2023年6月20日 第一刷発行
これ、著者、小川幸司さんがすごい人だ。
執筆当時、長野県の高校の校長先生。
かつ高校の世界歴史の科目に2022年から「世界史総合」という授業が始まるにあたって、文部科学省のワーキンググループに入っておられた。
ということで「エリート街道を順調に進んで来られた人」みたいなイメージができるけど、実は授業実践ではとんでもない(褒めてる)ことをしてきている方。で、
第1講 私たちの誰もが世界史を実践している
はいきなり、1994年6月に起きた松本サリン事件の話から始まります。
教員7年目の著者は、事件現場を校区に持つ松本深志高校で世界史を担当。(着任されたのが、10か月後の1995年4月だったのかな?)
10か月前に松本サリン事件が起こり、最初は完全に河野義行さんが犯人と警察・マスコミが断定し、日本中のほぼ全員がそれを信じていました(私も著者も、その一人)。
しかし、1995年3月の地下鉄サリン事件からのオウム真理教強制捜査以降、次々明らかになる事実から、オウム真理教の起こした犯罪だとわかります(警察が断定したのは1995年6月)。
当時の松本深志高校にはそれ以前から「図書館ゼミナール」という図書委員会を中心とした自主ゼミ活動があり、その中で著者は「ゼミナール21世紀の世界史」という「今、ここで」世界史を学ぶ意味を問い直す活動を始められます。
そのゼミをまとめていたのが、当時生徒だった河野義行さんの長女。
当時は、まだ冤罪はとけていません。しかし学校は、「父が犯人であろうとなかろうと子どもは別人格。事件にはふれずにおこう」と全体で取り決め、長女さんも、学校に通い続けられたことが、支えになったとか。
で、それがどう「世界史」につながるかというと「通説」とか教科書で短く紹介されている史実も、よく調べてみると「そうでもないかも」という、最近流行の言葉で言えば「ファクトチェックの大切さ」ということになるかな。
実際、河野義行さんも「松本サリン事件の犯人」という「史実」が定着していた可能性もあるわけですし。
なお著者は後年、この自主ゼミに河野義行さんを講師としてお呼びし、かつ地域住民にも公開しようと企画されました。
既にその頃、河野さんは元や現、あるいは後継宗教のオウム真理教信者が「会いたい」と希望すれば会われ、対話をする、ということもされていました。
(そういうのをこころよく思っていない人がいたのか)地域の有力者が校長に反対の意を伝え、校長から中止の勧告が出たそう。しかし、著者は指示(というか遠回しの言い方かな?)を聞かず、実行されたそう。
やはり、そういう方だからこそ、良い実践ができるのかな、とも思うし、そういう「管理職の言うことを聞かない」人でも(だからこそ、か?)校長になりいの、文部科学省の委員になれたりもするんだよ、ということはいろんな人に知っておいて欲しいな。
なお、現在どうなっているかはわかりませんが、この本を書いた時点では「出版後、自主降格して現場教師になるつもりだ」と書いておられます。
いろいろな例が出てきますが、私等「イギリスはアヘンなどという麻薬を輸出して、それを禁止したら戦争をしかけるという、倫理的にとんでもないことをする政権だ!」とだけ思っていた「アヘン戦争」も、当時はアヘンは薬としても扱われていた」「広がっていたのは富裕層に対してが主だった」「英国はアヘンを清への主要な輸出物としていたわけではない」、ということがわかれば少し違った見方もできるとか。
とにかく調べて調べて、しかし「いろんな意見があるね」で判断停止せず、自分のこととして考えていく。
なお、ドイツでは「ホロコーストは無かった」「学校でホロコーストのことを教えるな」というような歴史修正主義(と名付けてしまってはいけないのかな)の力が強くなってきた時に、歴史教師はどうあるべきか、という話し合いがもたれ、結論はだせなかったけれど、歴史教師は
「知識量で生徒を圧倒するようなことはしない」
というのは確認された、みたいな記述があったような・・・
しかし、「非戦の論理」「民族とは」みたいな、本当に刺激的な問いかけが多く、たくさん考えさせられたし、またいろいろ自分で資料を集めて勉強したいな、と思わせて頂ける本でした。


