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 あくまでも、私個人の意見です。

2020年02月09日

日産 VS. ゴーン 支配と暗闘の20年 井上久男著




2019年2月20日の出版。

 だからそれ以降の西川さんを起訴するやせんやなどの話は入っていない。

 えーー、ゴーンさんが日産CEOになったのが1999年、もう20年以上前になるのか・・・

 日産は鮎川義介(大叔父井上馨。鮎川は井上の書生もしていた)が、井上の支援で戸畑鋳物(現日立金属)を作ったのが始まり。
 もともと政治とは近い。
 満州を牛耳っていた「二キ三スケ」
 星野直樹、東條英機、岸信介、松岡洋右、鮎川義介

1999年ルノーと提携の前、あと80日で資金枯渇という状況だった。

1999年 5900億円の当期赤字
     ゴーンのリバイバルプラン
2000年 2500億円の当期黒字
     V字回復
1999年以前、天下り社員のいる下請け企業となあなあで高い部品を買っていた。
それをコストカットした。

 この頃、ゴーンさん毎朝他社の違う車に乗って出社し、特徴をつかんでいた、というような話を読んだこともあるな。
 また、自社の車についての会議にも出席し、鋭い指摘をしてたって。
 現場にもよく行ってたし。
 また最初は年棒4000万円を上限にしていたと。

 危機的な状況での荒療治には才能を発揮。

 しかし、その危機が去った後、よりよい組織を作ることができなかったのでは、と。
 社内のリストラで「検査不正」が起きたり、おべっか使いばかりで周囲を固めるようになったり。

2005年以降 ルノーCEOにも選ばれる
       この頃から日産の車の会議でも上の空になってきたと。
2011年以降 まったくの老害

 年棒も4000万円の上限をとっぱらい、どんどん増えていったと。

 自分が老いてまともな運営ができなくなった時のことは常に意識しておかないといけないんだろうな。
 まったくもってひとごとじゃない・・・(私は組織は運営していないが)

posted by kingstone at 00:07| Comment(0) | 本・記事・番組など | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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