私の関わりのある法人
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※このブログに書いていることは、私の関わりある法人の意見ではなく、
 あくまでも、私個人の意見です。

2021年04月26日

スケジュールのカードをしまうボックス



 久々の工作。

 スケジュール用の 3.5cm × 5.3cm 程度のカードを、できた後に片付けるためのボックスを作りました。
 (これは今行っている放課後等デイサービスで小さめのスケジュールカードがこの規格なので)

 型紙を思い浮かべ 100均 で売っていた厚紙(書類の表紙用として売っていました)にええかげんに書きました。
 (こないだ、この写真は載せてませんでしたが、今日も1個作ったので、写真が撮れました)

IMG_1617.jpeg

 それを切って

カードおしまいボックス型紙.jpeg

 で、形を立体にし、のりしろにボンドを塗って貼り、こうなりました。

 ホワイトボードには両面テープで貼りました。

ホワイトボードに.jpeg

posted by kingstone at 00:53| Comment(0) | 特別支援教育や関わり方など | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2021年04月18日

療育って何だろう



 Twitter で afcp( @afcp_01 )さんがこんなツイートをしてはりました
療育の定義の問題
・定義に目的を含めるのか
・定義に方法を含めるのか
・提供場所を定義するのか
・提供者を定義するのか  
・提供者に養育者を含むのか
・定義に該当するかどうかの評定者間一致率をどうやって確保するのか

ざっと今思いつくのはこのあたりかな。 難しすぎて手を出す気が起きない。

問1 治療と療育の類似点と相違点を述べよ
問2 療育と教育の類似点と相違点を述べよ
問3 療育と保育の類似点と相違点を述べよ
問4 療育と養育の類似点と相違点を述べよ

このあたり、考えれば考えるほど難しくなるのだよな。どこかで考えるのをやめて動きださないといけない課題なのだろうけど。


 過去には私はこんなエントリを書いていますね。


 元発言のブログ(2010年の臨床発達心理士会のできごと)で

いきなりドクターが「ペアトレなんかやってほしくない」という過激発言。よくよく聞いてみれば」「親は親であるべきで親を訓練士にしてはいけない」という至極まっとうな考えです。

というのに対して、あれこれ考えたものです。

 当時から私の考えはあまり変わっていないと思います。

 「療育」という言葉は、あえて言えば「障害のあるお子さんに対して、そうでない(?)多くのお子さんにとって有効と思われる教育方法ではうまくいかなかったり、却って害になる場合もあるので、そのひとりひとりの障害に合わせて行ううまくいく関わり」みたいなイメージをもっています。

 でもそれは一般的に「療育」という言葉でイメージされがちな、「セラピールームで特別なことをやったらより『普通』に近づきます」、というようなものでは無いと思っています。

 しかしほっときゃいい、というもんではない。

 私がよく関わっている自閉症スペクトラムのお子さんだったら、

◯時間の見通しがつきにくい(切り替えが難しい、不安になるなどが起こる)
・時間の流れだったら見てわかるスケジュール
・月日だったら、おめめどうの巻物カレンダーを使う
・自立課題学習で「これだけやれば終わるんだ」という感覚を身につける

などで、切り替えられたり、不安が減ったりするようにします。でも、それってひとりひとりに合わせた単なる暮らしの中のひとこまだよね。

◯音声言語での意味がとりにくい(すごくおしゃべりできるお子さんでも、えっ、ここんとこわかっていないの、なんてことがある)
・できるだけ音声言語でなく、身振りや指差し、書いて伝えるなどする
・ものごとのルールを教えたり議論する時はおめめどうの「◯×メモ」「どうしてメモ」「四コマメモ」などを使う。理由を納得できるように伝えることが大切。
(教えてるつもりでも、音声言語で伝えていると、意味がわかっていなかったり、「なぜそうするのか」に納得できていなくて、「◯◯したらダメ」と言いつつ◯◯することも多い)

これもコミュニケーションの問題とも言え、単なる暮らしの中のひとこま、とも言える。

◯意思表出が苦手なお子さんも多い
・どちらを選ぶかの選択活動や、その場で誰に向かってどう言ったらいいかをおめめどうの「おはなしメモ」を使って実際にやってみる(声に出せれば出したらいいし、出せないなら「見せる」「渡す」でもいいし)。

これも、多くのお子さんは特に周囲が気にせずとも、勝手にできるようになる場合が多いけれど、自閉症スペクトラムのお子さんの場合は、意図してやらないと身につかない場合が多い。でも普通の暮らしの中でやることだよね。

◯終わりがわからないお子さんが多い。またついつい周囲の人が「こうするんや」と指示したりしてしまい、「ひとりでできた!」という達成感が日常の中で持ちにくい。
・自立課題学習で達成感を持つ

これも、「こうすればこのお子さんはひとりでできるんや」とわかれば、その他の様々な活動、家だったら家事活動などの普通のことに使えるよね。

◯買い物をあまりさせてもらっていないお子さんも多い(親御さんのトラウマになっている場合も・・・)
・やはり移動支援や行動援護などの「専門家」がついて買い物ができ、どんどんひとりでも買い物ができるようになればいいな

◯個別の学習時間は?(一見セラピールームでの特別なことに見えるかも。なお、私は知的に低目の方と関わることが多い)
・今できていること、できかけていることを使い、読み書きは「暮らしが広がるように」考え、またゲームなどで「余暇が広がるように」考え取り組む
(例えばジャニーズファンのお子さんなら「嵐」という字が読めたら嬉しいことが増えるだろうし、グッズが買えたら生きがいになるだろうしみたいなことも考える)

◯「承認」や「要求」の意思表出方法を誤って「周囲が困る行動をする」など誤って覚えてしまっているお子さんもいる。
・その行動の機能を考え、代替できる行動を身に着けてもらえるようにする



などというようなことを考えて、私は日々過ごしているわけですが、それを「療育」と呼ばれるとちょっと違う気がしてしかたがない。単に普通の暮らしのためにそのお子さんに必要なことをやっているだけ、という気がするので。


 で、転載させて頂いた afcp さんの2つ目の質問に私ならどう答えられるだろうか、考えてみたいと思います。

 基本「療育という言葉は使いたくない」のですが、あえて使って。


問1 治療と療育の類似点と相違点を述べよ

類似点:意図して働きかける(いや「療育」障害のあるお子さんとの場合、お子さんの方から働きかけてくる場合があり、そのほうが嬉しかったりするな)

相違点:治療は医療、療育は暮らし


問2 療育と教育の類似点と相違点を述べよ 

類似点:よく学校で行われている(?)。学校以外でもされている。

相違点:教育⊃療育 なので相違しているのか?
ただし、多くのお子さんに対して良い、あるいは害にならない取り組みでも、障害のあるお子さんには害になることもあるので注意が必要。


問3 療育と保育の類似点と相違点を述べよ

類似点:暮らしを大事にする。

相違点:保育⊃療育 なので相違しているのか?
しかし教育のところでも書いたように、多くのお子さんに対して良い、あるいは害にならない取り組みでも、障害のあるお子さんには害になることもあるので注意が必要。


問4 療育と養育の類似点と相違点を述べよ

 この養育というのは「家庭での暮らし」ですよね。

類似点:暮らし

相違点:「療育」として暮らしを支えるにはものすごく専門性が必要。親御さんには専門性など必要ないはず。園や学校でちゃんと理屈も実践も同じようにやっていれば、別に専門性が無くても自然に親御さんにやり方、考え方は身についていくものじゃないかな。


 ところが、現状では、親御さんが専門性を持つといっていいくらい勉強しないと、ご自分のお子さんを守れない状況はそこかしこで見られます・・・そういう意味ではペアトレはおおいに必要なのかも。



 う〜〜ん、すっきりとは書けていないけれど、いろいろ書きながら考えていこう。


利益相反について:私は「おめめどうフェロー」です。





posted by kingstone at 19:55| Comment(0) | 特別支援教育や関わり方など | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2021年03月22日

スクールワイドPBS 野呂文行/大久保賢一/佐藤美幸/三田地真実 訳





 この本、アメリカで2003年に出版されていて、日本語訳が出たのが2013年。

 序文に書かれた下記の、「継続させるために必要なこと」について書かれたのは1996年。



 本文は、やはり時間とかその他のリソースが足りない中で、よき実践を継続的にやっていくことのできるチームをどう作り上げていくか、ということが書かれています。

 スクールワイドということですが、福祉事業所全体で取り組むのにもそのまま使えるよなあ。

 その場合、どういう言葉になるんだろう?

 機能分析でアセスメントして、計画を作り、結果を測定する、その時に必要な具体的な書式も文例も含めていっぱい載っています。

 実際に現場で使えるように考えてみよう。(現場によって必要な項目が少しずつ違ってくるとは思います。

 私自身の4月からのことで、少しあせっていたのが、具体的に考えられるな、と落ち着くことができました。


 なお、これを日本で、スクールワイドから Prefecture Wide にやったのが徳島県になるんだろうな。





posted by kingstone at 23:50| Comment(0) | 特別支援教育や関わり方など | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2021年03月20日

行動の機能に基づく支援が長期間実施され続けるシステムを築き上げるために必要なこと





 ロブ・ホーナー、ジョージ・スガイら(Horner,Sugai,& Todd,1966)による、行動の機能に基づく支援が長期間実施され続けるシステムを学校内に築き上げるために、学校に必要な条件。

ということですが、もちろん「学校」を「事業所」に変えても同じですよね。

1つ目

・学校の年間目標の上位3つのうちの1つとして、行動支援を確立するべきであること。


 私、ずーーっと以前は「学校の目標や年間目標を作る人、ご苦労さん。だ〜れもそんなもん覚えてないわ」と考えていたこともありました。でも、今は「そーいうのすごく大事やな」と考え方が変わりました。

 もちろんなかなか覚えられなかったり、美辞麗句が並んでいるだけで意味が無い文言だったりすることもありますが、管理職やリーダー的な先生たちの価値観がストレートに現れるもので、そういう方たちが何を大事にしているか、ということがわかります。

 なお

2020年特殊教育学会自主シンポジウム49


で、松山康成さんが話題提供された高校での実践では「校訓」を利用されています。

 私の卒業した高校では「質素剛健・自重自治」というものでしたが、そういうのだと年間目標よりももっと教職員が覚えているから、「校訓」にからめて利用できるといいですね。


2つ目
・学校が、校内の組織変革に取り組む目的でチームを結成し、そのチームには管理職、少なくとも1名は行動分析学の知識と技術のある者、そして教職員の代表者が含まれていること。

 管理職、つまり学校の向かう方向に全責任を負う人。

 知識・技術がある人。

 「教職員の代表者」というのは現場のリーダー的存在だろうな。またこれはアメリカでは管理職は教職員とは別で、どちらかというと行政の代表という立場というような話を聞いたことがあり、そのあたりも反映しているのかもしれない。(このあたり、アメリカは多様すぎて、地域によっては違うかも)

 確かに、少なくともこの3者は必要、ってか日本だと、校長や教頭は現場教職員に「任せたで。報告だけでええし」とやりそうだけど、もちろん現在あるシステムを使ってやっていくのだけど、やはり管理職の臨場は欲しいなあ。


3つ目
・上記のメンバー(校内の組織変革に取り組むチーム)全員一緒に研修を受ける必要があること。1〜2名だけが研修を受けて、他のメンバーはそのメンバーに指導を受ければよいとすることは避けること。ひとつの学校で5〜10名のチームメンバーが全員一緒に研修を受けることが重要である。

 組織変革の方向性を一致させるために、すごく大事だと思う。

 あと、時間の無駄が無い。

 もちろん「メンバーが指導する」場合、メンバーのいい勉強にはなるのだけれど、「今、ここで、変革していこう」という時、時間がすごくかかって後手に回って結局うまくいかなくなる、という可能性もある。あと勤務時間中にこなそうとすると、勤務時間外に講師役の人は準備しなけりゃならなくなるかもしれないし。

 あと、それぞれの人が、それぞれで考え深めていく時間が取れるかな。

 ひとつの学校で5〜10名・・・何人規模の学校を想定しているんだろう?アメリカの学校の場合は全然想像がつかないな。

 だいたい教職員の1/4〜1/2くらいを想定しているんだろうか?

 児童発達支援や放課後等デイサービスなら、全員参加でいいくらいかな。

 でも時間を設定しづらいことは確かだな。


4つ目
・研修で新しく学んだ支援手続きについて、どのように学校内に導入するかを考えたり、具体的な計画を立てたり、その計画を実施したりするのに必要な時間とリソースが、そのチームに与えられていること。

 これ!これ!

 1人で考える時間も、集まって考える時間も、両方いるよね。

 あと、リソースとしていろんな物品、印刷物も必要だし。


5つ目
・教職員は、行動支援チームが何を目的として活動しているのか、そのチームからどのようなサービスを受けられるのかについて十分知らされていること。

「行動支援チームは我々を助けてくれるためにある。楽にさせてくれるためにある」

といのがはっきりわかるように、ということですね。

もちろんそれは「(児童・生徒の)行動の機能に基づく支援」によって、子どもたちが楽になり、ニコニコすごせるようになることによって実現されるわけですが。

情報共有、共通理解、が大事。


6つ目
・新しい支援計画が導入された成果について、教職員に対して、正確な情報を定期的に提示できる評価システムが整備されていること。

そうやなあ・・・「正確な情報を定期的に提示できる評価システム」っての、現場に無いことが多いからなあ。

たいていは「やりっぱなし」になってしまう。

何をどう評価するのか・・・それを考えなくちゃいけない。


7つ目
・新しく導入する支援手続きは、全ての関係者がその効果を高く評価できるだけの成果を生み出すとともに、それに伴って教師に新たに必要とされる時間的コストは最小限となるものに限定すること。

この「新たに必要とされる時間的コスト」を最小限にするために、4つ目の

・研修で新しく学んだ支援手続きについて、どのように学校内に導入するかを考えたり、具体的な計画を立てたり、その計画を実施したりするのに必要な時間とリソースが、そのチームに与えられていること。

が大事になるんですよね。

 一見逆説的だけど。


posted by kingstone at 00:15| Comment(0) | 特別支援教育や関わり方など | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2021年03月09日

特殊教育学会から送られて来た冊子の巻頭論文(PECS と iPad との比較)



Jounal of Special Education Research 2021 February Vol. 9 No. 2

が送られて来ました。
これ、全部英語なので、いつもは無視。
でも今回の巻頭論文が

Comparison of the Picture Exchange Communication System and a Speech Generating Device(iPad)to Improve Requesting Skills of Children with Autism

だったので、がんばって最初のところ(概説?)だけ読んでみました。

著者のお一人は園山繁樹先生。

読み取りが間違ってる可能性大。

でも、どっちでも要求スキルが身についたよ、早いのは PECS で iPad(どんなアプリを使ったのか、本文のほうに書かれてるんだろうけど、まだ読めてない)では音声模倣が上手に、でも重要な違いではないよ、みたいなところかな。

被験者は2名の児童。

iPad の件はまた当該のところをじっくり読んでみたい。



posted by kingstone at 20:47| Comment(0) | 特別支援教育や関わり方など | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする