山本淳一 (編集), 加藤哲文 (編集)となっていますが、総論の第1章は望月先生が書かれています。
私の購入した『応用行動分析学入門』は現在手元にありません。
2019年だかの早い時期に「もう全部引退」と思って特別支援教育関係の本で、欲しいのあったら上げるよ、と個人や事業所に声をかけ、あげてしまったのです。そのすぐ後に大学院に行ってみようと思ったので、めちゃ後悔しましたが。
今読んだら、また新しい気づきもあるかもしれません。
なので、かつて書いた記事から引用します。
私が読んだのは、1999年の3月になってからです。
以前は「物の名前が言える(タクト)」などの指導が多かったけれど、言語行動の社会的機能を重視するように変わってきた。具体的にはノーマライゼーションの流れの中で、「自己決定」や「本人の参加」のために「要求言語行動(マンド)」を教えていくことの重要性がある、という話のあとで
| 要求言語行動に文字通り対応しようとするなら(本当に教えようとするなら)、周囲の人間は、本人が選択(要求)できる、現実の者や事(強化刺激)を用意しなければならないのである。 このように、表現モードを本人の選択を中心に選んだり、あるいは要求言語行動の指導の場面で典型的に示されるように、そのコミニュケーションの本来の機能を満たそうとすれば、指導者は単に障害児者本人とだけ向き合って指導をしているだけではすまない。必要な環境設定を自らが行ったり、あるいは生活環境の変更について、本人に代わって(あるいは本人と共に)要求する必要が出てくる。そして、そうした操作を前提とした場合には、この指導の場でのコミニュケーションの内容も、変化していく必要がある。 |
コミュニケーション指導において、遅くとも1989年から「選択」の、1995年には「拒否」「自己決定」の、そして1997年では「権利の擁護(advocacy)」までの重要性が含まれてきています。
「社会の枠に個人を適応させる」ではなく「社会を個人に合うように変えていく」がはっきりと言われています(もちろん実際の暮らしでは、両者がないまぜになっていくわけですが、それまでは(今でも?)後者があまりにも少なすぎた。また
私の最初の感想はこちら
ですが、その中で
| これに対して、行動分析学的立場の下では、口話のような音声モードであれ、手話や書字のような非音声モードであれ、必要な社会的な機能を満たす上で、障害児者にとって最も負担なく、あるいは本人自身によって選択された表現モードが、優先的に用いられなければならないことになる。(Reid & Hurlbut,1977) |
とされています。
これは表現コミュニケーションだけでなく、当然受容性コミュニケーション(理解のためのコミュニケーション)でもですね。
で、論文でなく書籍なので、論文より読みやすいです。
新しい要求言語行動を身につけてもらうのは、なかなかたいへんであることがわかります。
その前後の関連する私の記事。
『応用行動分析学入門』を読む前に、『実践障害児教育』の望月先生の記事を読んでの感想。
◯本当に選べているのか?
◯選ぶメニューの中に「他の物、ください」というのも入れるとバラエティーにとむ。
◯「自己決定」を保障する監視システム作り
◯選ぶメニューの中に「他の物、ください」というのも入れるとバラエティーにとむ。
◯「自己決定」を保障する監視システム作り
などについて書かれていたことがわかります。
「監視システム」か・・・「モニタリング・システム」ですね。
1999年の9月か10月だと思われます。特殊教育学会の自主シンポジウム「自閉性障害への行動論的教育福祉援助」を企画されたのかな。その時参加しての報告です。
この記事を再読して「おお、ここで Positive Behaviorr Support (PBS)という言葉に出会ってるんや」とびっくりしました。
そして、チーム作り、を重要視されていることもわかります。
利用者さんにだけでなく、職員にも正の強化子となる選択肢が必要である、と。
愛知コロニーの中のある施設で、まず最初は「研究所」が主導で「こんなふうにやろうよ」と関わりながら入所者の行動問題に対処していった。
で、行動問題が減ってくるわけだけど、次にその実践を発表する機会を作った。例えば行動分析学会での発表。そしてそこで認められることで職員もまたやる気が出て来る。
そしてこの試みがされてから2年後か3年後に研究所は手を引きます。
これは「自分たちでやりなさいね」ってわけですね。その時から職員間のコミュニケーションが飛躍的に増え、自分たちで解決していく体制ができた、というものです。
で、行動問題が減ってくるわけだけど、次にその実践を発表する機会を作った。例えば行動分析学会での発表。そしてそこで認められることで職員もまたやる気が出て来る。
そしてこの試みがされてから2年後か3年後に研究所は手を引きます。
これは「自分たちでやりなさいね」ってわけですね。その時から職員間のコミュニケーションが飛躍的に増え、自分たちで解決していく体制ができた、というものです。
私が学校生活を「自閉性障害への行動論的教育福祉援助」にてらしてあれこれ考えている記事。
私が、どんな授業で強化子をもらえているか、という話。
チームで支援することを、「自閉性障害への行動論的教育福祉援助」にてらしてあれこれ考えている記事。なお、特別支援学校というのは本当は養護学校です。記事を転載した当時、既に名前が特別支援学校に変わっていたので、そちらのほうがわかりやすいかな、と思いましたが、そのあたりの用語の変化は、若い人でもわかるかな?変える必要無かったかな、と今は思っています。

