私の関わりのある法人
ksbutton.png omemebuttan.png sowerbuttan.png
※このブログに書いていることは、私の関わりある法人の意見ではなく、
 あくまでも、私個人の意見です。

2023年03月24日

『武器としての国際人権』藤田早苗著 読書メモ




 実のところ私は「人権」とわざわざ口に出して議論することは、嫌いでした。

 でも、いろいろ勉強してきたらそうも言っていられない。

 少し勉強してみようと読み始めました。

 で、基本的なところを知りたいと。


国連人権高等弁務官事務所の説明
「生まれてきた人間すべてに対して、その人が能力を発揮できるように、政府はそれを助ける義務がある。その助けを要求する権利が人権。人権は誰にでもある。」
・「尊重義務(respect)」人がすることを尊重し、不当に制限しないこと
・「保護義務(protect)」人を虐待から守ること
・「充足義務(fulful)」人が能力を発揮できる条件を整えること
上記を具体的に規定しているのが各種の国際人権条約


2021 英 BBC ドキュメンタリー

社会から隔離された施設に入れられ、公共交通機関を使うこともできなかったが、1970年代、当事者男性の呼び掛けで障害のある人たちが団結し、声をあげ始めた。

比較。 青い芝の会は1970年代に「優生保護法改正案反対運動」「養護学校義務化反対運動」。1977年「川崎バス闘争」。

英国障害者団体の主張
・We want what you got.
・Rights. Not charity for disable.(障害者に慈善ではなく権利を)

英国で
1995 障害者差別禁止法
2010 平等法(Equality Act)


国連
1993 世界人権会議(ウィーン)「人権教育のための国連10年」が提起、翌年採択。
人権教育の定義
「あらゆる発達段階の人々、あらゆる社会階層の人々が、他の人々の尊厳について学び、またその尊厳を社会で確立するためのあらゆる方法と手段について学ぶ、生涯にわたる総合的な課程である」
比較。
2000 日本の「人権教育及び人権啓発の推進に関する法律」
第二条 この法律において、人権教育とは、人権尊重の精神の涵かん養を目的とする教育活動をいい
いわゆる「優しさ・思いやりアプローチ」?
(確かに「確立するためのあらゆる方法と手段について学ぶ」のとはだいぶ違う)

国際人権法の発展は第2次世界大戦後。
それまでは人権に関することは内政であり不干渉が原則。
しかしナチのホロコーストへの反省。

1945 国連憲章に「人権の尊重」が目的の1つとして含まれた
諸大国は国内に深刻な人権問題を抱えるため消極的
中南米諸国とNGOの働きかけで
1948 「世界人権宣言」
差別の禁止
生命・身体の自由
移動の自由
思想・信条の自由
表現の自由
国籍を持つ権利
財産を所有する権利
集会・結社の自由
居住の権利
労働権
食料への権利
教育への権利

1966 「経済的、社会的、文化的権利に関する国際規約(社会権規約)」
    「市民的、政治的権利に関する国際規約」
    (日本は1979年に批准)
1965「人種差別撤廃条約」
1979「女性差別撤廃条約」
1984「拷問等禁止条約」
1989「子どもの権利条約」
1990「すべての移住労働者とその家族の権利保護に関する条約(移住労働者権利条約)」(日本未批准)
2006「強制失踪からのすべての者の保護に関する国際条約(強制失踪条約)」
2006「障害者権利条約」

各国は批准する前に国内の法整備を行わなければならない。

2011 障害者基本法改正
2012 障害者総合支援法の制定
2013 障害者差別解消法制定
    障害者雇用促進法改正
2014 障害者権利条約批准
(なるほど。やはり「外圧」で良くなる部分もあるのだな)



posted by kingstone at 22:41| Comment(0) | TrackBack(0) | 福祉関連 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:

※ブログオーナーが承認したコメントのみ表示されます。

この記事へのトラックバック