUの外の世界に向かって?」

(みかこ)
 つまり、完全に国境を開くべきだってこと? 黒か白か、みたいなどっちかしかないってこと? それはちょっと極端だと思わない?

(ジェフ)
 「だってそうだろ、友愛とか平等とかいうなら、難民、経済移民、どんな理由で来てようと、どこの国から来てようと、みんな受け入れなきや嘘だろ。ジョン・レノンみたいなこと言うなら、国境なんか無くさないと欺脈だろ。でもそうはできねえじゃないか。国の広さには限界がある。国の資源にも限界がある。だから人の勅きを制限しなきやいけない。それならそれですべての外国人に対して平等な方法で制限しないと、ジョン・レノンのいうラブ&ピースじゃないんじゃねえのか」

(みかこ)
 あれ? ジョン・レノン好きだったっけ?

(ジェフ)
「嫌いだよ。あいつは偽善者だった」




第III部ではイギリス労働者階級の100年の歴史に目を向けはります。
それはまた今度。





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