私の関わりのある法人

スクリーンショット 2015-01-19 0.09.07.png

スクリーンショット 2015-01-19 0.16.04.png
※このブログに書いていることは、私の関わりある法人の意見ではなく、
 あくまでも、私個人の意見です。

2015年01月17日

阪神淡路大震災から20年

 阪神淡路大震災から20年たつのですね。

 私のブログのサイドバーに「阪神淡路大震災」というカテゴリがあります。

 時系列的には1月15日の描写から始まっています。
 ただし、この文は当時書いたものではありません。

 1月17日からは当時の文ですね。

 関西電力のCMで、当時電気がやってきた時のシーンがありますが、本当に嬉しかったです。


posted by kingstone at 07:13| Comment(0) | TrackBack(0) | 阪神・淡路大震災 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年01月16日

1月17日 阪神淡路大震災から18年目

                            20130117
個人的ニュースレター
               1月17日に寄せて
                             kingstone

 今日は、1月17日、1995年の阪神淡路大震災から18年目になります。スタッフさんへの研修の前ぶりにしようかとも思いましたが、今日の研修の話題「診断名」などとは少し外れるかも、と思いましたので、ニュースレターにさせて頂きます。

 2011年3月11日の東日本大震災の時、NHKでいつもおちゃらけたことをつぶやいているTwitterアカウント、@NHK_PRさんに一人の方が、こんなつぶやきをぶつけました。ustというのはネットで無料で見ることのできる動画サイトです。

「@NHK_PR は ustでNHKが見られることをツイートしたらどうなの? ここだよ→ http://t.co/XaympNk @NHK_PR: 停電でテレビがご覧になれない方も多くいらっしゃいます。津波情報を出来るだけ拡散して下さい。」

それに対し@NHK_PRさんは

「情報感謝!」

と返しました。その瞬間、@NHK_PRさんのつぶやきを読んでいる多くの人がテレビはつかなくても、ネットで津波情報を見ることができることを知りました。実は、これは著作権・受信料など、多くの問題があり、「違法」と言っても良い行為でした。すぐにこんなつぶやきが来ました。

「現時点でNHKではUstreamなどでの配信を許可されているのですか?いろいろなところで配信されているのですがいいのですか?」

 それに対し、@NHK_PRさんはこう答えました。

「私の独断なので、あとで責任は取ります。」

 これはネット民の多くの共感を呼びました。私は、阪神淡路大震災の時の神戸大学医学部精神科の教授だった中井久夫さんの言葉を思い出しました。

「1995年1月・神戸」中井久夫編(みすず書房)
(引用開始)
 初期の修羅場を切り抜けおおせる大仕事は、当直医などたまたま病院にいあわせた者、徒歩で到着できた者の荷にかかってきた。有効なことをなしえたものは、すべて、自分でその時点で最良と思う行動を自己の責任において行ったものであった。初期ばかりではない。このキャンペーンにおいて時々刻々、最優先事項は変わった。1つの問題を解決すれば、次の問題が見えてきた。「状況がすべてである」というドゴールの言葉どおりであった。彼らは旧陸軍の言葉でいう「独断専行」を行った。おそらく、「何ができるかを考えてそれをなせ」は災害時の一般原則である。このことによってその先が見えてくる。たとえ錯誤であっても取り返しのつく錯誤ならばよい。後から咎められる恐れを抱かせるのは、士気の萎縮を招く効果しかない。現実と相渉ることはすべて錯誤の連続である。治療がまさにそうではないか。指示を待った者は何ごともなしえなかった。統制、調整、一元化を要求した者は現場の足をしばしば引っ張った。「何が必要か」と電話あるいはファックスで尋ねてくる偉い方々には答えようがなかった。今必要とされているものは、その人が到達するまでに解決されているかもしれない。そもそも問題が見えてくれば、半分解決されたようなものである。
(引用終了)

 私は、阪神淡路大震災の時に、肢体不自由養護学校に勤務していました。震災1週間後、家庭訪問をしていると紙オムツが不足していることがわかりました。そこで一応管理職に許可を取った上でですが、学校からネットで「紙オムツが不足」ということを伝えました。翌日の昼、瓦礫の中を家庭訪問をしていると訪問先に教頭から電話がかかって来ました。(当時携帯電話はごく一部の人しか持っていませんでした)

「紙オムツがたいへんなことになっている。すぐに帰って来てくれ」

 帰ってみると、1教室がまるまる紙オムツ倉庫になっていました。すぐに私は紙オムツを管理する係になり、ついでに他の支援物資も管理する係になりました。
 すると、その日から若い教師たちが、
「こういう物を使ってこういうことをしたいのですが」
「こんな物を持って家庭訪問に行きたいのですが」
と私に相談をかけてくれるようになりました。私は
「よっしゃ。やり。なんかあったら私がなんとかしたる」
 ・・・実は私には何の権限も無かったのですが(笑)

 特別支援教育をこのような災害時の動きに例えると顰蹙を買うでしょうか。
 しかし、特にお子さんが小さい時は、ごく普通の日常ではなく、非日常を生きざるをえないご家庭も多そうです。楽しいごく普通の日常を送って頂けるようになるために、いろいろなことを考えないといけないんだろうなあ、と思います。
posted by kingstone at 23:17| Comment(0) | TrackBack(0) | 阪神・淡路大震災 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年02月22日

1995年3月31日4月2日 とりあえず記録はおしまいです

1995年3月31日 4月2日


kingstone         神戸地区障害児諸学校救援基金へのお礼
(14) 95/03/31 14:11

 年度末事務にかまけて、お礼が遅れておりました。
 たいへん失礼しました。
 前回の報告以降、下記の方々よりご送金頂きました。

愛のメモリー様
七戸養護学校生徒会様
新治養護学校有志様
ひのみね養護学校高等部31HR様
都障教組足立養護分会主任手当拠出委員会様

本当にありがとうございました。

また、#288で大網養護学校様と書きましたのは大綱養護学校の間違いでした。

たいへん失礼しました。お詫びして訂正いたします。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
kingstone          今までのご支援へのお礼
(14) 95/04/02 16:55

                         平成7年4月2日
送金並びに支援して下さった皆様へ
                    神戸市立盲・養護学校長会会長
                             校長実名

お礼

この度は神戸地区障害児諸学校救援基金にご送金並びに様々な形のご支援を賜りましてたいへんありがとうございました。

1月17日の地震によりまして、阪神地区では大きな被害を被り、障害児諸学校でも学校設備・人的資源・通学路、また避難されておられる方々の生活など教育活動を続けていく上での様々な問題が山積みしております。

しかしながら、全国の皆様のご支援と、当地の多くの者の努力で一つずつ問題を解決していきつつあります。

 私共の勤務します神戸市立某肢体不自由特別支援学校でも2月6日に学校再開、2月20日からは簡易給食を始めることができました。そして3月10日に高等部の卒業式、3月17日には幼・小・中の修了式・卒業式を無事とりおこなうことができました。現在は新学期にむけて、職員一同体制作りに頑張っております。

しかし、避難所生活を続けておられる方もあり、また遠方に避難し本校に戻って来たくても住宅がなく戻って来れないご家族があるなど、未解決の懸案もあります。

 送金していただいたお金は障害児諸学校の全壊・半壊家庭へのお見舞いや弔慰金として、またそれぞれの学校での被災者救援活動全般の一助にさせて頂いております。くわしくは当会議室の#293をご覧下さい。また紙おむつその他の物資は本校や他の場所で役立たせて頂いております。
 
 本来、参上しお礼を申し上げるべきところですが、書面にて失礼いたします。

                                 合掌


代理アップ kingstone
posted by kingstone at 10:54| Comment(0) | TrackBack(0) | 阪神・淡路大震災 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

1995年3月29日 義援金配布

1995年3月29日

※スペースとかタブがぐちゃぐちゃですが、ご容赦下さい。



kingstone           神戸地区障害児諸学校救援基金の配付
(14) 95/03/29 19:24

神戸市盲養護学校長会長 校長実名

 神戸地区障害児諸学校救援基金へ送金して頂いたみなさん、たいへんありがとうございました。先日第1次の配付(2次ができるかどうかはわかりませんが)をしましたので報告させて頂きます。
95年3月16日現在で1651745円のご寄付を頂きました。

まず、神戸市盲養護学校長会の調査による被害状況は

市盲 青陽東 青陽西 青陽高 友生 垂水 県盲 神聾県神戸のじぎく計
死亡 2 1 1 4
生 全壊・全焼 11 14 3 13 6 1 2 4 3 57
徒 半壊 9 5 3 4 2 16 2 8 15 10 74
教 死亡 1 1
職 全壊・全焼 6 5 2 1 15 11 3 1 2 1 47
員 半壊 10 8 4 3 13 13 5 9 8 4 77

ということで、それぞれの合計は死亡 5 全壊・半壊 255 ですので配付は

死亡に対して 10000円 10000*5= 50000
全壊や半壊など 5000円 5000*255=1275000
各校の運営補助に30000円 30000*10= 300000
事務局費に26745円 26745
----------------------------------------------------
計 1651745円

というふうにさせて頂きました。
暖かいご援助本当にありがとうございました。

代理アップ kingstone実名
posted by kingstone at 10:46| Comment(0) | TrackBack(0) | 阪神・淡路大震災 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

1995年3月18日

1995年3月19日

◯◯           友生肢体不自由特別支援学校から
(14) 95/03/19 17:05

 18日は卒業式でした。

 今年は、幼稚部・小学部・中学部・高等部合同で、行われました。

 幼稚部6人、小学部4人、中学部5人(内わらび学級2人)、高等部3人の卒業生です。

 小学部ではなくなった恵子さんの代わりにお母さんが卒業証書を受け取られました。

 高等部の一人は病院から外出許可をもらっての出席でした。地震がなければ自分の足でクラッチを使って歩いて証書をもらいに行けた生徒でしたが、車椅子を自分でこいで受け取りました。

 進路はデイサービスやリハビリセンターです。一時はどうなるかと思われましたが、なんとか行き先があってほっと一息。十分に満足できるところは地震がなくてもなかなかないのですから、今は良かったと言うべきでしょうね。
posted by kingstone at 10:31| Comment(0) | TrackBack(0) | 阪神・淡路大震災 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
スクリーンショット 2015-01-19 0.09.07.png