私の関わりのある法人
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※このブログに書いていることは、私の関わりある法人の意見ではなく、
 あくまでも、私個人の意見です。

2018年11月09日

武士の日本史 高橋昌明著




武士の日本史 高橋昌明

 なんかめちゃ面白かったです。
 歴史小説の話ではなく、日本史の話として、最近の主流の論、また著者の論とかいろいろ出てきて面白い。

 古代において官職にあるものは冠を被った。(冠位十二階とか)
 日常平服の時は烏帽子を被った。
 中世でも家の中でも被り(って、どのくらいの立場の人までだったんだろう。著者は「一般庶民まで」と書いてはるが)、男女が交わる時にも取らなかったと・・・
 なんかめちゃじゃまになりそうだけど・・・
 頭の先を他人に見せることは恥ずかしいと思われていたのか・・・

 で、鎌倉前後から、烏帽子も被り兜も被って(当時の兜には烏帽子が突き出る穴が開いてた)戦ってたので、暑いから月代をそり出したってことです。

 侍は武士だけではない。「さぶらふもの」だから、文士も(少数であるが)いた。
 農民でない百姓が大勢いたようなもの。

 武士は芸人に分類される。
 技術があるだけでなく武芸を家業とする特定の家柄の出身でなければいけなかった。

 古代の武将。坂上田村麻呂。
 その父、坂上苅田麻呂は恵美押勝の乱(764)や弓削道鏡の告発(770)などによって、上流貴族(従三位)にまで昇った。

 自力救済(要するに私闘)を許していると治安が乱れる。
 律令社会では、宮都とその周辺で武器を携帯して横行するなど、あってはならない事態だった。

(でも、古代でも中世でも守られなかったみたい。あと私は「平安時代は死刑の無い平和な時代だった」という意見を見たことがあるけれど、平安時代も中世も、江戸中期くらいまでは刑罰でなくめちゃめちゃ人が簡単に殺される時代だったことを頭に入れておかないといけないだろうな)

 平安中期以降成文法で繰り返し武器の携帯が禁止されている。
 許されているのは、武士だけだし、官位が上がると武士でなくなり(?)個別の許可が必要になる。
 桓武天皇治世8世紀末、皇族が激増→財政圧迫→ウジ名と姓を与え臣籍降下。
 この中で源氏や平氏が出て来た。
 「幕府」という呼称は政権が自ら使うのは江戸時代中期だったかでないと出てこないそう。
 また「幕府」を武士の政権と言うならば、著者は鎌倉幕府が始まりではなく、平清盛も「幕府」を作っていたと考えていい、と。

 戦闘について。
 基本は弓で相手を傷つけ、弱ったところを刀でとどめを刺す。
 よくドラマである白兵戦というか、刀での斬り合いなどはほとんど無かった。
 あと投石とか。
 それらの飛び道具が鉄砲に変わっていく。
 昔の刀は兜などの防護の上から殴りつけるものだった。
 刃も切っ先以外ははまぐり型。そのほうが刃こぼれが少ない。
 刃の全体を鋭く研ぐようになったのは江戸時代。

 剣術は平和な時代になってから。
 幕末の千葉周作や他の道場主も、元々の武士でないものが増えてきた。
 また道場では竹刀などを使うので、本身を使う実戦とは違うものになっていた。
 江戸後期の武士は、刀での斬り合いなどしたことがほとんど無かった。

 桜田門外の変の時は攻守両方の侍が、頭真っ白状態で、また本身でつばぜり合いなどしたため、その場には耳や鼻のそがれた肉片が多数落ちていたと・・・

(たぶん木刀や竹刀でのつばぜり合いの経験でやっちゃったんだろうな)

 なお加藤清正は初陣の時に「闇夜のごとく」と何も見えない状態だったと記録している。

1853(嘉永6年)ペリー来航。軍事力の前に屈す
   いわゆる安政の軍事改革が始まる
1862(文久2年)文久の軍事改革
   これらによって従来型の武芸が廃れる
1869(明治2年)版籍奉還 藩主と家臣の主従関係が無くなる
    藩主は華族、家臣は士族となる。
1871(明治4年)郡県制に(律令制の昔、中央集権に戻す)
    脱刀の自由を許す(強制ではない)
1872(明治5年)壬申戸籍
1873(明治6年)(希望者に)秩禄を停止し公債を与える
    徴兵令の施行、制服以外の帯刀禁止
1874(明治7年)佐賀の乱
1876(明治9年)秩禄支給打ち切り
    神風連の乱
    秋月の乱
    萩の乱
1877(明治10年)西南戦争
1881(明治14年)の公務員中の士族の割合(教師を除く)
    中央・府県道の官吏のうち 70%
    郡区町村吏のうち 40%

日露戦争は最新科学技術のおかげでのぎりぎりの勝利
機関銃も日本のほうがたくさんあった。
南山の戦闘でも奉天の会戦でもロシアの5倍
銃剣突撃はロシアの得意とするところ。

ドイツの観戦武官の報告
「日本兵はいまだかつてこれ(ロシア兵の銃剣突撃)に抵抗したることなく、まったく傍観しながら退却した。日本兵は銃剣使用の練習に精励したのち、戦争の末期に到り初めて銃剣をもってロシア兵と戦いを交えんとしたけれども、なお常に大敗することを免れることはできなかった」

(初期の「傍観しながら退却」ってめちゃ正しかったんだろうな。で、待ち伏せしていて機関銃でなぎ払うと。)
(旅順の大量の死者は乃木希典の指揮が悪かったから)

ところがその後、武士道とか攻撃精神など、精神論が広がってしまう。

1897(明治30年)30年式歩兵銃が採用される
これは中国での厳しい環境の中で不具合がよく出たのですぐに改良された。それが38式歩兵銃。
1905(明治38年)仮採用。
1906(明治39年)制式銃として制定。
1908(明治41年)部隊に配備。
    当時は「手動式小銃では改良の余地が無い(ほど優れている)」と言われた。

1887 「武道」という言葉が使われ出すのは明治20年になってから。
1898(明治31年)撃剣と柔術が中学校課外に限り許可
1911(明治44年)体操の正課授業として実施が認められる
1913(大正2年)学校体操教授要目で、旧制中学と男子師範学校の体操科教材となる
1926(昭和元年)名称が剣道と柔道になる
1931(昭和6年)必修化(満州事変)
1936(昭和11年)女学校や女子師範で弓道、薙刀が加わる
1938(昭和13年)第24回甲子園大会での選手宣誓で
   「武士道にのっとり」と宣誓すると、
    他の選手も一節ごとに唱和した。
1939(昭和14年)小学校5,6年と高等科の男児に武道を課す
1940(昭和15年)銃剣術が銃剣道と名称変更し軍事教練に採用
1941(昭和16年)国民学校体錬科武道として重視
2017(平成29年)2021年実施の中学校学習指導要領に武道9種目の選択肢として銃剣道が明記

しかし、武士が出てきた昔から、刀同士の近接戦より、遠方から相手を傷つけ、弱ったところを近寄ってとどめをさすのが主流。白兵戦重視は戦争を指揮する側から見ればおかしい。


1900(アメリカで新渡戸稲造の「武士道」出版)
1907「武士道ー日本の魂」として桜井鷗村(さくらいおうそん)訳で日本で出版)

ここに書かれた徳目は士道に多少似ているものの、近世に存在した士道・武士道とはまったく別物。
なお、「武士道」が書かれたころ、「葉隠」はまだ世に知られていなかった。
西欧の騎士道などとの比較をしているが、キリスト教の徳目も出てくる。「義」など。
菅野覚明は「武士道の皮をかぶったキリスト教」と評している。
新渡戸自身熱心なクエーカー教徒。
当時の好戦的な時代の中で、キリスト教が忠君愛国道徳に反するという国家主義者たちへの方便であったと著者は書く。
(武士が廃れて何年もたってからだし、新渡戸だって知らないよなあ、というのと時代の風潮の中で苦労してはったんやろな、というのは思うな・・・)


(クエーカー教徒は労働福祉の分野の先駆者的な人が多い)


 後、江戸時代後期には「切腹」ってほとんど無くなっていたので、赤穂浪士の時も切腹の作法を聞かれた人が「わかりません」と答えている。

 逆に幕末
1868「神戸事件」
   「堺事件」
   で切腹が行われている。

 それから、どういう社会背景があったのかはわからないけれど、私、中学生くらいまで「何か失敗したら責任をとって切腹すればいいんだな」と考えていました。刀が無いから包丁でやるしかないよな、とか。これは当時の身の回りにあった情報(本、ラジオ、テレビ)の影響だよなあ・・・

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2018年10月22日

雑草はなぜそこに生えているのか 稲垣栄洋著




雑草はなぜそこに生えているのか 稲垣栄洋著

雑草魂と言われ、また「雑草は踏まれても踏まれても立ち上がり生きていく」と言われる。
果たして、雑草は強い、のか?


雑草の特徴→弱い(競争に弱い)

・光を求める競争(上へ伸びる、枝を広げる etc.)
・地面の下で水や栄養を求める競争

弱いから森の中で生えることができない。そこで

・道ばた
・畑

など、人間が開いた特殊な環境で基本的に「戦わない」戦略をとる
(というか、そういう戦略に適した種が生き残った)

イギリスの生態学者、ジョン・フィリップ・グライム(1935〜)による植物の成功する要素
「C-S-R 三角形理論」

Cタイプ(Competitive、競合型)他の植物との競争に強い

Sタイプ(Steress tolerance、ストレス耐性型)乾燥、日照不足、低温などのストレスに強い
サボテン・高山植物 etc.

Rタイプ(Ruderal、攪乱依存型)環境がかき乱されるのに強い。臨機応変に変化を乗りこえる。


雑草を無くす方法。

雑草をとらない。→雑草がはびこる→灌木などが生え、藪になる→森になる→雑草が生えられなくなる
(もちろん、畑や庭の雑草を無くす方法としては現実的ではない)

「一次遷移」火山の噴火後など何もない状態からスタート。
「二次遷移」山火事や洪水で植物が無くなった状態からスタート。
      ビルが無くなった空き地などもこの状態。

植物の発芽に必要な三要素。「水、酸素、温度」

しかし雑草はこの条件が揃っても発芽しないことがある。「休眠」をする。他の植物が発芽したのをやりすごしよりチャンスをうかがう(って、別に意志をもってうかがってるわけじゃないけど)

野菜や花などの栽培植物 種を巻くと同じ時に一斉に芽吹く。そうでないと人間が困るから、そういうのを作物として選んで育ててきた。

雑草 そろわない。(そろうと同時期に悪条件で壊滅的打撃をこうむる危険がある)「不斉一発生」

例 オナモミ(ヒッツキムシ)の実の中には長さの異なった種子が入っていて、長いのは早く、短いのは遅く発芽する。

生物には本来多様性がある。お米や野菜の均一性は人間の努力の結果であり、すごいこと。

1840年代 アイルランドのジャガイモ飢饉。たった1つの品種であったから。
(漫画「銀の匙」を見てたら、西川君がとてもたくさんの品種を知っている。あんなのがいろいろ植えられていたら、ジャガイモ飢饉は起こらなかったのだろうか?)

形質が変わっていく理由による違い

「遺伝的変異」遺伝で決まる
「表現的可塑性」環境によって変化する

雑草はどちらの力も大きい。もともと形質がバラバラな上に、環境に応じて変化する力も大きい
「集団内の多様性」同じ学校の中に色々な生徒がいる
「集団間の多様性」うちの学校とあそこの学校は校風が違う

雑草の変異はよく起こる

シロツメクサ 青酸(毒)を作るタイプと作らないタイプがある
ヨーロッパの北は作らないタイプが分布し、南には作るタイプが分布している
南にはシロツメクサを食べるカタツムリがいるため
(毒を出してやろう、としたわけじゃなく、たまたま毒のあるものが生き残った、というわけ。じゃあ北は?青酸を作るのは少し負担があり、作らない方が楽なのでそちらが増えたのかな?)


ハーバード・G・ベーカー(1920〜2001)
「理想的な雑草の条件」(論文「雑草の進化(The evolution of weeds)」の中で)

12項目のうち
1.不良環境下でも幾らかの種子を生産することができる
2.好適環境下においては種子を多産する

 雑草はこの「子孫を残す」という一点でぶれない。後の点はどうでもいいと言うか、環境に合わせて変化しまくり。



「人間はそれぞれ守るべき原則をひとつかふたつ持てばそれでいい。他のことはさっさと妥協してしまえ」

臨済

随処作主立処皆真(随所に主となれば、りっしょみな真なり)」と同じだなと書いてはる。臨済の言葉は「思う通り生きる」みたいに見えるけど、自分はありつつ環境に合わせんだろう。



虫媒花(虫が同種ではあるが他の花の花粉をつけてくれることで受精)
風媒花(風で飛んで来た花粉で受精)

虫媒花は一見「虫と植物が協力し合っている」ように見えるが、それぞれが利己的にやっているだけ。それが「協力」と見える。(ひょっとしたら、人間も「利己的に動く」ことが「協力」になるのかも)

虫媒花は基本的に両性(おしべ、めしべ)があり、「他殖(自分以外のものと生殖する)」と呼ばれる。

生物には「自殖」するものもある。
ただし、「自殖」の場合は「潜性」遺伝によって隠れていた不利な条件が表に現れたり、多様性が少なくなるなどの問題がある。「他殖」のほうが多様になる。
雑草も基本的には「他殖」だが、いざ受精できないとなったら「自殖」する場合もある。


遺伝学では100年以上にわたり、遺伝子の2つの型のうち特徴が現れやすい遺伝子を優性、現れにくい遺伝子を劣性と呼んでいた。今後は優性を「顕性」、劣性を「潜性(せんせい)」とする。


セイタカアワダチソウの盛衰

 日本に入ってきた時、北アメリカでは競争する植物や天敵がいて、猛威はふるっていなかった。しかし日本に入ってきた時に、セイタカアワダチソウの根の出す毒物に対抗できる植物もなく、天敵もいなかった。そこで大繁殖をした。
 しかし、大繁殖しすぎて、自らの毒が自らを弱めた。また対抗する植物や天敵も出始めた。そのため一時の猛威は無くなった。


「雑草は踏まれても踏まれても立ち上がる」は間違い。

踏まれると立ち上がるなどの余計なことはせず、倒れたままで花をつけ、種子を作る。
「雑草は踏まれたら立ち上がらない」


ナンバー1かオンリー1か。

「ガウゼの法則」

「種」として見た場合、同じ環境で競争した場合、「1位しか勝ち残れない」
ゾウリムシとヒメゾウリムシを1つの水槽で飼うと最終的に1種類しか残らない。

しかし「1種類の生物しか生き残れない」ということではなく「棲み分け」ができる。
ゾウリムシとミドリゾウリムシを1つの水槽で飼うと、ゾウリムシは上の方の大腸菌を食べ、ミドリゾウリムシは下の方の酵母菌を食べ「棲み分け」ることができる。

暮らす環境が異なれば共存できる。
このナンバー1になれるオンリー1の場所を「ニッチ」と言う。
(「隙間」というのとはちょっとイメージが違うのか・・・もともとは寺院で装飾品を飾るための壁面の窪みのこと)



 なんか多様性の大事さをしみじみと感じる本でした。




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2018年10月10日

国際貢献のウソ 伊勢崎賢治著




 2010年に初版が出ています。

 今年の特殊教育学会の自主シンポジウム

「地域に根ざした保護者支援システム構築の試みー既存の社会資源としての教職員の可能性と課題ー」

に参加した時、斉藤宇開先生の指定討論でNAS(英国自閉症協会の)モットー

「公的なサービス以外の事業に専念する」
(これはサービスに公的な機関が関係しだしたら関わるな、くらい強い)

を引用され、「なんで学校がやってるんだ。」とおっしゃたの、理解できたとは言えないのだけど、なんかすごく揺さぶられました。

 この「国際貢献のウソ」を読んで、上のご発言のヒントがあるような気がしました。

セーフティーネットとしての国際貢献

日本では、世界益と国益は対立するもののように考えられているところが多い。
しかし、欧米では国益を追求し、世界益となると考えられているのではないか。
だから日本では「国益にはならないけれど国際貢献をしよう」というような考え方になるが、欧米にはそもそも「国際貢献」という言葉を見聞きすることはほとんどない。
だが、欧米の途上国援助も、そもそもは収奪しすぎると、反乱を起こし、経済そのものが崩壊する。
それを防ぐためのセーフティネットであり、スキマ産業であることも確かである。

ドナー(寄付をする人や企業や国)からのお金を使って援助をする。
ドナーに対する説明責任は言われるし、よくやられているが、被援助者に説明されることはあまり無い。
ドナーが直接援助できない距離を利用して「人道主義」を美化し、お金を集める。

ただ国は「人道的介入」という言葉を使って自らの侵略行為を正当化する。

「開発」とは、外国資本が行う公共事業である。

被援助者にとっては「国」も「NGO」も「お上」に見える。

政府と仲良くすることもある。
途上国の貧しい人たちのニーズを拾いあげながら、それを政策面に橋渡しすることに、NGOの大きな役割がある。

「国際援助」か「革命」か。

破綻したワイロづけの政権に対して必要なものは「革命」かもしれない。
しかし、それによって内戦が起これば何十万人もの死者が出て、NGOが作ってきたものも破壊しつくされる。
それよりも「国際援助」をしつつNGOが自己批判もしつつ政権を少しずつでも変えていけることが大事ではないか。


NGOの職員として向いているいるのはリストラができる人。

できるだけ少ない職員で、大きな効果を上げるほうが良い。
また「日本人」が現地にいかなければならないわけではない。
「現地」には人材がたくさんいる。そういう人に活躍する場ができたほうが良い。
(開発途上国の一流大学出身者には一流の教育を受け、しかし仕事が無い人がいる)

「魚を与えるのでなく、魚の捕り方を教える」という言葉の傲慢さ。
途上国の人々は我々よりよほど「魚の捕り方」を知っている。
特に短期の場合なら直接魚を与えた方がいい。
(このあたり、職業訓練への助成より、お金を直接給付して生活に少しゆとりを持たせ、その上で自分で判断して行動を起こしてもらったほうがいい、という話と一緒やな)

日本でNGOをやっている人たちは「給料は安い」あるいは「無償ボランティア」と思っている人が多い。
(これは福祉業界も同じ構造があるなあ・・・)

日本の寄付文化の無さ(しかし、ひょっとして2018年現在、クラウドファンディングなどで少し変わってきてるかな・・・)

ベンチャー精神で「貧困」の所有者と一緒に「業」を起こせ。その時NGOはもうNPO(非営利組織)ではないかも。
欧米のNGOでは職務経験のあるマネージャー能力のある人が求められる。
日本では経験の無い素人が行く場合が多い。

職能は誰が認めるのか?
日本の場合、免許などで国が認めたものを資格とする場合が多い。
しかしNGO(non-governmental organizations)なのに?
NPOもお上からの認証を受ける?
(まあ、実は多くのNPOはお上からの認証を受けるわけでなく、情報を公開されて3か月間文句が出なかったら認められるんだけどね。自治体が用意した部屋で公開される、ってだけで。もちろん「認証NPO」というものもある)

国や大型のNGOは官僚的になる。するともともとの「やるべきこと」よりも「組織維持」が大きな仕事になってしまう。「やるべきこと」が終われば無くなってもいいのではないか。

「内政干渉」と「保護する義務」と。

「内政干渉」はいけない、と行動せずにいるうちに多くの虐殺が起こった。
その反省から「保護する義務」ということが言われるようになった。

ODA

・有償援助
・無償援助
・技術協力

ODAで1対1で援助する時にこそ「国益」を通じて「世界益」につなげることができるのではないか。
例えば、信頼してもらって日本製品の売り上げがあがる、など。
しかし、例えばアフリカ開発会議で「これだけ援助をしますので、国連常任理事国入りに一票を」なんてえのは足もとをみすかされるだけ。
援助を受ける側の政治家は自分たちの手柄にするだけで、票を入れることに興味は無い。


自衛隊と九条

私も、やはり憲法で自衛隊を(軍隊として)定義付けすべきやなあ、と思うな。
すごく宙ぶらりんの状態でおかれていると思う。
軍隊(自己完結する部隊)の援助は真っ先にかけつけて、速やかに去る(民間その他の体制が整えばそちらに任せる)が基本というのに納得。










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2018年10月08日

映画「日日是好日」 樹木希林・黒木華・多部未華子出演




 神戸シネリーブルで「先行上映」をやっていました。

 14時10分からの回。
 大劇場(?)だったので4部の入りくらいですが、200名以上は来られてたような。

 樹木希林さん、この時は演技ではお元気な様子ですが、休憩中はへばってはったのかな・・・

 すんげえ淡々と進んでいく感じ。
 これ外国で売れるかなあ・・・無理かな・・・売れたらいいと思うけど。

「日日是好日」って「にちにちこれこうじつ」って読ませてますね。

 Wikipedia を見ると
日本語の禅語としては「にちにちこれこうにち」と読むのが正しいとされるが、「にちにちこれこうじつ」とする例もある。
日常的な表現としては「ひびこれこうじつ 」とも読み、その読みで作品名などになっている例もあるが、同様に「ひびこれこうにち」、「ひびこれよきひ」とする例もある。

 ってことですが、私「ひびぜこうび」と読んでた・・・

 多部未華子さん、私はこのCMで初めて「こんな女優さんいるんだな」と認識しましたが、もう10年たったんですね。


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2018年09月10日

美貌のひと 中野京子著





 昔からの絵画に描かれた「美貌のひと」はたいてい作家のまったくの空想ではなく、モデルとなる人がいた。

 もちろん、王の肖像画など、男も描かれたわけだけど、そういうのも「男前に描いてくれる画家が人気が出た」というのは、そらそうか・・・やな。

 もちろん女性も注文の肖像画などは、そういう修正(フォトショ職人みたい・・・)が入る場合もあるだろうけど、「物語」に題材をとった絵に描かれた人は、その画家さんが「この人は美しい」と感じた人がモデルになっているのだろう。

 でもって、圧倒的に男性画家がこれまでは多く、購入する財力を持った者も男性が圧倒的に多かっただろうから、女性のヌードなんかも今のグラビア写真みたいなイメージで購入されていたのではないかな・・・

 しかし・・・ピカソのマリー・テレーズへの仕打ちって・・・ひどいなあ。




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