わりとするする読めました。
私だと「いわゆる日本教」と言っちゃう「なんでもあり」な多神教の様子をいろいろと語ってくださってるというか。
もともとが(明治の国策の国家神道ではなく)自然の何やかやに神性を感じる神道があり、他の宗教が入って来た時も比較的摩擦なく受け入れた、と。
私なぞ、仏教が伝来した時に、蘇我氏と物部氏が戦い、高麗僧恵便が還俗して加古川に隠れ住んでいたり、善信尼が裸にされて鞭打たれたりして、たいへんだったろうな、と思うけど、確かにキリスト教がローマに弾圧されてたとか、現在でも他の宗教の仏像を破壊したりする人々がいることを考えれば、まだましだったんだろうな。
あと面白かったのは
「豊臣秀吉は伴天連追放令で、心の中での信仰は問わないから、表向きの信仰は捨てよ、と命じた」
「最澄はいわば官費留学生でお金も余裕も無かったけれど、空海は私費留学生でお金もたくさんあった」
「明治政府は神仏分離令を出しただけで、廃仏毀釈は地域の人々が勝手にやった」
とかいうところ。
最後のなんか、歴史を学んでいる人には常識かもしれませんが、私はわかってなかった。
なるほどなあ、です。
まあ、それだけ恨みをかっていた場合もある、ってことでしょうが。
落語の『三年酒』 にもそんな描写が出てきます。