私の関わりのある法人

スクリーンショット 2015-01-19 0.09.07.png

スクリーンショット 2015-01-19 0.16.04.png
※このブログに書いていることは、私の関わりある法人の意見ではなく、
 あくまでも、私個人の意見です。

2017年04月25日

ホージンノススメ 若林アキ著





2003年4月30日に出てます。

 それまで10年勤めておられた政府系法人の実態を暴いた本。

 その実態ってのは、

「遅れて、休んで、働かない」

 またもうめちゃくちゃな税金の無駄使い。

 辞表を出してから内部告発記事を週刊誌に載せ、退職金を減額され、裁判にもなってはります。
 その後、この本を出版されたわけ。
 でも、法人側弁護士が、この本を証拠として提出し、中身に事実が含まれていると認めたので、法人側が敗訴したとか・・・Wikipediaにも載ってますね。


 14年前の本なのですが、さて現在の実態はどうかな・・・
 あの「私のしごと館」とかのできごとを見ると、同じようなことは現在もあるのかな。
 でも、この頃を最後に無くなっていったのかな・・・


 しかし・・・こんなことじゃだめだ、と思ってても甘い汁を吸わされたら、人間なかなか逃れられないなあ・・・





posted by kingstone at 22:56| Comment(0) | TrackBack(0) | 本・記事・番組など | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年04月07日

現場指揮官の教訓 日下公人著




現場指揮官の教訓 日下公人著


「文鎮型組織」→上のリーダーの指示に従わせる(?)自分での判断を許さない。
 マニュアル化
 「検査」→「処罰」

 アメリカの工場作業のマニュアル化はこんなイメージはあるな。
 しかし「検査して処罰」というのは、今はやりの言葉で言えば「コンプライアンス」になるような、そして「こうしなければならない」と上から決めていく感じがある。

 しかし、文鎮型組織がすべてこうだとは限らない気はするな。



「ピラミッド型組織」→中間管理職がある程度の責任をもって判断する。
あいまい

 これも、ピラミッド型組織がすべてそうとは限らない気がする。
 めちゃめちゃ官僚主義的、マニュアル的なピラミッド型組織もありそうだ。


「コイツが育てば俺は楽ができる」→一生懸命育てようとする
「コイツが育てば俺はクビ」→育てるようとはしない。周囲全部敵。

 確かにアメリカとか後者の例を聞くか。


P31 表 旧陸海軍の階級と給与(昭和18年)

軍隊の階級と給与.jpg


区分         陸軍     海軍 
高等官・勅任官・将官・大将・6600・大将・6600
高等官・勅任官・将官・中将・5800・中将・5800
高等官・勅任官・将官・少将・5000・少将・5000
高等官・奏任官・佐官・大佐・4440・大佐・4150
高等官・奏任官・佐官・中佐・3720・中佐・3220
高等官・奏任官・佐官・少佐・2640・少佐・2330
高等官・奏任官・尉官・大尉・1860・大尉・1900
高等官・奏任官・尉官・中尉・1130・中尉・1130
高等官・奏任官・尉官・少尉・ 850・少尉・ 850
判任官・准士官   ・准尉・1320・兵曹長・1220
判任官・下士官   ・曹長・900 ・上等兵曹・660
判任官・下士官   ・軍曹・360 ・一等兵曹・346
判任官・下士官   ・伍長・240 ・二等兵層・278
兵         ・兵長・156 ・兵長・192
兵         ・上等兵・120・上等兵・156
兵         ・一等兵・108・一等兵・139
兵         ・二等兵・72・二等兵・72

*特務士官を除く。左官、尉官、准士官、下士官は一等級の金額
*当時の物価:米10kg→3円36銭、はがき2銭
*資料:天漢徹也・小沢部郎編r帝国陸海軍事典』(開成社)、
    伊藤隆監修、百瀬孝著『事典 昭和戦前期の日本』(吉川弘文館)など

 今だと米10kgでスーパーで買うと3000円前後だよね。
 もしその計算でいくと二等兵は約6万4千円。大将は約590万円。
 うむ〜〜年収としては少ないな。
 葉書が2銭は、今52円。二等兵は約19万円。大将は1700万円。
 こちらの感覚のほうが近いかもだけれど、格差がものすごい。

 でも、やっぱり、いくら住むところ、食べることが保証されてるとはいえ、年収が今の金額にして20万くらいってことはないだろうから100万円くらいと考えると、軍曹で500万円、少尉で1200万円、大将で1億円・・・やっぱりもっと少ないか・・・


P33 表 旧日本陸軍の編制

日本陸軍の編成.jpg

旧日本陸軍の編制
天皇
師団 戦時1万5000〜2万5000人 師団長:陸軍中将
旅団 戦時7000〜8000人 旅団長:陸軍少将
連隊 戦時3500〜4000人 連隊長:陸軍大佐(歩兵連隊の場合)
 |
大隊 戦時1000人 大隊長 :陸軍中佐
 |
中隊 戦時250人 中隊長:陸軍大尉・中尉、大東亜戦では少尉も
 |
小隊 戦時60〜75人 小隊長:陸軍中尉・少尉
 |
分隊 戦時15人 分隊長:陸軍軍曹・伍長


*戦時になると、中隊の内部が小隊に分かれ、さらに小隊内部が分隊に分かれる
*旅団は昭和13年から原則的になくなり、主に独立混成旅団の形を取るようにな
 った
*参考文献:伊藤隆監修、百瀬孝著r事典 昭和戦前期の日本』(吉川弘文館)、
      大法徹也・小沢部郎編『帝国陸海軍事典』(開成社)、
      兵車政夫『歩兵第十八聯隊史』(歩兵第十八聯隊史刊行会)など



飛行機のパイロット運用
いくつかのページで日本、ドイツ、アメリカに関して書いてあるところを引用して。


日本

 建前をいえば、戦争とは将校が指揮するもので、残りの下士官はたんなる戦闘の実行者にすぎない。ところがパイロットの場合、たとえば戦闘機乗りならば、乱戦にでもなろうものなら状況判断から攻撃、防御、待避まで一人ですべて行うのである。だから、ほんらいパイロットは諸外国のように将校に限るべきであり、もし下士官にも任せるならば、彼らを将校待遇にするとか、空中では階級によらず実力本位で編隊を組み、実力者が指揮をするという特別の新措置が必要だった。
 このように、現場の実情に即した用兵術を考え実行することが、上級指揮官がほんらいなすべき仕事だったはずである。それは追々、遅ればせに行われたので、岩本氏も坂井氏も最後は中尉になっているが、その制度改革はあまりにも後追いで小刻みだった。戦争に勝つことより海軍兵学校や陸車上盲学校を卒業した学卒者の威信体面を守るほうが先だったとは、情けない限りである。

 日本では、「われわれが苦しいときは、敵も苦しいのである。だからここでもっと踏ん張れ」というように精神論だけでやっていたから、いつしか現場の士気が衰えていった。
「日本国民は死ぬのは恐くない」とか「天皇陛下のために喜んで死のう」といった勇ましい掛け声は、そう長続きするものではない。

 で、ベテランパイロットがどんどん死んでいったのね・・・
 そして下士官が将校を見限っていったことが書かれています。


ドイツ

 ドイツは戦闘機パイロットについては見事なほどに実力主義を貫いていた。そしてそれに階級を惜しまずに与えた。数字は忘れたが、十機撃墜すれば大尉になり、三十機撃墜すれば少将、五十機で大将、とわかりやすく昇進した。

 で、最後はドイツのパイロットはどうなっていったのだろう・・・


アメリカ

 アメリカは戦死者を出さないためか、二十機を超えると早々に引退させたから、三十機以上を撃墜した英雄がいない。戦死するまで出動を命じつづけた日本とは大違いである。
 アメリカは戦果より出撃の回数で管理して、責任回数を達成したパイロットは、国民の義務を果たしたとして、国内へ帰還を命じた。B29の日本爆撃の場合、それは二十五回だったので、被害率が四八Iセントを超えると、パイロットに動揺が広がった。百機出撃して四機以上の損害があると、戦術・戦法を変更した。
 昼間精密爆撃が昭和二十年三月十日から夜間焼夷弾爆撃に変わったのはそのためである。

 アメリカでは、厳しい戦局になっても休暇をきちんと与えることで、パイロットの疲労回復と健康管理、そして戦力の維持を図っていた。

 アメリカ軍の戦闘機パイロットは、敵機を約二十五機撃墜すれば戦線から帰還し、地上勤務や教官配置に就くことになっていた。
 そのためアメリカ軍パイロットの個人撃墜数は少ないことになる。十分な休養と後方への配置転換が約束されていたから、アメリカ軍のパイロットたちは精神的にも肉体的にも、余裕をもって戦えた。


 う〜〜ん、著者はアメリカ的経営はよくない、という立場で書かれてて、しかしこのあたりを読むと、あまり下士官以下の気持ちを忖度せず、将校を育てていき、マニュアル主義だったアメリカが良いように思えてくる・・・

 戦時と平時の違いとかがあるのかな・・・

 でも、日本の下士官(現場の人間たち)が優秀だったことは間違いないだろう。


posted by kingstone at 23:34| Comment(0) | TrackBack(0) | 本・記事・番組など | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年03月29日

映画「海は燃えている イタリア最南端の小さな島」(難民がやって来る)




海は燃えている イタリア最南端の小さな島

 たぶん地味な映画だろうからお客さんは入っていないかと思ったら、朝一番の回でも30人くらいの観客がいました。


 ランペドゥーサ島はイタリア領最南端の島。
 面積は20.2km^2
 兵庫県播磨町(私の勤務先のある町)の約2倍、ってことはかなり狭い。
 住民は約5500人。
   
 シチリア島の南西220km。
 ということはアフリカ大陸に近い。
 そこで難民たちが年間5万人はやって来る。
 ただし、住民たちと関わることは無い。

 私、以前、イタリアの南の方で難民と共存する町の動画をYouTubeで見ていたので、その摩擦やうまくいっているところが描かれている映画かと思ってましたら、全然違いました。

 まったくすれ違うことも無い。
 ただ、島の医師だけは、難民を救助したさいの健康調査や治療、そして死体の検分に関わっているので、本当にその医師だけが接点という感じでした。

 島の割とのんびりした生活と、難民の救助がほとんど接点なしに、平行して続いていく・・・

 ちなみにイタリア全体ではやってくる(ただし通過してドイツなどに行く人がほとんど)難民は100万人以上、そして5000人以上が命を落とす。

 阪神・淡路大震災の直後の犠牲者が延々と毎年続いていくわけです。


 こちらはニュース映像かな。



 WIREDの監督インタビュー


タグ:映画
posted by kingstone at 22:51| Comment(0) | TrackBack(0) | 本・記事・番組など | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年03月25日

オープンダイアローグとは何か 斎藤環著+訳




オープンダイアローグとは何か 斎藤環著+訳

 なるほどなあ、の連続でした。
 しかし、これをお医者様が実践に使うのはかなりたいへんかもしれない。
 本の中でもそれが書かれてます。
 ひょっとしたらケースワーカーや相談支援でのほうが似たような形を取れるかもしれない・・・しかしむつかしいかなあ・・・


 太字(ボルドー)が本からの引用

 セイラック教授はオープンダイアローグが「技法」や「治療プログラム」ではなく、「哲学」や「考え方」であることを繰り返し強調しています。


で、その源流はバフチンとヴィゴツキーだって。


1895-1975
 ロシアの文芸評論家、言語哲学者。
 言語現象の原理探究を生涯のテーマとする。
 言語を発話者個人の内面に帰属させる見方と、
言語を個人から自律した抽象的構造体とみなす
構造主義という当時の言語学の二大潮流を同時に
批判し、社会と集団の観点から言語現象の本質
として「対話性」を見出した。ポリフオニーや
ヘテログロシアなどの概念はこうした文脈から
登場したものである。



1896-1934
 旧ソヴィエトの心理学者。
 幼児の発達研究で大きな貢献を残した。彼の研究によれば、
@人間の精神は記号、特に心理的道具としての言語を
 使用することをその機能としており、
A精神発達の過程において、まず人々とのあいだで
 対話を通して記号使用を学び、そのあとに個入内での
 言語使用つまり内言が可能になるという順序をたどる
 (社会的水準から心理的水準へ向かう発達)。
 この研究によって、個人の内面の発達から社会性の
獲得へ向かうと考える当時の発達観を覆した。
 38歳の若さで亡くなったために、研究としては不十分
な点が残るとされるが、この点に関して心理学者
ジェームズ・ワーチがバフチンの理論で補完できると主張し、
ヴィゴツキーとバフチンをつなぐ研究を行っている。この
研究がオープンダイアローグに流れ込んでいる。


やり方について

 患者もしくはその家族から、オフィスに相談依頼の電話が入ります。このとき、電話を受けるのは医師だったり看護師だったり心理士だったりPSWだったりとさまざまです(実際には看護師が多いようです)。いずれにしても、最初に相談を受けた人が責任を特って治療チームを招集し、依頼から24時間以内に初回ミーティングがおこなわれます。
 参加者は患者本人とその家族、親戚、医師、看護師、心理士、現担当医、そのほか本人にかかわる重要な人物なら誰でもいいのです。このあたりの非常に「オープン」なところが、この治療法の特徴です。このミーティングは、しばしば本人の自宅でおこなわれますが、場所は別にどこでも構いません。初期のオープンダイアローグは病棟でおこなわれていましたし、ホテルの一室でおこなわれる場合もあります。


 これを読んだ時、「絶対日本じゃ無理じゃん。予定の調整、人件費、その他その他・・・」と思いました。しかし、斉藤さんが台湾でワークショップを受けた時、ミーティングに参加するスタッフの人数について質問したところ、あれ?該当箇所を発見できない・・・確か「一番いいのは3人」と回答があったと書いてあったと思うのだが。
 3人ならなんとかできるかも、と思った。
 例えば相談支援では「支援会議」だったらもっと集まるし、介護保険のケアマネさんの「担当者会議」でもそのくらいは集まることは普通だろうし。

 そして、初期の密度の高い対応によって、結局コスト(それはご本人のQOLもだし、専門家の人件費もだし)は安くつく、と。


 そして、何かが決定される場合は、必ず本人のいる場で、と。

 薬物治療や入院の是非を含む、治療に関するあらゆる決定は、本人を含む全員が出席したうえでなされます。スタッフ限定のミーティングなどはいっさいありません。本人と家族、関係者ら全員の意向が表明されたのちに、治療の問題が話し合われます。
 仮に患者が入院した場合でも、同じ治療チームがかかわりを持ち続けます。こうした心理的連綺陛は、患者や関係者の安心を支えるうえで、きわめて重要な要素です。緊急事態が去り症状が改善するまで、同チームのかかわりは、本人のみならず家族に対しても続けられます。発症直後のような緊急時に、密度の高い介入をおこなうという点で、オープンダイアローグは通常の家族療法とは大きく異なっています。

 そして

 クライアントやその関係者など、すべての参加者には、平等に発言の機会と権利が与えられます。ミーティングにはファシリテーターはいますが、対話を先導したり結論を導いたりするような「議長」や「司会者」はいません。ちなみにファシリテーターとは、中立な立場を保ちながら折に触れて話し合いに介入し、議論がスムーズに進行するよう調整しながら、相互理解に向けて、議論を広げたり深めたりするような役割を負った人のこと指します。
 また原則として、話し合いの最中には、スタッフとクライアントのあいだにもはっきりした区別はもうけません(後述する「リフレクティング」の場合などは別ですが)。ただしこれは、「専門家」や「患者」の立場を否認する、という意味ではありません。オープンダイアローグでも患者(patient)ないし専門家(professional)という言葉は普通に用いられます。
 重要なことは、オープンダイアローグにおいて「専門性]は必要ですが、「専門家が指示し、患者が従う」といった上下関係は存在しない、ということです。オープンダイアローグとは、専門家と患者が、完全に相互性を保った状態で対話をすることなのです。


 そして「反薬物治療」や「反精神医学」でないことを、斉藤さんは強調している。
 いや、ほんま、勘違いして「褒める」つもりでとんでもないことを言い出す人がいるだろうことは想像に難くないからなあ。

 で、毎回、最後にファシリテーターが結論をまとめるのだけど、「何も決まらなかった」ことを確認する場合もあり、また1回は1時間半程度で十分とのこと。

 なお、リフレクティングというのは、ご本人の前で専門家同士が話し合うこと。「自分の目の前で自分の噂話をされる」という状況に近いと斉藤さんは書いてる。

 後ろのセイラックさんの論文を訳した部分で例が出て来ます。
 この対話の中のTMとTFがやりとりしている部分がリフレクティングにあたるそう。

M(息子)レスリングをしてたんです。
TF(女性のセラピスト)本気のけんかだったんじやないの?
M  誰かを戦わせるみたいな……
TM(男性のセラピスト)どっちからつかみかかったの?
M  父がキレてきたんですよ。
TM どっちから始めたのかな。
TF  どっちが押さえ込んだの?
M  え?と、僕が父の首根っこを押さえました。
Mo(母親)そうでしょ、私が言ったでしょ……(笑)
M  体を鍛えたことはなかったけど、がっちりヘッドロックを
  決めてやりました。父は何年もボディビルをしてたし、
  僕はろくに運動したこともなかったんで、ちょっと怖かったけど。
TM(他のチームメイトに向かって)うん、これはあれだね、
  きみんとこの子が怒ったときの……
TF っていうかね、お父様も息子さんがこれだけ強くなったことを
  自慢に思ってもいいんじやないかしら……
TM うんそうだけど、でも自分かつかみかかられてごらんよ……
TF それでもね、お父様は、息子さんがレスリングで負けない
   くらい大人になったことを自慢していいわよ……
M 事実を話して構いませんか?
TF 息子さんの言ったことについて考えてたんだけど、
  あの夢がすべてかどうかについて……
  でも彼のご両親とは議論になっていた。
M けれど、あなたにも考えてほしい……
TF こんなことは思春期くらいじやよくあるわよね。
  何にでも反対してけんかしたりとか。
TM そう、こういうことはつまり……
TF  ……遅い思春期。
TM 急成長というか、別の形の?
TF 別の形ね。私が思うに、お父様が数学教師だったりすれば、
  発狂しそうなくらいの難しい状況になるわね、もちろん。
M そう、それは2=1にしようとした僕にとって
  最後の藁一本〔訳注jみたいなものだった。
TF そうね、最後の藁に違いない。
M 父さんは僕が殺意を持っていると誤解して……

訳注
「最後の藁一本が、らくだの背骨を折る]から。


この手法を支える理論

1.詩学(poetics)
  1)不確実性への耐性(あいまいさに耐える)
  2)対話主義
  3)社会ネットワークのポリフォニー
2.ミクロポリティクス(micropolitics)

   斉藤さんはミクロポリティクスについて制度的背景のこと、と書いてはる。
   このYahoo!知恵袋を読むと、曖昧模糊としたものに対処しているうちに
   明確な形をとってくるもの、とか書いてるので、あれこれやってみてる
   うちにやることが変化しはっきりしてくる、みたいなことかな。
   最初から明確なやり方なんか決まらないよ、という。




 なお、斉藤さんはACT(アクセプタンス&コミットメント・セラピー)との親和性も書いてはる。

 そしてアメリカは保険会社が主導権を握っているマネージドケア・システムの弊害で著しく困難ではないかとのこと。



 しかしアメリカでもオープンダイアローグを研究している方はおられ、さすがマニュアルの国、マリー・オルソン教授は守られるべき基準として12項目を挙げて下さっている。

1.ミーティングには2人以上のセラピストが参加する
2.家族とネットワークメンバーが参加する
3.聞かれた質問をする
4.クライアントの発言に応える
5.今この瞬間を大切にする
6.複数の視点を引き出す
7.対話において関係性に注目する
8.問題発言や問題行動には淡々と対応しつつ、その意味には注意を払う
9.症状ではなく、クライアントの独自の言葉や物語を強調する
10.ミーティングにおいて専門家どうしの会話(リフレクティング)を用いる
11.透明性を保つ
12.不確実性への耐性



 また、「浦河べてるの家」と似ているところも指摘してはる。
 私も「三度の飯よりミーティング」とか「当事者研究」でご本人にいろいろ語ってもらうところとか似てるなあ、と思うもんな。
 また幻聴を「幻聴さん」と名付けるところとか、後で出てくる「外在化」して対処しやすくする、というのと同じなのかな。でもって、これは妖怪ウォッチでいろんな妖怪が出てくるのと同じなのかもしれない。


 あと、上記の対話例のようにトラブルの中にも「いい芽」を見つけたりはするのだけど、「困ったこと」をことさら「肯定的言い換え」をしたりはしない、というのが印象に残りました。確かに、それはご本人を「置いていく」ことになりかねないもんな。


posted by kingstone at 23:23| Comment(0) | TrackBack(0) | 本・記事・番組など | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年03月11日

改善するための意思疎通



 Togetterで


をまとめました。



posted by kingstone at 22:06| Comment(0) | TrackBack(0) | 本・記事・番組など | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
スクリーンショット 2015-01-19 0.09.07.png