私の関わりのある法人
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※このブログに書いていることは、私の関わりある法人の意見ではなく、
 あくまでも、私個人の意見です。

2020年09月23日

「発達障害児の保護者支援における特別支援学校の役割」を読む



日本特殊教育学会第58回大会(2020 福岡大会)自主シンポジウム 14
「発達障害児の保護者支援における特別支援学校の役割 ー教師への支援や研修内容の検討ー」
企画者 岡村章司・井澤信三

 企画案やポスター発表の論文の方には特に注意書きは無かったのですが、動画の方はこんな注意書きが書いてあります。

個人的な利用など著作権法によって認められる場合を除き、著作権者の事前の許可なく、これらの情報を利用 (複製、改変、配布、公衆送信等を含みます。) することはできません。

 もちろん事例とかは、いろいろ気をつけないところがあるし、本当に紹介や感想を書くことは難しいです。(信じられないかもしれませんが、私もいろいろ気をつかって書いています)

というわけで、企画案のみについて、思ったところを。

【企画趣旨】より

第一に、自閉症の特性を共有したり、学校の理解を促したりなど、保護者との合意形成を含めたコミュニケーションの課題が挙げられた。

 主語は「学校」や「教師」で、「保護者に」自閉症の特性を共有したり、学校とはどんなところか、何ができるのか等の理解を「保護者に」お願いしたりとかして、合意形成をする。そのための「学校」「教師」と「保護者」のコミュニケーションの課題があるよ、ということかな。

 めちゃ大切だと思います。

 となると、まず校内が「自閉症の特性を共有」できているのか、ということが問題になります。

 学校によっていろいろでしょうが、私の周囲の特別支援学校や特別支援学級を思い浮かべると、まずそこができていません。

 1校や2校でなく、複数です。

 私もいろいろな方の相談にのることがあるのですが、やはり複数(1校や2校じゃないです)の学校の講師(非正規の方)さんは、事前の研修もなく、途中の研修もなく、しかし「1対1だからできるだろう」みたいな感じで強度行動障害的な行動を出してしまっている方の担当に当てられる・・・(繰り返しますが複数です)

 そしてベテランからの指導は「やってみて」とか「(具体的やり方なしに)本人の気持ちを受け止めて」だったり・・・

 それ、ベテランの人も「自閉症の特性」とかわかっておられない方がほとんどじゃないのかな?

 もちろん、井澤さんはこのテーマの自主シンポを続けておられるし、井澤先生や岡村先生が関わっている学校は変わっていっていることと思いますが、たぶん変わっていっている学校は日本中の中で非常に少ないのじゃないか・・・

第二に、日常的な自閉症児の支援及び保護者とのかかわり、それらを支える校内支援体制づくりといった、行動問題が生じる前の予防的な対応の必要性が示された。

「行動問題が生じる前の予防的な対応」というのはお家の中でのことかな?
 しかし、校内ではできているのだろうか?

 特別支援学校のセンター的機能ということが言われています。
 
 これも学校によって違うでしょうが、私の周囲の特別支援学校や特別支援学級では、そこができておらず、「行動問題」を生じるのは教師や学校の対応である場合でも、教師も学校もそれに気づいていない場合が多いので。(「これは障害だから仕方がない」と思っておられるよう)

 そして「校内支援体制」についても、「支援部」があっても、対外的なことが忙しく、校内へ対応できない場合が多いように見えます。しかし校内を落ち着かせることができなくて、校外の相談にのれるとは思えないのですが。

 現場の先生は「困った」「解決するための研修を受けたい」と思っておられても、そういう研修の時間が持たれてず困っておられたりします。しかし同じ学校の管理職の方にうかがうと「研修はちゃんとやっています」という回答がくるのですが。

これらの二点の課題が解消された上で、家庭での機能的アセスメントに基づく介入を保護者と協働して実施することが可能になると考えられた。

 これはもう本当にその通りと思います。

 と言うか・・・学校全体がいい取り組みをして、お子さんがニコニコ(別にニコニコしなくてもブスっとした表情でもいいのだけど。ニコニコという表情を作りにくいお子さんもいるから)落ち着いて、充実して過ごせているなら、

「これは、こう考えて、こう手立てしたら、こんなふうにできちゃうんですよ」

「この場合は、無理してやらなくていいし、そしたらほらこんなに落ち着いて、他のことやって過ごせるでしょう」

とか、目の前にお見せできるから、お家で取り入れて頂くのもすごく簡単だと思うのですが・・・


 



2020年09月20日

「特別支援教育からその先へ(高校大学連携)」視聴



日本特殊教育学会第58回大会(2020 福岡大会)研究委員会企画シンポジウム
「特別支援教育からその先へ ー発達障害のある生徒の高大連携と情報共有ー」
企画者 竹田一則・岡崎慎司・佐々木銀河

 スケジュールが頭に入ってなくて、たまたまネットでお誘い頂き、ZOOM で参加しました。途中からでしたが、いろいろ知らないことが知れて面白かったです。

まずは企画案から

【企画趣旨】より

特別支援教育の枠組みにおいて、発達障害のある生徒の高校における通級指導が2018年度より開始されている。

そうか、もう3年目に入ってるんだ。

【話題提供者の趣旨】より

●高校の特別支援教育に関する山口県の取り組み

 今年度から、すべての公立高校の教育過程に通級による指導を行うための自立活動を位置づけるなど、高校における特別支援教育の推進体制を整備している。加えて、県内7支部の高校7校を拠点校として位置づけ、専門性の高い教員を特別支援教育推進教員として配置し、自校の通級による指導を担当するとともに、巡回や要請に応じて地域の高校を訪問し、通級による指導や相談支援、職員研修、事例検討会等の充実等を図るなど、県教委と連携し、県内すべての高校における特別支援教育の充実に向けた取組を推進している。

 すごいですね。
 他都道府県ではどうなんだろう?


●普通科高校における特別支援教育の展開と進路支援

 神奈川県の例です。神奈川ではこんな取り組みがされていると。

 また教育局の中に

教育局 インクルーシブ教育推進課

というのがあったりします。

 で、インクルーシブ教育実践推進校の校長先生が話題提供して下さったのですが、体制としては

・各クラス2人担任制(国基準以上に県独自採用で)
・進路(就労)指導については特別支援学校から進路担当経験者に赴任してもらう
・できるだけクラスで授業が受けられるようにしているものの、クラスから離れて指導できる場所も作っている

などの手立てをしている。そして変化としては

・1年目より3年目になって知的障害のある生徒がいることを当たり前と思える生徒の割合が増えた
・知的障害の生徒も就職(就労)希望よりも進学希望が増えてきている
・教師が教科を超えて1人の生徒について話し合う機会が増え、それが教師にもいい結果を及ぼしている

などのことが印象に残りました。

 あと、その校長先生のことなのですが、始めてみて、初めてのことばかりで大変だろうな、と思っていたし、今年は新型コロナの件もあってどうなるのかな、みたいに思っていたけれど、年度始めに行うストレスチェックの数値が1年目よりも2年目、2年目より3年目と軽くなってきている、っていうのがなんかいいなと思いました。

 もちろん N=1 でしか無い、とも言えますが、特別支援教育にまじめに取り組むとそうなるような気はするんですよね。


●大学における発達障害のある高校生の支援

 筑波大学にはダイバーシティ・アクセシビリティ・キャリアセンター(DACセンター)ってのがあるそうです。

そしてこんな動画もあります。

「発達障害学生支援について」


 また自己理解のためにマイメモというのも利用されいるそう。


 いろいろなことがやられているんだなあ、私は高校や大学についてはうといのですが、知らない間に進んでいる部分があるんだなあ、と思いました。


 あと、話を聞いてて

「合理的配慮として、朝起きられないから起こしてくれ、みたいな話もあるが、それは大学のする合理的配慮では無いのでは」

というような話も出ていたのですが、そういうのって、ひょっとして高校以前の段階で計画相談を受けている方なら、その大学のある地域の相談支援専門員に引き継いで、福祉の枠でできることもあるんじゃないかな、と思いました。

 もちろん、高校以前で計画相談を受けていなくても、大学(に限らず専門学校であろうとどこであろうと)に入ってから計画相談を受けてもいいだろし。

 本当のところ「学校」だけが何でもかんでもやろうとするより、手助けしてくれそうなものは何でも利用したほうがいいだろうし。

(なお、どっかの大学では学生ボランティアに頼んでいるのだったかで、モーニングコールをしてあげてるような話を聞いたことはある。でもそれはしなくていい、という考え方の大学もあっていいと思うしね)



2020年09月19日

「作業学習の参加が困難な生徒に対する指導方法の検討」を読む



日本特殊教育学会第58回大会(2020 福岡大会)ポスター発表(知的障害)P3-7
「作業学習の参加が困難な生徒に対する指導方法の検討 ー特別支援学校高等部における機能的アセスメントに基づく指導ー」
伊藤功 青山眞二

※これは私の勝手読みなので、興味を持たれて、特殊教育学会に参加されている方は是非とも本文にあたって下さい。

 こちらの発表は、論文以外に新たにプレゼンが学会期間内に発表されていました。

 事例についてはどこまで書いていいのかわかりませんが・・・

 作業学習の時間に「部屋を逃げ出すことを始め様々な不適切な行動があり、まともに作業できる時間がたいへん短い高等部生徒」に対して

 まず介入以前(ベースライン期を含む)には時間の見通しになるものが無く、介入期1期に初めて視覚的なスケジュールが提示された、と想像されます。

 そして「作業」以外の行動の機能を「注目」「逃避」と分析し、そのような行動が出た時は周囲が「過度に反応しない」ようにします。

 そして「作業」時に「休憩(イヤホンで音楽を聞く)」行動を作りその行動ができたら「賞賛」(これは「逃避」へも「注目」へも効果をねらったものでしょう)する。

 また「作業」を変更する。これは詳しくは書かれていませんが、この生徒に合った作業を探すことにもなったのではないかな。

 このような取り組みの結果「部屋を逃げ出す」ことは無くなり、作業時間も大幅に伸びました。

 素晴らしいです。

 めでたし、めでたし・・・?

 もちろん「今、ここ」では「めでたい」ことではあるのですが、この学校の小学部・中学部では何がやられていたのでしょうか。
 (もちろん高等部から入学して来られた可能性もあります。それらな小学校、中学校で何がやられていた?)

 著者さんの所属は大学院です。

 ひょっとしたら、現役の先生で大学院に勉強に来ておられるのかな。わかりませんけど。

 そうであっても、そうでなくても、この生徒さんの在籍する学校全体としては、小学部からの授業や学校生活そのものを、著者さんのアドバイスも入れて見直して頂きたいなあ、と思います。

2020年09月16日

「自閉症の行動要因の特定を志向した動画アノテーションシステムにおける教師の気づき獲得支援機能の検討」を読む(後編)



結局、テンプレートを使っての吹き出しへの入力では議論が深まらないということでテンプレートはやめはったのかな。

こんなテンプレートですが。

When
「いつやるねん?」
「いつまでやるねん?」
Where
「どこでやるん?」
「どこに行ったらええん?」
What
「何したらええん?」
「今から何があるん?」
Who
「誰がやるん?」
「誰とやるん?」
Why
「なんでやるん?」
「なんでやらへんの?」
Which
「どっちなん?」
How
「どうすればいいん?」

 しかし、これらは著者が「このあたりがご本人にわからないことが、トラブルの原因」と分析され取り出したもの。

 で、もちろん動画に書き込んでもらっても、議論が活発になったり、気づきが起こったりということがなかったわけです。

 う〜〜ん、被験者になった先生がたに、このあたりが大事なんだ、ということがわかっておられなかったし、ピンとこなかった?

 ひょっとしたら、座学で事前に「このあたりが大事です」ということをお伝えしておかなければならなかった?


 ま、いずれにしろ、著者はここから

「いいね」
「イライラ」

の2種類の感情アノテーションにしぼって被験者にやって頂く、という方法に変えられます。

 そして、複数のアノテーションがついたところについて議論をすると気づきが起こりやすかった、と。

・同じアノテーション
・違うアノテーション

 いずれの場合も、議論が活発になりやすかったと。

 今後の課題の「●気づき獲得」のところで著者はこう書いておられます。

・議論の内容については特別支援教育の既有知識に頼る部分が多いため、特別支援教育に関する既有知識を多く有している被験者にとっては、気づきを獲得することが困難であったことから、参加者の条件について今後検討する必要がある。
・メンバー構成によっては、明らかに誤った行動の分析をしてしまう可能性があることが示唆された。今後、行動要因分析の正確性について検討する必要がある。
・特別支援教育の知識を有していない被験者は、対象児の表情やしぐさ、あるいは障害種に固執してアノテーションを挿入している可能性があるため、不適応行動の前後関係や不適応行動が起こった際の周囲の様子についても注目できるような機能を準備する必要がある。

 1個目の「既有知識を多く有している被験者」にとっては自分がお子さんについて何か新しい気づきがなくてもいいんじゃないかな?「既有知識を多く有している被験者」なら、そうでない先生がたにいかに気づいて頂くか、いかにそうでない先生方のいい指導に結びつけていくかを考えて頂く役回りじゃないのかな。(注。「教える」とは限らない。ワークショップ式に「自ら気づいてもらう」チャンスを作るために敢えて「教えない」という場合だってある)

 2個目の「明らかに誤った行動の分析」・・・現実としてそうであることはよくわかります。

 現在、特別支援学校教師の80%以上が特別支援教育の免許を持っているそうです。2014年でも50%くらいはおられたのじゃないかな。そして複数の教師が集まって「明らかに誤った行動の分析」になってしまうということは・・・事前の座学の段階、また OJT の段階で間違ったことが行われているのじゃないか・・・

 3個目の「前後関係」「周囲の様子」これも基本中の基本だと思うのですが、その部分を「既有知識を多く有している被験者」が指摘してあげればすむことだと思うのですが・・・


 この論文の教訓としてどういうことが言えるだろう。

 私も新任スタッフの研修のために動画もよく使って来ました。
 でも経験の浅い方に「見せるだけ」では役に立たない、というあたりかな。
 見る時にどういう作業をして頂くのがいいのか。
 それはできるだけ簡単な方がいい。
 また、事前の座学には何が必要なのかな、というあたりか。


















2020年09月12日

映画「スペシャルズ」 ヴァンサン・カッセル レダ・カテプ 主演





 惹句は
「政府がつぶそうとした自閉症ケア施設を守った男たちの実話」
となっています。

 2017年に起こった実話を元にしているようです。

 モデルは

ステファン・ベナム(Stephane Benhamou)ブリュノのモデル
ダーウド・タトウ(Daoud Tatou)マリクのモデル

(すごいねえ。アルファベットの本名で検索をかけると記事がずらずら出てくる)

 主演のヴァンサン・カッセルは「国家が破産する日」にも出ていた、というのでパンフレットを見てみたら、韓国に IMF の緊縮策を押し付けに来る IMF専務理事役で出てはりました。


ーーーーー ネタバレあり ーーーーー



 本田秀夫先生が(字幕)セリフ監修、そしてパンフレットに解説文も書いてはります。

 強度行動障害の人への支援も断らない、無認可(?)の入所施設を運営しているブリュノ。

 施設を出て町中を走り回っている自閉症の方を八方手をつくして探し、確保し、しかし確保する現場では野次馬が集まってくるのを「離れて!」と制していたり、地下鉄に一人で乗っていて非常ベルを押してしまい停止させてしまった人を受け取りに行ったり、という冒頭部分からもうあるあるすぎて、笑っていいのか、泣いたらいいのかよくわからないことになりました。


 その施設が監査を受けるという。いつもの自治体のではなく、厚生省じきじきに。上の話でもわかるように「危険」であったり「虐待をしている(確保の時は押さえつけてるし)」と思われたりしていて「安全でないから閉鎖させよう」という動きなわけですね。


 マリクはたぶん移民やゲットー出身の、それこそ高等教育など受けることもできなかった、文を綴ることもたいへん、といった青年たちの就労支援をし、また障害を持った青年たちの外出支援(行動援護と言ってもいい)をしたりしている。

 マリクのところの青年たち(男女とも)もブリュノのところで働いたりもしている。

 二人は相棒なわけです。

 で面白いのはブリュノは敬虔なユダヤ教徒であり、マリクはイスラム教徒。そしてブリュノの施設ではたくさんのイスラム教徒が働いており、また白人・黒人の軸で言えば黒人もたくさん働いている。

 このあたり

に書かれているような現実を反映しているのだろうなあ、と思いました。

 ところで本田先生はこんなことを書かれています。

 支援者が、ちょっと離れてもいいだろう、と判断して離れているスキに大きなトラブルが起こったのですが、

わが国でちゃんと仕事をしている福祉施設の職員だったらあり得ない話だ。

と書かれています。これについては、マリクが青年たちに「時間を守れ」ということを口をすっぱくして何度も言わなければならいように、たぶん日本だったら小学校の段階で基本的に身につけられていることが身についていない青年たちを相手にしている、という面があるだろうな、と思います。

 で、それに続けて

障害のある人たちの支援について研修を受けた職員なら、本作に出てくるトラブルの多くは技術で防げると思う。

と書かれていますが、それはどうだろう・・・

 そういうことができている施設もあるだろうけれど、そうじゃないところも多いような気がしますが・・・

 なお、やはりやりとりは「静かに」「礼儀正しく(相手を対等の人として)」いる部分は大きいのですが、やはり音声言語でのやりとりが主流で、それでうまくいっていない部分もちゃんと描かれていました。

 病院の言語聴覚士(ST)さんが絵カードを並べてコミュニケーションをすることを教えている場面がありました(予告編を見て私は PECS をやっているのかと思ったのですが、PECS とは言い難い(指導の順序としては違うだろうと)ものではありました)。

 で「レストランであなたと食事がしたい」とか伝えてるのが見えて、おお、と思ったのですが、あれは支援者さんがそのSTさんを誘ったもののようでした。

 私は「フランスは精神分析が大きな力を持っていて、自閉症の人には暮らしにくい国だ」という話を聞いたことがあります。

 でも少なくとも専門の病院には視覚支援の考え方は入ってきてるんだ。


 でね、厚生労働省の監査官が「あの施設はダメだ」という証言を得たくて、保護者、マリク、専門病院の医師などにインタビューするのですが、全員から「あそこは断らずにちゃんとしてくれる(他のところは断りまくる)」というような意味のことを回答されます。

 で、最後にブリュノに「あなたのところは無資格者も多いし、危険な事故も起きてるし(だからやめなさいみたいなニュアンスで)」というようなことを言われキレた(?)ブリュノは

「わかった。全員引き取ってくれ。かくかくのトラブルを起こすAも、しかじかのトラブルを起こすBも・・・」

と延々と言っていきます。

 二人の監査官は顔を見合わすだけ・・・

 これね・・・私は「制度外の支援」をしています。で、困難事例が私の元に持ち込まれるわけ。で、私が動き出すと「そんなことやっちゃいけない」とかめっちゃ非難されるフェーズがどこかで起きるのね。

 私が現役の教師時代は、教師から。福祉の世界に入ったら私に賛成してくれる方が多くてびっくりすることになったのだけど、最近、制度外の支援での困難事例に対し、「今、ここに危機がある」時に緊急の動きをすると福祉の世界からもかなりの反対が出る。

 私も最初から喧嘩腰ではなくて、あれこれ話すのだけど、最後にはキレてしまい

「わかった。じゃあ私は手を引く。そしたらあなたは責任をもってこの状況を解決してくれるのだな」

と啖呵を切ってしまう・・・
 そういうと相手はぐーの音も出なくなり、結局、私がリスクこみでなんやかんややって、なんとか結果を出しているのだけど。
 
 映画に戻ると、まあ2017年の危機は
「代替手段を提供できない」
という判断でお咎めなしになります。
(しかしお咎めでなく国(厚生省)は「ありがとうございます。私達が情けないばかりに無理なことをさせてしまってすいません」と言うべきところだよな)
 で、今は制度がよくなりかけているとか。

 ところで、
「英雄譚(感動的な話と言ってもいいかも)は戦争の時に一番多い」
という話があります。この映画のストーリーは感動的なのだけど、それだけフランスの状況が理不尽であったりしているのかもしれない。

 で、もちろん問題は山積みだけれど、日本のましな部分もいろいろあるのかな、と思いました。