【個人への介入事例】一見の「成果」の裏側
事例2:手のひらひらが消えたBさん(中1・特支)
◯代替行動強化、身体ガイダンスなどを利用した
(自己表現の否定)
(自己表現の否定)
「手をひらひらさせる」は何か問題があるのでしょうか?
私の経験では、「わかってできる作業を用意する」と手をひらひらさせず取り組んでいました。
また長期休暇前の児童・生徒に注意事項を伝える全校集会のおり、「ニコニコマーク+『おもしろい』という字」「しかめっ面マーク+『つまらない』という字」を書いて見せて、舞台の上で先生がいろいろお話しているのを指さし、「これどっち」と尋ねると、手をひらひらさせることなく、さっと「つまらない」を指さしてくれました。
何か問題ある?無いと思うな。
この「身体ガイダンス」というのは、AFIRM(Autism Focused Intervention Resouces and Modules )の中で出てくる
にあたると思う。(日本語でどう言うか、正確なところは知らない)
に出てくるスライドに、前に呼ばれた生徒が、耳を押さえ、ジャンプして、授業にならない様子の動画が例として出てきます。
いや、これも根本的に授業があってないのじゃない?
また
「自閉症スペクトラム障害のブラッドリーさんは、映画のセリフを繰り返し暗唱するため、国語の授業中にディスカッションに参加するのが困難です。先生がブラッドリーさんの話を遮り、返答を求める質問をすると、ブラッドリーさんは適切なディスカッションに参加し、映画のセリフを暗唱する時間を減らす可能性が高くなります。」
また続いて後半部では
「RIRは、機能的行動評価(FBA)の完了後によく用いられます。FBAは、行動を阻害する要因を特定します。RIRは、プロンプティング、強化、分化強化といった他のエビデンスに基づく実践と併用されることが多く、強化だけでは行動の軽減に効果がない場合は、RIRは強化を補完するものとして特に有用です」
後半部はまあ最初にやるべきだろうけど、前半部は納得できません。
「映画のセリフを繰り返し暗唱する」というのは、まさに「その授業がわからない」「その場の状況(何を求められているか)わからない」ためで、しかも自閉スペクトラム障害の人に、この文の中では視覚的支援物を使っているとは思えず、音声言語で遮り(あるいはジェスチャーか?)、音声言語で「返答を求める質問をする」と、少なくとも読んでいる人には思えるのじゃないかな。
そして文部科学省が2014年(平成26年)の中央教育審議会で文部科学大臣が「アクティブラーニング」を充実させるように諮問したことから始まり2020年度(令和2年)の小学校・中学校の学習指導要領改訂で「主体的・対話的で深い学び(アクティブラーニング)」が打ち出されました。
私は文部科学省の調査官(当時)に、「グループなどでの対話が苦手な ASD の児童・生徒を苦しめるようになるのじゃないか」と質問すると「対話といっても人とだけとは限らない。本との深い対話だってある」と即答されました。
このあたり、現場と文部科学省の方との乖離が見られると思います。
現場では「主体的・対話的で深い学び」と言われグループなどでディスカッションする場面が相当増え、その被害にあっている ASD 児の話もよく聞きますので。もちろん、対応できるように、いろいろな環境を整えた(視覚的支援物とか、音声を文字化するツールとか)うえで、話し合いに参加できるようにするなら話は別ですが。
なお、
では
1例目 代替行動を教える(最終的にはそれも必要なくなる)
2例目 (最終的には)小人数のグループにする(環境を変える)
3例目 必要に応じてサポートする
2例目 (最終的には)小人数のグループにする(環境を変える)
3例目 必要に応じてサポートする
などをされていて、納得できるのですが。
結局
◯誰にとってもの問題行動か?
◯指導者側に何か不適切な環境設定が無いかを考えないのか?
あたりが根本的に考えないといけないところかな
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