私の関わりのある法人
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※このブログに書いていることは、私の関わりある法人の意見ではなく、
 あくまでも、私個人の意見です。

2018年11月25日

ピアノを習いに来ている生徒への妻からの手紙



 妻は、ピアノ講師をして食ってます。
 ピアノ教室と私の支援部門「じんぶな〜」が合わさって「合同会社KS」になります。

 妻が教える対象は「コンクール」などとは縁のない子達です。
 どうかすると、家にはピアノもキーボードも無い。
 そんな子達がちょっと弾いてみたいなあ、とやってくるピアノ教室です。

 このピアノ教室でも宿題が出ます。
 学校の宿題もそうですが、できなかったり、やらせようとする親御さんとバトルになる時もあります。(そうなるのは無駄だし、本末転倒だと思いますが)

 なおこのエントリーのことを妻に話したら
・今までも口(音声言語)では言ってた
・私(kingstone)が「見て分かるもの」の大事さをよく言っているのでお手紙にしてみた
との追加説明がありました。

 今回、妻が子ども達へ、また親ごさんたちへ向けて作ったお手紙。
ーーーーーーー

@きほんは、おうちで、しゅくだいのきょくをじょうずにひけるように、れんしゅうしてきます。

Aでも、おうちでれんしゅうできなかったとこも、だいじょうぶ!
 その時は、レッスンのときに、先生といっしょに、いっしょうけんめいがんばったらOK!

Bしゅくだいじゃないきょくや、すきなきょくも、おうちでたくさんひいてあそぶのも、OK!
 とてもすてきなことです!



posted by kingstone at 01:11| Comment(0) | 教育 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年01月16日

学校と教師の特殊性(?)



Togetterで


をまとめました。


posted by kingstone at 23:43| Comment(0) | TrackBack(0) | 教育 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年06月22日

高等学校とか大学とか


その学部、本当に必要? 全国立大に見直し通知、文科省

の余波は、少なくとも私がネットであれこれの発言を見る限り、まだまだ続いています。

 あと、職業教育学校化についても。

 私が目にするのは「あほかいな」みたいな、文部科学省や職業教育学校化に対する反論が多いですが・・・
 
 で、触発されて少し考えてみようと思います。

 先日、サッカー(特に男子サッカーかな)に喩えて反論してはる意見がありました。
 日本がある程度世界で強く(ワールドカップに出場できるかできないか、ではありますけど)なれたのはJリーグのしかもJ1だけがあったからではない。底辺が広くなってるからこそだ、と・・・

 たしかに底辺が広いのは大切。
 でも、J1、J2、J3、JFLとか、すごく厳しい競争にされされてるわけで・・・入れ替え制度もあるしね。
 あと、小学生や中学生などの学校や地域クラブがあったり、大人も地域クラブがあったり。
 小学生とかすごくたくさんの子がプロになるのを夢見ているだろうけど、そのほとんどの子はプロにはなれないわけね。でも、その子たちが試合を観に行ったり、グッズを買ったりするのもサッカーが繁栄し、日本代表が強くなっていくためには大事なことだろうな。

 でも、サッカーとか言うなら、割りとわかりやすよね。ゴールにボールを蹴ったりヘディングしたりして入れれば得点。得点の多い方が勝ち。

 大学で学ぶことって多岐にわたってて、あんまりわかりやすくないなあ・・・
 子どもも、あまりあこがれないかも・・・ロケットとかロボットとかならあこがれやすいかな。でもシェークスピアの英語劇とかあまりあこがれないとは思う。(もちろんあこがれる子もいるかもだけど)

 あと、たぶん草サッカーのクラブで楽しんでいる18歳以上の子なら、「自分はプロになれない」とかは自覚できてるだろうと思う。

 大学で学ぶ人はどうだろう。
 社会人を経て入って来た人とかだったら、学びたいことが決まってることも多いと思うけど、高校から直接やって来た子はどうだろう?
 自分はどの分野でプロになりたいかが決まってる子ってどのくらいいるだろう。もちろんそんなもの決まってなくって良くって、いろいろなことを「やってる」うちに決まってくるのだろうと思う。

 じゃあ高校はどうだ?
 
 う〜〜ん、しかし高校ってのは、「青春を楽しみたい」みたいなことは大事だと思う。で楽しめないのなら別の道を探してもいいような気もするのだけど。

 ビル・ゲイツがTEDで「私の主張するような教育方法を取ればアジアの高校みたいになれる」と言ってたけど、それはアメリカが高校で30%が中退し、黒人に限れば50%が中退する、ということに危機感を持っているからこそなわけだけど。(なおゲイツはハーバード中退だよね)

 う〜〜ん、なんか全然まとまらない・・・

 
posted by kingstone at 23:22| Comment(0) | TrackBack(0) | 教育 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年06月08日

その学部、本当に必要? 全国立大に見直し通知、文科省

 朝日新聞記事

その学部、本当に必要? 全国立大に見直し通知、文科省

 これは国立大学の話なわけで、私立大学は関係ないのかな?
 それとも助成金のからみで関係してくるのだろうか?

「国立大に投入される税金を、ニーズがある分野に集中させるのが狙い」

っていうことで、まあいわば「実学」へのシフトってことだろうな。また以前から話題になってる「高等教育」の「専門学校化」みたいな文脈ともあってるわな。

 ただ、私のTwitterのタイムラインでもちらっと見かけたのだけど、「選択と集中」と言っても、学問分野で「お上」が判断してやってきたことってたいてい失敗してきたんじゃなかろうか・・・本当に「市場に任せる」にしたほうが・・・

 で、ひょっとしたら、昔から大学って「実学」を学ぶ所で、しかしそうしてるつもりがどうやっても外れていく人たちがいて、その人たちが新たな分野を切り開いて来たんじゃなかろうか・・・だからある意味、文部科学省が何をどう決定しようがいいのかもしれない、とか思ってしまう。

 佐藤優さんが

「神学部とは何か 非キリスト教徒にとっての神学入門」

の中で「神学とは虚学である」と書いてはり、神学から見れば哲学ですら「実学」であるそうだけど、ある時代には神学は立身出世のための、教会を運営していくための、「実学」だったんじゃないかなあ・・・で、そこからいろんな学問が派生していったんじゃないのかな?

 東京大学は、たぶん「暦」を作るための「天文方」が一つの起源なわけで・・・
 昌平坂学問所は、何だ?まあ統治の思想を作るところか?

 たぶん「立身出世のための機関」としては、一定の役割を果たしてきたと思うのだけど、さてしかし、もう今は「行けば立身出世が保証されている」わけでないというのは、実は昔からなのかもしれない・・・

 世界大恐慌の余波ではあるけど、

「大学は出たけれど」

は1929年の小津安二郎の映画。で、映画になる前からこの言葉はあったのだろうしね。

posted by kingstone at 23:08| Comment(0) | TrackBack(0) | 教育 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする