私の関わりのある法人
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※このブログに書いていることは、私の関わりある法人の意見ではなく、
 あくまでも、私個人の意見です。

2011年05月10日

リーダー論について 2011 その3 あたりから考える

 hit1678さんのリーダー論とかコマンド(命令とか指示)に関する一連のエントリがとりあえず

リーダー論について 2011 その3

で、一段落されたようです。いつものことながら、私の妄想は全然あさっての方向に飛んでいきます。

 hit1678さんは

「一般には、しつけも訓練も調教も問題行動改善も、一緒くたになっていることが多いかとは思いますが、これらはそれぞれ別のものと考えて良いですし、僕は別物だと考えています。」

と書かれていますが、へえ、そうなんやあ。私なんかだと、それら全部ひっくるめて、また他の生活もひっくるめて「暮らし」なんだろうなあ、なんて思いますが。

「コマンド」について ―または「正しいしつけ方」というものについて考えてみてる―

のところでも思っていたのだけど、

「「コマンド」というのは、「犬にある行動をさせたいときに出す指示、命令、号令」のことをいいます。」

ってことで、「伝わる何か」であり犬に「わかる何か」なわけです。で、もちろんここは「コマンド」の話だからそこを中心に書いておられる。当たり前ですけど。で、読む人はそこを「なるほど」とか「こんな非人間的な(!?『心』が無いじゃないか、みたいな)」とか思いながら読むわけです。

 でも実は「犬とのよい生活」はコマンドを出しているのはほんの一瞬。そして他の多くの部分で飼い主は犬から喜びをもらっている。

 そこらへんこれは犬の話から離れますが、私が自閉症の人たちとクラスでTEACCH的取り組みをし、それを校内研修でビデオをお見せしながら発表した時、

過去の記事85(校内研修終了 理論(理念)?実践?)

 私としては「この子たちはさぼりじゃない、なまけじゃない、反抗してるんじゃない。ただわかる方法で伝えてもらってないだけなんだ」ということを周囲の教師に知って欲しかった。だから

「具体物で理解して動くこと」
「色で理解して動くこと」
「形で理解して動くこと」
「文字(数字)で理解して動くこと」
「ワークシステム」
「NewSkillの学習の様子(先生の写真を持ってその先生のところに行き、
ワークシステムに従って学習し、最後はゴールドカードを持って教室へ帰る)」
「お菓子を使ったコミュニケーション授業の様子」

をやってる風景を録画して発表したわけです。しかしそれは「やらせる方法」と周囲の教師に映ったかもしれません。で新人Bさんの

「夏休みとか、kingstoneさんに言われてもよくわかんないことが多かったのが、いろいろやり始めてわかり始めたところも多いし、ほんと実践のところだけで良かったかも。で、ビデオもよくわかったけど、でも例えば課題学習とかやってる以外の部分の○年の生活全部をみなさんに見て頂きたいですよね。結局カードを使ってる部分って一部分だし、それ以外の楽しいところなんかも知って頂きたいですよね。それにこちらが意図していたところとは違って、カードや写真を子どもたちが使ってコミュニケーションしに来だしているところなんかもあるし」

という意見になるわけです。そこらへんの「いごこちのよい暮らし」と言うかそんなものを伝えるの、大事かなあ。あと「こちらから伝える場面」は撮影しやすいのだけど、「本人からこちらに伝える」部分はいつ起こるかわからないので撮影しずらいんですよね。

 それからリーダーというものについて。

 教師は時に「指示」「命令」するリーダーにならなきゃならないことがある、と書きましたが、これまたいつもいつもじゃない。しかし「クラスに責任を持つ者」としては常にリーダーではいつもあるのでしょう。少なくともまずいことが起こった時「それは子どもの責任」と言ってはいかんだろう、と。

 で、犬に対しても同じなんでしょうね。「指示」「命令」するリーダーであることもあるかもしれないけど、それ以上に犬の暮らし全体に責任を持つ(例えば食事とかいごこちいい寝場所とか予防注射とか)者としのリーダーであることは間違いない、と。

 いや、もちろんこれはhit1678さんの提示してはる議論から大きくはずれている話です。妄想がわいてきたから仕方が無い・・・







 

posted by kingstone at 09:03| Comment(0) | TrackBack(0) | 犬とのよい生活 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年05月05日

犬のしつけについての「リーダー論」についての話題から

 私の注目のドッグトレーナーにして応用行動分析家 hit1678さんが最近ブログをどんどん更新してはります。

「コマンド」について ―または「正しいしつけ方」というものについて考えてみてる―
リーダー論について 2011 その1
リーダー論について 2011 その2

 いやあ、私のいろいろな妄想が爆発するような内容です。
 まあいつものことながら、私は湧いてきた妄想を、犬からは離れて話があっちゃこっちゃ行きますが書いていきます。リーダー論についてですが、結局「コマンド」論にもなります。

「リーダー論について 2011 その1」

 ですが、「犬の先祖はオオカミである」ってのは「人間の先祖が猿である」というのと同じくらいおかしいでしょうね。「共通の先祖から別れた」くらいか。でもって、例えば進化心理学とかってのは、お話としては面白いし「ほほほう」とか思って読んだり聞いたりするけれど、「今ここ」のやりとりのあれこれにはあまり役に立たない。いえ、もちろん人間の場合とりあえず「納得」すりゃそれでいいみたいな面もあることは事実ですけど。例えば落語に出てくる「大家さん」とか「大店の主」とかが「店子」や「番頭」を諭す時の喩え話とか、「科学的」にはめちゃおかしいけど「なるほどな」と納得することはよくあります。まあ、でもなあ・・・というあたりで。

 で「トレーナーさんは群れにいない」というのは、言われてみればそらそうだ。

 4.方法論的疑問のところ

 例えば100行述べて、97行無茶苦茶な話で3行だけほんまの役に立つ話を書いている場合。
 いやあ、昔の自閉症の人に関するあれこれの本って、ほぼこんな感じだったかな。3行は本当のことを書いている。
 で、97行が無害だったらいいんだけど・・・そうじゃないから困りました。

 で、そんなのがたくさんあるから「ええとこどり」しよう、と言うのだけど、その3行だけをあっちからもこっちからも正しい部分だけ取ってくるというのはめちゃ大変。

 今のネット上の様々な情報だって同じですねえ。結局それを見抜ける力というのはリテラシーということになるのだと思いますが。でも素人にはむつかしい。プロだったら見抜けて欲しいですが。

 また「あの人は信頼できる。(これは人格的に、ということ)だからあの人のだす情報は信頼できる」というのは全然成り立たない話だ、というのにも通じます。3行の部分では信頼できる、しかし他の部分は「信頼できない」からスルーしておこう。それでもつきあえるよ、みたいなのが大事かなあ、と思います。(嫌だったらつきあう必要もない。つきあいたい人の場合ね)

 昔、夢分析(夢占いとか夢のお告げを読み解くとかいうのとは違います)を受けていた時、カウンセラーに「信頼できる人に夢を聞いてもらえるといいですね」と言われて「信頼できる人はいますが、夢についてわかっている友人はいません」と言ったら「それは信頼している、とは言いません」と言われて、やっと上のようなことに気づきました。

リーダー論について 2011 その2

 そういや「教師は子どものリーダーにならなければならない」と言われる方は一定数おられる。また「だから舐められたらあかん」とか・・・

 これ、「リーダーにならなければならない」というのは「ある場面」では本当だと思います。例えば通常学級で「地震が来た。津波が来そうだ」という場合だったら「廊下に並べ」「高台に行く」とすぐに短くわかりやすく指示を出し、リーダーとして行動しなければならないでしょう。

 運動会とかで全校生に指示を出す、なんて場合でも一緒でしょう。「短く」というのは「わかりやすく」でもあります。私には最近「立ちましょう」とか言う号令が気持ち悪い。「立て」とか「立つ」とかで十分な気がする。これは「コマンド」論でもありますね。

 しかし、それは「必要があって指示する場合」のこと。

 例えばこんな場合もあります。授業でも教師が「発問」する。これは「わかる音声言語」や「わかる視聴覚教材(黒板だって視聴覚教具です)」などを使う必要があります。これは「指示」や「命令」ではない。そして子どもは自分で考え、判断し、発表したいことを発表したり作品作りをしたりするわけです。(教え込むことを恐れてはいけませんが、子どもが自分でできることを邪魔しちゃいけない)そして例えばクラスにアスペルガー症候群や自閉症のお子さんがいるなら、彼らにわかる方法で伝えたり、わかることをやってもらう必要があるでしょう。

 こういう時って「リーダー論」で言うようなリーダーでは無いなあ。もちろん実はリーダーなんだけど。

 で「舐められたらダメ」というのでも、確かに「この先生は知的な刺激を与えてくれない(つまり「わかるように伝えてくれない」ということ)」と思われたらダメ、というのはよくわかります。しかし恐怖の対象として君臨し続けなければならない、という話とは全然違う。

 結局「わかる方法で」どれだけ伝えられるか、ってことなんですよね。

 さて、今までのところは前フリで、以下続くとのことですから注目して見ていかせて頂きたいと思います。
posted by kingstone at 22:05| Comment(0) | TrackBack(0) | 犬とのよい生活 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年04月29日

「きちんと褒める」とはどういうことか について

 カテゴリを「犬とのよい生活」にしようか「特別支援教育」にしようか迷いましたが、一応「犬とのよい生活」の方にしておきます。話はあっちゃいき、こっちゃいきしますが。

 私の注目のドッグトレーナーにして応用行動分析家 hit1678さんのエントリ

「きちんと褒める」とはどういうことか ―または「正しいしつけ方」というものについて考えてみてる―
「きちんと褒める」とは その2 ―または「正しいしつけ方」というものについて考えてみてる―

を読んで頭に浮かんだこと。

 えーっと、私は常々「応用行動分析は人と犬とを差別しない」と書いてますし、「山川草木悉有仏性」とは思ってます。でもって「じゃあお前は人と犬とを区別しないのか」と言われれば、韓国でポシタンを食べたいとは思ってるけど、人肉食のある部族の所に言っても人肉は食べたくない、という区別はしています。

 で、私が肢体不自由特別支援学校にいた時、学部会(会議)で「犬にだってできるのにうちの学校の子にはできない」とおっしゃった先生がいたので、すぐに私は直感で、笑いながら「そら肢体不自由の犬と比べなあきませんで」と言いました。で、私も自閉症のお子さんへの関わり方と犬への関わり方の共通点について言うことがあるけど、でも本当は「自閉症の犬」との関連についても語らないといけないんだろうなあ、とか思っています。

 で、褒める、ということについては、「効果ある褒め方」というのは犬であろうと人であろうともうhit1678さんが言われている「ある行動を増やす」ものである、と考えます。(でも、「心の底から」みたいなことは私も言いたい。自分の心に嘘をついて「褒める」必要は無いと思っています。そのためにはこちらの心が素直に反応できる状態とか価値観を持っておきたいと思っていますが)

 しかし効果があるとか無いとかじゃなく「思わず褒めちゃう」こともあるし、それでもいいとは思っています。

 で、なるほどクリッカー(カッチと音の出る道具)も「褒める」ことになるのだ、というのは新鮮でした。

 私自身は「笑顔」「視線」「やったあ」という声。「軽くパンパン叩く」などを使うかな。

 そしてまたhitさんの言われる「やってみて はじめてわかる 褒めるかな」というのにももうメチャクチャ納得しまくりです。

 でね、これは犬だとどうなるかわからないのですが、自閉症の人との関わりで「別に褒めなくたっていい」ことも多いな、みたいなことを思うことは多くなりました。どういうことかっていうと「やって欲しい課題」とかがあった時に、その人が「ひとりでやってできた」となった時、こっちが褒めなくたってその人自身が「やった」と思えて、その行動が増える、みたいなね。

 で、そんな場面も多くみましたけど、でもこれは私の「視線」は関係あったのかもしれません。またそれまでに「褒めた」ことが良かったのかもしれません。そこらへんはよくわかりません。

 昔「褒めない子育て」っていう本があって、まあ「褒めましょう」というののアンチテーゼを出そうとしてはる感じだけど、中身が薄くてあんまり感心しませんでした。しかしそのタイトルは確かに良かったなあ、と思います。

 hitさんが次に書かれている「リーダー論」にも期待です。
posted by kingstone at 20:20| Comment(4) | TrackBack(0) | 犬とのよい生活 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年01月15日

「人」はささえあって生きている。「犬」には人よりテンボウ(展望)がある(笑)

 ハルヤンネさんの「ふたつ目のつきがまわってくる」から

シェリーサポーター

「人」はささえあって生きている。

 これはよく言われる。その次。

「犬」には人よりテンボウ(展望)がある(笑)

 うまい!!

posted by kingstone at 14:15| Comment(0) | TrackBack(0) | 犬とのよい生活 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年12月26日

食べ物はコミュニケーションの手だてでもある(犬との良い関係を中心に)

 Togetterで

食べ物はコミュニケーションの手だてでもある(犬との良い関係を中心に)

 をまとめました。

 もともとpopoさんの

おは〜

を読んで、犬のトレーナーさんである hit1678 さんに声をかけたところから始まっています。

 犬とのよい関係を作る時に食べ物を使う時もあります。それはコミュニケーションの手だてのひとつでもあり、いつも食べ物(フード)を持っててもいいんだ、という話です。

ドッグトレーナー、大学へ行く。

posted by kingstone at 18:41| Comment(0) | TrackBack(0) | 犬とのよい生活 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする