私の関わりのある法人
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※このブログに書いていることは、私の関わりある法人の意見ではなく、
 あくまでも、私個人の意見です。

2019年09月16日

殿様の通信簿 磯田道史著




「土芥寇讎記(どかいこうしゅうき)」という本、Wikipedia には「編著者名や製作された目的もいまだ不明」と書かれていますが、磯田さんは
東京大学資料編纂所の金井圓教授(当時)の

@おそらく幕府高官が隠密の「探索」に基づいて書いた

という説を紹介してはります。
で、詳しく各大名の行動や人物評を記録してまとめたものなわけ。だから「殿様の通信簿」というわけね。その中のいくつかを、他の資料と突き合わせて解説して下さってます。

水戸光圀

 黄門様ですね。
 江戸時代が進むにつれて、殿様というのはどんどん城の奥に閉じ込めらた生活を強いられていくようになります。で、黄門様は諸国漫遊こそしなかったものの、お城から出て「悪所に通い」と書かれてたりします。でも、国を治める姿勢などは褒められている)。

 で、黄門様はすごく勉強好きでプロを読んできてはやり込めてしまうのが趣味みたいな人。だからいろいろな人と交流をしたい。でも城の奥にいてはそういう人たちを呼べない。呼んでも親しく口をきくというわけにはいかない。

 当時の遊郭は文化サロンとしての面があり、芸術家、思想家などと交流するためには
遊郭に行くしかなかった。だから「悪所に通い」ということになったようです。

 で、「悪所通い」→「城から外に出る」→「諸国漫遊」というところまで話が盛られていったのかな?


前田利家から三代

 加賀百万石は知ってたけど、それが前田家とは知らなかった(私はそちら方面には暗い)。

 で、もし徳川家康に代わって天下をとれるとしたら、それは前田利家、と言われてたんですね。さすが百万石。しかし時代は関ヶ原から大阪冬の陣、大阪夏の陣を経て家康の基盤は盤石になっていく。

 二代目前田利長は、「お家のために」ということで金沢城から出て、家康から医師を送ってもらい(つまり情報が丸裸になり、かつ毒を盛られても良いというわけ)、そしてどうやら本当に毒を(自分で)飲んで亡くなったみたい。徳川には逆らいません、というわけ。

 三代目前田利常は、家康の孫が3歳の時に輿入れして来て、夫婦仲は良かったと。でついて来た乳母がまあスパイというか・・・

 で、乳母は夫婦仲が良くてキャッキャウフフとやってたら、姫様を叱るような人で、ついには利常にも合わせないみたいなことをし、姫様が死んじゃった。

 そしたら国に号令をかけ蛇を集め乳母を蛇責めにしようとした。
 これは4尺四方の箱に蛇をうじゃうじゃいれ、そこに丸裸にした罪人を入れ、酒をそそいで蛇の動きを活発にさせるというもの。
 まあ、実際にはさてやろうと引っ張って来ようとしたら、自害して果ててたらしいですけど。

 まだまだ怖いことが普通にやられていた時代なんですね。

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2019年08月25日

物語「京都学派」 竹田篤司著




 京都学派という言葉は聞いたことはあったけれども、どういうものかは知りませんでした。「物語『京都学派』」を読んでから、このWikipediaを読むとよくまとまっているな、と思いますね。

 西田幾多郎から始まり、田辺元などに続いていく、京大哲学科を中心とした人脈について言われることが多い、と。

 また、戦時中は海軍との関係が深くなった。ただし当時の陸軍のイケイケの状況からすれば、実は歯止めになろうとする意志もあったと。まあ無力だったのだけど。

 有名な「近代の超克」という座談会では「日本精神」を称揚する小林秀雄、河上徹太郎、林房雄などに対して下村寅太郎は「機械も精神が作った物」として反論している(で特に太平洋戦争では機械、物量の差によって敗けるわけだよね)。

 まあ、でも敗戦後、海軍とかに関わっていた人たちは公職追放や教職追放(2つは違うものとのこと)になるわけだけど、その時、東大は和辻哲郎を守ったのに対し、京大では「戦争に協力したかどうか」より、内部人事の足の引っ張り合いでどんどん追放してしまったみたい・・・やーねえ・・・

 なお、田辺元と野上弥生子の恋愛とかもあったのね。しかし、死別した奥様やお手伝いさんには完全なDV夫、モラハラ男だったみたいだけど、野上弥生子さんに対してはどうだったのだろうか・・・



posted by kingstone at 15:16| Comment(0) | 本・記事・番組など | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年08月14日

映画「天気の子」




 「天気の子」観てきました。

 私は「君の名は」で初めて新海誠監督を知り、今回も観ようと思っていました。

 しかし、ネットでの情報は(私は情報を集めてから見に行くタイプ。何なら先にパンフレットを読みたいくらい)


とか


で、「『君の名は』で初めて新海監督を知ったカップルが『えっ、これで終わりなの』というような表情で顔を見合わせていた」

とかいう話があったので、わかりにくいのかなあ、と心配していました。

観終わって、めっちゃわかりやすいですやん。

めっちゃシンプル。

私にとっては「君の名は」よりわかりやすかった。

それからやっぱり絵はすごかったです。





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2019年08月11日

五・一五事件と二・二六事件(「昭和の怪物 七つの謎」より)





保阪正康さんの書かれた上記2冊を読みました。

 先日NHK大河の「いだてん」で1932年(昭和7年)の五・一五事件があり犬養毅首相が殺されました。
 その時高橋是清蔵相も殺されたのだろうと思ってたら、そうではなく、高橋さんは二・二六で殺されたんだ。

 保阪さんは五・一五から60年たった犬養さんの関係者が集まった会で、話すことを頼まれ、でまあそんな会だということもあって、とりあえず「ほめる」話題に終始して話されたそう。
 すると次に演壇に上がった犬養道子さんがこう言われたそう。

「今、保阪さんは祖父のことを称揚気味に語っていただきました。それは遺族としてはありがたいのですが、しかし犬養毅という政治家も多くの矛盾を背負った政治家だったのです。そこのところを語らなければ、毅像というのは正確には理解できません。祖父に同情していただくお気持ちはわかりますが、歴史上の政治家としての評価は別です」

 すごいなあ。
 お祖父様のことなんだけど。

 しかし五・一五は殺した方が世論としては称揚され、犬養家の人々は「肩をすぼめて」生きていく必要があったと。

 ふ〜〜む。

 犬養さんの失敗(誤り?)としてあげられているのは、特に1930年(昭和5年)のロンドン海軍軍縮会議で民政党の浜口雄幸内閣が対英米比率約70%という条件を受け入れたのに対し、軍令部長の加藤寛治らのグループが「統帥権干犯」という言葉を使って内閣を攻撃した。
 それの尻馬に乗ってというか政友会の犬養毅は「統帥権干犯をしているのでは」と政府与党を攻撃した。
 とにかく相手を攻撃できそうなことなら、その論理が最後にはどこに行き着くかを考えずにがんがん使ってしまい、大きな過ちに進んで行く、ということはあるわな。

 満州事変の後に作った満州国というのは明らかに植民地。
 そしてその後1932年に上海事変が起こった。その時、官邸の閣議室に犬養道子さんがまぎれこんでしまって聞いていた話。

「荒木陸相は興奮した口調で、上海にあって「支那軍の大抵抗に遭っている皇軍」の援助のために、「一大軍隊を送り支那を一挙にこらしめるべきだ」と発言したというのである。道子氏は、「お祖父ちゃまはこの馬鹿に答える気にもならず黙っていた。そのとき高橋(是清)大蔵大臣が、大きな眼をギョロリと剝き大声をあげて陸軍大臣を叱咤した」と書いている。
高橋は、「君はまだ若い......波がひとつ来ただけで大変だ大変だと言う......支那の身になってみろ、満州かッさらわれて.......まずかッさらった満州を返すことが先決だよ。支那問題はここにおられる総理のナワ張りだ」と叱ったそうだ。「陸軍大臣は窮し、蒼白となり、陸軍省に帰って憤激をぶちまけた」とも書き、陸軍内部に「高橋、消すべし」の声があがり、それが昭和十一年の二・二六事件へとつながったというのである。」

 ショーケンがこれを言うシーンが見たかったな。
 こういうふうに軍部に反論してた人がいた。
 でもそれが五・一五や二・二六で殺され、反論したら殺されるという風潮になり・・・ 
 しかもそれを世論は後押しをする・・・(満州は不況日本、土地を相続できない農民、などを一挙に解決する手段として世論の支持を受けていたんだろう。そこに住んでいる人の頭の中を想像する、ということはできていない・・・)








posted by kingstone at 10:48| Comment(0) | 本・記事・番組など | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年06月19日

ひとりで暮らす、ひとりを支える 高橋絵里香




 フィンランドの高齢者福祉について、著者は「出羽の守」にならないように、また文化人類学的に「参与観察」をされます。それも15年以上。(たぶん20年間にわたっているのじゃないかな)

 それでもとてもじゃないけど「全体ではない」と書かれてたと思う。

 で、プライバシー確保のために「仮名」「匿住所」そして開始年月も不明とされています。

 地名は書かせて頂く高齢者さんにもうかがって「群島町(アーキペラゴ)」とされます。

 まあ、そのあたり、著者の姿勢もあいまって、なんかめちゃファンタジーみがあります。

 (アーキペラゴと言えば、私なんかはル・グゥインのゲド戦記「影との戦い」を思い出してしまう)


 で、「北欧の福祉が素晴らしい」という価値観ではなく、とにかく体験し、感じようとされています。

 最初は「老人の家」のボランティアとして、またホームケアのスタッフをしたりとかいろいろされています。

 それ以外にも、ご自分のお子さん(乳児の時からかな)を連れていっての研究もされ、あちらの保育園を利用し、サービス利用者としても体験されています。

 で、人々の暮らしや価値観から理解していこうとされているので、その価値観や経済状態の違いから、制度をお互いに移入してもうまくいくってものじゃない、ということは強調してはります。

 確かに、描かれているフィンランド人の高齢者(最近は難民とかも増えてきているので、ちょっと変わってきてるかも)は、みなさん自立心が旺盛で、例えばたくさんの島があるのだけど、島に夫婦二人だけで住んでいて、どちらかが亡くなられても1人暮らしを続けるとかが多い。

 ムーミンの原作者、トーベ・ヤンソンさんも夫と二人きりで島に住んでおられたと。

 しかし、ある夏、漁の網を上げるのが突然億劫になり、そして段が必要になり、仕事をする意欲はあるのに屋根に登る気がしなくなり、そして海が怖くなったそう。

 で、どうやら島を離れたよう。だんだん年老いて、できていたはずのことができなくなっていく感じがよくわかる。

 でもきっと私などが思っている以上に、「そこまで頑張らなくても」みたいなところまで頑張ってはったんやろな。もちろん意識はせずに。

 またケアする人たちも、人里離れたところに一人で住んではる高齢者を、心配しつつもリスペクトしてはる感じがよくわかります。(「困ったもんだ」とは感じて、考えておられない)

 著者の関心あるキーワードとしては「自立」「孤立」「鬱」があると。

 ホームサービスの仲間のサガルさんは、ある高齢者について、クリスマスに子どもたちが一人も来なかった、と憤慨してはる。実はサガルさんはソマリア人で、親戚とのつきあいが濃い。

 サガルさんは、ソマリアからの難民で、フィンランドに来て、学び、資格をとった方。つまりフィンランドはそういうふうに難民を受け入れてはるんや。

 で、「時間がない」「時間がない」とか言いながらも、サガルさんは前日にその高齢者さん宅で2時間もお茶をして、話をしてたと。

 また別の高齢者の時も、ホームサービスとしては食事をとってもらうところでおしまいなのだけど、その後のコーヒーを誘われ「断ると悲しい思いをすると思う」という理由でつきあってはる。

 なんか、ほのぼのしてて、結構いい意味で「ええかげん」なところもあるんだな。

 あと、ヘルパーさんが花束を持って行ったり、利用者さんから贈り物をもらったり、と日本だったらありえない(?)様子も書かれています。

(でも、基本的にはホームサービス(日本で言えば居宅介護か)はすごく短い時間で終わりだし、そうでないと回れないんだけど)

 でももともと家族、親族への「家族で見守らんかい」みたいな圧力はほとんど無く、子どもは出ていくのが当たり前。でも、もちろん家族が支援している場合もあり、そのための制度もある。


一応、どんな制度があるか概観しておくと
※1ユーロは、今日121.60円。120円くらいでだいたいの金額で計算してみる。

1.ホームケア

訪問看護とホームサービスからなる、高齢者、障がい者、病気の人が対象で、自宅での生活を支える。定期利用 者の場合料金は月額で、所得(受給年金額一週ごとの訪問日数によって算定される。

2.支援サービス

@食事サービス:サービス付き住宅エリアの食堂で昼食をとることができる。また。自宅への給食配送サービスもある。いずれも1食 7.5 ユーロ(900円)

A輸送サービス:デイサービス利用者のた青のり合いタクシー。1回3.3ユーロ(400円)

B安全サービス:警報付きドアと安全電話(文字盤の無い腕時計型。文字盤の部分がスイッチになってて、そこを押すと待機している人と話ができる)からなる。いずれも月額24ユーロ(2900円)

Cサウナ・洗濯サービス :いずれも一回につき4.5ユーロ(540円)

3.親族介護者支援(2005年から)

家族・親族を会後している人に対する金銭的支援、レスパイトケアの提供、コーチングなど。「親族」となっているが「近所の人」でも良い。また他の仕事をしていても良い。(フルタイムで働いている人もいる)

親族会後者はえの給付状況は円グラフが出てる。356ユーロ(43000円)が65%くらい。474ユーロ(57000円)が25%くらい。590ユーロ(71000円)が10%くらい。これって月かな?

で、お金もだけどレスパイトがあるのがいいな。そのさいは例えば2時間ホームサービスの人が来て、その間一人で外出できるとかいうふうに使う。

4.デイサービス

@サービスハウス:後述のサービス付住宅エリアの共有施設。訪問介護のオフィス、安全サービスのオフィスの他にランチを提供する食堂がある。年中行事誕生日会などのイベントもここで開催されている。

A認知症対応型デイサービス「お日様」 : 認知症患者に特化したデイサービス。

B自由訪問型デイサービス「老人の家」 : 近隣の住民が自由に訪問するタイプの施設。ただし、契約型のサービスを利用する人もいる。

5.サービス付き住宅とグループ住宅

@グループ住宅:群島町にはアパートで共同生活を送るタイプのグループホームが3か所ある。一般的なアパートの一室で、四人の居住者がそれぞれ個室を持ち、居間やキッチンを共有する。日中は一人のケアワーカーが常駐している。

Aサービス付き住宅:群島町は五つの旧自治体が合併しているが、それぞれの旧自治体にサービスハウスとサービス付き住宅のコンプレックスがある。

Bサービス購入 :NPOや私企業が運営するグループホームやサービス付き住宅のサービスを町が購入している。

6.施設介護

旧群島町には町営の長期介護施設があり、インターバルケア、認知症ケア、長療養型介護を提供している。



 以上が概略。

 最近の流れとしては、新自由主義的なものが徐々に入ってきてるって。

 2019年4月の選挙の結果から、もっと流れは強まってるかな。

で、業務のIT化もはかられているのだけど、そのソフトがくそでまともにシフトが組めないし、また全員にスマホを持たせ二次元コードでサービスの場への入室、退室も管理できるはずが事務処理が増えたって。なんでやねん?


 ただ、時代の流れもだし、都市部とはかなり違うよ、みたいなことも書かれてます。都市部には上記のような雰囲気は少ないみたい。


 それから DNR(蘇生措置拒否。日本の延命措置拒否みたいなもん?)は、本人とともに、資格ある医師も決定権があるみたい。
 でも「気が変わる」ことはOKみたいね。

 2−Bの「安全サービス」ですが、緊急通報システムの担当者は昼は1人、夜は訪問看護師と2人になるそう。
 なるほど、昼は周囲の動ける人に連絡して動いてもらえるけれども、夜はそういうわけにいかないから自分たちのところで動ける人を置くんだな。
 腕時計型「緊急電話」だけでなく、玄関ドアが開いたかどうかのアラームもセットになってる。
 アラームは徘徊対策だけど、「緊急電話」のボタンが押されるのは、転倒、トイレ介助、寝返りなど。

 「緊急電話」は月額24ユーロ(2900円)で、まあ何度でも出動してくれるけれど、都市部では、私企業がやっていて出動1回ごとに36ユーロ(4300円)かかるところもある。群島町のケアワーカーさんは「それは高すぎる」と思ってはる。

 確かにそれだけかかると、押したいと思っても押さない人が出てくるやろなあ。

 まあ、ここに書いたことは「この本では」の出羽守なので、実際にこのご本を読まれることをお勧めします。



posted by kingstone at 12:29| Comment(0) | 本・記事・番組など | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする