私の関わりのある法人
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※このブログに書いていることは、私の関わりある法人の意見ではなく、
 あくまでも、私個人の意見です。

2016年12月08日

完璧なプランなどというものは存在しないので、早く実行に移してしまった方がいい(エディー・ジョーンズ)





 病気になってからは、いろいろな気づきがありました。いいプランが見つかったとしたら、それをどのタイミングで実行すればいいのか。これまでは時機を見計らうことが大切だと思っていたのですが、いまは思いついたらすぐに実行に移した方がいいと考えるようになりました。もちろん、少し時間をかけて、より良いプランにしてから実行した方がいいという場合もあるでしょう。でも、結局は完璧なプランなどというものは存在しないので、早く実行に移してしまった方がいいと気づいたんです。その方が、プランを達成するチャンスが大きい。コーチングとは、あらゆる問題への素早い決断を求められます。決断して実行に移していく。時には、その判断がミスかもしれないのを承知のうえで


 まあ、結局のところ、私自身に都合のいいところを引用しているだけなのかもしれませんが・・・

 私も、いっぱい判断ミスをします。
 お子さんと関わっていても、スタッフさんに指示しても、そして親御さんやその他の方たちと関わっていても。

 でも私のADHD(未診断)的な特性ゆえか、思いついたら即実行、ただし失敗と気づいたら即別方向を試す、というのもこみでやっていますが。

 で、ほんと、そのほうが「やらぬ後悔」よりも納得できるしな。



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2016年12月02日

客観的な価値があると思ったらタイプしておきます(エディー・ジョーンズ)





「メモ帳に、自分がポイントだと思ったことを5つか6つ、書いておきます。そして、後になって自分の書いた内容に客観的な価値があると思ったらタイプしておきます。1週間に一度くらい、それをまとめた書類を作っています。ただし、厳密に必ず作ろうとはしていません。書類を作るために仕事をしているのではなく、あくまでコーチングが仕事ですから」
 チームで起きていることに考えをめぐらせて、問題点は何かを把握する。そのための解決法は何かを考え、それをまた書いていく。


 私も、今日、ある事業所でミーティングがあったのですが、
「メモ」→「タイプ(Word)」→「考えをめぐらせ、方向性を出した具体的提案」
を出させてもらいました。

 スタッフの動き(注・動かない、発声しない、等も含めて)がすごく良くなってきてると思います。と言っても今日だけのことじゃないです。以前からの積み重ねですが。

 ほんと私も、書類を作るのが仕事ではなく、あくまでもスタッフさんたちのパフォーマンスを上げ、お子さん達が落ち着いて暮らせるようになることが仕事だもんな。

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2016年11月30日

楽しさと規律は矛盾しない(エディー・ジョーンズ)





 エディーさんは楽しさと規律は矛盾しないという。
 実際に、成功しているチームを構成する要素には次のようなものがある。
・ハードワーク
・楽しさ
・規律(ディシプリン)
・柔軟性(フレキシビリティ)


 ハードワークは当然。
 でも楽しいことなら、どんどんハードにやろうと思うわな。

 で、規律(ディシプリン)ですが、何か間違ったことをしでかして罰(一般的な意味でだよ。ABA的でなくてね。例えば遅刻で罰金とか、高校生とかだったら髪を金髪にしたら黒く染め直させられるとか)を受けるというのもあるかもしれないけど、

 エディーさんは、「規律は選手の中に宿る」という。
「チームの決まり事やペナルティを犯さないということだけが規律ではありません.本来、『生活のなかで正しいことをする』のが規律なのです。練習後、家に帰って、次の日のために食事をしっかりととって、ストレッチをやって、十分な睡眠を取る。こうした当たり前のことを、規律がある選手は何も言わなくても出来るけれど、規律がない選手は出来ないのです。規律が守られてこそのパフォーマンスではないでしょうか」

 つまり、正しいことをやればパフォーマンスが上がる、それが勝利というご褒美につながる、ってわけですね。×に対して○を意識する。

 禅語の

    諸悪莫作(悪いことをせず)
    衆善奉行(いいことをしなさい)

を思い出します。



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2016年11月27日

グラウンドでは、下位10%の選手たちの指導に時間を割く(エディー・ジョーンズ)



ラグビー日本代表ヘッドコーチ エディー・ジョーンズとの対話 (Sports Graphic Number Books) より

「ひとつの集団があるとします。分かりやすくするために10段階評価とすると、9〜10の評価の選手が10%、I〜2の評価の選手も10%ほどいます。3〜8までの評価に当てはまる選手が残りの80%ほどになります。これはラグビーに限らず、たとえば会社、学校などの組織でも一緒でどの集団でも平均分布になるはずです。コーチとしては、上位10%にいる選手のことはあまりケアをする必要はありません。常に期待通りのパフォーマンスをしてくれますから。では、集団を強くしようとするなら、どうするべきなのか?・ 下位の10%にいる選手たちを、中位集団に引き上げていくのです。そうすれば、1〜2の評価の選手を5%にまで減らすことができる。私はそれを常に目標としています」
 実際にグラウンドでは、下位10%の選手たちの指導に時間を割くという。この選手たちが「ボトムアップ」してくれば、その集団は勝利に近づいていくという発想だ。
「7から10の評価に当てはまる選手たちについては、スタッフに任せてもいいでしょうね」
 アートの実践である。

 エディーさんが言っているように、これはすごく単純化した話にしてますけどね。人間、いろんな面があるから10段階評価で表されるようなもんじゃないだろうし。

 この、組織を構成する割合についての話はいろんなところでありますね。

 私が今まで見た中では

「上位20%の人が組織を引っ張って行き、80%の人はついてくだけ」

とか、あと

「下位の人に時間を使っては無駄、トップは上位20%の人とよくコミュニケーションすること」

なんてのを読んだこともある。

 しかし、日本代表なんていう「その道のエリート集団」の場合としたら、この「下位10%に力を割く」というのが正しくて、「雑多な集団」の場合だとしたらどうかな、と考えた時、例えば小学生のラグビークラブがあったとして、ふむ、やっぱり下位10%の子どもたちってやってても面白くないだろうし、その子たちがうまくなったりいい動きをしたりすれば、みんな楽しくなるだろうな。

 もちろん子どもだとほんと「楽しくやる」のが基本だろうけど。(つまり下位10%の子たちを徹底的に「しごく」とかいうのとは意味が違う)

 さて、これが放課後等デイサービスのスタッフの話だとしたらどうなるだろう・・・
 やっぱり「全員に時間を割く」しか頭に浮かばないな・・・

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2016年11月26日

コーチングはアートなんです(エディー・ジョーンズ 前ラグビー日本代表HC)




2015年8月30日初版。
つまりワールドカップでの対南アフリカ戦での giant killing(英語で「番狂わせ、弱者が強者を倒す」)の前に書かれた本。


「試合に向けて練習計画を練るのはコーチの仕事です。では、練習をどうやって計画していくのか? そのベースになるのはサイエンスで、科学的なデータなどをもとに具体的なメニューを作っていきます。たとえば、1週間にどれくらい練習した方がいいのか、そうした計画は科学的な裏付けに基づいていなければなりません。ただし、ラグビーのような団体競技の場合、同じプログラムを選手全員に渡したとしても、そのメニューに対して期待通りの反応をする選手と、そうでない選手が出てくる。ひょっとしたら、何らかの理由でまったく反応しない選手が出てくるかもしれない。では、どうするのか?」
 そこにコーチとして工夫するべき課題があるという。

 なるほど。
 エビデンスに基づいたトレーニングね。
 (しかしエビデンスとなる研究、あるのかな?こうやってたら勝った、というのはあるだろうけど、「こうやった」と「勝った」の間の因果関係がなあ・・・今、スポーツ科学は盛んになってきてるからあるのか・・・)

「選手一人ひとりにとって、何が必要なのか、それを見極めるのがコーチングにおける『アート』なんです。選手個々の能力を引き出すためには、どのようなコミュニケーションを取るべきなのか。それこそ数限りないケースが考えられるわけです。その見極めにこそ『アート』が生まれる余地があります」

 お釈迦様の「対機説法」やね。
 しかし、この「アート」の意味、「芸術」ではなく「技術」の方が色濃く出てると考えてもいいかもしれない。

 ところで、おめめどうの「相談室」のことを神戸新聞が記事にして下さった時、私の名前を「kingstone」で書いて欲しいとお願いしたら、記者さんに「アーティストならいいんですけどね・・・」と言われて実名になってしまったことがあるんだけど・・・

 でも、「相談」とか「支援」とかって、「技術」の面が色濃くでている「アート」だと思うんだけどな。






posted by kingstone at 11:05| Comment(0) | TrackBack(0) | ラグビー・スポーツ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする