※このブログに書いていることは、私の関わりある法人の意見ではなく、
 あくまでも、私個人の意見です。

2025年12月27日

『スノウ 第2巻』吉田優希著




 ロンドンで使っている井戸によってコレラが発生していることを、統計的に示した疫学の先駆者、みたいな説明でいいのかな?
 どへーーっというエピソード満載で、うまくそれが噛み合ってない気がして、読みにくいところもあるのですが、いろいろ興味深い。
1830年代 コレラに対応
1849 コレラのコミュニケーションについて(当時の定説の瘴気説(匂い)への懐疑)
1850 ロンドン疫学会の創設メンバーとなる
1855 (1854 のコレラ大流行について)給水ポンプの問題を指摘、公共の井戸が糞便溜めから近く、糞便の影響を受けているのではないか、と
しかし、大部分の人が「不快がって」認めたがらなかった。

 これって、ゼンメルワイスが産褥熱で死ぬ産婦は、(遺体の解剖をした手でそのまま産婦に対応する)医師の手についた死体粒子のせいではないか、これをさらし粉(次亜塩素酸カルシウム)で手を洗うことによって防げるのではないか、という説を出したのに対して「崇高な活動をしている我々医師の責任だと言うのか」と激しい反発にあった、という話にもつながるな。


1847 ゼンメルワイス手洗い消毒で効果を上げる。他のほとんどの医師から嘲笑を受ける。

では、細菌学のほうはどうであったかというと


1876 炭疽菌の純粋培養に成功し、炭疽病の病原菌であることを証明
1882 結核菌を発見


1861 「生命の自然発生説」を否定
1862 低温殺菌法の実験

とまあ、タッチの差(でもないか。15年〜20年と言えば2025年を基準に考えると2005年〜2010年。終わりの頃にやっとスマートフォンが出てくる。、2005年だと、福知山線事故、マンション耐震偽装問題とかがおこった年。はるか昔か)で、まだわかってなかった頃だもんな。


 イギリスの疫学者であり、医療統計学の創始者のひとり。

 彼の最も重要な貢献は、死因を日常的に記録するシステムを構築したこと。例えば、このシステムにより初めて、異なる職業における死亡率の比較が可能になった。

 1854年当時はスノーの説を取り入れていなかったが、1866年にはとり入れる。

 しかし、第2巻の冒頭は、ファーが独裁的専制君主みたいにふる舞うところから始まるのですが、そういうエピソード、あったのだろうか?
posted by kingstone at 09:05| Comment(0) | TrackBack(0) | 本・記事・番組など | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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