※このブログに書いていることは、私の関わりある法人の意見ではなく、
 あくまでも、私個人の意見です。

2025年12月28日

SWPBSにおける「成功事例」の影、そして妥当性・倫理・人権について考えるシンポジウムの事例について その9




【集団支援(SWPBS 第1層)事例】規律と引き換えの代償

事例10:授業開始2分前の「チャイム着席」
(ゆとりの剥奪)

 こういうので、ちゃんと始業時刻に全員着席ができた例をうかがい、「なるほどなあ」と思っていました。

 しかし・・・よく考えてみると最近仕事で

「始業15分前に来るのが常識だろう!」と言うのが理不尽だ、という話に通じるなと。

 私も古い(高齢者)人間なので、始業15分前には着きたいな、と思うし、人と会う時は早目に待ち合わせ場所に着いておきたいな、と思うほうなのだけど(実際、知的障害養護学校時代は1時間ほど前に行って自立課題学習の設定などしていた)。

 しかしよく考えると、いきなり始業時刻にチャイムが鳴り、その時は既に着席している、ってのは結構難易度が高い。

 ずっと時計(時刻)を気にしていないといけないのだから。

 それを解決するために 2分前にチャイムが鳴ると、夢中で遊んでいても気づける利点がある。

 でも、「夢中で遊んでいてもチャイムが鳴ってから2分後には子どもも教師も教室で勉強できる体制になってりゃ OK」にしてもいいのでは、という話でもあるんだな。

 そうなると、「貴重な授業時間が2分短くなるじゃないか」と言われそうだけど。

 これに対しては、「現在の体制としては、これが良き解決法だし、注意したり叱ったりしなくて良くなるし(で、そんなことで時間をつぶさなくて良くなるし)、褒めることができるし、いいのでは」みたいなことになるかな。

 あくまでも「現在の体制では」だけど。

 記事を書いてから思ったのだけど、もし今まで「休み時間」と呼んでいた時間に食い込むなら、少なくともその変化の時、そしてそれ以後の年度始めに

「この 2分は、移動、着席、教科書、ノート、筆箱を出す授業準備時間です」

というふうに宣言する必要はあるんだろうな。

(画像はクリックすると大きくなります)

SWPBSの「成功事例」の影.jpg

posted by kingstone at 22:41| Comment(0) | TrackBack(0) | 特別支援教育や関わり方など | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

SWPBSにおける「成功事例」の影、そして妥当性・倫理・人権について考えるシンポジウムの事例について その8




【集団支援(SWPBS 第1層)事例】規律と引き換えの代償

事例9:給食完食「ピカピカ週間」
(プレッシャー?個別の事情は?)


 「完食」は少なくとも学校給食においては指導目標になり得ません。

 (思春期やせ症とかで入院加療中ならなり得るのか?)

 ちょうどこんなのがありました。


 また、これに関して Twitter では最後の部分だけを取り出しておられる


(画像はクリックすると大きくなります)

SWPBSの「成功事例」の影.jpg

posted by kingstone at 22:22| Comment(0) | TrackBack(0) | 特別支援教育や関わり方など | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

SWPBSにおける「成功事例」の影、そして妥当性・倫理・人権について考えるシンポジウムの事例について その7




【集団支援(SWPBS 第1層)事例】規律と引き換えの代償

 今回は事例2つ一度に

事例7:無言清掃コンクール
◯ロング昼休み
 (相互監視の強化?)

事例8:廊下歩行の「右側1列・手は後ろ」
 (過剰な管理?自由は?)

 これらを「目標行動」にあげる、という考え方が私にはまったく理解できない。

 無言清掃?禅寺?修道院?
 しかも「コンクール」?!

 もちろん掃除の時間は掃除して、身の回りを清潔にすることが目的。おしゃべりの時間ではありません。

 だからといって「無言清掃」を良しとするのは、私の理解の範囲を超えています。

 「右手一列手は後ろ」って端的に危険でしょう(短い距離なら後ろに手を組んで歩きたい気分になることもある。しかし距離が長くなると危険。階段はどうする?)。

 これらも「何のためにやってるの?」を問わないと。

(画像はクリックすると大きくなります)

SWPBSの「成功事例」の影.jpg
posted by kingstone at 22:06| Comment(0) | TrackBack(0) | 特別支援教育や関わり方など | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

SWPBSにおける「成功事例」の影、そして妥当性・倫理・人権について考えるシンポジウムの事例について その6




 わっ、もう明日の午後2時からだ。

【集団支援(SWPBS 第1層)事例】規律と引き換えの代償

 ここからの集団支援となっているのは、「良い所を見つけて、先生も、子ども同士も褒めていこう、褒めあえる(良いところに気づきあえる)ようになろう」というようなところから、行動マトリックスというのを作って、目標を具体的行動に落とし込んで表にして「目にみえる」ようにしていく時の「目標」と「具体的行動」になっていったもの、と思われます。

事例6:全校で徹底された「聞き方名人」
◯グー・ペタ・ピン・サッ
 (同調圧力?多様性は?)

 「グー・ペタ・ピン・サッ」って、小学校の教師だと「あれだ」とわかるかもしれませんが、「何のこっちゃ?」という方もおられると思うので解説すると

グー 机からお腹をグー(拳)が1個入るくらい離す
ペタ イスの背に背中をペタっとつける
ピン 背筋を伸ばす
サッ 視線を先生のほうにさっと向ける

というのを標語としてまとめたもの。

 これ「相手の話を良く聞くため」とか思われてて、こういう指導がなされるけど、実は「話している相手に対して『(子どもたちが)話をよく聞いてくれていると思わせる姿勢の取り方』」の指導です。もちろん、これで相手の話を聞き理解できる子が多数かもしれません。

 また、こういる姿勢が取れると相手が「この人は私の話を聞いている(理解している)」と考えてくれやすいから自分にとっても得だ、ということもある。

 あのう・・・例えば夫婦で相手に向かい、時々うなづきつつ、しかしまったく話の内容を聞いていない、なんてことありません?

 でも、たいていはうまくいく・・・いかない時もあるけれど。そしてうまくいく時は「根本的な解決」にはなっていないわけで。

 これはテクニックとして「できたらいいね」ということで、実は「そこに意識を持っていくと理解はしにくくなる。理解するためのリソースが少なくなる」お子さんもいるし、それよりは例えば音声を逐次文字化してくれるようなものがあれば、そちらを見ているほうが理解しやすい、ってお子さんもいる。

 だから、年度始めとかに一斉指導するとかはしても、その後では評価のポイントにしてはいけない、あるいはいい姿勢がとれている子を褒めるのはいいとしても、できない子に目標にさせるようなもんではないと思えます。

「それ、なんのためにやってるの?」

という問いは常にしておかないといけないんだろうな。

(画像はクリックすると大きくなります)

SWPBSの「成功事例」の影.jpg






posted by kingstone at 21:53| Comment(0) | TrackBack(0) | 特別支援教育や関わり方など | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2025年12月26日

SWPBSにおける「成功事例」の影、そして妥当性・倫理・人権について考えるシンポジウムの事例について その5




【個人への介入事例】一見の「成果」の裏側

事例5:スケジュール管理完璧な E さん(高1・家庭)
◯行動契約
 (自律性の阻害?)

 「行動契約」をキーワードにした論文をもってなかったので、検索してダウンロードしてみました。

 すると、めちゃくちゃ面白い。論旨の賛成とか反対とか納得とか納得できないとかではなく、論文を書かれた方達がそうせざるを得なかった当時の状況(しかし現在も同じかもしれない)につっこみを入れまくって読ませて頂きました。

(時間を大幅に使いそうなので、読書メモはまた時間のある時に)

 この感慨は先日、NHK の番組で放映された自閉スペクトラム症の方の状態と対応を見て、「これを自閉スペクトラム症の方のもともとの状態と思ってもらったら困るなあ。周囲の専門家(養護学校などの教師を含む)は何をしていたのだろう、という感慨にもつながります。

 で、今まで書いてきたものを含めて、シンポジウムの前に元の広報用の図に書いてあった文言だけで、いろいろ書いていくのはむちゃくちゃ無理があるわけですが・・・(たぶん本番ではもう少し情報量が増える)

「スケジュール管理完璧な Eさん」という文言からは、この方は「見てわかるスケジュール」を使っているのかな、と想像します。
 しかし、そのスケジュールは誰が作っているのだろうか?

「自律性の阻害?」と書いている、そして「家庭」と書いている。ということは親御さんなのか?

 なんかおかしい・・・それって「契約」か?「契約」って双方が納得してするものじゃないか?



 それとも時々聞く「スケジュールにこだわって強迫的になった状態」のことかな?

 いずれにしても、幼少期から「見てわかるスケジュール」を使い「交渉」し、自分でスケジュールが変更できることを知っている状態なのだろうか。

 その前提として、望月昭先生が提唱しておられる「行動的QOL」で言われている、いわば「選択活動」は保障されてきているのだろうか?

 めっちゃ簡単に行動的QOL をまとめると

@「(選択性はないが)正の強化を受ける行動」を成立させる段階
A選択肢があり選択できる段階
B既存の選択肢を本人が否定できたり、本人が新たな選択肢を要求できる段階

のBまでもっていき、選択肢を増やしていくってことなのですが。

 最初は支援者が選択肢を提示するところから始めなければならないことが多いのですが、進んでくればご本人から自発的に新たな選択肢を意思表出されるようにもなってきます。

 またダウンロードした論文のキーワードに「自己責任」という単語もありました。

 自分の選んだ行動をして、最後まで責任をとらしてもらえる(例えば弁償とかでも)、っていうのもとても大事なことだと思います。

 「行動契約」って「ルール支配行動」を作っていくことみたいなんですが、「最後まで責任をとる」ことで、「ルールを体感していく、何が得で、何が損かわかる」ってのも大事だし、それがわかってくれば「ルールを守るとどんな得があるのか、ルールを守らないとどんな損があるのか」への理解も深まります。

 もし周囲の思惑のみでご本人を動かそうとするなら、そして行動の責任をとらせてもらえないなら、それは「自律性の阻害」というよりも「人権無視」だと思います。

(画像はクリックすると大きくなります)

SWPBSの「成功事例」の影.jpg
posted by kingstone at 20:54| Comment(0) | TrackBack(0) | 特別支援教育や関わり方など | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする