私の関わりのある法人
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※このブログに書いていることは、私の関わりある法人の意見ではなく、
 あくまでも、私個人の意見です。

2010年12月08日

文部科学省予算について 財務省の出したもの

文部科学省予算について」というPDFファイル。

 私、リンクをクリックしたらダウンロードせずにChromeで読めてしまったのは何故なのだろう?

 リンクから見ると財務省の出した資料ですね。だから

「これだけたくさんお金を出しているんだ。もう出せませんよ」

という方向の資料になっています。

 これを見ると、いくつかのことはわかります。小中学校の教師増員はむつかしかろうとか

 あと、給与については、ぜーーんぶまとめたものか?年齢、とかどうなってるんだろう。それと通常小学校と特別支援学校では差があるし。ここで言う教員はどの範囲?あとボーナスを含んでない感じだな。月41万円ほどだから年500万円弱。平均するとこんなもん?

 何割か下げて他の財源にするとか、非正規雇用の教師の賃金を上げるとか、いろいろやれることはあると思いますが。でも、何割か下げてもそんなに大きな額にはならないという計算もどこかで見ましたが。

 

posted by kingstone at 20:07| Comment(4) | TrackBack(0) | 教育 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年12月07日

教師の姿勢 「いじめの定義 内舘牧子 週刊朝日12/17号」から考える

いじめの定義 内舘牧子のエッセイ 暖簾にひじ鉄より 週刊朝日12/17号

 群馬桐生市 小学校六年生女児自殺事件について

 この事件はあまりいろいろ読んでなかったのですが。

 エッセイの中で

「女児は級友からのいじめに苦しんでいたといい、学校はそれを認めた。報道によると、女児は『臭い』『汚い』『あっち行け』などと暴言を受けていたと、父親が証言している。父親は、幾度も学校に訴え、救いを求めた。」

とあります。

「女児へのいじめはエスカレートしていく。
 ひとつは、女児の母親が学校に来た際、級友たちが言った言葉だ。
『お前の母親はゴリラ顔だ。だからお前もゴリラだ』
 これはテレビの報道番組で父親が証言している。女児の両親は国際結婚で、母親はフィリピン人だった。
 そしてもうひとつは、給食を『好きな人どうし』で食べるようになり、女児はどのグループからも仲間外れにされたこと。いつもみんなから離れた場所で、一人で給食を食べていた。これは彼女の死後、同級生が各グループの位置関係を絵に描き、女児がポツンといる状態を明かしている。」

 他のニューソースを拾ってみます。

クラスで孤立 小6自殺 学校側「いじめと認識せず」 群馬

「女児は運動会後の9月中旬から、1人で給食を食べることが多くなり、学校を休むことが目立つようになった。21日の校外学習の際には出席したが、同級生から「こんなときだけ来るのか」と言われたという。」

母にプレゼントする予定の手編みマフラーで首つり 群馬の小6女児

「明子さんは2年前、愛知県から転校。上村さんによると、いじめは5年のときに始まったといい、6年では「近寄るな」などと言われることもあり、今月は学校を休みがちだった。21日の校外学習には参加したが「何で来るのか」と言われショックを受けた様子だったという。」

群馬・小6自殺:学校側「いじめあった」 市教委に報告

「明子さんは10月23日に自宅で自殺し、岸洋一校長は同25日の会見で「いじめの認識はなかった」と説明していた。その後、全児童へのアンケートや聞き取り調査で、明子さんが(1)複数の児童から心ない言葉を投げかけられていた(2)給食を1人で食べるなど孤立していた−−ことを確認し、いじめで「精神的苦痛を感じていた」と判断した。ただ、自殺の直接的原因は「(明子さんの)学校生活の様子や教職員、児童からの聞き取りでは特定できない」とした。」

「また、明子さんが給食時の孤立を泣きながら訴えたのは担任以外の教諭だった。明子さんのクラスは担任に従わない学級崩壊状態に陥り、「1学期後半から児童の落ち着きがなくなり、担任および他の教職員が指導を行ったが改善できず、ルールが守れない状態がみられた」という。」


 なるほど、学級崩壊の状態だったのか。それに対しては学校はどんな手を打ってたのかな。

 こりゃ何を言ってもせんないことかもしれません。

 内舘さんの提案は二つ。

 一つ目。

「担任はなぜ女児の味方につけなかったのか。もしも、『フィリピンってすごい国なんだよ。スペインやアメリカの植民地になっても自分たちの誇りは捨てなかった。強大なアメリカには勇敢に立ち向かったんだよ。そうだ、せっかくフィリピン人のお母さんを持つお友達がいるんだから、来週の社会科では各グループがひとつずつフィリピンのことを調べて発表しよう。Aグループは歴史、Bグループは食べ物、Cグループは気候だ』
 といい、女児に向かい
『あなたはお母さんにフィリピンのいいところと、日本のいいところを取材して、発表して』
 と言ったなら、少なくとも女児は救われた。先生は私の味方であり、大好きなママを認めてくれていると思ったはずだ。」

 二つ目。

「そして、『好きな人どうし』の給食は、女児が仲間はずれにされているとわかった時点で、即座にやめるべきだった。『仲間に入れてと自分で頼みなさい』というのは、獅子が我が子を崖下に突き落として鍛える愛情とは重ならない。」

 どちらももっとな意見と思います。まあそれ以前の問題として学級崩壊してしまっていた、ということですから、担任さんも子どもと向き合えなくなっている、子どもたちも聞く耳を持たない状態になっていたのかもしれませんが。

 一つ目で言うと、大昔の大昔に通常学級の担任だった頃、ある女の子を複数の別の子が「タレ目!タレ目!」とはやしたてたことがありました。私はすぐさま

「『卒業』という映画があってな。主演女優がキャサリン・ロスってタレ目でめっちゃ美人。タレ目ってのは馬鹿にするような言葉やない」

とかなんとか言いました。小学生に「卒業」もないもんだ、と思いますが、まあその頃私がファンだったもので。子どもたちは真剣に聞いていたと思います。まあ、心の中ではどう思っていたかはわかりませんが。でも、それで「タレ目」というはやし言葉は無くなりました。

 二つ目で言うと、毎月1回の席替えの時、「好きな人と隣に」なんて許したことはありません。さりげなく、あれこれ配慮して決めました。まあ、校外学習(遠足)の時なんかは勝手に好きな者同士でグループを作って食べていましたが、特段問題が無かったのは幸運?

 子どもたちって、すっごく優しい気持ちと、残酷な気持ちが同居しているような気がします。それでいいんですが、その残酷な気持ちの方が外に現れずにすむようにしてあげ、優しい気持ちが出やすいようにしてあげるのが大事じゃないかな。

 教師の姿勢でクラスの子どもたちはずいぶん違ってくると思います。




 ところでこの報道に関連して

群馬小6自殺 文科省の依頼にも学校は調査せず

県内小中学生に「いじめ調査」 自殺問題受け県教委

都道府県別いじめ解決率公表へ=積極的取り組み促進―文科省

 文科省も自治体も調査、調査と言いますが・・・

 そんなアンケートや報告を書いている場合かな。小さな問題はいつでも起きていて、起きた問題をいかに小さな芽のうちに解決するかが大事なことで。いくら調査に力を入れ、その解決率を公表したところで意味はないと思えるのですが。

 で、解決していればアンケートや報告には上がってきませんしね。

 何か力を入れるところが違っているような気がする。


posted by kingstone at 19:26| Comment(2) | TrackBack(0) | 教育 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年09月02日

愛子さま記事(AERA'10.9.6号)

 もうこの関連、記事を読んでも記者の姿勢に腹が立つことも多く、エントリは書くまい、と思っていましたが、やっぱりそれは困るなあ、という記事があるので。

AERA'10.9.6号より

皇室取材班(個人の署名なし)

見出し 「愛子さま 転機の夏休み」

 記事はだいたいたんたんと事実(あったこと)を記していってます。ちょっと?な警備であるとか、?な学習院の配慮とかいろいろありますが、それでも取材して書いてはるのだろうな、という感じ。しかし最後の2段落に来て一変します。

「(愛子さまの)体調が悪かったのかもしれない。この場を早く切り上げて、遊び場に行きたいという子どもらしい気持ちの表れかもしれない。が、せめて見送りの駅長にはきちんと頭を下げ、挨拶にこたえる、そのくらいは小学校3年生ならできるだろう。皇太子さまのお子さんならまして−−。
 そんな率直な感想は、その場にいた人々のあちこちから聞こえてきた。夏休みには大いに外で遊び、友だちとの自然な関係を作ることは、回復の緒についた今の愛子さまにとって極めて大切なことだ。だが、同時に、人々の前に出た時のマナーについてもそろそろ身につけていただきたい。国民の敬愛と支持に支えられているご一家の将来を考えると、そう願わずにはいられない。」

 記者が「そう願わずにはいられない」と書いているところからして、前段のまるで「その場にいた人々の」意見のように書いてあることも記者の意見を代弁させたものと考えていいでしょう。

 つまり「愛子さまは今のまま、そのままではよくないんだよ」ということは少なくとも書いてあり、直接は書いておらずともニュアンスとしては「親(皇太子さま、雅子さま)の育て方が悪い」

 取材班とのことですから、足も使って多くの人に取材してはることと思います。

 ネット上にある情報も把握しているはず。(もちろんネット上の情報はほとんどが石の玉石混交であり、そこから有益なものを探すのはたいへんですが)

 それらがわかった上でこう書くか・・・

 記者さんにはもっと「勉強」して欲しい。


posted by kingstone at 06:47| Comment(0) | TrackBack(0) | 教育 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年08月03日

愛子さま記事(週刊朝日8/13号)

 愛子さま関連記事について書くことのいろいろな意味の危険は重々承知しており、そのわりに書いても達成感は無いのでもう書くのはやめようと思っていましたが・・・・

週刊朝日8/13号の記事。2本あります。

1本目。

愛子さま「おひとり下校事件」なぜ悪い?
超過保護では解決しない
            ジャーナリスト渡辺みどり

 読む価値無し。


2本目

「登校問題」本質は子離れできない雅子さま
                本誌・永井貴子


 雅子さまのせいにする無責任というか間違いを私は書いています。

愛子さま記事(週刊文春6/3号)

 特に「母子密着だからいけない」と言うのは原因と結果の間違いで(問題があるから)「母子密着せざるを得なくなってる」と考えています。そしてその「問題」というのは雅子さま個人に帰せられるものではないと考えています。

 ところが記事中に斎藤環氏のコメントがあります。

引用開始
 さらに厳しい分析をするのは、精神科医の斎藤環さんである。「登校問題」の本質は、愛子さまへの「いじめ」騒動が端緒となって母子が抱える問題があぶりだされたことだ、と指摘する。
 一般的な例として言えるのは、母親の感情は子どもと一体化しやすいということだ。あくまで子どもとの距離を理性的にとらえる父親と違い、子どもの身に起こった「事故」に対しても「自分のせいだ」と、罪責感を覚えやすい。
 だから”いじめられた”愛子さまの問題が解決するまでは、「自分が守ってやらなくては」という責任を感じているのだろうという。
「学校にずっとついていっている状態は、はっきり言って異様ですし、学校と雅子さま、そして愛子さまにとっても不幸でしかない。学校は腫れ物に触るような形でしか雅子さまや東宮サイドと交流できないでしょう。何より無意識でしょうが、学校についていくことが、『この学校は信用できない』というデモンストレーションになっています」
引用終了

 そうなのだろうか?今、日本中に子どもについて登校しないといけない保護者はたくさんいると思っていますが。その人たちはデモンストレーションでついて行ってるのだろうか??

 斎藤環氏については著作は読んだことがなく、しかしひきこもりの人たちについて最前線で戦っている方、よき精神科医、というイメージがありました。しかしWikipediaを見てみると

「2008年8月30日朝まで生テレビ!出演時に、皇太子妃雅子の病状が適応障害と公表されていることを踏まえ、推測であることを示した上で皇太子妃の病状はうつ病であるという持論の説明をする際に、「古いうつ病と新しいうつ病がある」と区分けした上で新しいうつ病を説明する際に「新しいうつ病は不真面目」と発言した。その後、他の論者も不真面目の言葉を受けて以降、行動に限界があるが自分のやりたいことはできるという部分を批判的に発言する者が出た。」

 なるほど、そういうご意見でしたか。

 ということは私も「不真面目」というわけか。

 いや、私は不真面目というのもなかなかいいものとは思っていますが、斎藤氏は否定的文脈で捕らえておられるようですね。

私自身への診断3

 う〜ん、この考え方は何か違うぞ、という気がします。


posted by kingstone at 19:52| Comment(4) | TrackBack(0) | 教育 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年07月29日

愛子さま記事(週刊文春8/5号)

 見出し

「雅子妃と東宮職が蒼ざめた 愛子さま『おひとり下校』事件」


 愛子さまが学習院からひとりで帰ってしまわれた、という事件(?)です。

「『宮さまのお姿が見あたらない!』
 7月23日午前10時半過ぎ、東宮侍従が蒼ざめた顔で敬宮愛子さまを探し回っっていた」

 この日が終業式だったとか。愛子さまはホームルームに出席され、雅子妃が初等科科長と懇談中だったのでそのまま一人で帰られたようです。

「初等科から東宮御所まで子どもの足で10分程度」

 ええ、そんなに近かったのか。いつもお車での送り迎えのシーンを見ていたのでもっと遠いのかと思ってました。十分歩いて行き帰りできる距離ですね。

「妃殿下が東宮御所にお戻りになると、愛子さまが駆け寄って、『お帰りなさい。今日は頑張って、一人で帰って来たのよ』と少し得意そうにされていたそうです」

 実は喫茶店で読んでいたのですが、ここまで読んで不覚にも涙が溢れてきました。可愛いじゃないか。そうだよなあ。すごく自然なことだよなあ。

「雅子妃は『よく頑張りましたね』とお褒めになったようですが、同時に両殿下から、ひとりで勝手に行動することは危ないと注意されたといいます」(宮内庁関係者)

 しかたのないことかもしれませんが、ご不自由なことです。3年生・・・自分で歩いてあちこち行きたくもあるだろうし、寄り道したくなることもあるだろうし・・・

 しかし愛子さま関連の記事を読むと怒りが沸いてくることが多いのですが、読んで「良かったな」と思えた記事でした。




posted by kingstone at 22:23| Comment(0) | TrackBack(0) | 教育 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする