国家が衰退に抗い、発展(特に経済的に)していくためには何が必要かを考察した書。
「民主主義がいいんだよ」ということになるかと思うのだけど、欧米中心主義な論点とも言われそう。
でも、欧米がアフリカやアジアで経済的停滞を生み出す植民地化や制度づくりをやっていたこともたくさんのページを割いて伝えてくれてはる。
1.収奪的制度(部族対立があったり、専制的な中央集権制度) → 一部エリート集団に権力や富が偏る → クーデターでその一部エリートを放逐するのは比較的簡単 → しかしそのクーデターを起こした人が新たに権力や富を偏って取得
エリート集団に「社会の発展」のインセンティブが働きにくい。
「今のままでたくさんの富を得られるもん」というわけ。
また権力も富も無い層も事業を発展させるインセンティブが働かない(儲けてもいつもエリート層の胸先三寸で全て奪われる可能性がある。「法による支配」で所有権が守られない。)
収奪的制度の代表例としては奴隷制度がある。
2.包括的制度(中央集権制も) → 富が多くの人や組織のものに(利害関係者が多い) → 一部エリートを放逐というわけにはいかず多くの意見を調整していく必要
現時点で権力や富が無い人でも「儲けよう」というインセンティブが働く。
「法による支配」で所有権が守られる。
経済的発展が起こると収奪的制度に戻りにくい。
包括的制度として英国だと
絶対主義王政 → マグナ・カルタ(1215) → 清教徒革命(1649) → (1688)名誉革命
と斬新的に包括的制度が広がっていった。
またペストの影響も大きい。当時の大地主(貴族)は農民に対して移動の自由も与えず低賃金でこき使っていたのだけど、ペストによりたくさんの人が死に、人手不足になり、農民もより高い賃金を出してくれるところに移動したり、「高い賃金を出せ」と要求できたりするようになったと。
そういう意味では今の日本の人手不足もチャンスかも。
大陸では
絶対主義王政 → 名士会(1470) → フランス革命(1879) → ナポレオンの欧州での覇権(1808頃まで)
で「法による支配」が広がり包括的制度が広がりかけたが、東欧は農奴制(収奪的制度)がまだまだ強く、ナポレオン敗北後は元に戻った。フランス周辺では元には戻らなかった。
日本では明治維新からの富国強兵策と同時に、その後の憲法発布、男性投票権の暫時拡大などが力になったと。あと徳川時代は専制政治ではあるけれど、各藩の自治がそれなりにあり、経済的な発展もしていた、と(薩摩藩など)。
また「植民地化されていなかった」ということも大きい。これは豊臣秀吉がキリスト教信者となった領主が土地を寄進したり、奴隷を輸出(宣教師は上から「奴隷貿易には関わるな。権限は無い」と言われてたらしいけど、周辺の人がやってたのか?)「バテレン追放令(1587)」を出し、それを武力で担保したことも大きいと思う。また徳川がカトリック教国との取引を禁じ、オランダ(あと清か?)との取引のみにしぼり、武力を用いてこなかったので良かったと思っていたら、オランダも単に「日本と戦うと被害が甚大になるからやめておこう」と思っただけみたい。
今回初めて知ったのだけど、オランダは 1621 年にインドネシアのバンダ群島でスパイスの利権を手に入れるため、多くの現地の人を虐殺している。
時代が違うとはいえ、「他国の攻撃を抑止できる武力」は大切だな、と思う。
なお、専制的政治制度でもエリートが産業発展に富を集中すれば経済的に発展できることもある。しかしそれはある時止まってしまう。
その例が「共産主義政権」でソ連の五カ年計画で、1975年あたりまではその発展に諸外国もびっくりしていた。しかしだんだん化けの皮がはがれ停滞が明らかになる。
これは他の中国・北朝鮮・中南米の共産主義や社会主義(?)政権でも同じではないかな。
プロパガンダで「すぐれている」「発展している」とされた中国の「大躍進政策」とか「文化大革命」でも。
なお、まだソ連が発展していると言われていた時代(1960年代)にソ連を訪問した開高健は訪問時の「濡れ雑巾を顔に当てられたような嫌な感じ」を述べておられ、実態が知られて来た時代には「共産主義国の失敗は人の夢を壊したね」というようなことを書いておられたな。
共産主義国って革命という名のクーデターにより権力を奪取した政権だから、「そのクーデターを起こした人が新たに権力や富を偏って取得」ということになっちゃうんだろうな。
やっぱりしんどいし、行きつ戻りつするけれど、民主的な方法で斬新的に進めていくしかないんだろうな。
でも、ほんと運(偶然)って大きいと思う。
そういや学生時代の最後に友人と
友人「俺は革命家になる。今の社会というものに責任は取らない」
私 「私はプチブルになる。今の社会に責任取りたいから」
互いに「じゃあ元気でな」
私 「私はプチブルになる。今の社会に責任取りたいから」
互いに「じゃあ元気でな」
と別れたのだけど、今、どうしてはるんだろう?


