旧統一教会で広報部長までされた大江益夫さんに、桶田毅さんがインタビューしたもの。
大江さんは京都府福知山出身。
身近に大江姓は多く、大江広本にもつながるという言い伝えがある。
もともと高校生時代に民青(共産党の青年組織)の活動をされていて、ある日福知山駅前で演説していた京都大学原理研究会の人に議論をふっかけ、そこからいろいろな研修会に参加し、文鮮明氏に帰依されたよう。
ご本人も合同結婚式で結婚し、文を読む限り「宗教組織への帰依」ではなく「文鮮明氏への帰依」という形での信仰は強くもっておられるよう。
なお、高校時代に東京で開かれた研修会に参加した時には、岸信介氏も顔を出されたとのこと。
勧められて早稲田大学に進学、原理研の活動に参加、その当時の「経済活動」はいろいろな名目を立てたり、健常な信者が障害者のマネをしたりして募金を集め、しかしほとんどは運営費に使われていたので、大江氏は「やりすぎだ」とは思ったが、何も言えなかったと。
またその当時の間違いがその後の「霊感商法(高額な壺販売)」などにつながってしまったことを「過ち」と言っておられる。
なお、後年広報部長となったおりに、週刊文春と対立関係になり、話し合いももつようになったが、ある日会が終わったあと文春の人に「高額な壺販売などを正しいと思っているのか」と問われ、思わず「思っていない」と答えてしまったそう。
早稲田で殺された川口君(革マル派に中核派のスパイと間違われて殺された。なお、それ以前に、川口君は原理研の人材が主な「早稲田学生新聞」の記者をしていた。ただし入信はせず)と、その後の「川口セミナーハウス」の問題にもかかわってはる。全体としていろいろなことに「責任をもとう」と行動してはった感じはよく伝わってきます。
その後も上部に霊感商法はまずいのではないか、と進言したり、本を出したりしたことで左遷され地球の裏側に飛ばされてしまいはります。
この本で怖いな、と思うのは、勝共連合(統一教会)は、日本全国各地で銃砲店を経営していた。一朝ことあれば(例えば日本へのソ連の侵攻)、いつでも後方支援に回れるように準備していた、という点。また中枢部の人からの指示ではないが、周辺部の大江さんが「武闘派」と呼ぶ人たちが不穏な動きをしていた、ということ。
なんかなあ。
大江さんは既に地元に戻られ、地域で行政書士として暮らしながら、この本を出版後は、世界平和統一家庭連合(旧統一教会)からは完全に離れ、家の宗旨で葬儀をしてもらい、先祖代々の墓に入ることを宣言しておられます。
しかし、それとは別に文鮮明氏への帰依はありそうだし、信仰というのはそういうものだと思います。
なお、晩年の文氏は「もう宗教はやめだ」と言っておられたとのこと。
その流れで言えば「宗教法人解散命令」が出ても、まったく問題が無いのではないか、と思います。
無税の特権が無くなるだけで、集まってもいいし、会社組織を作って税金を払って活動しても良いわけだし。
他人の人生を狂わせるような高額なお布施を、脅すような形でふんだくる活動をしている組織を、宗教法人と認める必要はまったく無いと思います。






