では ABA を擁護する立場から、ニューロダイバーシティからの「ABA に批判的な論文」への回答。
まず、望月昭先生の「行動的QOL」の観点の復習
1.今ここでできること、選択肢を探そう。
2.否定を認めよう
3.本人の使いやすい表現モードで(理解もですね)
4.選択肢を広げられるように、社会に訴えていこう
5.職員も強化されるシステムを作る
2.否定を認めよう
3.本人の使いやすい表現モードで(理解もですね)
4.選択肢を広げられるように、社会に訴えていこう
5.職員も強化されるシステムを作る
2021年に Kathy Leadbitter が第1著者として書いた
から。
Kathy Leadbitter さんは、
・マンチェスター大学心理・メンタルヘルス学部・上級講師/リサーチフェロー
・自閉症・学習障害、コミュニケーションや言語発達、家族関係、QOL、メンタルヘルスなどを対象に、ニューロダイバーシティ肯定・社会正義の視点を持ち、参与型・共同研究に強い関心を持つ
という方です。
ChatGPT に要約をしてもらったので、そこから。
A. 「正常化(「普通にすること)」からの脱却が必要
• かつての早期介入は「自閉症の治療」や「典型的発達への矯正」を目的としがちだったが、それは自閉症の本質的なあり方を否定することになる。
• 自閉症を「治す」ことは不可能であり、本人にとっては「自分が自分でなくなる」ことと同義である(Sinclair, 1993)。
• 行動の表面的な「減少」よりも、本人の幸福や自律性を高めることを目標とすべき。
• 自閉症を「治す」ことは不可能であり、本人にとっては「自分が自分でなくなる」ことと同義である(Sinclair, 1993)。
• 行動の表面的な「減少」よりも、本人の幸福や自律性を高めることを目標とすべき。
これは、「1.今ここでできること、選択肢を探そう。」「3.本人の使いやすい表現モードで(理解もですね)」「(全体として)行動的QOLを高めよう」
B. 環境との「適合性(goodness-of-fit)」の重視
• 問題の多くは個人の「欠陥」ではなく、環境がその人に合っていないことによって生じる(社会モデルの視点)。
• 感覚・感情の調整や、周囲の理解(親、教育者、仲間)を高めることにより、環境側を整えるアプローチが必要。
• 感覚・感情の調整や、周囲の理解(親、教育者、仲間)を高めることにより、環境側を整えるアプローチが必要。
これは「4.選択肢を広げられるように、社会に訴えていこう」
C. 内面経験と発達の自然な流れの尊重
• 「反復動作(stimming)」などは自己調整や感情表出の手段であり、無理に消去すべきではない。
• エコラリア(反響言語)やハイパーレクシア(読みの早期発達)などは、独自の発達経路の一部として尊重されるべき。
• エコラリア(反響言語)やハイパーレクシア(読みの早期発達)などは、独自の発達経路の一部として尊重されるべき。
Stimmingの具体例:
• 手をひらひら動かす(hand flapping)
• 指をぱちぱち鳴らす、指をくるくる回す
• 物を並べる、回転させる
• 同じ言葉や音を繰り返す(echolalia)
• 髪をさわる、服のタグを触り続ける
• ジャンプを繰り返す、体を揺らす
• 指をぱちぱち鳴らす、指をくるくる回す
• 物を並べる、回転させる
• 同じ言葉や音を繰り返す(echolalia)
• 髪をさわる、服のタグを触り続ける
• ジャンプを繰り返す、体を揺らす
これは「1.今ここでできること、選択肢を探そう。」で、別に特に誰にも邪魔になっていなければ、こういうものを消去するとは言ってない。
ただ、例えば「自閉スペクトラム症児によくやってる」と言われる、ぴょんぴょん跳ねる、その場でクルクル回る、とかいう動作。視覚的支援を使ったり、わかるやりとりをしてるとそんな動きいっさいしないお子さんが、地域の小学校に行くと途端にぴょんぴょん跳ね、クルクル回る場合もあります。人刺激が多いからか、わかる環境でないせいか、両方かよくわかりませんが。
昔、私が知的障害養護学校にいたころ、耳押さえをしている子の腕を何度も降ろさせようとしている先生もいました。別に ABA を学んでる方ではなく、受容的交流療法を推しておられる先生でした。私は「そんなことしなくてもいいのにな」と思って見ていました(当時は私は ABA の知識はほとんど無かったですが)。今なら「聴覚過敏がありそうだ」と見立てて、イヤマフ、耳せん、パーカーのフードなどで対応する(本人のスキルをあげる必要は無い。本人は変わらなくていい)ようにするのをまずみなさん考えるでしょうね。(できないところ、弱いところはグッズで補う)
D. 介入目標の再評価
• 何を「支援対象」とするかは、定型発達者の価値観ではなく、自閉症当事者の声や実際の困難に基づいて決める必要がある。
• たとえば「実行機能の困難(inertia)」「不確実性への不耐性」「不安」など、当事者が支援を望む領域に焦点を当てる。
• たとえば「実行機能の困難(inertia)」「不確実性への不耐性」「不安」など、当事者が支援を望む領域に焦点を当てる。
「われわれぬきに、われわれのことを決めるな」ですね。
これについては、望月先生の実践は「適切な表現手段のなかった」人たちを主な対象としている。そして、「簡単な選択」から始め「1.今ここでできること、選択肢を探そう。」「2.否定を認めよう」「3.本人の使いやすい表現モードで(理解もですね)」「4.選択肢を広げられるように、社会に訴えていこう」などの総合的な取り組みでわかってくることですね。
しかし・・・例え本人が望んだとしても「それは ABA で介入できません」とお断りすべきものもあるかもしれません。例えばご本人が「生きるのに苦しいので LGBTQ からマジョリティに移行したい」だとか、ある時・ある場面で望まれたとしても。
まあそういう意味でも「再評価が必要」ということになるのでしょう。
E. 強み・喜び・幸福への注目
• 自閉症のこだわりや興味は、幸福や学習、他者とのつながりの源にもなり得る。
• 介入は欠点の補正よりも、強みの促進や好きな活動を通じた発達支援に重きを置くべき。
• 介入は欠点の補正よりも、強みの促進や好きな活動を通じた発達支援に重きを置くべき。
これは全体として「行動的QOL を高める」ということでおっしゃってることですね。
F. 自律性と「拒否する権利」の保障
• 介入において、子どもの意志を尊重することは不可欠。
• 「ノー」と言える力の保障、身体的・言語的コミュニケーション手段の支援が求められる。
• 「ノー」と言える力の保障、身体的・言語的コミュニケーション手段の支援が求められる。
これは「1.今ここでできること、選択肢を探そう。」「2.否定を認めよう」「3.本人の使いやすい表現モードで(理解もですね)」「4.選択肢を広げられるように、社会に訴えていこう」などの総合ですね。
というわけで、2001年段階で結局同じこと言ってるじゃん。という話にほぼなるわけです。
ただし・・・「望月先生は」という話で。
また、私の周囲にいる ABA での実践を考えている研究者さんは同じだと思えます。
しかし「ABA で療育します、対応します」と言いながら、環境(支援者も環境)をほとんど変えず、指示に従わせようとするだけの人も実際いるでしょう。
これは「TEACCH を参考にして療育します、対応します」と言いながら、指示に従わせようとするだけの人も実際にいるのと同じ。
本当に、そんな人は望月先生の論文をしっかり読んで頂きたいなあ、と思います。

