私の関わりのある法人
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※このブログに書いていることは、私の関わりある法人の意見ではなく、
 あくまでも、私個人の意見です。

2021年01月21日

悪党・ヤクザ・ナショナリスト エイコ・マルコ・シナワ著




 表紙写真は吉田磯吉(「花と竜」のモデル。実像はだいぶ違いそうだが)


 歴史を通じた民主主義と暴力の関係がまとめられている。
 民主主義ということで、主として選挙との関係が多いので、日本の選挙制度を振り返ると。

1889年(明治22年)
大日本帝国憲法発布。衆議院議員選挙法制定(制限選挙・小選挙区制・記名投票)。満25歳以上の男性で直接国税15円以上を納めている者に選挙権付与。
(総人口の約1%)

選挙に関われる人数が少なければ、直接暴力で威嚇することの効果は大きかった。

1925年(大正14年)
納税条件撤廃。満25歳以上の男性全員に選挙権付与(狭義の普通選挙・男子普通選挙)。中選挙区制を導入。
(総人口の20.12%)

選挙に関われる人数が多くなり、直接暴力で威嚇することが難しくなり、効果が少なくなり、それよりお金を使う(買収)ほうが効果的になった。

1945年(昭和20年)
衆議院議員選挙法改正。満20歳以上の男女に選挙権付与(広義の普通選挙・完全普通選挙)。大選挙区制限連記制を導入。
(総人口の約50%)

 この本では明治維新の前の志士は維新後に力をもつことにならなかった、ということを書いているが、結局散発的なテロでは効果がなく、藩の正規軍に入った、という意味らしい。

 また維新前後は軟弱になっていた武士よりも、博徒のほうが実戦経験があったので、藩などに召し抱えられることもあったが、維新後は何の報酬も無かったと。

1884 賭博犯処分規則
これにより、博徒の生活が苦しくなる。
また地域住民も松方デフレで生糸の値段が下がり困窮していた。
"大隈重信は…「積極財政」を維持して外債を発行してそこで得た銀貨を市場に流して不換紙幣を回収すれば安定すると主張"
"松方は単に明治維新以来の政府財政の膨張がインフレーションの根本原因であって不換紙幣回収こそが唯一の解決策"

ここんとこの勉強で基本的に兌換紙幣(一定の重さの金や銀との交換を保障する)がデフレを生む、ということだけど、どうなんだろう。

(秩父困民党事件)博徒でもあった田代栄助がリーダー。
しかし、地域住民からの支持もあった。



 志士については、明治維新後野に下った武士の反乱はいろいろあった。

1875 新聞紙条例

    萩の乱(山口)
1877 西南戦争(鹿児島)

1880 集会条例(500人以上の壮士が首都から追い出された)

1881 玄洋社発足

1889 大隈重信。玄洋社の来島恒喜に爆弾による襲撃(大隈重信遭難事件)を受け右足を失う。

しかし、アメリカやイギリスにも選挙干渉、選挙妨害はいろいろとあった。

NY エンパイアクラブ

それを取り締まるために

1868 英。判事が汚職捜査をできるようにした。
1870 米。国政選挙を取り締まれるようにした。

1890年に議院となった尾崎行雄は、議院内でも暴力をよくふるわれている。

というか、壮士をボディガードとして引き連れている議院が多く、暴力沙汰はしょっちゅうだったみたい。そして

1892(明治25年)、楠本正隆らが組織した民党自由党)の院外団ができ、これが各政党の壮士の組織となる。

しかし暴力への容認は世間でもあった。

なお、壮士については
肉体的な危害を加える場合は、誰を殴ったか、またどこを殴ったかに応じて報酬額が決まった。


この仕事を金銭面で見てみると、壮士のあいだで申し合わせがあった節がうかがわれる。というのも、ライバル壮士が自陣の公開集会に出席していた場合、退出願う前に少なくとも短時間は連中にひと暴れさせてやるという不文律が見られるからだ。そうすれば彼らも報酬を手にできるという配慮なのだろう。

 ってことで、プロレスやな・・・

アメリカでは集票組織マシーン

NY市第6区の消防隊長マシュー・ブレナン

40人かそこらの屈強な若い男からなる集団を予備選や本選に送り込む

"買収および供応を含む移民に対する集票工作が政治腐敗を招き、1800年代半ばのウィリアム・M・トウィードが会長を務めていた時代には悪名を轟かせるなど、「タマニー・ホール」と言えば票の買収操作の代名詞となる"


1913 明治大学の学生だった時、図書館に行こうとして犬飼毅、尾崎行雄の演説に感激。桂内閣への抗議デモに参加。逮捕される。しかし苦労したのに対価はもらっていないと考え、政友会本部へ行き、お昼ごはんをおごってもらい、お金を受け取る。その後、院外団の青年部門、鉄心会の壮士となる。壮士には博徒もテキヤも居た。
(学生壮士は基本的に食事でつられる)
憲政会院外団は早稲田の学生が多かった。

1919 国粋会 

"1919年(大正8年)10月10日、原敬内閣の内務大臣・床次竹二郎(立憲政友会)は、全国的な右翼団体を創設するべく、政友会の米田穣代議士をまとめ役として博徒等関西壮士の大親分36人を東京に呼び寄せて会合を開いた"
この本によると親分衆のほうが声をかけたとのこと。会員は建設請負業者とヤクザの親分。労働争議を抑え込みたいとの思い。

現在はどうなっているかというと・・・

"國粹会(国粋会、こくすいかい)は、東京都に本部を置く暴力団。かつては独立した指定暴力団であったものの、2005年に山口組の二次団体となった。"


正義団という団体もあった。

著者は

ナチのSA(突撃隊)
イタリアのスクァドリズモ(黒シャツ隊)

との対比を書いてはるが、国粋会も正義団も「そこまではいっていない」感は強い。



この1919年はどういう時代か

1919 賀川豊彦が関西労働同盟を作る

1921
"神戸の三菱造船所(現・三菱重工業神戸造船所)・川崎造船所(現・川崎造船神戸工場)における大争議を指導するし、労働者による工場自主管理や約3万5千人を組織した大規模デモなどを指導するが、示威行動中の労働者と警官隊との衝突により、賀川をはじめ百数十人の組合幹部が一斉に逮捕され、戦前最大の労働争議は労働組合側の敗北に終わった"


1922 雑誌で武闘派の代議士を紹介。(強く、乱暴であることが売りになっていた)

 もともとは壮士は自由民権運動(つまり政府に対立する立場)から出てきているが、植民地政策の先兵になり、軍などからお金が出ていた。(政治的意図よりお金の重要性が大きくなる)


1932 5.15事件 政党内閣の終わり
1936 2.26事件
(民間ではなく正規軍の一部の起こした事件)

1930年代になると、民間の暴力組織の重要性は下がる。正規軍や憲兵、警察など、政府の組織で住民を管理できるようになったから。

戦後

巣鴨刑務所から

岸信介
笹川良一
児玉誉士夫

が出てくる。活動資金は企業(経団連)とCIAからの資金
(これは陰謀論ではなく、歴史だよね・・・)

しかし世の中が変わったのは、

1959 強行採決を阻止しようと社会党議員や秘書が議長室選挙、また暴力をふるうことがあったが、世論の大きな非難を受けた。

1960 三池炭鉱闘争(それ以前も暴力団が組合員を抑えるためにたくさんの労使紛争の場で使われていた)
    安保反対デモでの樺美智子さんの死亡(デモ隊には暴力団が襲いかかっていた)
    浅沼稲次郎が山口二矢に暗殺された。

これで世論は徹底的に暴力を容認しない方向に触れた。
(しかしその後も極左、極右は使うこともあるが・・・)
選挙への影響力も「暴力」よりも「お金」という傾向がより進んでいくことになる。


こういう歴史を見ると、今はいいな、と思うのだけれども、先日のアメリカの大統領選挙とそれに続く議事堂乱入を見ていると、世界的にはまだまだどうなるかはわからない、という思いは浮かぶ。

あと、ロシアは暗殺されかけた人について大統領が「我々がやったのならもっとうまくやる」という国だし・・・

日本だってわからないよね。




posted by kingstone at 17:44| Comment(0) | 本・記事・番組など | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年12月27日

フラジャイル 第19巻 原作 草水敏 漫画 恵三郎




 先日夜高熱が出ました。

 この新型コロナ蔓延の世の中で、もう大慌てで、しかしちゃんと電話して、翌朝近医に行きました。

 近医では今までのクリニックとは違う別室に、様々なエアフィルター(?)なども設置し、発熱外来にして下さっていました。おひとりでやっておられるごく普通の開業医さんですが。

 診察の結果、血液検査をし、かつ午後からPCR検査を近所のドライブスルー検査所で検体摂取、結果は翌日連絡を頂ける、ということに。

 お医者様としては新型コロナの可能性は低そうだけど、それならそれで発熱の原因が心配とのことでした。

 こちらでは解熱剤が処方されました。

 PCRの検体摂取は鼻に棒を突っ込むほうで。

 これがめちゃくちゃ痛かった(個人の感想です。痛くない人もいるかも)

 唾液でやるのが本当に棒を突っ込むのと同じ精度があるならそっちがいいなあ・・・

 翌朝、結果が出ました。

 PCRは陰性。しかし血液検査の結果が悪いので、即大病院に行って欲しい、とのことでした。

 大病院では10年来の主治医が血液検査等の結果を診て、「抗生剤の点滴と、抗生剤の服用で月曜日にもう一度来て下さい」ということになりました。即入院も覚悟していただけに、ほっとしました。

 翌日には平熱になり、解熱剤は必要なくなり、抗生剤の服用のみですむようになりました。

 で、いつも垂水の流泉書房で週刊文春を買っているのですが、さすがに行けなくて妻のついでがあったので買いに行ってもらいました。

 すると書店の妻から電話が。

「フラジャイルの19巻を勧めて下さってるけれど、買うの?」

「買って!」

 いや、先日 Twitter で買った、というツイートを見て流泉書房さんに注文しなきゃ、と思ってたら発熱して行けなくなっていたんです。

 妻から受け取ると即読んでしまいました。


ーーー ネタバレあり ーーー


 18巻から続く岸先生の医療過誤訴訟問題。

 記録を開示して当事者さんと会って話し合いたいという岸先生に対し、弁護士双方のお金のやりとりで終わらせたい院長、病院側弁護士、相手側弁護士・・・

 いろいろと真相がわかり、相手も本当はお金の問題ではなく、納得の問題であり、岸先生の弁護士の助力もあり、最終的には納得の大団円を迎えるわけですが。

「納得」というのは一番難しいな・・・

 医療過誤だけでなく、自分の病気についての納得、いや自分より、お子さんや配偶者、親御さんの病気や障害についてのほうが難しいか。

 で、そこにいろいろなものがつけこんで来る。

 いや、私自身が「つけこんでくる人」と見られていないか。

 自分では「そうではない」と思っているけれど。




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2020年10月23日

サラリーマン球団社長 清武英利著





 著者清武英利さんご自身が、あのナベツネオーナーの元で巨人のサラリーマン球団社長をされていました。

 この本では、タイガースの野崎勝義さん、カープの鈴木清明さんのことを取り上げてはります。

 野崎さんは1995年に阪神電鉄の航空機を利用した旅行代理店、阪神航空からタイガースに出向。

 鈴木さんは1983年に松田耕平オーナーの息子、松田元氏に請われて東洋工業(マツダ)を退職し、カープに入社。
(松田耕平氏は1977年に東洋工業の代表権の無い会長になり、経営から身を引いている。カープと東洋工業(マツダ)はこの時点で無関係とみていいのかな)

 共通点はどちらの球団も「どん底時代」だったということ。


 野崎さんがタイガースに出向する時に夫人に励ましとして言われた言葉。

「もともとがダメ虎やから、これ以上悪くならへんよ」

 読んでると、阪神は「強くなる」ことよりも、派閥を大事にしたり、OBが隠然とした力をもっていたり、なんかぬるま湯かつ、合理的な意見が通らない体質(ひょっとして今も?)やったみたいね。

 また久万オーナーってのも、言うことがころころ変わったりしてたみたいだし・・・

 それを改革しようとして、野崎さんが吉村浩氏を招聘してBOSを実現しよう、スカウティングシステムを改善しようとしたのに、現場スカウトのサボタージュで運用できなかったとか、組織あるある、IT化を進める時のあるある話やなあ、と思いました。

 そして、吉村氏が日本ハムファイターズに行き、運用できるようになり、ファイターズの優勝に一役買ったとか。


 しかし、それでも野村監督を招聘し、野村監督がまっとうなことを言い(でもフロントも現場の選手もあまり変わらなかったみたい)、野村さんは沙知代さんの脱税問題で辞任せざるをえなくなります。

 で、星野仙一監督が就任するわけですが・・・

 私は知りませんでしたが、高血圧で体調がめちゃ悪かったみたいですね。試合が始まると数値が上がり、試合後動けなくなったり、専属医師が試合には常についてはったり。210まで上がったことがあるそう。

 よく、2003年にセ・リーグ優勝されたもんだ、と思います。

(なお、1985年の優勝時は、私は小学校の教師をしていました。優勝の翌日、朝教室に入ると黒板いっぱいに「優勝おめでとう」という言葉とたくさんの絵が書かれており、みんなで「六甲おろし」を合唱しました)


 広島は、「お金が無い」というのは周知の事実で、それゆえにということでもありますが、昔から「育成」に力を入れてはった。これは日本だけではなく、ドミニカでも育成のための球団を昔から作ってはった。これも鈴木さんは最初から関わってはります。

 また松田耕平氏は、職員にメジャーリーグの視察をさせたり、選手をあちらの下位リーグで研修させたり、進取の気性がありはったようですね。

 お金が無いことについては日本プロ野球選手会のアンケートで

「カープは12球団で1番年俸評価に不満を感じるが、1番交渉の誠意を感じる」

という評価を得ているそうです。この「誠意を感じる」というのは大事やな、と思います。

 まだ、新しい広島球場ができていなかった、資金的に厳しい時代、1999年に緒方が巨人の誘いを断ってカープ残留を決めた時に、カープから1億7千万円の年俸を提示され、

「こんなにカープが払えるんですか」

と聞き返した、というエピソードが残っているそう。

 しかし、鈴木さんの努力が実り、新しい球場ができ、黒田、新井が戻ってきて、2016年から3年連続リーグ優勝を果たされてます。



 鈴木さんが東洋工業時代に先輩から聞いたたとえ話。


 ある旅人が石を運んでいる人に尋ねた。
1人目「石を運んでいるんです」
2人目「塀を作っているんです」
3人目「寺を作っています。みんなの心がやすまるような」
 単調な仕事も、いつも何の目的をもってやっているか、を考えていることが大事。


 なるほどな。
 視覚支援のためのカードを作るなんてえのも、結構めんどくさい作業なわけです。
 でも、「成人後の自立的(サポートありでも良い)な暮らしのため」ということを常に意識しておくのは大切だもんな。


  








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2020年10月17日

まぐだら屋のマリア 原田マハ著




 ファンタジー

 映画原作にいいんじゃないかな。

 是非見たい。


 登場人物が、キリスト教というか聖書に関係するような名前が多い。漢字は当てているけれど。

 主人公がシモンとマリア。
 後、マルコ、ユダ、ヨハネ・・・

 キャラクタはキリスト教エピソードとは関係なさそうだけど。

 シモンは菅田将暉
 マリアは蒼井優
 ヨハネが難しい・・・

 ところで、マルコは「ひきこもりの青年」として書かれているのだけど、きっかけがいじめはいいとして、ひきこもり生活に入る時の入り方には「これはないわ」と思ってしまう。

 映画「羊と鋼の森」でもひきこもりの青年の描写に違和感を持ったし・・・

 もちろん一人ひとり千差万別で、ひょっとしたらそういう方もおられるのかもしれないけれど、なんか違う気がする・・・


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2020年10月11日

腰痛にいい体操




 知人がギックリ腰になった時、この動画を教えてもらい、やってみたら効果があったと。

「痛くて動かせない時、でもどこか動かせるところがある。それを見つけてやって動かしていく」

なるほどな、です。




 でもって、やられている方のお店の住所を見たら、ご近所さんや!

 まあでも今は新型コロナの件で、お休み中みたいですが・・・


posted by kingstone at 16:18| Comment(0) | 本・記事・番組など | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする