私の関わりのある法人
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※このブログに書いていることは、私の関わりある法人の意見ではなく、
 あくまでも、私個人の意見です。

2024年01月23日

「「ギフテッド」の教育支援のあり方についての提案」山田倖大他を読む



「ギフテッド」の教育支援のあり方についての提案
 ーある一名の学校歴の分析を元にしてー
山田倖大・岡耕平『信学技報』 IEICE Technical Report, HIP2021-28(2021-09), 37-40


米国等においては「ギフテッド教育」として,古典的には知能指数(IQ)の高さなどを基準に領域非依存的な才能を伸長する教育が考えられてきたが、近年ではこれに加え、領域依存的な才能を伸長する教育や,特異な才能と学習困難とを併せ持つ児童生徒(※)に対する教育も含めて考える方向に変化している。また,才能教育というと個人が過度に強調される場合があるが、例えば国際水準の研究成果も現在は共同研究により生み出されることが多く、学際的な多様な才能が組み合わさることがブレイクスルーにつながることが注目されている。
※ 特異な才能と学習困難とを併せ持つ児童生徒は"2E (Twice-Exceptional)”の児童生徒と言われる。

と書かれているので、米国等の「ギフテッド」教育の後追いをして、ブレイクスルー(たぶん産業界の)をねらっている、と考えられます。

 なお、この論文は本文は全て英語という、私にとってとてもじゃないけど直接は読めないもので、原文を DeepL に翻訳してもらったものを読んで書いてます。(で、また DeepL が変な訳をするところも見つけましたが・・・)

「資料4 岩永座長提出資料」のスライド2によると

多様な才能(gifted & talented)教育(米)
才能教育の最先進国アメリカにおける才能児・者への教育の三類型
早修(acceleration)教育
拡充(enrichment)教育
2E(twice-exceptional)教育

と3つの類型があると。

 「早修」というのは飛び級などでしょう。
 「拡充」というのは、本来のカリキュラム以上の専門的な内容を学ぶ機会を設ける、ということかな。
 「2E」というのは、文部科学省は「特異な才能と学習困難とを併せ持つ児童生徒は"2E (Twice-Exceptional)”の児童生徒と言われる」と書かれているので、周囲の子どもと話が合わなくてとか授業内容が簡単すぎてとかで不登校になっているようなお子さんに対するものかな?と想像します。

 Google Chrome で検索するとAIが以下のようにまとめてくれました。

Twice-Exceptional(2E)とは、「二重に特別」という意味で、ギフテッドと発達障害を併せ持つ人を指します。
2Eの人は、特定の分野では非常に高い能力を持ちますが、他の分野は著しく苦手な傾向があります。2E型の大きな特徴は、ギフテッドの能力の高さよりも、発達障害の側面が目立ちやすい点です。
2Eの人は、才能を伸ばす面と障碍による困難を補う面の両方に、二重に特別な支援を要します。特に発達障害のあるお子さんへの支援の中で、2E教育が注目され始めています。

 この論文はこれらの潮流に対する危機感、そして提案として書かれたように思えます。

 そのために A氏の14歳までの学校歴を見ていき、そこから提案されてます。

 論文から引用しますが、上が原文、下が DeepL の訳です。

Counting from kindergarten at the age of 3, Mr. A was officially enrolled in 11 educational institutions by the age of 14, excluding trial enrollment and homeschooling. He enrolled in an online high school at the age of 12 and graduated at 14.

3歳の幼稚園から数えて、A君は14歳までに、体験入学とホームスクーリングを除いて、11の教育機関に正式に入学した。12歳で通信制高校に入学し、14歳で卒業した。

で、途中、メキシコの学校にも通っておられる。最少なら3つ(幼稚園・小学校・中学校)ですむところが11も通われたのは、なかなかぴったりの教育機関が見つからなかったからですね。

もう、親御さんのご努力に頭が下がります。

 しかし、これらの中で「不登校」になったのは、公立小学校(在籍1年6か月)の時のみとのこと。ぴったりこないから不登校になる、というものでもなく、しかし公立小学校は行けなくなったわけです。これは公立小学校のシステムに問題があると考えたほうがいいのではないかな。他は大丈夫だったのだから。

 これだけ多くのところへ行く必要があったのは(これ、DeepL の訳は変だったので、私が訳の部分は少し変えています。またわかりやすいように改行を入れ箇条書き風にしたのは私です。なんか論文ってページ数の節約のためか、箇条書きさせてくれないのは、私にはすごくわかりにくいので・・・)

The main reasons for this were,
(1) the performance level required by the institution differed significantly from his own performance, and
(2) the institution's policy strongly required Mr. A to conform his behavior (the institution required parents), and that policy did not match his intentions.

主な理由は、
(1)教育機関が要求する成續水準が本人の成績と大きく異なっていたこと、
(2)教育機関の方針に合った行動を、A君に強く要求し(教育機関は親に対して要求し)、その方針が本人の意思と合致しなかったこと

とのこと。しかし、基本的に親御さんはこうされます。

His parents said he found what he was good at by giving them many opportunities to discover talent.

彼の両親は、彼に才能を発見する機会を多く与えることで、彼の得意なことを見つけたという。

 そして、A氏の主な学習方法はインターネット上の多くの学習教材から学ぶ、興味ある大会に参加しそこで高い評価を受ける、などによりモチベーションを高め、高い成績を維持されている。

 それらに基づいて筆者はこう提案されています。

Regarding the system for developing talent, Mr. A used free material accessible on the Internet for learning. He also used the opportunity of public competitions to gain learning opportunities and motivation for learning. In other words, it can be suggested that teaching materials that develop talent already exist in the current situation.

才能を開花させる仕組みについて、A氏はインターネット上の無料教材を使って学んだ。また、公募のコンペティションという機会を利用して、学習機会や学習意欲を獲得していた。つまり、才能を伸ばす教材は、現状でもすでに存在していることが示唆される。

 だから、特異な才能を持った子どもを集めた特別なギフテッド教育といったものは必要無いのでは、という提案だと思います。もちろんこのA氏の場合は「あくまでも一例」であると、筆者も限定はしておられますが。

 なお、私が非常に重要だと思うのは、いろいろな習い事や教育機関に行った時に

At many of the lessons and educational institutions, the instructors suggested that it would be better for Mr. A to go to other institutions, claiming that they could not teach him.

多くの習い事や教育機関では、指導者がA氏には教えられないとして、他の教育機関に行くことを勧めた。

 という部分だと思います。「さあ、ギフテッド教育をするぞ」ってったって、集めて一斉授業をしようとしても、それぞれの子どもがいろんな部分で突出してたら一斉授業で教えようたって教えきれるものではありません。

 A氏の場合は、コンクールやイベントで知り合った研究者と連絡を取り、相談したりアドバイスをもらったりしています。

 つまり、集めてどうこうではなく、ひとりひとりが自分の興味関心に従って、その分野を深く研究している人を探して学ぶ、そういうことを保障する体制が大事で、それしか無いような気がします。公立の小・中学校ではそういうことを許さない体質は広くありそうです。高校は少し違ってきたかな?

 これらについてつい最近話題になったのは、下のニュースのせいでした。


 やっぱり「集めてどうこうしよう」として失敗されたわけですね。

 しかし、この記事で

「当時、様々な専門家の方に来てもらった。『このレベルではなかなか天才とは言えないよ』とか。学術的な基礎知識や理論体系をきちっと踏まえて積み上げていかないと『なかなか研究レベルでは通用しないんだよな』と(指摘もあった)」

とかいう評価・指摘・・・ほっとけよ、と思います。

 何というか、A氏の場合でも、親御さんは「今、ここ」が「(本人にとって)充実して楽しい」環境が作れるように一緒に進んで来られただけでしょう。別に研究者になることだけが良いことでもないし。

 しかし、記事中、実践してこられて「失敗だった」と止められた中村さんも、慶応義塾大学の特任准教授でプロデューサーの若新雄純氏のコメントも大事なことはおっしゃっていると思います。

 なお、この記事についての感想が Twitter(X)でいっぱい出てきた時に、

「そんなやつ、高専にはいっぱいいる」

というツイートが流れてきて、「このレベルではなかなか天才とは言えないよ」みたいな文脈でネガティブな発言ととらえてムカッときたのですが、声も表情も、はたまたどの発言を受けてのツイートかわからないので、

ポジティブ(普通高校のカリキュラムに乗りにくい子の居場所になっている)
ニュートラル(単なる事実?)

みたいな可能性もあり、何とも言えないか、と思い直しました。

 しかし、A氏の場合でも、親御さんに心の余裕と、経済的な余裕が無ければできないことなわけで・・・

 やはり、公立の学校で、「現行の授業が合わない」「現行の行事が合わない」子どもたちに、いろいろな機会をさぐる自由を与えてくれるシステムが必要なのだろうな、と思いました。

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2024年01月14日

ABA, TEACCH, CBT での発達障害児者支援における専門的技法



『発達障害研究』第43巻に書かれた3本の論文


について、どのようなものが専門的技法と書かれているのか、まとめてみたいと思います。もちろんこれらの論文の字数では語りきれないので、みなさんはしょって書いてあり、「これが専門的技法だ」と言い難いことにはなっていますが、初学者が今後、どういったことを勉強していけばいいのかのヒントは出して下さっていますね。
以前の私のまとめでは、言葉を変えてしまったところがあるので、できるだけ原文で。

ABA
1.見本合わせ課題
@椅子に座らせ、机上に示した写真や文字のカードに注目させる。
A見本刺激や比較刺激のカードを計画された順番や位置で手際よく提示しなければならない。
B強化刺激の提示が即時でなければならない。
C正誤の記録を手際よくしなければならない
2.動画の活用
3.絵カードの活用
AAC またその中の PECS
事例は絵カードを使った要求を伝える実践
4.PBS
特に機能的アセスメント

注意事項 個に合わせること
紹介した内容を俯瞰してみると、確かに発達障害児者の支援において専門性の高さは重要ではあるものの技法を使うこと自体を目的とすべきではないことが確認できたように思う。支援者は技法の意義を理解し、柔軟にその技法をカスタマイズすることが求められること、つまり個に応じた支援を探求することが専門的指導技法を用いる目的であるということである。


TEACCH
1.ユニークな学習スタイル
2.家族との協働
3.全人的視点
4.ストラクチャードティーチング(いわゆる構造化)
事例に出てきた専門的技法
・視覚的てがかり
・スケジュール
・ワークシステム
・マテリアルストラクチャー
・職員の関わり方を家族も学び、話し合う時間を持つ
・悩みを相談できるシステム
・母親勉強会

注意事項 個別化:1人ひとりに合わせる(誤解されがち)
ストラクチャードティーチングは「なぜ」「誰のために」実施するのか、ということを従来の構造化の実践者たちは再考する必要があるだろう.
2つ目は、TEACCHのもつ概念である「個別化」のとらえにくさである.「一人ひとりに合わせる」という意味での個別化が、「1対1対応」とか「一人ですごす環境を用意する」とか間違って理解されている現場をよく目にする。

CBT
1.心理教育
2.認知構成法
3.リラクセーション
4.エクスポージャー
5.SST
それらを行うにあたって必要なこと
1.視覚支援
2.こだわりの利用 → 好きなものを利用する
3.具体的表現
4.介入内容の調整 → 各個人に合わせた調整が行われる
5.親・学校の関与

 なんかみんな似たようなことを書いておられる部分がある。そしてそれは当然だと思います。

 そしていずれも視覚的支援について言及されているのですが、さて、視覚的支援のやり方をどうお伝えするかというプログラムは、PECS 以外ではまだ無いかな・・・


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「発達障害者に対する認知行動療法」木原陽子他を読む



「発達障害者に対する認知行動療法」
 ー自閉スペクトラム症をもつ子どもの不安に対する認知行動療法の適用と課題ー
 木原陽子・石川信一(2023)『発達障害研究』Vol.45, 3, ,201-208

認知行動療法(Cognitive Behavioral Therapy;CBT)とは、行動的技法と認知的技法を包含する心理社会的アプローチの総称である。CBTは複数の理論から構成され多様な技法を有している。

 私にとっては某氏からうかがった「認知行動療法とは総合格闘技である」というのが一番しっくりきています。

 なお、ここで「行動的技法と認知的技法を包含する心理社会的アプローチ」というのは、『本当の TEACCH』で内山登紀夫さんがショプラーさんにインタビューした時の「TEACCH が重視するのは強化子のみではなく、認知理論からもたらされた、人間がどのように環境を理解し学習するかという点に焦点をあてた知見に基づいた指導方法である。」という回答を思い起こさせます(つまり強化子も大事にしている)。


 認知行動療法の場合は「全部で◯回のセッションを行い、1回目はかくかくで、5回目はしかじかで」というパッケージが多くできているのですね。

研究が蓄積されている代表的な CBT プログラムについて展望を行った。まず、文献検索はPubMed を用いて “autism” “anxiety" “CBT” のキーワードで検索した。そのなかで,複数の効果研究で行われている8つを、ASD をもつ子どもの不安に対する代表的な CBT プログラムとしてレビューした。

 その8つは

1. A modified version of Coping Cat program (Coping Cat) 
2. The Building Confidence program with modifications (Building Confidence program) 31)
3. Cool Kids ASD 2nd edition (Cool Kids) 
4. Discussing + Doing = Daring
5. Exploring Feelings
6. Behavioral Interventions for Anxiety in Children with Autism (BIACA)
7. Facing Your Fears protocol (FYF)
8. Multimodal Anxiety and Social Skills Intervention (MASSI)  

 そこで用いられている主な技法は

1.心理教育
2.認知構成法
3.リラクセーション
4.エクスポージャー
5.SST

とのこと。次に、上記と日本の4研究を合わせ、その中で指摘されている工夫をふまえ留意点を指摘している。

1.視覚支援
・教材にイラストや図を多く用いる
・発言を紙やホワイトボードに文字情報として残す
・折れ線グラフや円グラフの使用

 そして 「視覚支援は CBT の各技法通じて適用すべき工夫である」と書かれている。

(っていうか、生活全般、暮らし全般だと思うけど・・・)

2.こだわりの利用
 ここで書かれているのは、「心理教育の具体例やエクスポージャーの強化子に子どもの好きなキャラクターを用いたりする」と書かれているので、これを「こだわり」と言うのかどうかは、私には少し疑問かな。でも、本人の好きな物を用意するというのは大賛成。

3.具体的表現
 そりゃそうだ・・・

 ここまで、おめめどうで言うところの(厚生労働省も言ってるみたい)「視覚的・具体的・肯定的(2.の「君の好きなもの、なかなかいいねえ」というのは肯定的にあたると思う)」だな。

4.介入内容の調整
 結局のところ「1人1人に合わせる」というわけで、この特集の「応用行動分析」でも「TEACCH」でも同じことを言ってますよね。

5.親・学校の関与
 セラピールームだけでは完結せず、支援会議などを含め、チームで取り組む、ということですね。

 なんか、「実際に適用する時の工夫」としてはみんな同じことを言ってるような・・・

 で、そこが大事なのだと思うのだけど、そこを強調するのは TEACCH (そしておめめどう)となるのかな。
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2024年01月13日

「他害や自傷などの行動問題を示す自閉症者への支援」村本浄司他を読む



 ※この記事は福祉事業所での取り組みではあるのですが「特別支援教育や関わり方など」のカテゴリに入れます。

「他害や自傷などの行動問題を示す自閉症者への支援」
 ー先行子操作を中核としてー
 村本浄司・角田 博文(2014)『自閉症スペクトラム研究』Vol.11, 2, 29-37

 対象者は知的障害者更生施設に入所していた34歳男性 A氏。
 行動問題として他害・自傷・妨害行動があった。
 散歩に出かけようとする時など、床に座り込み大声を出すなどの拒否行動も見られた。
 B園では外からは鍵がかけられるが、中からは開けられない部屋に居た(これは「拘束」として今は原則禁止されているのではなかったかな?)。

 この論文は2014年のもの。ということは1980年以前に生まれておられ、6歳で自閉症の診断を受けておられるので、まだまだ「どう対応したら良いのか」は一般的なお医者様・療育機関・養護学校などではまったくわかっていなかった、という時代であるだろう。養護学校高等部卒業時でもまだまだ一般的にはなっていなかった時代だと思われます。実際にそういう結果とうかがえる行動が記述されています。

 この論文は2014年に発表されていますから、たぶん2010年から2013年までのどこかで取り組まれたものだと思います。しかしその時期なら、すごくひっかかるというかモヤモヤする点がずっとありました。しかし P35 の考察の次の文を読み、筆者たちは「わかったうえで」「何らかの『できない』理由があって」まずこの取り組みをしたのであろう、と想像できました。

しかし、本研究では以下のような課題が残された。
まずは、Aの日中活動において「次に実施する活動を行いたい」という要求を充足できるような手続きが行われていないことである。具体的には、Aに絵や写真による活動スケジュールを提示し、その操作法について支援し、A 自身が次の活動について事前に確認できることによって、「次に実施する活動を行いたい」という要求を充足できると考えられる。さらに、「次に実施する活動を行いたい」という A の要求の背景には、「次に何をやるのかわからないという予期不安」があると推測され、活動スケジュールの操作を支援することによってそのことが軽減される可能性がある。

 私にすれば、介入だなんだと言う前に、環境設定として「まずここから」始めるべきものと思えます。しかし、上の文を読んで、再び読み返すと、いろいろ苦渋の選択的に思えるところが出てきます。

 事例を簡単にまとめてしまうと、アセスメントの結果

・活動と活動の間の待ち時間や余暇時間に行動問題が出ている
・行動問題はわざわざ職員に見えるところでやっている
・着替えに興味がある

ということがわかった。つまり「やることがない」「注目が欲しい」ということと考えられる。そこで、

B園内で支援可能な支援計画を第二著者とAの担当職員が共同で支援計画を立案した。

介入1. 待ち時間や余暇時間に靴下を12足、箱に入れて提示。

また半転期を入れたのち、

介入2. 靴下を40足に増やした。また上着・ズボンのセットを合わせて25着、居室で着替えもできるようにした。

結果 数字はそれぞれの期間に1日のうちで行動問題の起きた数の平均

     他害  自傷  妨害
BL期  15.0  13.2  11.5
介入1   8.2   7.7    6.6
反転期 (最初少なかったが徐々に増加)
介入2  1.3    1.3    1.0

 行動問題が激減していったことがわかります。その他の場面でも職員とA氏の関係が良くなっていったり、(たぶん適切な)要求の行動がより頻繁に現れたりするようになったことがわかります。

 さて、最初に戻って「問題と目的」のところで

施設に入所している行動障害のある自閉症者の場合、彼らの行動障害を理由に施設内で活動範囲や活動レパートリーを制限されがちである(黒木・納富、2005)。その理由として、施設内で必要な人員配置が満たされていない場合には、行動問題を示す自閉症者に対して叱責や隔離といった支援者にとってコストが低い対応が実行されやすいことが挙げられる(平澤ら,2003)。そのような施設環境は自閉症者にとって満足できる環境とは言い難い。すなわちそれらの環境刺激の欠如は、感覚的強化で維持されているような自閉症者の常同行動を容易に生み出しやすくすると考えられる(Kennedy, 2002)。

と書かれています。「行動問題を示す自閉症者に対して叱責や隔離といった支援者にとってコストが低い対応が実行されやすい」となっていますが、これ、本当にコストが低いのだろうか。もちろん、私は「いや違う」と言いたいし、著者たちも同じだと思います。

 確かに叱責や隔離によって「事前にスケジュールやカレンダー、手順書などを準備する手間や時間」や、「事前に計画し、事後に改善について考える手間や時間」というコストを削ることができる、ということはあります。しかしそれらを削ることによってどんなコストを支払うことになっているでしょうか。

・本人の不安やケガ
・周囲の利用者や職員が不安かつ物理的にもケガをする可能性
・隔離や叱責に使うエネルギーや嫌な感情(これ、相当大きいと思うのですが。しかしそれを大きいと思わず「当然」と思えてしまうなら、それも「その人が闇に落ちてしまう」というめちゃくちゃ大きなコストを払うことになっているような気がします)
・「そんな職場は嫌だ」と思う職員の離職
・新規採用に掛かるコスト
・新規採用者を教育するコスト
・家族にかける「心労」というコスト(なお「心労」だけでなく帰宅時には物理的な苦労をかけているかもしれない)

 そして、これらは当然福祉事業所だけのことではなく、学校園でも同じだと思うのです。

 しかし、「B園内で支援可能な支援計画を第二著者とAの担当職員が共同で支援計画を立案した」結果としては、スケジュールをすることは時期尚早と考えられたのではないか、と思われます。やったことのない方にとっては「めんどくさい」し、またやり始めても、本来の「(やりたいことがいつできるか)見通しをつけるため」のものではなく「支配と服従のため」のものとして使われそうでもあります(そうなると「効果が無い」だけならまだしも、折角のコミュニケーションのチャンネルを失うことになり、行動問題は頻発します)。

 また

施設職員が ABA による支援を初めて行う際は支援の効果が不明確であるにもかかわらず、専門的知識や特定の支援技術が求められることから支援の実施を敬遠する者もいると推察される(村本・角田、2012)。

 何か明確な方法が他にあるのだろうか?「隔離と叱責」?

 あと、「やってみなくちゃわからない(支援の効果が不明確)」というのはその通りで、「うまくいく」のか「うまくいかない」のか、本当に「やってみなくちゃわからない」。そしてそれがアセスメント(インフォーマルなアセスメント)にもなるわけだけど。

 まあ、10年前の論文です。今は事業所も学校園も進んでいるかな?

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2024年01月11日

「TEACCH Autism Program の適用と課題」諏訪利明を読む



「TEACCH Autism Program の適用と課題」
 諏訪利明(2023)『発達障害研究』Vol.45, 3, ,193-200

I. はじめに

TEACCH の考えが日本に伝えられて 40年以上になる。当初、熱狂的に受け入れられた時代を経て、医療、福祉、教育等、さまざまな現場での適用が試みられてきた。その支援の基本的な方法として,「視覚支援」はよく取り上げられているが、背景にある TEACCH の考え方が理解されないまま実践されていくことで、しばしば反発や誤解にさらされてきたとも考えられる。内山はその著書「本当の TEACCH」のなかで、日本のなかで起こっているさまざまな TEACCH への批判と誤解に答えているが、「自閉症の理論に基づいた支援方法を考えるということが TEACCH の本質だ」と述べている。


(一連の記事は2010年の夏ですが、当時はウツによるネタキリから起き上がったばかりの頃で、無職でお金が無かったので、図書館で借りてきて読んで書いてますね)

で、この論文は「専門的指導技法の適用と課題」というテーマの特集にも関わらず、支援者の「考え方」「態度」というようなものが大きなテーマになっているように思います。そしてそうなる流れは本当によくわかります。

II. TEACCH Autism Program の考え方

こうした(ノースカロライナ州での)サービスの柱となる TEACCH の介入哲学として,「ユニークな学習スタイル」「家族との協働」「全人的視点」「ストラクチャードティーチング」という4つのキーワードが挙げられている。

「ユニークな学習スタイル」とは、自閉症の脳機能の違いから生じる自閉症の人の認知機能の違いや情報処理の仕方の違いのことである。自閉症の人たちの行動には、この学習スタイルが影響を与えていると考えることで、さまざまな支援方法が見えてくる。

 いわゆる「特性」のことと考えていいかな。

2つ目は「家族との協働」である。

 これは昔、私などが「保護者と専門家との関係」として学んだことになるかな。


6.保護者と専門家との関係
 TEACCHでは保護者と専門家の関係に4つの場合があり、それぞれを大事だと考えます。またこの専門家には教師や保育士も含まれます。
1.専門家が保護者に教える
専門家はたくさんの例を見ていますから、特に混乱している時期の保護者にいろいろ教えてあげ、楽にしてあげることは大切です。
2.保護者が専門家に教える
しかし、そのお子さんに関しては世界で1番よくわかっているのは保護者の方です。保護者は専門家にいろいろなことを教えてあげることができます。
3.お互いを支え合う
お互いにいいところを見つけて励まし合うことができます。これはすごく大事なことです。
4.協力して社会を変えていく
社会を変える、というとえらく大げさになりますけど、例えば買い物に行く、ということひとつをとっても、自閉症の方のやり方で買い物ができる(ゆっくりだったり、さいふごとレジの方に渡すやり方だったり)店が増えることは理解者を増やし、自閉症の方の住み易い社会を作ることになります。

3つめは「全人的視点」である、英語では holistic という言葉があたる、自閉症の全体像をとらえて支援することであり、TEACCH がいう「ジェネラリスト」という言葉ともつながっている。

4つ目は「ストラクチャードティーチング(Structured TEACCHing)」である。原文では、従来 Teaching と表記していたところを「TEACCHing」と表記し直している。そのニュアンスを日本語で表現したかったので、ここではあえてカタカナ言葉で表現している。意味は構造化と同じ意味である。

 ここで「原文」となっているのは

TEACCH Autism Program (2023) : Learning Styles of Individuals with Autism, TEACCH Five-Day Classroom Training.
TEACCH Autism Program (2023) : Learning Styles in Autism, Virtual TEACCH Training Fundamentals of Structured TEACCHing.

のいずれか、あるいは両方だと考えられます。

「構造化」と言うと、漢字の印象から机にパーティションがあるようなものを想像しがちだけど、私は「わかるようにする」と訳せばいいのじゃないかな、と思っています。特にその中で「見てわかるようにする」ことの割合が大きく、パーティション(もちろんその人に合わせることが大事なのですが)を使う場合ってすごく少なくていいような気がしています。しかし少ないと言っても、ある人のある時点では大切だったりするからややこしいのですが。

ストラクチャードティーチングの考え方は、自閉症の学習スタイルを理解することから生まれている。主な学習スタイルとしては5つのキーワードが挙げられている。その5つとは「暗黙的学習」「聴覚情報処理」「注意」「実行機能」「社会的認知」である。

暗黙的学習→苦手(見てわかるように伝えると理解できることが多い)
聴覚情報処理→苦手だったり時間がかかったり(見てわかるように伝えると理解できることが多い)
注意→しばしば細部に向かったり、切り替えが苦手だったり(これも全体が見えるように伝えるといいのでは?)
実行機能→段取り、見通し、整理統合など苦手(自分なりのやり方を身につけるとか支援するとか)
社会的認知→上記が全て絡んで苦手(見てわかるように伝えると理解できることが多いのでは)

しかし

こうした学習スタイルの理解のうえに、ストラクチャードティーチングの支援が生まれてきたわけである。しかし。その構造化が、自閉症の人たちの視点から組み立てられていなかったため、しばしばいびつな実践が現場のなかでは展開することになった。

 これは TEACCH だけでなく、ABA でも起こり、自閉スペクトラム症の当事者(ただし知的には軽い、あるいは優れている)から起こったニューロダイバーシティ運動で、強く批判されている点になるのではないかな。それこそ「我々抜きで我々のことを決めるな」と。

【j-ABA&WEST公開講座】ND✕ABAダイアローグ(2023年12月23日)

(上の YouTube 動画はどういう条件で見えたり、見えなかったりするのだろう?)

最終的な目標として「自立」「柔軟性」「般化」「セルフアドボカシー」「ウェルビーイング」の5つの長期目標が掲げられている。


III. 発達障害児への適用例と課題

 すごくはしょって紹介すると・・・
 現在成人の方。幼児期に通園施設に通い、母親が TEACCH の考え方に触れている。そしてその考え方を実際に利用した関わりがされてきた。ここでいくつかの専門的指導技法(?)と考え方が出てくる。

・視覚的てがかり
・スケジュール
・ワークシステム
・マテリアルストラクチャー
・職員の関わり方を家族も学び、話し合う時間を持つ
・悩みを相談できるシステム
・母親勉強会

 しかし特別支援学校中学部1年から様々な失禁・他害などの行動問題が出てくる。かなりあとに学校に見学に行くと、自閉症の生徒たちにまったく視覚的支援がされていない状態。また教師の関わり方を見ていて「これは人権侵害ではないか」と母親は感じられたとのこと。
 幼児期から通っていた療育センターの先生から学校に具体的アドバイスをして頂き、実際に校内で OJT をして頂き、本人さんの行動が変化する様子を目の当たりにした担任が関わり方を変えてくださり、視覚的支援、選択活動、不要な刺激にさらされないようにする、スケジュールを用意するなどし始めた。  
 家庭でも年齢相応の余暇活動ができるようにしていった。そのようにして徐々に落ち着いた。
 しかし他校の高等部に進学したところ、学校への行きしぶりが出た。今回はすぐに学校に見学に行ったところ、前校の中学部から強く引き継ぎして頂いていたこともやってもらえてなかった。そこですぐに療育センターの先生に介入して頂き、やはり OJT をして頂いたところ、教師は「どうすれば伝わるか、どうすればわかりやすくなるのか、考えるのが楽しくって仕方がないです」と言われるほど変わられたとのこと。
 現在は、実家の隣地に1戸を建て(「離れ」のイメージ)、多くの福祉サービスを併用して自立生活を送っておられる。

 この「行動問題が出た時」にこの「療育センターの先生」のように動いてくださる方は少ないだろうし、この例はかなり稀有な例といってもいいかと思います。
 
 しかし、1校に1人、校内支援部(あるいは自立活動部)にこの療育センターの先生のように動いてくださる方がいれば、問題がほとんどなくなるような気がするのですが。そしてご本人もご家族も、教師も幸せに暮らせるのじゃなかろうか、と思うわけですが。


IV. 学術上の問題

ストラクチャードティーチングは「なぜ」「誰のために」実施するのか、ということを従来の構造化の実践者たちは再考する必要があるだろう.


 「本人中心」「本人の QOL をあげる。(本人の自己実現)」ただし、そのためには交渉し、うまくやっていくことが必要にもなる。

2つ目は、TEACCHのもつ概念である「個別化」のとらえにくさである.「一人ひとりに合わせる」という意味での個別化が、「1対1対応」とか「一人ですごす環境を用意する」とか間違って理解されている現場をよく目にする。

 で、また「ただし」なのだけど、「1対1対応の時間を作ってはいけない」ということではない。

 また「1人ですごす環境を用意する」ことも同時に非常に大切なことである、ということですよね。「III. 発達障害児への適用例と課題」のところで「年齢相応の余暇活動」の中に、そういうものも含まれているのじゃないかな。

 で、やっぱり「専門的指導技法」の前に「どう考えてその技法を使うのか」が大切になるし、じゃあ「専門的指導技法」なんてどうでもいいのか、と言うと、そんなことは無い、となってやはり OJT でお伝えしていくしかない部分は大きいか・・・


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