私の関わりのある法人
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※このブログに書いていることは、私の関わりある法人の意見ではなく、
 あくまでも、私個人の意見です。

2013年01月01日

黒板導入史についての心覚え

 どこかで黒板が教具として使われ出したのはいつごろだろうか、というような話をしたと思うのだけど、Togetterの中も探せなかったので、今日発見したものをこちらにまとめておきます。

 なにか著作権の切れた小説や評論などをデジタル化して下さっている

青空文庫

というものを発見。ここデジタル化の作業をして下さった人のことを「工作員」と呼ぶんですね(笑)

ここにたまたま

「黒板は何処から来たのか」小倉金之助

という文書を発見。その中に書いてあることを時系列にそって取り出しておきます。

1794年以前 フランスで黒板みたいなものは多少使われていたかもしれない。

1794年 フランスでフランス大革命の恐怖時代が終って間もなく、生産拡充
     のための科学技術者と、優秀な砲工の士官を養成する、二重の目
     的を以てエコール・ポリテクニクが開校。画法幾何学を教えるた
     めに、黒板が使われたと思われる。

1813年 ボストンの牧師メー(Samuel J. May)がフランス人ブロシウス師
    (Francis Xavier Brosius)が、数学の学校で黒板を用いているのを
     見た。それでメー氏は自分でも使いだした。

1816〜23年頃 アメリカのウエスト・ポイント陸軍士官学校の数学の教授で
        エコール・ポリテクニク出身のフランス人クローゼー
       (Claude Crozet)が大工と絵の具屋に頼み込んで作らせ使った。

1860年頃 アメリカの初等学校に黒板の普及を見るに至った。

1872(明治5)年9月 師範学校(現筑波?)にて大学南校(現東大)の
          アメリカ人教師スコット(M. M. Scott)がアメリカ
          から教材・教具の到着を待って使用した。
1873(明治6)年 天文学教授マーレー(David Murray)が文部省学監となり、報告書を出す。
         「模範塗板ノ如キ既ニ之ヲ製造シテ」

     8月刊「師範学校、小学校教授法」算術の授業に黒板を使用している絵がある

     12月刊「小学教師必携」
         「教師塗板ヘ書スルトキ」

 このあたりから「最新の教具」としてどんどん使われていったのでしょうね。

ラベル:教具 教材
posted by kingstone at 23:49| Comment(0) | TrackBack(0) | 教育 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年09月13日

どこから始めればいいのか

 こちらの番組、アメリカの「落ちこぼれゼロ法」と大阪の「教育基本条例案」を比較しています。



 この番組では「落ちこぼれゼロ法」がサッチャーの教育改革を参考にしているということを言っています。そして大阪の教育基本条例案もサッチャー改革を参考にしている。

 いわば「競争原理」を教育に持ち込もうというわけです。
 しかし、結果として「いい結果を出すようにしよう」ということにはならず「悪い結果を隠そう」という方向になってしまったり、「落ちこぼれゼロ法」の場合、割と成績の悪い学校が廃校になる、つまりその生徒たちの居場所が無くなる、という事態になっていることがわかります。

 ここらへん、むつかしいですね。

 私が現役の教師時代、「競争原理」を職場に持ち込んで欲しいと思っていました。自閉症の子を無茶苦茶にする授業・クラス運営をしていても、何もペナルティはないし、落ち着いた生活をさせていても何も得なことは無い。そこんとこしっかり競争原理を持ち込んで下さったらいいのじゃないか。

 あるいは市場原理。児童・生徒にあるいは親御さんに選んでもらったらいいのじゃないか。どこを評価したらいいかわからない管理職からの評価にならざるを得ないのはよくないのじゃないか、と。ほんとお医者様を患者がある程度は選べるように、教師も選んでもらえばいいのじゃないか、と。

 でも競争原理にしても、「いい教師」を評価し、全体をそちらに向けて底上げしていく形じゃなく、教師の悪いところを見つけて足を引っ張る、っていう方向に行きがちなものかもしれない。

 で、この動画を見ていて面白いのは、「うまくいっている小さな公立高校(アーバン・アカデミー高校)」というのが出てくるけど「選択と好奇心」とか「議論する」とか、あれれ、それってアメリカの授業の素晴らしいところ、とか言ってよく宣伝されるものじゃないのか?って思います。「白熱教室」みたいな。それがやっと出てきた、みたいな言い方をされています。でインタビューされている生徒が「ふつうの学校だったら生徒は言われたとおりにするものだ」と言っています。それが少なくとも彼の周辺ではそうなわけですね。

 確かに「アメリカではこうだ」「こうやられてる」と言われても、その人はそれを見てきたかもしれないけど、他の時間はどうなのか、また全体ではどうなのか、というのを常に考えていないとダメでしょう。

 「アメリカは個人の選択が大事な国だ」と言っても、1995年頃だったかABAを学びに行った方があちらの大学の方に聞いたら「まず服従を教えることが大切だ」とおっしゃったとか。

 また私は服巻智子さんが「アメリカではまず権利の前に義務を教えます」と言っておられたのはよく聞いています。(ただし、この言葉、もちろん真実ですが、服巻さんが徹底的に「このお子さんには何ができるのだろうか」を考え、その支援方法を考える方だ、ということがあっての言葉だということを忘れてはいけないと思います)

 Googleの入社試験ではよく「飛行機テスト」というのがある、という話は聞きます。つまり「こいつと狭い飛行機の中に長時間とじこめられても気持ちよく過ごせるか」というわけですが、しかし同時にものすごくシビアな「学校の科目などの得点による評価」もされています。「飛行機テスト」というのは最後の最後に出てくるだけで。

 何が言いたいか、というと喧伝されたり、ある方が言われたりしたことの、背後には「全然反対じゃん」と思えるようなことがあってバランスをとっている、というか・・・

 TEDでのビル・ゲイツのプレゼン。「Mosquitos, malaria and education」

 この中でゲイツは
「高校中退者は30%以上。非白人に限れば50%以上」
と言っています。そしてまた
「私の言うような改革をすればアジアの学校のようになれる」
と言っています。つまり彼の目指しているのはアジアのような学校。たぶん日本もその中に入るのでしょう。今、日本はいくらなんでも退学者30%ということはないでしょうから。(今後はわからないとして)

 だから日本は、いろいろ問題はあるにしても、いっぱい綻びはあるにしても、そこそこうまくやっているのかもしれない。

 あんまり簡単に諸外国をお手本に、なんてことはできず、自分たちのオリジナルを少しずつ作っていくしかないんだろうなあ。
posted by kingstone at 22:25| Comment(0) | TrackBack(0) | 教育 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年09月03日

大阪教育改革とNCLB「落ちこぼれゼロ法」

 Togetterで

大阪教育改革とNCLB「落ちこぼれゼロ法」

をまとめました。まあ、アメリカと日本のもとの状況がかなり違うということをまず認識しないといけないと思いますが。

posted by kingstone at 22:45| Comment(0) | TrackBack(0) | 教育 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年08月29日

中教審 教員養成で修士課程履修を答申 という報道について

 Togetterで

中教審 教員養成で修士課程履修を答申 という報道について

をまとめました。

もとの NHK NEWSWEB の記事

中教審 教員養成で修士課程履修を答申

 記事を転載しておきます。

相次ぐいじめや不登校など複雑化する学校の課題に対応できる実践的な指導力を持った教員を育成するため、中教審=中央教育審議会は教員養成の在り方を見直し、大学の4年間に加え大学院での「修士課程」を履修させるよう、平野文部科学大臣に答申しました。

これは、中教審の三村明夫会長が、平野文部科学大臣に答申したものです。
それによりますと、グローバル化や少子高齢化と社会が大きく変化し、いじめや不登校など生徒指導上の課題が複雑化するなかで、教員には高度な専門知識と実践的な指導力が求められるとしています。
このため、教員としての基礎的な知識や技能を学ぶ大学4年間の「学士課程」に加え、大学院で1年から2年程度の「修士課程」を履修し、学校現場で長期間の実習を行うなどして教科や生徒指導の実践的な力をつけさせるとしています。
これに伴い、教員免許の新たな制度も設けるとしていて、当面はこれまでどおり、大卒者にも教員免許を与えるものの、採用後、できるだけ早い時期に修士課程を履修し、新たな免許を取得すべきとしています。
答申を受けた平野文部科学大臣は、「教員が社会の尊敬と信頼を得られるよう、答申をしっかりと受け止め、施策に取り組んでいきたい」と述べました。
文部科学省は今後、学生が「修士課程」の履修を行う大学院をどう整備するかや実施の時期、新たな教員免許制度の創設に向けた法改正などについて検討することにしています。

専門家“採用後のトレーニングには限界”
28日の答申について、教員養成の在り方に詳しい東京学芸大学の岩田康之教授は、「教員が実践的な力を養ううえで、現場にある程度長い期間いることが重要だが、採用されてからオン・ザ・ジョブトレーニングでやるには限界がある。大学が責任を持ってやる教員養成教育の中に、実践的な要素を多く取り込むことが必要だ。大学での教員養成に対する考え方を、大学の人たちも少しずつ変えていく必要があると思う」と話しています。

「即戦力」に期待 支援の在り方には課題
答申のように「修士課程」の履修が必要とされると、教員養成の在り方はどう変わるのでしょうか。
現在、教員養成系の大学では4年間、国語や理科といった教科を指導するための知識や技能のほか、教員の役割や生徒指導の理論などを学び、教員としての基礎的な知識や能力を身につけます。
また、学校現場で行う教育実習は、3週間と短期間に限られています。
今回の答申で示された大学院での「修士課程」の教育は、大学4年間の学びに加えて学校現場での長期の実習が主体となります。
期間は具体的に決まっていませんが、より長期間学校に入り、子どもや教員とともに過ごすことで、子どもの興味をひく効果的な授業方法を学んだり、いじめや不登校など生徒指導の問題にも直接関わったりすることができます。
こうした現場での体験を踏まえ、大学院でより専門的な理論を学ぶことで、教員としての指導観を身につけ、実際に教員になった際、即戦力になると期待されています。
一方、新卒で教員として採用された学生は昨年度、全国でおよそ9000人いることから学生が学ぶ大学院をどう整備するかや、長期間の教育実習の受け入れは学校の負担ともなり、現場の支援の在り方が課題となっています。
さらに、修士課程の履修で経済的な負担が増える学生への授業料の免除や奨学金の充実などの対策も求められることになりそうです。


posted by kingstone at 10:00| Comment(2) | TrackBack(0) | 教育 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年07月07日

「いじめ」とそれに対する対応(極私的意見)

 Togetterで

「いじめ」とそれに対する対応(極私的意見)

をまとめました。

 なんか「いじめ」に関する事件があったとかで、いろいろ思い出して
ラベル:いじめ 障害
posted by kingstone at 14:33| Comment(0) | TrackBack(0) | 教育 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする