私の関わりのある法人
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※このブログに書いていることは、私の関わりある法人の意見ではなく、
 あくまでも、私個人の意見です。

2011年05月01日

久里浜日記1993年 5月27日〜29日

久里浜日記5月27日



いつものことながら文責は私KING STONEにあります。

さて今日は松本先生の拡張入力装置の制作実習及び紹介でした。

まず作ったものはMSX用のジャンクションボックス。(外部スイッチでいろいろな命令を送ることができるようにするインターフェース)前に私の作ったものは単純にコネクタの線を引っ張ってきただけで6組みのスイッチがついてるだけでした。今回のものはコンデンサーなどを使って10組みのスイッチがつけられるようになっています。すごいなあ。

 さて他の拡張入力装置です。
 まずいろんなスイッチの紹介。

次にキーボードエミュレータ。これはわかりやすいですね。PC98にMSXのジョイスティックをつけることができます。ということはジャンクションボックスをつけると他のスイッチをつけることができます。するとゲームを操作したり、教材ソフトを操作したりできます。

次に出てきたのが、マウスコネクタから3点分の入力用の線を出してきて3点スイッチをつけるもの。(NECの公式マニュアルには2点分しか出てこないそうです)

それからFM音源ボードのDサブ9PINにジョイスティックをつなぐ。これはもう改造なしでそのままできちゃう。

それから98のタッチスクリーンはボードを入れる必要があのですが、これはもともと画面をX軸Y軸で認識しているわけですから、そこのDサブ9PINでアナログ入力ができてしまう。例えばモーターつきの車のおもちゃを動かすと電気が出てきます。それを入力するとパソコンがその車の出す電気の大きさに応じて音を大きくしたり小さくしたりすることができます。

これらのものを使って学習ソフトの上で上下左右を選択したりずることはまあわかります。
で、ここからがようわからんのですが、ソフトでいろいろ操作するとキーボードマクロができて、子どもに少ないスイッチでMIDI(例えばミュージ郎)で音楽を選択させて演奏させる、なんてことができます。

うーーむ、消化不良だあ。

えーと、ハリマオさん。
用件の点、OKです。
注意点は出典を明記すること。
松本先生は「ソフトをQ−BASICに移植するのはかまわない」「名前は出さなくていいよ」とおっしゃってますが、やっぱりもとは松本先生が作りはった、ということはちゃんと書いておく方がいいでしょうね。
私も今、BASIC超初心者講座でしごかれてます。ハリマオさんの講座楽しみにしてますよん。


久里浜日記5月28日


今日は午前中、教材の使用についての話でした。総花的なものでなく、一人の児童についてどう考えて教材を組み立てていったか、という話でした。そういやアップの許可を頂かなかったので内容はパスね。

午後は帰省するために講師の先生にお願いして休ませていただきました。しかし途中で秋葉原に寄って、いろいろ部品を買って来ました。何度か行ってますが、秋月電子って安いのねえ。抵抗が袋入りでたーーくさん入って100円とか、ICの7805が50円(おーー、おたくの世界だ・・・・どっぷりはまりそう・・・)だとか。大森さんは「(大阪の)日本橋より安くない」と怒ってはりましたが、私にゃまだ比較するだけの知識がない。YOSSYさんに教えてもらった(横浜の)エジソンプラザ(あの2階全体を総称したものなんですね)の方が落ち着いては買えますが、やっぱり安いのは秋葉原なんでしょうね。あの人波を見るだけで疲れそうです。

しかし・・・教育工学コースは午前・午後の講義、夜の自主研修講座、それ以外に夜や朝の議論。隙間を見つけて自分のソフト作り、ともう忙しくて忙しくて。しかもやたら固まって行動したりワイワイ言ったりするから異端視されてます。コース別ソフトボール大会というのがあったんですが、声はかけられたものの、今いちみんな乗り切れなくて結局教育工学コース抜きになりました。またこないだ廊下が話してた女性たちの会話

Aさん「○○××・・・」
Bさん「それじゃまるで教育工学コースじゃない」
AさんBさん爆笑。

(kingstone注・昔も今もと言うべきか。やっぱりおたくとして馬鹿にされている感じ?まあおたくには違いない)

しかしそれにもめげず、他のコースの人と交流したい、できればお互いによきものを伝えあえたら、とMIDIコンサートに声をかけたり、特総研のソフトの紹介をしたり、シンポジウムを企画しよう、としてる元気のいい人たちがいます。

私なんかの能力では自分の課題をこなしたり、詳しい人に教えてもらうのに精一杯でなかなかそこまで頭が回りませんが、できる範囲で協力していきたいと思っています。

ふふふ、この文書は大森さん同様にFMR−CARDで新幹線の中で打ってます。
しかしモデムを久里浜に置いて来てしまった(アセ)どうしよう。義弟のとこからでもアップロードしようか。

>KINTAさん
7月の頭だっかか6月の末だったかの実地研修のおりにまた府中に行かせていただきたいなあ・・・と大森さんともども思ってます。私は個人的にはMACでの実践が見たいなあ。何曜日だったら見れますか?

>YOSSYさん
YOSSYさんとこにも行ってみたいね、と大森さんとも話してはいるんですが・・・

>TADさん
読んではるかな?TADさんも横浜でしたね。ひょっとして6月12日の大岡山のオフに来はりませんか。

>◯◯さん
ごめん。今回はそちらの肢体不自由特別支援学校には行けないかな、と思ってます。実地研修の時間は時間割りにあるのですが、こないだ行ったたーさんとことTAKEさんとこのことをまとめたり、ソフトを作ったりするのに時間がかかりそうで・・・


久里浜日記5月29日


今日は私の勤務校(肢体不自由特別支援学校)に行ってきました。クラスの子どもたちやお母さん、先生方の写真を撮ってきました。これをハイパーカードに入れて教材にするつもりです。その後ちょっとした事務仕事をしようと思っていたのですが、結局いろんな人といろんな話をしていて気がついたら「もう学校閉めるぞ」という時間になっていました(アセ)

でもね、やっぱり事務仕事するより子どもの話をしたり、教材の話や授業の内容、はたまたパソコン通信の仕方、パソコンの活用方の具体的な話をしてる方が楽しいなあ。もちろん事務的な仕事も大事なのですが、ついつい後回しになってしまう。もう内地留学の期間は事務仕事をするのはあきらめようか、と思っています。

PEACHさんともいろんな話をしてきました。

今年、タイガー君を担任してはる先生がKidPixを見て「タイガー君に使わせてみたい」とおっしゃったそうです。でも「MACの始めかたと終わり方がわからない」と言うのでPEACHさんが「じゃあつけっぱなし(起動しっぱなし)にしておきますし、電源も切らなくていいですから」と言ってセッティングしてあげて使ってもらったそうです。

タイガー君はやる気まんまんですが、いかんせん手の動きが不自由。ドラッグなんてできません。そこでマウスの上に消しゴムをおいてその上からテープをはってドラッグができるようにしたとか。(つまりクリックボタン押しっぱなし状態)うーん、工夫だなあ。ただしこれでは好きな時にドラックをやめることはできませんよね。

とりあえず久里浜で修理したタッチウィンドウを急遽送ることにします。タッチウィンドウをディスプレイに固定するのではなくて、タイガー君の手元に置いて使ってみたらどうか、と思っています。

> PEACHさん宛に送るね。

とにかく入力装置に工夫しなけりゃいけないことは確かですね。

それから数字の勉強などもタイガー君は「1」を提示しても喜ばない。ところが「(当時阪神にいた)オマリーの1」と言うと大喜び。もちろんこれは字としてのもので量についてはまた考えないといけないでしょうが、とりあえず彼の興味のあるところから教材が考えられないか、と思っています。題して「タイガースでいこう!」。参考資料に「月刊タイガース」を本屋さんで買いました。これの写真をスキャナーで取り込もうと思うのですが、どうもいい写真が少ない。オマリーがホームランを打ってる写真だってボケてるんだもん。もっといい写真のっけてよ>「月刊タイガース」

そういや誰か今年の選手の背番号が全部出てる表を持ってませんかね。確か野球を見に行ったら球場で200円くらいで売ってたと思うのですが・・・別にどんなもんでも構いませんが。なんせ私も選手の背番号なんて知らないんだもん。覚えてるのは亀山の00くらいです。

それから新人さん用にWTERMのセットアップをしてきました。彼は確か98NSだったかで、HDD無しです。でFDで使えるようにしてきました。ところでその後私の98のオートパイロットがおかしくなってしまいました。オートログインした後でマクロを読みに行く時にHDDでなく、FDDを読みに行ってしまう。この時FDDにFDが入っていないと「ドライブの用意ができていません」で止まってしまう。でその時にFと入力するとまた動きだす。FDが入っている場合は必要なファイルがありませんからその後HDDを読みに動いていきます。

実はこの現象は自分でセットアップした時にも起こっていたんです。で、大森さんのWTERMに全面入替えして直っていたもんなんですが・・・・
マクロを読みに行くのもちゃんと A:\WT\MAC (HDDの中)と指定しています。いったいこれは何なんでしょうか??
それからパスワードを設定した後、ウィンドウを閉じると次からはパスワードは見えないようになっていたのが、昨日からは見えるようになってしまった・・・・これまたわけがわからない・・・・

     金沢に向かう「雷鳥」にて KING STONE
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2011年04月30日

久里浜日記1993年 5月24日〜26日

久里浜日記5月24日

いつものことですが、文責はKING STONEにあります。

今日は福祉システム研究会代表の太田茂さんの講義がありました。

コンピュータの特徴は情報の電子化ができること。例えばパソコン通信の世界では盲・聾・肢体不自由・健常(!?)な人が入り混じって、しかもお互いの障害など知らずにつきあっている。こういうことが比較的簡単にできる。
(kingstone注・そしてこれはもうすでに私と私の仲間たちは1988年からやっていたことです。それから当時「健常」の範囲に入っていた多くの発達障害の方がいらしたことも間違いない)

テレビというのは受け身になりやすい。しかしパソコンだと、こちらが働きかけたことによって何かを返してくれる自律的な道具としての使用が考えられる。

またエレクトリックイコライザー(電子等価器)としての使用ができる。つまり何等かのハンデを持った人がそのハンデを埋めて活動していくことを助ける道具となれる。

なんて、お話がありました。そしてその後は欧米での機器の紹介がありました。アメリカでは連邦の役所には必ず聾唖の人のためにTDDというディスプレイつき音響カプラつキーボードつき電話といったものがある、なんて話がありました。現在では各電話局に一台(もちろんオペレータつき)はあるそうです。

後、ULACS−K(ウルトラ・ローカル・エリア・カンバセーション・システム)という通信機能つきのワープロやパソコンを10台くらいつないでRT(チャット)ごっこができる機械の紹介もありました。ありゃあ、面白そうだ。

午後は短期研修員の研究協議。それぞれの学校でやってることを発表しあいました。大森さんは「何故パソコンを使うか」について大演説を行い松本先生をして「俺の言うことがなくなった」と言わしめました。

私はその後、一人で横浜まで電子部品の買い出し。YOSSYさんの「石川町の部品屋さん」というのだけを頼りに買い出しへ。ちょっとうろうろしてしまいましたが、なんとかたどりつきました。しかし大森大先生がいないので、もう不安、不安。電灯を光らせるおもちゃ作りのために、100Vから5Vを取り出すものが大先生の話では「2〜300円であるよ」という話だったのに3000円。おかしいなあ、と思いながら買って帰りました。そしたら大先生

「ははは、これはすごい。これならパソコンでも動かせますよ。COCOMにひっかかるくらい高機能です」

と笑われてしまった(アセ)ま、これもひとつの自立への道ですな。

で、その後夜はまたみんなと飲みながら(私はウーロン茶ね)情報交換。うーーん、パンクしそう。

久里浜日記5月25日

いつものことながら、文責はあくまでもKING STONEにあります。

今日は茨城大学助教授の佐々木忠之先生の講義と制作実習がありました。

今までのCAIの問題点。

・ 今のCAI(KING STONE・・・ドリル形式などのコースウエアのことかな?)は生徒を個別に切離すようなものが多いのではないか。
・ やる気のない子はとり残される。
・ やる気のある子はパターンに当てはめられる。
・ 選択肢がたくさんある問題が重要ではないか。
・ 教師のある部分を代行ずるのではなく、教師の使う絵カードの代行としてとか、あくまでも教師の使う道具としての重要性があのではないか。
・ 現場の先生がソフトを作ればいいんじゃないか、という意見もあるが、それはどだい無理な話である。それよりもいくつかの定型化されたツールがあり、簡単に絵カードの代わりの物が作れたり、ということが大事ではないか。そして「こんなツールがあったらいいのにな」というはなしなった時に、ソフトの専門家が(ソフトの1から10までを作るではなく)ツールを作ればいいのではないか。
(kingstone。これは2つの方向があります。オーサリングツールと言って、音や画像や動きをまとめ外面は別のソフトに見える、ひとまとまりのソフトを作るもの。昔だとHyperCard。今だとフラッシュなんかがそうなるのかな。もうひとつは外面が同じで、中身の音や画像や動きをまとめる。例えばパワーポイントとかもだろうし、あのね♪、DropTalk、Voice4uなんかも全部そっちに入れていいんじゃないかな。)

・ 例えば、そのような絵カードの代わりをしてくれるようなものを実際に使ってもらったところ、現場の教師から「この教材で取り残される子が出る」という話が出たことがある。さてでは今までの絵カードでは取り残されていなかったのか?実は教材作りが楽になってそこまで目がいくようになった、というところもあるのではないか。
(kingstone。よくありますね。文句を言うのだけ一人前。じゃあ自分でどう改善することに貢献できるのか、と問うと「いやそれは私のすること、できることじゃないし」みたいな。作った人に直接声を届けるだけでも随分違うのに)


(KING STONE・・・佐々木先生は近くの養護学校に行ってその学校の先生たちに実際に子どもたちに対していろんな教材を使ってもらっている、ということです。それだけに実践を通したわかりやすいお話でした。ただいわゆる今までのCAI教材でも「役に立つ子どももいる」というのは押さえておく必要があるのではないか、と思って意見を言わせていただきました。私以外の者からもいろんな意見が出ましたが、そのような意見をきちんと聞いていただける、相互交流的な楽しい時間を過ごさせていただきました。)

午後は「98のプリンタコネクタからの出力でスイッチをオンオフするボックス」といったものを作りました。8個のスイッチがあるので全部で256通りのことがソフトで制御できるというものです。こいつはすごい。しかし・・・・こいつはソフトを作らなきゃなんないのよね。今回は取り合えずN88BASICで作ってます。私は

「BASICの勉強が足りないからちゃんと自習しておきなさい」

ということになってしまいました。そいつがいやでMACに行ったんだけどな・・・・。ま、これをいいチャンスに勉強しますです・・・・。

PS.大森さんが風邪をひいたみたい。こういう環境だとやばいよねえ。大丈夫かな。


久里浜日記5月26日

 今日は久里浜養護の見学をしました。

午後からはHyperTalk(HyperCardはプログラミングなしでも使えますが、このHyperTalkを使うとより自由度が増す)の勉強。なかなか進みません。今日はHyperCardから嫁さんと息子の写真を呼び出して来る、というのをやりました。これは友達の写真を出したり、お母さんや先生の写真を呼び出したりするのに使えます。しかし形を整えるのがうまくいかない。なかなか道は遠いみたいです。

そいでもって夜はBASIC講座。今日は図形を描いたり、SAVEやLORDをするところまでやりました。ふーーなかなか大変だあ。




posted by kingstone at 07:07| Comment(0) | TrackBack(0) | 久里浜日記1993年 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年04月29日

久里浜日記1993年5月21日〜23日 

久里浜日記5月21日

 いよいよパソコン研修室を使っての講義の始まりです。

    コンピュータの機能と基本操作
    東京大学助教授
    柴若光昭(しばわかみつあき)先生

 前半は現在のパソコンの具体的な現状と将来の見通しでした。障害児教育には直接関わりませんが、個人や学校での新機種導入に役立ちそうな話でした。

 新機種導入ではWINDOWSを使う標準的なもので、486DXの33M:8MRAM:HDD200M:17DISPLAY:ビデオボード:マウス(プリンターなどははぶく)
Machintoshなら、KT7の使用を前提として、040:8MRAM以上:HDD200M以上:CD-ROM(内か外で):16DISPLAY以上

(KING STONE・・・これをステップ(当時あったパソコンん安売り店)価格で見てみると

98MATE/ASにいろいろつけて50万円くらい
CENTRIS650にいろいろつけて60万円くらい
あっ、98にCD-ROMDRIVEをつければ同じくらいか。まあ、どっちも同じような額がかかるってことですね)

これにソフトが最低で20〜30万、理想的には50万必要。
また一番高いのは本当はパソコンを使いこなせるようになるための費用(逸失利益・・他の仕事をすればできるのにそれを失う[時間もお金も]・・・を含む)

(KING STONE・・・この逸失利益の考えかた、納得ですねえ。私なんかどれだけ失っているか)


午後はMS-DOSの基本のコマンドの勉強をしました。今日はごく基本なので、すでにできている人はそれぞれ自己研修。なんと私もそのグループに入ってしまった。

夕方は秋葉原へ行ったグループがいて、一人がClassic2を買ってきて、一人がLCを押さえて来ました。これはまた明日取りに行くそうです。たいへんだあ。
Classic2を買ってきた人はセットアップしてネットワークを組み、PDSスタックなんぞをもらっています。これで5台のMACがつながりました。LCがやって来れば6台(研修生の1/3 )がつながります。すごい話だなあ。


久里浜日記5月22日(長いよ)


今日は大船のたーさんのお家へお邪魔しました。久里浜からはずいぶんかかるかな、と思っていましたが、JR久里浜駅から30分くらいでついてしまいます。ところで、前にたーさんから地図をメールで送ってもらっていたし、前日には母上から詳しく順路をうかがいメモしていたにもかかわらず、ぜーーんぶ持って行くのを忘れてしまいました。(こんなんばっか〔アセ〕)

それでも電話での記憶を頼りに歩いて行きましたが、見つけることができません。仕方ないので公衆電話のある所で電話帳を調べようと思いましたが、回りに無い。だいぶもと来た道を戻ったところで公衆電話を見つけました。で名字を元にこのあたりか、と思うところに電話をすると一発でたーさんちにつながりました。でもって現在地を回りを見回しながら言うと「そこ家の隣です!!」なーーんとお宅の横から電話してました。

たーさんは大体想像してた通りの方でした。電動車椅子に乗ってはると思っていた点だけが違ってました。たーさんは移動する時は普通の車イスで足を使って前にもゆっくり進みますが、速く進みたい時は足を蹴るようにして後ろ向きに進みはります。

通信をやっている所をビデオに撮らせて、という厚かましいお願いをしました。私のインタビューには画面で答えて頂きました。

その後、母上の心尽くしのお昼をいただきました。「野菜があんましとれてないだろうから、ということで季節の野菜の煮物にお赤飯。おいしかったーーー。たーさんの母上は結構お年をめしているのですが、若々しいエネルギーにあふれた方でした。

午後は大船の駅前に一緒に買い物にでかけました。私はカメラマンです。このあたり狭い道路の商店街で、私の生まれ育ったところに似ているので(おんちゃんとこのあたりよりもっと狭い道が続いてたりする)いいなあ、って感じです。その狭い道をたーさんは後ろ向きですいすいと進んでいきます。時々歩いてる人とふれる時もありますが、ま、それは普通に歩いててもあたることはあるもんね。

駅前のセイユーのスロープ(結構きつい)を登るのに手間取ってるとどっかのおばさんが「手伝ったげよう」とやってきはります。

地下の食料品売り場で、ジュースなんかをカパカパ買いはりました。それをカゴに入れてレジに持って行きはります。レジの方は計算した後、カゴを台の所に持って行って下さいました。「私は(レジがあるので?)パッキングはできませんので」と言って戻られました。で、たーさんが缶を袋に入れようとしますが、なかなかうまく入りません。しばらくやってると別の店員さんが出てきて缶を袋に入れて下さり車イスの取手にぶらさげて下さいました。後でたーさんに聞くと顔見知りの店員さんだそうです。

次にお酒の売り場に行きました。たーさんがお酒をいろいろためつすがめつしてると、店員さんが声をかけてきます。たーさんも文字盤を出しておしゃべりします。「いつものみますが、きょうはかわない」「なんだあ。折角声をかけたのにい」笑い声がおこりました。でも試飲コーナーできっちり水割りを飲んだたーさんでした。

家に帰ってから母上にお話をうかがいました。

たーさんはこないだまで重度身体障害者地域作業所「よあけ」の代表をしてはりました。今は母上が代表をしてはります。何故か?って。たーさん、こないだから某社の在宅社員になりはったのですが、これは障害者雇用の在宅勤務の中で全ての社会保険や雇用保険(ほとんど一緒なのかな、私ゃよくわかんないんです)の適用される初めてのケースだとういことで、職業安定所が「代表をしててもらっては困
る。代表をやめるにあたっては公式文書で出すように(!!)」と言ってきたそうです。そこで、理事会だったか運営委員会だったかを開いて議事録を録り、印鑑証明付きの文書をつけて出したとか(・・・タメイキ)

15年前、たーさんが通信教育で大学を卒業した時に「作業所を作る」と言ったそうです。「それに騙されて作ってしまいました」とおっしゃってましたが、それ以来地域の先駆者として4つの作業所を運営されています。「もう私ゃポンポンきついこと言うからねえ作業所に来てくれる人にも最初にそう言ってるの」と笑ってはりましたが、腹蔵なくしゃべりはる感じですね。ちょうど「障害者の日」の特別番組でやってた新宿の育成会のおばさんみたいな感じです。行政にもいろいろ言いに行くので「また来たか」って思われてたかもしれないけれど、この頃は「じゃ申請書書いて下さい」ってなもんで前向きに取り組んでくれるようになった、ということです。

また例えばたーさんが買い物に行くことでセイユーの支店長さんと話をするようになったり、たーさんが通信をするために電話線の設定をするためにNTTの人と仲良くなったりしてるうちにむこうの方たちが「じゃあバザーで協力させて下さい」なんておっしゃって下さるようになったそうです。そんなふうに地域と協力関係を作っていってはるんですね。そういやそれでNTTにスロープができたとか。

そうそう、近所に「勤労福祉会館」ができた時、スロープも自動ドアも無かったそうです。でも中に図書室があるので、たーさんは毎日通ったとか。たーさんが来るとあちらの職員さんが何人か出てきて階段を上げドアを開けて入れて下さったとか。3か月たった時に工事が始まり「何の工事だろ」と思ってたらスロープができ、自動ドアがついちゃったそうです。(でもでき上がったら、たーさんは行かなくな
っちゃったんだって。すけべ本が無かったからかな・・・・)

たくさんいろんなお話をうかがい、いっぱい御馳走をいただき、作業所の方が書かれたという詩集までいただいて帰りました。本当にいろいろありがとうございました。


久里浜日記5月23日

今日は、TAKEさんの職場(病院)にお邪魔しました。TAKEさんはそこでST(言語療法士)をやってはります。STは現在の日本では国家資格としては認められてはいません。しかしそれを逆手にとって、拘束を少なくして(国家資格だと行動が法律でいろいろうるさく縛られる)動きやすいようにしている、なんてえお話もうかがいました。

同じ短期研修生の鹿児島のYさんと一緒に小田原(ちょんちんやかまぼこで有名)に着くとすぐにTAKEさんが声をかけてくれはりました。早目に着いたのですが、TAKEさんも早めに出て来て下さってました。

まず、ST室に行き、TAKEさんの使ってはる機械をいろいろ見せていただきました。98DAではプサイメニュー(うーーOAKでは変換しない〔アセ〕)が立ち上がり、すごく使いやすいように整理してはります。98DAとDELLの386マシンが並んでました。98のHDDの中を見せていただきましたが、後、いろんなスイッチやなんかがいっぱいあります。

私の98ノートでプサイメニューからWTERMが立ち上がらない原因を「メニューの常駐を解除すればOK」とすぐに解決して下さったり、やっぱり実践家だなあ。

後で病棟を案内して頂きました。そして何人かの患者さんが意思伝達装置(98・MSX・MAC)を使っているところを見せていただいたり、機械を見せていただいたりしました。漢字Pワードを寝たきりの方が使いこなしていはりました。画面を通じて質問に答えて頂いたり、自分でその場で印刷した詩を頂いたりしました。もちろんこう使えるという想像はしていましたが、使いこなしてはる様子を見れば
私の他人に対する説明もより説得力を持つというものです。もちろんTAKEさんがその方の要求にもとづいてスイッチを工夫して使いやすいものを作ってはるからこその成果ですね。それからその方自身も「私が不平や要望を言ってせんせい(TAKEさん)が作って下さいます」と書いてはりましたが、結局本人さんの要望はすごく大きいですよね。そしてまたそれを聞くことのできる耳を持つことの大事さ・・・。学校でもそうありたいですよね。

TAKEさんもやはりかなり自分の持ち出しで実績作りをやってはります。そういうとこみんな一緒だなあ、と思いました。

TAKEさんの患者さんたちの接し方もとても素敵でした。書き込みから想像していた通りの方でした。また今に至る道も言語療法という一本道をはずさずに、しかもかなりの波瀾万丈をやってはるという、楽しい話をいっぱい聞かせていただきました。またお会いになった方はうかがうといいですよ。

うーーん、今日もメチャ密度の濃い研修だったですが、それをうまく伝えられないなあ。困ったもんだ。

しかし・・・いろいろうかがってると、やっぱりMACも98もMSXも勉強しなきゃなんないみたいですねえ。タメイキ・・・。

本当にTAKEさん、お休みの日なのにありがとうございました。

別件、6月12日(土曜日)の件。夜の部はFEDHANオフに参加します。成り行きで遅くなったらSUMさんお願いね。



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2011年04月28日

久里浜日記1993年 5月17日〜20日

久里浜日記5月17日

講義のほんの少しのメモです。あくまでもKING STONEがこう聞いた、ということで文責はKING STONEにあります。


障害児の教育 −その課題−
言語器質障害教育研究室長
大石益男先生

言語指導と言う。

 しかし子供と出会った時にあなたに言うべき言葉はあるか、言うべき内容はあるか。また相手がどういう人か、何が好きかなどがわかっていないと話しかける気にもならないのではないか。

 例えば子供が花を指差して何かを伝えようとした場合「この先生は花が好きだった」と子供の心にうつっているのかもしれない。言葉はいつでも相手がいるはず。

教師のまなざしも大事。子供が足をバタバタさせている。「またわがまま言ってる」と見るか「ああ○○がしたいんやね」と見るか、それによってもずいぶん後の展開が違うはず。

基礎ができて応用なんて言うが、応用ができて基礎ができるのではないか。

(KING STONE・・・パソコンにしたって「まずMS-DOSやBASIC」っていうんじゃなくて、私の場合パソコン通信がやりたくて〔まさに相手がいる!〕やってるうちに少しずつMS-DOSのことなんか覚えてきたんだもんなあ)


障害児の教育 −その課題−
視覚障害研究部長
木塚泰弘先生

ないものねだりでなく、持っているもの(能力)を活用する。

視覚障害者の場合(?)予測→確かめが大事だし、それを活用しないとパソコンでも何でも身につかない。1cm横にあろうが地球の裏側にあろうが「無い」ことに違いはない。あることを予測して触れて確かめて初めてそれは「ある」。


障害児の教育 −その課題−
病弱教育研究室長
矢吹和美先生

健常な子どもの場合、7歳くらいで「今、ここ」の気持ちを「ちょっと置いといて」先生の話が聞けるようになる。ちょうど小学校入学の時期にあたる。しかし病弱の子にとっては様々な条件、心のにより、それが難しい。そこで外から与えられた課題に対しすぐにのれないところがある。そのような場合その子の「今、ここ」の気持ちはきっかけさえあればこちらに伝えてもらえる。教師の場合はそのような
チャンスも作りやすい。

(KING STONE・・・うーーん、矢吹先生ご自身が言っておられた「わけのわかんない世界なんだけど、それが大事」という感じ、うまくお伝えできません。残念。これは全ての養護学校で一緒という気がします。で、私はこういうのが大好きです)



久里浜日記5月18日

まだもうちょい概論的な講義がありますが、教育工学系のはこっちに書きます。ただしあくまでもKING STONEがこう聞いた、ということであり文責はすべて私にあります。


障害児の教育 −その課題−
教育工学研究部長
詫間晋平先生

教材・教具という時、教材はソフトウェア、教具はハードウェアと考えられる。その混じり合ったところがシステムであり、(授業ではそこを)最適化していくことが大事。この最適化(systematize)の部分をソフトウェアに対しユーズウェア(use-ware・和製英語・・訳せば利用技術か)とする。

健常児と呼ばれる子どもたちはすごいコンピュータを体の中に持っているんだから、パソコンなんて必要ないかもしれない。しかし障害児は持っていないのだから、補償するためにパソコンが必要な場面がある。(KING STONE・・・納得するなあ)

追記
 この部分、私がしっかりわかっていたか疑問ではあります。上で言うと教材って今で言う「コンテンツ」のことかな?
 で、ソフト・ハードそして使い方すべて大事。しかし「それで何を実現しようとしているのか」「どこへ向かおうとしているのか」みたいな背後の考え方の部分も大切かもしれない。まあ、上の話の前提には障害のある子どもたちが「わかってできる活動が少ない」というのが背景にあって、とりあえず「わかってできる」ことを増やそうという段階なんだろうな。
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 さて今日は帰ってからClassic2でOさんとネットワークを組んでみました。確かに認識してます。でもうーーん、最後の最後でつながらない。やはりMazeさんがいないと難しいかあ。

追記
 AppleTalkというやつです。有線LANですね。

先日、現在パソコンを持ってらっしゃらない方が「MACを買う」とおっしゃいます。私は「はやまったらあきませんよ。よかったら私のMACをゆっくり触ってから決められたらどうですか。MACの不便なところもいろいろありますし」と答えておきました。その方が今日MACを触りに来られました。タッチウィンドウ(タッチパネル)をつけてハイパーカードの教材をいろいろ触っていただきました。そして自分のスタックを作っていただき声を入れてもらったり、リンクさせたりして遊びました。そしてたら

「私はワープロは専用機でやります。子どもに教材を作ってやりたいんです。だからMACを買います」

とおっしゃいました。私ゃどっちかというと止めたんですがねえ。しかしこれだけ目的意識がはっきりされていたら後悔はしはらないと思いました。


久里浜日記5月20日


今日は久里浜養護の校長先生のお話がありました。たいへん興味深い話がありましたが、微妙な話もあり許可をとるのがたいへんそうなので内容を書くことはやめときます。

今日は個人的には一生懸命HyperCardの入門書の勉強をしていました。やっぱり自分で作れなきゃ、と思いますしね。ところがひょんなことから久里浜養護の先生の教室をお尋ねする機会を得たのですが、その先生のMACのHDDの中を覗いて「ドヒャー!!」私が作ろうかな、と思ったようなものがもうほとんどできてる。まあ、それでも自分でできることも大切だから勉強は続けていきますが・・・・

ところで、今日はその後、三崎というところにまぐろを食べに行きました。ここは三浦半島の先端にあたり、すぐ先が城ガ島になります。ここはまぐろの基地らしいです。

1100円のねぎま丼。うーーまかったーーー。

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2011年04月27日

久里浜日記1993年5月14日から

 私が国立特殊教育総合研究所に1993年5月から7月にかけて教育工学短期研修に行った時の記録です。

 当時、NIFTY-Serve障害児教育フォーラムにて公開していた文です。公開の許可は基本的にとっていた方の分です。



久里浜日記5月14日

今日からいよいよ障害児教育系の講義が始まります。私が聞いて「へえー」っと思ったとこや「ほんまやなあ」と思ったとこなんか、書いてみたいと思いますが、あくまでも文責はKING STONEにありますからお間違いのなきようお願いします。

 それから講師の先生方の発言へのつっこみはしないよーに。だって私の言葉で書いてるんですもん。かなり私のバイアスがかかってますから。ま、これもよーするに全
部の責任は私にある、ということです。
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障害児の教育 −その課題−
特総研肢体不自由教育研究部長 村田茂先生

肢体不自由児の特殊学級は増えている。しかし知的に遅れのない場合はメリットが少ない。運動障害に対する援助の授業ができればいいが、そんなことのできる人は現状では養護学校に行っている。
逆に肢体不自由養護学校では障害の軽い子どもへの対応がしにくいのではないか。

追記
 ここの「そんなことのできる人は」というのは、例えば「動作法」「理学療法」などができる教師は、という意味だと思います。まあ、どうなんやろなあ・・・「障害の軽い」は「知的な遅れが少ない」の感じですね。

障害児の教育 −その課題−
特総研聾教育研究室長 鷲尾純一先生

まず難聴ということを実感する実験。普通の人が耳をめいっぱいふさいだ時が40dbくらい。ところがそれでも聞こえることは聞こえる。事実そのくらいで難聴学級に来ることさえまれ。10dbの音の差がどれだけの体感上差があるか。大体10dbの差で大きさが半分になったと感じる人が多い。(ありっ、ここんとこどうつながっていくのか忘れた、なんせ会話など聞き取るのが結構たいへんなのだ、
という話)構音障害があれば必ず聴力検査をした方が良い。補聴器をフィッティングさせ耳を使うようにしているとかなりの構音の改善を見る。(逆に言うと耳を使うようにしていないとある程度聞こえているのに発音できなくなる)

追記
 私は80dbから100dbくらいだったと思う。(進んでいるかもしれないけど)

特総研での研究
1.日本手話の造語法に関する研究

2.聴覚障害児を持つ聴覚障害の両親に対する養育援助プログラムの開発に関
 する研究 状況と両親援助の課題
現在親になっている聴覚障害者が子どもの時代は「手話は使っては
いけない」という教育のされていた時代だ。だから本人も使いながら
も子どもには使ってはいけないというふうに子どもに接する。どうし
たものか。また教師は少なくとも親とコミュニケーションするために
手話をやった方がいいんじゃないか。

3.重複障害児用聴力検査法の検討

4.聴力レベル100db以上の聴覚障害児に対する補聴器フィッティングについて


障害児の教育 −その課題−
中度精神薄弱教育研究室主任研究官 緒方登志雄

平成元年に長欠児童が特殊学級在籍児童数を越えた。ここらへんの部分に関われるのは障害児教育にたずさわっている教師ではないか。また特殊学級・養護学校の役割変化が必要かもしれない。

 追記 これは不登校のお子さんに発達障害のお子さんがかなりいるのではないか、という予感からかな?

就学指導についてはその枠組みが合わなくなってきているのは行政も気づいている。新しい枠ぐみづくりもなされているが、こういうサービスがあるから、という形にはなりにくい。


所長講話

インテグレーションについて。ノルウェーとの比較
特殊教育サービスを受けている比率  養護学校にいる比率
日本    0.9パーセント      0.4パーセント
ノルウェー 6パーセント        0.6パーセント
これは現時点のものです。
(結構いろんなことを考えさせる数字ですね・・・KING STONE)
ノルウェーのアルネスタント小学校を訪ねた時の印象。オープンスペスの広い教室に隣接してトイレがついていたり(肢体不自由養護を思わせますね・・・KING STONE)個別指導用の小さな部屋がついていたりする。休み時間には自然発生的に障害児の集まってくるスペースもある。インテグレーションによって教室も変われば、教材・教具・指導法も変わる。そしてその開発の努力が続けられている。
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これは13番ネタ(パソコン利用などの会議室・掲示板)でなく6番(障害児教育一版)ですね。
うーーん、面白かったとこがうまく伝わるように書けないなあ・・・

追記
 このあたりで、

「君たちには地元の教育委員会から1人あたり500万円のお金が出ている。だから頑張って勉強するように」

という話がありました。講師代だけでなく、宿泊・食事・水光熱費・留学中の代替教員への給与など全て含みますからそのくらいになるのでしょう。

 私自身が500万円分を地元に返せたかどうかなんてわかりませんが、いやらしい話だけど、他の内地留学(2か月・1年・2年などいろいろある)をされた誰彼のことを考えるとコストパフォーマンス(投入した金額に対して得られた成果)は高かったのじゃないか、と思います。

 また

「人、みなわが師と思って勉強するように」

という話も頂きました。いやあ、その通りなんだけど、それ、講師とか講師の親玉になる人が言ってはいかんのじゃないだろうか。それは講義を受ける人が自分で思うことであって。お金を取る側がそんなこと言ってはいかんと思う。まあ、ひょっとしたら、受講生同士がそれぞれ師たりうる、ということを伝えたかったのかもしれませんが・・・でもニュアンスとしては「講師を敬え」と聞こえたなあ。


久里浜日記5月15日

今日はいい天気。洗濯をしてから、またまた秋葉原に向かいます。(しかしよくやるよ)さすがに昨晩は大森さんすら「もう明日は行かんとこか・・・」と弱音を吐いていたのですが、この天気を見ると目がらんらんとしてきます。私が「秋葉原ツアーに出かける方は玄関へ」と館内放送をかけると何故か他のコースの方も二人「ご一緒させて下さい」とついて来られました。これで総勢8人。

今日はみんな早めに帰るつもりだったとは思うのですが、何故か途中でまたまたMAZEさんにバッタリ。はは、この広い東京でねえ。おかげで明日おんちゃんのところへ持って行ったらいいかもしれない部品がいろいろ買えました。

結局ひつこく最後まで残ったのはKING STONE・大森・太田・MAZEという教育工学のこいーーい4人でした。

帰りの途中でKING STONEは一人横浜で下車。富士通を扱っているお店へ。買ったものは内緒ですが、まあ親指者(富士通の親指シフトキーボード愛用者・現在ニコラ配列とも呼ばれます)は苦労します。

京急久里浜の駅で一人で晩ごはんを食べて、帰りのバスに乗ろうとすると他の研修グループの方がおられました。聞いてると浅草に行ったり歌舞伎を見ようとしてたり(結局見られなかったみたい)。うーーむ、教育工学は熱心というのか・・・やっぱりおたくって言うんでしょうね。

さあ準備がだんだん整ってきたぞ。少しは落ちついて勉強したり、制作したりしないとね。


追記
 他の部の受講生はなんて言うんだろう「教養を深める」とか「見聞を広める」と言うのか「観光」も一生懸命しよう、というような方が多かったですね。それに対して教育工学ははっきり言ってオタクが多く、そんなものには目もくれない、という方が多かったように思います。


久里浜日記5月16日

今日もいい天気。毎日洗濯日和です。うーむ、私って結構マメなのねえ、知らなかった。

今日は神戸で死んでいたタッチウィンドウを手術しました。

まず工具を出し、用意をします。今日初めて使うのですが、コテ台を用意して半田ゴテをつっこもうとしたら半田ゴテのネジが邪魔になって台に置けない(アセ)それはまだいい。テスターを使おうとしたら最初に針が動いたのに後ウンともスンともいわない。これはまいった。指導教官大森先生のところに飛んで行きました。

 中のヒューズから何から何まで調べたところテスターの測定用の針をつっこむところの接触不良、及び電池切れの2点で使えなかったということがわかりました。私一人だったら絶対わかってないぞ。

もともとついてたminidin4pinをはずし、新しいminidin4pinに付け替えました。細かい作業なのでヘルプハンドとかいうのが役に立ちました。で、こいつをClassic2君につけてみると、おおお、ちゃんと認識してくれます。前よりも感度がよくなった感じがします。(前はコツンとたたかないと動かない感じだった。今度はちょっと触れると働きます)うーーれしーーなーー。手術時間そのものは短いのですが、心の準備も含めて前後の準備に時間がかかるのでなかなか学校ではできません。それに何より指導教官大森先生がすぐ側にいる、というのが大きい。

さて午後はおんちゃんのお宅へお邪魔しました。おんちゃんちは下町風の商店街の路地を入ったところにありました。私の生まれ育った所に似ていて何だかとても気持ちが落ちつきます。

MACにつなぐスーパーファミコンコントローラー用アダプターや汎用アダプターを作ったお話をうかがいました。と書いてしまえば、これだけのことなのですが、それがどれだけすごい話かは、ここを読んでる方はわかるでしょう。大森さんに会ったことのある人だったら、「あの」大森さんが2時間おじゃましている間の前半1時間30分程は、茫然としてしまってほとんどしゃべられなかった、ということでそのすごさがわかると思います。(注、おんちゃんがしゃべりだ、ということではありません。むしろおんちゃんは静かでトツトツとしたしゃべり方です)

あのアダプター是非欲しくなりました。でもなあ、minidin4pinがつけられた、って喜んでるくらいだからなあ・・・あのすごい半田づけができるかなあ・・・

PS. KINTAさん、是非お越し下さい。その時2点スイッチとそれで使えるソフトのデモして下さいますかあ?
posted by kingstone at 08:06| Comment(0) | TrackBack(0) | 久里浜日記1993年 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする