※このブログに書いていることは、私の関わりある法人の意見ではなく、
 あくまでも、私個人の意見です。

2024年07月16日

『自閉症のもりもとさん 〜その世界から見えてくるもの〜』



自閉症のもりもとさん表紙.jpg

文 もりもと/奥平綾子
イラスト もりもと
価格:1100円

 この本は一般書店には置いていません。

 リンクを貼った、おめめどうの EC サイトか、研修の時などのおめめどうグッズの販売時に購入する必要があります。
もりもとさんは、奥付の紹介欄によると

口頭での表現に限界を感じ、様々な表現を学ぼうと芸術系大学へ進学。その後、養護学校(現支援校)で勤務をするが、精神疾患により退職。20代後半で自閉症スペクトラム・ADHDと診断される。現在はSNSでの情報発信、執筆、イラスト、染色、陶芸など多岐に渡る表現方法で活動中。

という方です。

 私はこの本は以前から購入し、しかし読んでいませんでした。とにかく、発達障害関連の本を読むのには、私の場合、ものすごく気力を要するので。

 しかし、たまたまお会いした人たちが、『自閉症のもりもとさん』を読んですごく理解が進んだ、という話をされ、私もあまり視覚的支援をご存知無い方に、自閉症の説明から始める必要を感じ、読んでみました。

 めちゃわかりやすかったです。

 経歴を見られるとわかりますが、子ども時代、学生時代などは診断されることはなく、また本文にありますが、働きだしてから幾多の困難があり、二次障害として爆発された、と考えていいと思います。

 そしてその後、当時のことですから「アスペルガー症候群(現在の自閉スペクトラム症)」と診断され、また当時アスペルガー症候群の書籍がたくさん出てきたけれど、実際の現実の場で自分にとってどうしたら生きやすくなるのかを追求し、視覚的支援を独自に試してこられ、おめめどうともその過程で出会われた、ということのようです。

 なお、二次障害への対応としてカウンセリングも受けておらたのですが、会話が難しかったので、パソコンを使ってチャットのような形でカウンセリングをして頂き、そうすると今まで言語化できなかった自分の思いが自然と出てくることに気づかれたとか。

 こんな方法を試みて下さるカウンセラーさんってすごい!と思います。またそのカウンセラーさんからおめめどうを紹介されたとか。

 パソコンで自分が自分になるというような体験は、綾屋紗月さんも『つながりの作法』の中で書いておられます。

 音声言語だと、自分で発声していても意味が取りにくく、すぐ消えてしまっていたのが、ワープロ、パソコンを使うようになって

このようなツールを用いて、文章を読み返しては組立て直すことを繰り返し、自分で読んでも意味が通る文章ができた時に、初めて『私ができた!』という快感と解放感と満足感が得られた。視覚的かつ限定的なフィードバックを返してくれるキーボード操作の運動調整は、私にとって無理がなかったため、動きはすぐに自動化された。ほどなくブラインド・タッチもできるようになり、私は頭のなかで話す言葉のテンポと同じ速さでキーボードを打つようになった。『わたし』を立ち上げるためには、キーボードとディスプレイが不可欠となり、『私の思考はキーボード操作をする指先とのみ直結している』と感じるまでになった。

 もりもとさんの書かれているなかで、音声言語に関するところ

 学校の授業で先生が「鉛筆と消しゴムと定規を用意して・・・」と言うと、まず頭の中で「鉛筆」「消しゴム」「定規」を映像化しする必要がある。しかしそれをやっているうちに、先生は「・・・」の「次に何をするか」を話しているが、それがわからない。

話を聞いてないわけじゃないんです(←ここ重要!)
正直に「わからない」と答えると起こられる。(経験則)
しょうがないので、周りの様子を真似してなんとかしようとするしかないのです。

 なお、このあたり、親御さんがお子さんに対する懸念を表現すると、一定数の先生方が「大丈夫ですよ。ちゃんと周囲のお子さんを見て動けてますから」と言われるわけですが、それが全然大丈夫でないことがよくわかります。

 あと、もりもとさんご自身「しゃべれるのになんで?(わからなくなるの?)」と聞かれるが、自分でもわからないとのこと。これは自分でしゃべることは自分で組み立てて発声するのに、聞くほうはどうしてもいつも「予測通り」の音声が来るわけではない、というのも大きいかな。

 って、これは私のことですけど。こちらが予測した通りに話してくださるとすっと理解できますが、予測したのと違う音が混じるととたんに相手が何を伝えようとしているのか、わからなくなってしまいます。そして聞き直し、理解をしようとすると、非常に疲れます。

 またもりもとさんの場合、相手の方が手続きのためのなじみのない専門用語を並べた時、例えば

「住民票」「住基ネット」etc. を使われた時、ひとつひとつの単語にとらわれて考えているうちに、話のわけがわからなくなる。

 あと聞き取るさいに「助詞」「助動詞」が抜けがちということも書かれています。そうなると、誰から誰へ、どういう方向で話されているのか、当然わからなくなりますね。

 あと、身体感覚の問題は、エヴァやガンダムみたいに、頭部のコックピットに入って操縦している(つまり敏感な感覚を感じ取れない)ということを書かれています。

 で、おそろしいな、と思ったのは、もりもとさんが危険なほどの低血圧状態になった時、もりもとさんご自身は「なにかふわふわした感覚で体調が良い」と感じられていた、というところ。

 また足に傷ができて、膿んだ時、病院で処置をして頂いた時の医師との会話

「痛かったら、明日も診せにおいで」
と言われたのですが
「それは判断が難しい」
と言うと
「(患部が)赤くなって、膿が出ていたらおいで」
と言い直してくれました。

「赤くなる」「膿が出る」は見えるもんなあ。

 やはり、理解あるかかりつけ医がいることは大事ですね。しかももりもとさんが、「それは判断がむつかしい」とちゃんと言える関係である。

 それ以外にも、たくさん学ぶところがありました。

 で、本の中にもりもとさんが挿絵も描かれているのですが、そのひとつに

「診断おりてもいつもの私」

という言葉がそえてありました。

 なんか、自由律俳句・・・

posted by kingstone at 14:34| Comment(0) | TrackBack(0) | 特別支援教育や関わり方など | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2024年07月08日

『家族だから愛したんじゃなくて、愛したのが家族だった +かきたし』





 私、最初に文庫じゃないサイズで出てた時に、買おうと思って買ったのが、『傘のさし方がわからない』だったんですよね。なんせ表紙の「感じ」だけで覚えてたもんで、どっちがどっちかわからなかったんです。



 で、『家族だから・・・』を書いそびれてたんですが、先日『国道沿いでだいじょうぶ100回』を買おうとしたら、横に新たに文庫版で出た『家族だから・・・』があったので、やっと買えました。

 で、ほんと、岸田さんのご本には学ばせて頂くところだらけなんですが、人の紹介する時に、私ならこう説明する、というのを記録しておこうと思います。そしたら、いろんな場合に、岸田さんもこんなこと書いてはったよ、と紹介するのに便利だから。

(まあ、ご自分の note に「100文字で済むことを、2000文字で書く。作家の岸田奈美です。」と書いてはる通り、面白すぎて「それ、盛りすぎちゃう?」という部分もあるのですが、それでもめっちゃ学ばせてもらえます)

 だからネタバレになるところがあるので、そういうのがお嫌な方は以下は読まないで下さい。
ーーーーーーー

「弟が万引きを疑われ、そして母は赤ベコになった」

 障害のある方は冤罪を着せられがちです。疑いをかけられた時にうまく説明できなかったり、自閉症の方だったら、「◯◯したのか」と言われて「◯◯したのか」と発声してしまい、「そらやっぱりやってた」とかなったり、意味もわからず「はい」と言ったりしてしまいがちですし。

 こちらのエピソードの場合は、弟さんが中学生の時に、無一文だったけど、喉が乾いて飲み物が欲しくてコンビニに入ったら、とても親切なコンビニの方がレシードを出してくださり、その裏に「お代は今度来られるときで大丈夫です」と書いてくださっていたので、まだ未払いだとわかり、お母様が支払いに行き、赤ベコのようにコンビニで謝られた、という話なのですが。

 しかし「うちの店に頼ってきてくださったのが嬉しくて・・・」とコンビニの方がおっしゃったというところで私はいつも泣いてしまし
ます。

 で、その後の余談というところで、弟さんはちゃんとお金を持ってコンビニに行くようになり、おつかいまでできるようになった、と・・・

 これね。放課後等デイサービス時代、来所するお子さんが「自分で買い物をしたことが無い」と言う子が多くてびっくりしたことがあります。まあご家庭の場合、一緒にいろいろ買い物をしている時に買わせてあげよう、とかいうのが何度かトラブルがあってあきらめた、とかいろいろあるのだと思います。で、放デイの活動として、「買い物活動」を企画、実現させました。

 で、やはり基本は「おつかい」でなく「自分が買いたい物を買う」というのが一番に来なきゃなんないし、そこから始めるといろんなことがわかって、できるようになっていくことが多いです。

 ほんと、どんどんさせてあげたいです。

 ご家族で難しければ、移動支援や行動援護を使って。

 あと、日本の現在の状態だと、コンビニの店員さんにしろ、他のお店にしろ、たいていは、辛抱強くコミュニケーションしようとしてくださったり、買う物が多かったら減らすことを提案してくれたりするし・・・このエピソードの中でもそんな描写もあります。

 算数の計算ができるよになってから買い物に行く、とかじゃなく、先に買い物に行くことが大事ですね。場合によったら、それでお金の数量感覚が身につく方もおられるし。決して逆じゃないです。


「奈美にできることはまだあるかい」

「弟が万引きを疑われ、そして母は赤ベコになった」が note で投げ銭をたくさん獲得したので、これは弟さんの獲得したもんだ、と弟さんの好きな温泉旅行に行ったエピソード。

 めっちゃええお姉さんや・・・

 なお、家を出発して7分後にお母さんから「無事か?」と連絡が来たということなのですが、本当に心配ですよね。

 私、ハルヤンネさんちのダダ君のヘルパーとして、高崎まで新幹線に乗り、撮り鉄につきあったことがあるのですが、夜のプラットホームで撮り鉄やってる最中、1分ごとという感じでハルヤンネさんから「無事か?」というコールが来て、あっという間にバッテリーが無くなり困ったことがありました(当時の携帯電話ですから話すとあっという間にバッテリーが無くなる)。

 で、弟さんが、おばあちゃんに頼まれてペットボトルの蓋を開けてあげたり、岸田さんの忘れ物をちゃんと取りに行ってくれたり、といっぱい人のために活動する様子も書かれています。これ、もちろんそれに気づいて文にできる岸田さんがおられてこそですが。


「どん底まで落ちたら、世界規模で輝いた」

 岸田さんの気分が落ち込んだ時に、障害ゆえに「できない」と思っていた弟さんがいろんな場面で「できる」ことに気づかれ、すごいなあと思われ、よし自分も、と恢復されていったエピソード。


「母に「死んでもいいよ」といった日

  お母様が倒れられ一命をとりとめたものの、下半身不随になり「死にたい」と言われた時に言った言葉。
 ただ、その後に・・・というのがある。

 本当に「死にたい」だとか「仕事をやめたい」とか言われた時に、どういう言葉をかけたらいいか、わからなくなる時があります。
 いつも使える「正解」の言葉なんてなく、その時の自分をかけて応答(あるいは沈黙)するしかないです。


「ミャンマーで、オカンがぬすまれた」

 ミャンマーのインフラの状況は、50年前の日本くらいかな、と本文にあります。そこへお仕事で車イス利用者のお母様と行かれた。道はひび割れだらけ、またスロープなんてものはなく階段だらけ。でこれではお母様が動けない、と思っているとどこからか手伝ってくれる人がわくように現れて、そのバリヤを超えさせてくれる。

 これに岸田さんは感動するわけですが、通訳さんは苦笑いして、みんな徳を積むチャンスだから手伝ってくれるけれど、ミャンマー人で車イスに乗っている人は見かけないでしょう、と。

 これ、外国の「ここがいい」と言うところを否定する必要は無いし、いいところは見習えばいいのだけど、その反対側に困ったところがないか、常にアンテナを張っていないといけないところだと思います。

 教育や福祉の世界は特にそういうのが多いかな。

 で、逆に「日本の素晴らしいところ」もいっぱいあるので、両方見ていく視点が必要ですね。

 なお、アメリカに行った時は、困った様子をすると、気軽に手伝ってくれ、困ってなさそうだったらほっといてくれたとか。
 それがお母様にとって居心地よかったと。
(この感覚。自閉症のあるお子さんを持つ保護者の方もよく言ってはりますね)


「Google 検索では見つからなかった旅」

 お母様と沖縄観光旅行をするにあたって、検索しても(この文を執筆当時は)車イスを使って行けるのかどうか、わからなかった。
 でも旅行代理店(特に障害者旅行に特化した店というわけではない)に行って相談すると、ばっちりプランを組み立てて下さった、という話。餅は餅屋、ということになるかな。

 今だったら、自力でもプランを組み立てられるようになっているだろうか?


「先見の明をもちすぎる父がくれたもの」

 幼稚園児だった岸田さんに、お父様が初代 iMac を買って下さった話。最初は??だったが、学校が居心地良くなかった岸田さんにとって、チャットをするための、そしてそこで居心地よくさせてもらえる物として、大事なものになります。

 お父様が亡くなられた時にチャットに入って「お父さん、最高だな」という感想をもらえ、涙が止まらなくなったそう(私ももらい泣きしてしまう)。


「6月9日 18時42分」

 お父様の死を受け入れ、悲しみを吐き出し、出発するのに13年間かかった、という話。


「忘れるという才能」

 お父様が早くに亡くなられ、弟さんに障害があり、また母様も中途障害者となった。それが岸田さんに重くのしかかってくる(でも日常は明るく楽しくすごされてはいたのじゃないかな。またそういうことが起こっても重くのしかかって来ない社会を作りたいと思いますが)。それをやりすごすために「忘れる才能」が必要だったという話。

 その後、「笑い」が必要という話になっていく。


「黄泉の国から戦士たちが帰って来た」

ここから岸田奈美さんの書いたものがバズり出したんじゃないのかな。少なくとも、私はリアルタイムで読んで、「なんちゅう面白い文を書く人や!」と思い、その後の「弟が万引きを疑われ、そして母は赤ベコになった」を書いたのと同じ人ということになかなか気づかなかった。


「アサヒスーパードルゥゥァイいかがですか」

 岸田さんがいかに逆境でも工夫して打ち勝って行く人か、というのがよくわかります。(でも、周囲から期待されてより困難なミッションを与えられて行く、というのはきつい・・・)


『ズンドコベロンチョの話をしなくてすんだ』

 早稲田で講演をした話。

 後半アンケートに書かれた質問に答えてはる。

 「解決策のある苦しみ、解決策の無い苦しみ」
 身内を亡くした友人に対してはどんな応援の言葉も届かないだろう。ただ話を聞き、「いつでも話を聞くよ」、「ひとりじゃないよ」というのが言葉や態度で伝わるようにすることができるくらいか。


『バリヤバリュー』

 たぶん、お母様や弟さんのことがあり、大学は福祉と起業を結びつけられる学部を選ばれる。そういう目的をもって大学を選びはるってえらいよなあ。

 しかし、何をどうしていいかわからず、落ち込んでいる時に、当事者で起業されている垣内俊哉さんの講演が大学であり、「これだ!」と話しかけ、「何ができる?」と問われ「デザインができます!」と答え首尾よく仲間に加えてもらえます。しかし本当はデザインなんてできなかった・・・(ドラマでは「ホームページ作れます!」になってました)

 だいたい運を掴む人って、「今は本当はできないんだけど、ハッタリで「できます」と言ってから勉強する」という人、多いんじゃないかな・・・

 で、ミライロの創業メンバーとなった岸田さんはガムシャラに働き、そこでお母様も車イスユーザー当事者として「こうしてもらえたら嬉しい」を企業に伝える講師として働き始められます。

 また『ガイアの夜明け』に取り上げてもらえるように努力したところなど、参考になる人もおられるかも。


『櫻井翔さんで足がつった』

 櫻井さん、最近もドラマで高評価を得られているようですが、まじすごい人みたいですね。


『よい大人ではなかった、よい先生』

 関西学院を受けようと思ったけど、模試はE判定で、塾に行くお金も無く・・・という時にお母さんが見つけてきた整骨院の先生が英語を教えてくれるようになった。おかげで大学に合格できた。

 例文まる暗記かつ、わからないところは文法の参考書を読んで、文法を先生に説明する、という方式。また他教科については『ドラゴン桜』を読めと・・・


「選び続ける勇気」

 ガンになっておられる幡野広志さんとの「死」についてのやりとりから。

 そして「自分で選ぶ」「選び取る」ことが大事という話に。でこの本の題に。


「家族だから愛したんじゃなくて、愛したのが家族だった」

 幡野広志さんに家族の写真を撮ってもらった話。そして家族の思い出に。

 ボルボでディズニーランドに行ったのは公共交通機関で行くと弟さんがパニックになるかもしれないから、だったとか。

 あと、昔から兄弟仲良かったと思っていたが、お母様から「なんでもかんでも良太のことばっかり。わたしよりも良太の方が大切なんやろ」と泣いたことがあり、お母様がすごく衝撃を受けられた話をされたとか。で、それからお母様はオーバーリアクションで、岸田さんを褒めまくるようになったと(それまでは、しっかりしてほしいとダメだしが多かった)。


「かきたし」

 ここを読んで表紙イラストが岸田さんご自身が描かれたことを知りました。


「文庫あとがき(おかわり)」

 テレビドラマについても書かれてます。
 ちょうど、7月9日(火)から、NHK総合の10時ドラマの枠で新編集版が放送されますね。




posted by kingstone at 18:55| Comment(0) | TrackBack(0) | 特別支援教育や関わり方など | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2024年06月21日

あるアメリカの小学校



 もう、アメリカの教育環境って、学校により、地域により、州によりてんでバラバラで、ここがこうだったから、あそこも、なんて全然言えないわけですが・・・

 アメリカの小学校で、現在 パラプロフェッショナル(日本で言えば特別支援教育支援専門員と呼ばれることが多いと思います)として働いておられる方に、その方の学校の現状を教えて頂きました。なお、正確な資料を元にお話して頂いたわけではありません。

児童数500名規模の小学校(1クラスあたりの人数、聞き忘れたな)
クラスにジェネラル(通常級の担任教師)以外に特別支援教育担当教師もいるんだけど、全クラスかどうかは確認しそこねた。IEP によって、そこにパラプロフェッショナルが加わったりする。

PT(理学療法士):巡回してくる
OT(作業療法士):1名
ST(言語聴覚療法士):2名
SC(スクールカウンセラー):2名
SW(ソーシャルワーカー):外からやって来る
AT(アシスティブテクノロジスト):巡回してくる

この学校ではブリッジ・クラスというのが支援級にあたるみたい。
そして、交流に来るわけだけど、授業がわからない場合に 特別支援教育担当教師が、small グループを教室内で集めて(通常級の中で)別に勉強してたりするそう。

またブリッジ・クラスから来た子が挙手して「この授業は退屈だ」と言うとジェネラル(クラス担任)が、「今ここではこの勉強するから我慢してね」みたいなことを言い、もう一度挙手して同じことを言うと「じゃあブリッジ・クラスに戻る?」「はい」なんてやりとりをして、交流級からブリッジ・クラスに戻る、なんてこともあるそう。

(ブリッジ・クラスというのが、制度的な名前なのか、日本での「ひまわり学級」的な名づけなのかは不明)

ほんと、地域にもよるんだろう(この地域は、落ち着いた地域らしい)けど、教師以外の職種の人もたくさん入ってるんだなあ、と思った。




posted by kingstone at 22:21| Comment(0) | TrackBack(0) | 特別支援教育や関わり方など | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2024年06月06日

合理的配慮を建設的に話し合う



 令和6年4月1日から合理的配慮の提供が義務化されました。
 これは「事業者」に対するもので、本来は官公庁・学校などではそれ以前から提供されているはずのものなんですが、まあそれは置いておいて。

 例えば、様々な障害(肢体不自由で手指の動きが円滑でない、発達障害で書字が苦手で、例えば俳句程度は書けても、試験などで長文になると書けない等)で、授業のノートがとれない、テストで回答できない、といった場合、申し出があれば当然タブレット利用やパソコン利用は考えられるべきものです。

様々な根拠

 先日丹波篠山でのおめめどう20周年式典での講演「子どもの権利から考える合理的配慮」でも、障害のある人から申し出、学校や企業側もテーブルにつき、建設的に話し合うことが強調されていました。

 レジメ「子どもの権利から考える合理的配慮」
飯野由里子・平林ルミ(東京大学バリアフリー教育開発研究センター・学びプラネット合同会社)

の PDF も記事中からダウンロードできます。

 まあこれは「良い考え、まとめ」であっても、「しょせん研究者や民間人の書いていることじゃないか」と馬鹿にされ効果は無いかもしれません。


では


ではどうでしょうか。こちらの「解説編」にはこう書かれています。

【望ましくない対応例】
事業所等「何の説明や見当もせず対応しない」
・障がいの特性や求める内容は様々ですので、まずは、障がいのある人が求めている内容を聞いて、何ができるのか、考えてください。
・もし、求めている内容がすぐには対応できない場合は、代替手段がないか、検討してください。
・対応できない場合でも、その理由を説明し、理解を得るように努めることが求められます。
・障がいのある人の求める内容が明らかな場合には、適切と思われる配慮を提案するなど自主的に対応することが望まれます。

障がいがある人「言わなくても察してほしい。何としてもやるべきだ」
・障がいの特性や求める内容は様々ですので、まずは、障がいのある人が求めている内容を聞いて、何ができるのか、考えてください。
・もし、求めている内容がすぐには対応できない場合は、代替手段がないか、検討してください。
・対応できない場合でも、その理由を説明し、理解を得るように努めることが求められます。
・障がいのある人の求める内容が明らかな場合には、適切と思われる配慮を提案するなど自主的に対応することが望まれます。

【望ましい対応例】
話し合い、何ができるのか、お互いに考えましょう。
・建設的な対話を行うためには、それぞれが持っている情報(障がいの状態や提供できるサービス内容等)や意見を相手方に示すことが重要です。その上で、相手方の意見を否定するのではなく、理解し合えるように話し合い、何ができるのか、お互いに考えていくことが望まれます。
・申出があった際の建設的な対話のためには、初期対応が大切です。コミュニケーションの不足や、傾聴しない姿勢が、障がいを理由とする差別につながることも考えられます。差別解消を可能な限り迅速で円滑に図る観点から、障がいのある人に寄り添う姿勢を持つなど、特に初期対応を丁寧に行うことが求められます。  

 つまり、事業所側には頭ごなしに「できない」と言うのではなく、「困りごと」を解消するためのアイデアを出すことが求められています。なお


「事例編」P46 には

●主にルール・慣行の柔軟な変更に関すること
「障がいにより文字の読み書きに時間がかかるなどのため、授業時間内に最後まで黒板を書き写すことが難しい生徒に対し、デジタルカメラやタブレット型端末等により、黒板の写真を撮影することや、ノートに書くことの代替としてのパソコン入力、ボイスレコーダーでの録音、動画撮影などのICT 機器の利用を認める。」

となっています。

 ただし、例えば「発達障害(見えない障害)による長文を書く困難」が、学校の教師に理解しづらい(しかし、学校に特別支援教育コーディネータは、高校などでおられないのだろうか?)場合、「この学校の教育目的は、本人の生身で書字させて、書字の技量を上げることです」という主張で封じ込めようとする(もちろん学校側は善意で)可能性があります。

 そうなると医師の意見書があれば強いかなあ、とは思ますが。


posted by kingstone at 07:30| Comment(0) | TrackBack(0) | 特別支援教育や関わり方など | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2024年06月02日

手を持ってコミュニケーション(?)する方法について、最近考えていること。



 この「(支援者が)手を持ってコミュニケーションする」という方法については、以前にも記事にしています。

 しかし、その頃より、少し考えが進んだというか「字をかける」ということと「コミュニケーションできる」ということを分けて考える必要があるな、ということを思い出しました。

 以下に Twitter(X)に書いたことを、とりあえずまとめておきます。
ーーーーーーーーーー
 FC について、TL にいろいろ流れてきたので、FC ということではなく「手を持ってするコミュニケーション」について、肢体不自由養護学校、知的障害養護学校の現場で働いてきた人間としての見解。(「専門家」ではなく、一実践者としてですが)

 実際問題として一人では字が書けないのに、手を持ってあげる、場合によってはサポートしてあげることで、字が書けるお子さんは存在しました。ただし、そうなれば「どうしたら、(人的サポート無しで)一人で出力できるように環境整備したらいいか」を早急に考える必要があります。

 それが肢体不自由の場合、機器(随意部分を使ったスイッチ操作。最近は視線入力もあり)を使ったAAC、ということになるし、知的障害の場合、例えば PECS とかになります。なぜか?人的サポートだと、本人の書きたいことだと支援者が思っていても、実は支援者が書かせたいことだったり・・・

 肢体不自由の場合、実は知的障害も合わせもつことも多いから、機器を使ったAAC と PECS との組み合わせとかそういうことも必要になってきます。(最近、AAC とおめめどうの組み合わせという例も知った)

 このあたりはカウンセリングを実践者になろうと学習(そして訓練)を受けた人だとよくわかるのじゃないかな。クライエントさんの考えていることと、カウンセラーの考えていることを確実に分けられるようになるのは、基本だけれどもものすごく難しいことです。

「よし、この支援者が手を持ってするコミュニケーションを追求しよう」とずっと続けていると、どこかで本人ではなく支援者の書かせたいことになっていく危険は常にあります。

 あと、本当にその書いたことがコミュニケーションになっているのか、というのも大事です。

 パソコン通信の黎明時代、いろんなところに野良ネットワークがありました。肢体不自由養護学校の生徒でパソコンで字が打てるようになった子がいました。

 野良ネットワークにその子が書き込むとみんなが褒めてくれました。するとその子は嬉しかったのでしょう。あるいは親御さんが「これしてみたら」と言ったのかもしれません。毎日「天声人語」を打ち込むようになりました。

 ある日誰かが「いや、『天声人語』はいいから、あなたの思ってることを書いてよ」と返信しました。

 その生徒は何も書けなくなってしまいました。特に誰かに伝えたいことが無かった(というか、それを表現する手段を持たなかった。例えキーボードが打てても)からです。

 その方ご自身の自発の欲求を表現できているのか、自分が感じ、思って、他人に伝えたいことを表現できているのか。

 そこを注意深く見て行く必要があると思います。


 なお、過去の記事を読んでいて思い出したのですが 平本歩 さんのことを思い出しました。
 過去の記事に貼っていたリンクは切れているのですが、新しいものがあるので、そこにリンクを貼り直します。

 また、こちらにもリンクを貼っておきます。


 彼女の場合、手をサポートしてあげれば字が書けることを発見し、クラスの周囲の子どもたちも始め、速い段階でパソコンに移行しています。
(ごめん、ひょっとしたらパソコン移行は早くなかったかも。また入力が難しくなって、文字盤に戻ったかもしれない)

 なんせ手を持ってやりとりしている段階で、友達と喧嘩している動画を見たことがあります。

 ほんまに言いたいことを言ってたなあ。

ーーーーーーーーーーーー
過去に書いた記事



posted by kingstone at 23:57| Comment(0) | TrackBack(0) | 特別支援教育や関わり方など | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする