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※このブログに書いていることは、私の関わりある法人の意見ではなく、
 あくまでも、私個人の意見です。

2021年01月24日

岩田健太郎先生の「誰でもできる研修医指導」を読んで学ぶ 2




第15回「多様性を大切にしよう」その1 より

病気で休む研修医に「あいつばかり楽をして」とムカついているという話に

楽なんてしてるもんか。他の研修医たちが十全な研修を受けてどんどん成長しているのに、自分はその半分しか研修できていない。忸怩たる思いでいるかもしれないじゃないか。表面的な理解で休む研修医が「トクをしている」と思うのは間違いだ。だいたい、病気で仕事を休んで一番つらい思いをしているのは、症状のある当該研修医だ。健康に仕事している俺たちじゃない。

第16回「多様性を大切にしよう」その2 より

パフォーマンスが悪い研修医を歓迎しよう。そうすれば、他のパフォーマンスがイマイチの研修医も「ここなら俺たちの居場所がある」とやってくる可能性が高い。もし、パフォーマンスのよいスーパー研修医だけを歓迎し、できの悪い研修医お断り、にしたら、そのチームはどうなる?参入者がどんどん減っていき、先細りしていくだけだ。

 なるほどな。

 例えば教師って超人というか聖人というか、能力・人格スーパーな人が求められているようなところがあります。

 そして特別支援教育担当教師にしても、「特別支援教育担当教師はより知識・技術が高くなくてはいけないから大学で6年間学ぶようにしろ」という声があったり、現実には「指導力不足教師」だとか「高齢な教師が楽するために」だとか精神疾患があるという理由で回されてきてたりします。私はどちらも変だと思ってますが。(なお、私は精神疾患(ウツ)にもなったし、指導力不足であった時期もあります)

 ただ、後者の「ダメだから特別支援教育に回す」とされた先生方でも、歓迎し、力を発揮してもらったらいい実践ができる例も見てきています。

 あと「優秀な先生・管理職」が「現場の先生に言ったってやりよらん。勉強しよらん」と文句を言う場面にも遭遇していますが、「それってあなたの責任でしょう。気づいておられるなら。どうしたらやって下さるか、勉強して頂けるか考えるのがあなたの仕事では」と言うしかないな、と思ってしまいます。

 そのあたりはPBS(Positive Behavior Support Systems)が普及してくると良くなるのかな?


第17回「研修医の健康にも留意しよう」その1 より

スパルタも必ずしも悪くないんだけど、あまりやりすぎて、「高校卒業したらああいう練習したくない」になっちゃ、意味がない。持続して努力を続けられるようなメンタリティー、鬼の指導者が目を光らせていなくても自主的にトレーニングできる主体性こそ、大事にするべきなんだ。

 これですよね・・・
 自主的に学ぼうとできる主体性。
 主体性ってのはこちらがどうこうできることではないから、環境作りか。

 学ぶことのできる時間を作る。(勤務時間内で学べる。残業などしなくていい(ブラック環境でない))。
 外部で学ぶ、あるいは資格取得をするのに助成が出る。
 現場で教えてくれる人がいる。
 うまく実践できて楽しい。

 そのくらいのことが浮かんできますが。

第18回「研修医の健康にも留意しよう」その2 より

S「メンタルな問題についてはどうですか」
D「まあ、うつが多いんだけど、基本的には精神科医につないでしっかり治療してもらうしかないな。あれは長期戦だから、慌てないのが大事。長い人生、少しくらいの中断は気にしないのも大事だ」
S「先生のところでは、メンタルその他の問題で停滞している学生や研修医の「駆け込み寺」を作ってますよね」
D「うん、俺も昔メンタルを病んでたんだ。そのとき、恩師に同じように「居場所」を与えられてた。居場所があるってとても大事なんだよ。毎日通っても、たまに通ってもいいんだけど、存在する場所がある、存在が許されている場所が社会的に存在することが大切だ。あとは、停滞、中断、失敗を許容すること。繰り返すけど、長い人生なんだ。別の人生をやり直すのも全然悪くない。日本社会は失敗にとても不寛容なところがある。いいじゃないか、失敗くらい」

 ほんま「居場所」大事ですね・・・

第22回「言動は一貫させよう、ただし」その2 より

研修医と指導医では「見ている世界」が違うんだよ。研修医にはAとBが同じ胸痛に見えていても、指導医から見るとそれは異なる胸痛だ。Aは入院、心カテとなり、Bは外来フォローとなる。研修医には一貫性がないように見える。抗菌薬なんか典型的だな。研修医は馬鹿の一つ覚えで同じ抗菌薬ばかり出したがる。異なる患者の異なるところが、見えてないんだよ

 これ、自閉症のあるお子さんへの対応でも、「一般的な特性」と「個別の特性」について言えるな。

 初心者はインフォーマルなアセスメント(要するに観察)がまだよくわからないから、一般的な特性にのみ対応しようとする。いや、一般的な特性すら無視するか・・・で、目の前で「一般的な特性」「個別の特性」に基づいてうまく対応しても、何がどうなったのか見えていないことはよくある。だからこそ


そう。だから、大事なのは説明だ。こないだのAと、今日のBはどう違うのか、「指導医の見ている世界」を見ているような追体験をさせるんだ。細かく、丁寧に、しつこく、我々が「当たり前」と思っていることを説明するんだ。教育とは畢竟、手間ひまかけるってことなんだよ。

が必要になるんですよね。そして教える側も勉強し続けないと。

それに医学の世界はどんどん進歩する。今日読んだ論文で、これまでの診療態度が変わるなんてこともある。学問の世界では朝令暮改はOKなんだ。何十年も首尾一貫して同じことしかしない、ってのが間違った医療のあり方なんだ。

 例えば2020年のマスクに対する評価は、1月と12月では大きく変わりましたもんね。

第24回「がっかりさせてはならない」その2 より

研修医は常にベストを尽くしていると信じろ。なぜなら、彼らは常にベストを尽くしているからだ。自分なりに。もちろん、「ほんとうの意味では」まだベストを尽くせていない研修医もいる。しかし、それも「ベストの尽くし方がわからない」という意味での彼らの能力の限界なんだ。研修医は未熟だ。だから、彼らのベストを低く設定しろ。一所懸命がんばってる、その精神を評価しろ。アウトカムベースで研修医を評価するな。そんなのは医学教育オタクに任せておけばよい。アウトカムベースで研修医を評価すると、できのよい研修医だけが評価される病院になる。それは、教育学的には正しくても、間違った病院を生む。

 すごくよくわかります。自分なりに。
 
 しかし、何らかの形で評価というか、文字、あるいは数字にしないと他人に伝えることが難しいですよね。

 もう「そういうのはできない」と諦めるのか、何か方法はあるのか・・・

 患者さんが良い治療が受けられて、納得して満足で
 働いている研修医さんたちも良い治療ができて、納得して満足で

 放課後等デイサービスなら、お子さんたちが納得して満足で(苦痛なく、不安なく、混乱なく)
 スタッフさんたちも、納得して満足で(苦痛なく、不安なく、混乱なく)

 どうしたらできるかな。

posted by kingstone at 16:30| Comment(0) | 特別支援教育や関わり方など | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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