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 あくまでも、私個人の意見です。

2018年12月02日

戦争体験と経営者 立石泰則著




戦争体験と経営者 立石泰則著

とりあげられている経営者を簡単に紹介。

堤清二 西武流通グループをつくる。

 成城高校理科に在学。理系のせいで(?)招集されず。
 帝都防衛隊で班長。その指示で班員が各地区に行くが死んだ者もいる。
 空襲で死体が転がっている様子を見た。
 後に経営には失敗。


中内功 ダイエー創業者。

 旧制神戸高商(現兵庫県立大)卒。
 昭和18年1月招集。ソ満国境の関東軍独立重砲兵第四大隊。
 昼は訓練、夜は上官からのビンタ。
 昭和19年7月。フィリピン、ルソン島へ。
 しかしその時点で主力はレイテ島へ移っていた。
 昭和20年1月にルソン島は3日で陥落。
 飢餓の中「弱った者は食われる」という恐怖、暗闇の恐怖におびえながら生き延びる。
 それが阪神淡路大震災の時の素早い対応(官邸の3時間前)、「一晩中電灯は点け続けろ」という指示につながる。
 (もちろん停電のところは無理だったろうけどね)
 また関西財界セミナーでの当時の議長、住金の日向放斎への意義申し立てにつながる。
 後に経営には失敗。


 著者は堤清二さんと中内功さんを比べ、堤さんは戦地に行ったことがない分甘い、みたいな評価と見えるけれど、それは比べようのないものだとは思う。


加藤馨 ケーズ電気創業者。
    (2代目も息子の加藤修一さんだからCMが加藤茶だったのかな)

 父の死で師範学校進学をあきらめ、職業軍人の道へ。
 暗号技術の取得を命じられ研修後隊長づきとなる。
 ノモンハン事件を後方で隊長に状況を伝える。
 そのためどれだけの圧倒的敗北かを知ることになる。
 その後も通信技術などを学び、現場と中央の認識がどれだけ乖離しているか、どれだけ人の命を使い捨てにしているかを知ることになる。
 敗戦後、ラジオの修理からはじめ、明朗会計に徹したことで繁盛する。
 高度成長期は系列店の時代で、独立する社員が多かったが、
 多くが失敗することを憂えて「カトー電気で定年まで働いたら財産ができる」組織にするために

・株式会社化
・社員を一度全員退社させ退職金を払い、それで新会社の株を買ってもらう
・加藤氏親族の持ち株は計50%とする(経営の支配権を放棄)
・モットーは「頑張らない経営」

 体力の衰えを感じた加藤氏は65歳で社長を譲る。
 現在のケーズホールディングスは、会長も社長も加藤一族外である。
 買収もされなかった。(ベスト電気やコジマ電気は買収された)


塚本幸一 ワコール創業者。

 昭和15年12月入営。
 インパール作戦に軍曹として参加。
 小隊55人のうち、生き残ったのは3人。
 敗走中、湿地帯に橋がかかっていると見えたのは先にたどり着いて、しかし死んだ日本兵のつらなりだった。それを踏み対岸に渡った。
 「生かされている」という思いが強くなる。
 敗戦後、アクセサリーから始まり、下着を作り売るようになり大成功を収める。
 しかし昭和37年の賃上げ交渉がもつれ危機に。
 その時、塚本さんは腹をくくり、以下の提案をする。

・遅刻早退私用外出の全てを社員の自由精神に委ね、これを給料とも、人事考課とも結びつけない
・労働組合の正式の文書による要求は、これを100%自動的に受け入れる

 役員会で「そんなことをすれば会社はつぶれます」
 塚本「その時はしょうがない。つぶそう」

 ただ商業高校の友人でもあった財務担当の中村さんは反対しつつも「すぐに実行するのではなく、2ヶ月かけて、塚本が現場に説明する」という約束をとりつけたって。これ大事やろな。

 なお、この決定を伝えられた時、労組執行部の人がびびって「100%自動的に受け入れる、というのは2〜3年待って欲しい」と言いに来て、塚本さんはすごく怒ったって。



  堤さんは、転がっている死体を見ても平気になっていく様子を「正常な感覚が麻痺してくるのだ」とおっしゃたらしいけど、「麻痺」だろうか?
 何が正常なのだろうか?

 たぶん、人間、周囲に流されて、自分の周りが正常だと思ってしまうのじゃないだろうか。

 威嚇と暴力の蔓延している知的障害養護学校でそれが当たり前になっていく、責任感の強い愛情豊かな人がそうなっていく様子を体験したものとしては、それこそ「人間らしい姿」じゃないかと思う。

 しかし不思議なのは、同僚には威嚇と暴力で対応しないし、それどころかすごくいたわる言葉をかける人たちだったんだけどね。

 私も、戦場に連れて行かれたらきっと人を殺したり、ひどいことをしたりするだろうな、と思う。
 養護学校では「反対」という意見表明ができたけど。

 それだけに「戦争」になる状態にしたらいかんのだろうな、と思う。
 そして、「教育」によって、本来は人間として当たり前な「攻撃行動」に出ないような、知識・技術の獲得が必要になるのじゃないだろうか。


 なお、満州から逃避行中に「泣き声を上げる赤ん坊」への周囲からのプレッシャーである日「今から俺は鬼になる」と言って、話し手の親戚である父親が、赤ん坊を連れて行き、手ぶらで戻って来て「俺はもう人間じゃない。鬼だ、鬼になったんだ」と叫んで身動きできなくなったというエピソードを語った人が出てくる。

 その方はその季節になると、その夢を見て飛び起きると、語られていた。

 私も、学校でよく暴力を使っていた先生の夢を見て「やめろ!」と叫びたいのに叫べない、という夢を見て何度も飛び起きていました。妻によると、実際には叫んでいたことが何度もあったようです。
 
 なお、この本を出版するにあたって、塚本幸一さんのことが書かれてあり、塚本さんは日本会議の初代会長であったことをもって疑義を呈されることがあったそう。しかし塚本さんは「生かされた」という体験からもともと宗教的なものにも関心が高く、その一事をもって云々するものではなかろう、ということでそのまま出版されたとのこと。

 私はそれは嬉しいし、とても良かったと思います。


posted by kingstone at 23:36| Comment(0) | 本・記事・番組など | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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