※このブログに書いていることは、私の関わりある法人の意見ではなく、
 あくまでも、私個人の意見です。

2025年06月26日

1988年から1997年(望月昭先生の論文)




は、1989年のものでした。その少し前から1997年までを見ていきたいと思います。


1989年
「あの人はどんな気持ち?」: 聾精神遅滞者のサインおよび書字による感情表現語の獲得
望月 昭, 野崎 和子, 渡辺 浩志, 八色 知津子(1989)『行動分析学研究』, 3, 1-20


1995年
「選択を主とした障害者のコミュニケーション−最重度の人の要求をどう受けとめるか−」
愛知県心身障害者コロニー発達障害研究所
望月昭, 第22回日本脳性麻痺研究会講演集

 これ、Google Scholar で検索しても引用しか出てこないのですが(国立国会図書館ででも探すしかないか)、なぜか私の手元にあるので、そこから。

 広義のリハビリテーション場面において、コミュニケーションを本人の能力の問題として捉えれば、その対応は「治す」「教える」という行為となる。一方、コミュニケーションを社会的行動と捉えてその対策を考える場合には、その成立のための対応は「援助」あるいは「援護」という表現が適切な場合もある。

 医療モデルと社会モデルの話につながっていきますね。

援助→普通だったら存在しないような環境設定を新に与える(例えば絵カード)
援護→上記の環境設定を維持すること

行動的QOL:自己決定(=選択)を基本としたQOL

私の読んだ中では、初めて「行動的QOL」という言葉が出てきてます。

QOL の定義
1.環境設定の言葉による定義(個室があるか、公衆電話があるか(時代ですね))
2.心理状態によるもの(本人へのインタビューで満足度とかを知る)
3.行動的QOL(ある個人にとって継続したいと思われる行動の多寡)

※3.は測定可能

(2. については、今までコミュニケーション手段をちゃんと身につけてこられなかった人へインタビューすることはたいへん難しい。そのため、まずコミュニケーション手段を身につけるところから始めないといけない。また「楽しいです」「良いです」「おいしいです」など、肯定的言語を期待される環境で育ってきた人は、自分の思いを追求することなく、肯定的言語で答えがち、などの問題があって、測定が難しいですね)

 そして、「選択」「拒否」「自己決定」の大切さを書いたあと、最後の章

自己決定を基盤とした新しい発達観を


 そのような発達観のもとでは、“リハビリテーション”の領域に限らず、障害に携わる専門職の職業観そして具体的なプログラムまでもが、現在とはやや様相を異にするかも知れない。障害児教育から福祉に至るまで、従来の「治療」「教育」といった関わり方の前提として、「援助」、「援護」という大きな文脈を前提とした方法論が再構築される必要があるかも知れない。

と書かれています。

 そしていよいよ1997年に『応用行動分析学入門』が出てきます。


posted by kingstone at 17:28| Comment(0) | TrackBack(0) | 特別支援教育や関わり方など | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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