私の関わりのある法人
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※このブログに書いていることは、私の関わりある法人の意見ではなく、
 あくまでも、私個人の意見です。

2024年04月03日

『舟を編む』三浦しおん著




 今、NHK BS でドラマ『舟を編む』を放映しています。

 もう毎回、泣かせられながら見ていますが、昔(なんともう10年以上前になるんですね)、映画版を見ていて、ドラマはその後のオリジナルストーリーかと思っていました。池田エライザさんがやってる岸辺みどりさんというキャラクターの記憶が無く・・・

 で、小説を買って読んでみたらちゃんと岸辺さん、重要なキャラクターとして書かれていました。で、映画のパンフを取り出して見てみたら、なんと黒木華さんがやってられました。びっくり・・・というか記憶が抜けてるな・・・

 もちろんドラマは10年後ですから、当時のままではすまず、小説には出てこなかった電子化の必要性なども取り入れられていて、またストーリーもオリジナルな部分(そこもいいですね)もたくさんあります。

 私自身もアプリ版、紙版の辞書、どちらも欲しくなりました。(今は、購入した物は家にまったく無い・・・)

 しかし、ドラマにアイデアとして出てくるアプリ版もついてくる辞書とか、現在あるんだろうか?





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2024年02月27日

映画・コミック『恋は光』



 Prime Video のサイトに行ったら、たまたま『恋は光』が入ったところみたいでした。


 何、これ面白い。

 で、原作を読んでみようと、Kindle で第1巻を購入。

 いろいろやんなきゃいけないことがあるので、「1日に1巻しか購入しない」と誓いを立てていたのに、今日、5,6,7巻を一気に購入してしまった・・・

 それどころじゃないのに・・・



 最近、原作と実写版映画などとの齟齬が大きく話題になりました。原作者がそれで傷つくという話も。

 『恋は光』でも、コミックはゆっくり時間がすぎていき、またコマ割りも私みたいな高齢者にも読みやすく(先日、クリニック待合室にあった『少年ジャンプ』はまったくもってコマ割りについていけなかった・・・)、時間をかけて読めます。

 でも映画だと 2時間前後に収めないといけないから、省略する部分は省略してトントンと進めなくちゃならない。

 それでも私は、映画はコミックのテーマはちゃんと反映していて、すごいな、と思いました。
 (まあ、映画だと深刻(?)なところは割愛されてますが)

 結末がコミックと映画では違いますが、うむ〜〜映画向けならこの結末かなとは思いました。

 なお、平祐奈さんは神戸市生まれの明石育ちと書いてあったので、学校とか見てみたら、小学校で既に東京に転居してはりますね。

 お姉さんの平愛梨さん(長友選手の配偶者さん)のほうは江井ヶ島小学校、江井ヶ島中学校ということで、おお、こちらは明石育ちと言ってもいいですね。

 あと、映画は岡山でロケしたそうで、そう言えば NHK の朝ドラ『カムカムエヴリバディ』で川栄李奈さんが、森山良子さんをおんぶして走った商店街みたいなところも出てきたし、旭川で鮎釣りしているシーンも出てきたし、いいな、行ってみたいなと思いました。




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2024年02月10日

『移民の運命』エマニュエル・トッド著(1994)その2





第1章 普遍主義と差異主義

 う〜〜む。「普遍」と「差異」という言葉を使うと何か「普遍」のほうが良いというような価値観を感じてしまう。まあ、訳語だから、元の単語にそんな価値観があるかどうかわからないけれど。


普遍主義(世界中のどの人間も根本的には同じ)
例:ローマ、スペイン、ポルトガル、フランス、ロシア、中国、アラビア等
(ただし、男女間で強烈な差異主義のところもあるよな)

差異主義(人間はお互いに本質的に異なる)
例:ギリシア、イスラエル、ドイツ、日本、バスク地方、シーク教徒のパンジャブ、イングランド、ドラヴィダ・インド等

で、それがどのような現れ方をするかというと、Wikipedia

「エマニュエル・トッド (Emmanuel Todd, 1951年5月16日 - ) は、フランスの人口統計学者、歴史学者、人類学者」

と紹介されているような人だから「宗教システム」「婚姻システム」「相続システム」に注目する。

相続では

対称(平等)
・全員が対称
・男性だけが対称

無対称(不平等)
・長子相続
・末子相続

例えば日本も過去は、男性長子相続。で次男以下は部屋住みか出ていくか、女性はどこかに嫁ぐか、しかなかった。で、各国とも次男以下は僧侶になるか戦士になるか両方になるしかなかった、と書いてあって「両方?」と思ったら続けて「日本の僧兵」とか出て、なるほど、となった。

『鬼滅の刃』の中で、炭治郎の「長男だから〜〜できた」という言葉にたぶん多くの日本人は「大正時代ならさもありなん」と納得しつつ現代読むことの「おかしみ」を感じてネットミーム化したのだと思う。

でもって、こういう考え方、無意識のうちに集団の中に埋め込まれている。

 例えば、父母の長男である私の家には仏壇があり、炊いたご飯を供えるのだけど、これはなぜか私の役割で妻は私が不在の時にしかしない。それを私も妻も当たり前と思っている(?)

 これが、他の集団と出会った時にどうなるかだよな。

 もちろん、これらは農業の時代、工業の時代、脱工業化の時代と変化していく。

 しかし、最後の仮説のところ、「家族システムから人類学的システムへ」と見出しがついているのだけど、さっぱりわからない。

 ほんと、頭から湯気が出そう。
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2024年02月01日

米国の教育は参考になるのか?(『日本の死角 現代ビジネス編』講談社現代新書 その2)




「日本人が大好きな「ハーバード式・シリコンバレー式教育」の歪みと闇」
畠山勝太( @ShotaHatakeyama )

米国の教育システム

地域住民の要望に応え、地域共同体を守っていくことがその使命と考えられている。
しかし、教育政策においては分権化と集権化の間に自由と平等のトレードオフが存在する
マイノリティや格差の教育問題を是正できるのは集権化された教育システム
分権化されているために、州間の格差も非常に大きくなる。

図1 州の所得の中央値とテストスコア
X軸に州内の世帯所得の中央値を、Y軸に8年生を対象とした学力調査の数学の成績(全米学力調査:NAEP)を取ったもの。

世帯所得と数学の成績.jpg

(アメリカ最貧のミシシッピ州(46000ドル)よりも日本の中央値(34000ドル)のほうが低い。しかし数学の得点は米国で裕福なマサチューセッツ州(87000ドル)よりも日本のほうが高い。)

 また同じ州内でも格差がある。ミシガン州では、富裕層が多く住む学区の教員の平均給与は、貧困層が多く住む学区の教員のそれの3倍近い値。

 このあたりのこと「アメリカの教室に入ってみた 赤木和重著」にも書かれていたな。

 また教育については大学の人が論じることが多いだろうけど、大学のある町はアメリカの中でも特殊であり、大学の周辺は富裕でも、周辺の地域は貧困であったりする。大学周辺は民主党的でバイデン支持だったりするが、周辺は共和党的でトランプ支持だったりする。だから大学周辺の人間からの意見でアメリカの教育を語ると間違うことも多いと。で、この本からわかることは、そういった大学人の見せてくれる先進的な教育は、めちゃくちゃお金がかかっていて、日本でマネしようたってできない場合が多いかも。

 確かに私が思うの(著者の言ってる部分も含め)
 日本の教育は

・貧しいけれど平等
(広域で給料も支払われる。都道府県単位で1/2だか出してくれる。また私の見ている限り、困難校には優秀な教員が配置される)
・集権的
(学習指導要領など)
・すごく効率的
(学力テストでも世界で見てかなり上位)

であるのだけど、教師の「働き方」にしろ、不登校の増加にしろ、いろいろ無理がきているのかもしれない。そしてもちろん米国をはじめ、諸外国のいい部分は参考にしたら良いのだけど、ある意味日本は最先端というか、独自の発展というか、見本が他には見当たらないところにきていて、自分たちで考えなきゃいけないところに来ているのだろうな、と思う。









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2024年01月31日

『日本の死角 現代ビジネス編』講談社現代新書 その1




『日本人は集団主義という幻想』
高野陽太郎

 古くはパーシヴァル・ローウェルが『極東の魂』の中で言い、ルース・ベネディクトの『菊と刀』で「日本は集団主義」という日本人の常識が確立した。

 しかし、アンケートで比較調査する研究を集めてみると、以下のようになる。

日米どちらが集団主義か.jpg

 つまりいろいろな場合があり、まずは同じようなもん。

 ルース・ベネディクトの場合、第二次世界大戦時に対日研究のために招集されている。当時の日本は対外戦争のために集団主義であっただけではないか。アメリカも赤狩りの時代は団結を乱す異分子を排斥する集団主義が強かった、と。

 「日本人が他国の人より集団主義的である」というのは人の行動の原因を推定する時に、その人がおかれていた状況の影響力を見逃して、その人の内部にある特性が原因だと考えてしまうバイアス「基本的帰属錯誤」ではないか。

 なんか、めちゃくちゃ納得してしまいます。




日本人が「移動」しなくなっているのはナゼ?地方では不気味な格差が拡大中

 図1 は東京、中京、大阪の三大都市圏に移動した人口。

三大都市圏への移動.jpg

 大きくみれば右肩下がり。理由は少子高齢化もある。しかし

図2は5年以内に他県に移動した人びとの図になるが、若者も移動は現象傾向にある。しかし(私が◯く囲ってしまってますが)20〜24歳、つまり大学進学・就職で移動した若者は増えている。

5年前からの移動割合.jpg

 そこから著者は、地方にとどまらざるをえない者、三大都市圏(に大学にしろ専門学校にしろ多い)に転出できる者の格差が生まれているのではないか、と。また現在は(高望み(?)しなければ)地方にも仕事がある(ただし生まれた地ではないかもしれないが)ので、三大都市圏に出ようというインセンティブははたらきにくくなってるはずだけど・・・と言ってはる。

 しかし先日の「「過疎地域におけるIターンの現況と将来展望」を読む」の中でも、いかに仕事を作り出せるかが大事だな、と思ったけれど、地方で人がどんどん出ていく過疎化の中で、海士町みたいにどんどん作り出していっても少しずつは人口が減っている状況で、「地方にも仕事がある」ということを維持できるのだろうか?

 なお、最近のニュースでこういうのがありました。


 記事の中に「東京圏」への転入のグラフもあり、それだと約 13万人の転入超過。

 う〜〜ん、どうなんだろうな。



posted by kingstone at 20:40| Comment(0) | TrackBack(0) | 本・記事・番組など | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする