※このブログに書いていることは、私の関わりある法人の意見ではなく、
 あくまでも、私個人の意見です。

2017年11月24日

ヒトラーとは何か セバスチャン・ハフナー著 3章







ヒトラーの成功は1930年から41年の12年のあいだに集中している。

1923 ミュンヘン一揆、クーデター失敗
1925 党を作ったが伸び悩み

1930 国会選挙で8倍の票を獲得
1932 得票数、さらに倍増
1933.1 ヒトラー首相誕生
1993.7 すべての野党解散
1934 ヒトラー大統領兼務、国防軍総司令官就任、全権掌握
1935 ヴェルサイユ条約破棄、徴兵制復活
1936 ロカルノ条約破棄、ラインラント進駐
1938.3 オーストリア併合
1938.9 ズデーテン地方併合(イギリス、フランスは積極的承認)
1939.3 ボヘミア、モラヴィアを保護領化、メーメル地方占領
1939.9 ポーランド制圧
1940 デンマーク、ノルウェー、オランダ、ベルギー、ルクセンブルク占領、フランス制圧
1941 ユーゴスラヴィア、ギリシャ占領

 ハフナーさんは、ヒトラーの成功の時代は強力な敵とは戦わなかった、とのこと。

 ワイマール共和国は1918年に成立した時から倒れようとしていたし。

 1918年11月の革命で、皇帝が逃げ出し、権力が転がりこんだけれど、その流れに乗ろうと暴力革命を企図した左翼(共産党とか)とは喧嘩し(左翼が暴力デモを企画し鎮圧)、お互い攻撃しあい、右翼はもともと軍・官僚機構の中で攻撃しようとしていた。

1925年、軍の「英雄」ヒンデンブルグが大統領になったことで、右翼も少し協力的になった。

1928 一時的に社会民主党政権。

 これに危機感を覚えた「政治将軍」シュライヒャーがブリューニングを担ぎ出し、「議会政治」でなく独裁に近い「大統領緊急令」による政治運営をする。これがヒトラーの強い権力に続いていく。

 1930年から1934年まで、ヒトラーの敵は右翼であり、左翼はとるに足りなかった。また、右翼から見れば、ヒトラーは左翼だった。(確かに「国家社会主義ドイツ労働者党」の党首だもんな)


posted by kingstone at 22:28| Comment(0) | 本・記事・番組など | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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