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※このブログに書いていることは、私の関わりある法人の意見ではなく、
 あくまでも、私個人の意見です。

2017年08月07日

息子が殺人犯になった スー・クレボルド著




読書メモ


1.事件概要
2.ディランのこと
3.周囲の人には「その時点」ではわからなかった。うまく隠していた。
4.兆候(後になってみればそうだろうと思われるもの)
5.いじめ
6.原因(要因)と思われるもの(複数)
7.スー氏は現在、「自殺予防」取り組みをされている。
8.その他


1.事件概要




 アメリカ合衆国コロラド州ジェファーソン郡コロンバイン(Columbine)のジェファーソン郡立コロンバイン高等学校(en:Columbine High School)で1999年4月20日に発生した事件。英語名は「コロンバイン高校の虐殺(en:Columbine High School massacre)」。

 エリック・ハリス(Eric David Harris)とディラン・クレボルド(Dylan Bennet Klebold)が銃を乱射、12名の生徒と1名の教師を射殺し、両名は自殺した。重軽傷者は24名。アメリカの学校における銃乱射事件としては、犠牲者数において1966年に起きたテキサスタワー乱射事件に次いで大規模なものであった(当時、その後2007年に33人が死亡したバージニア工科大学銃乱射事件が起きた)。


  私の知らなかったこと

   1)ディランはいじめられてはいたが、
    常におびえていたり、
    引きこもったりする状態ではなかった。

・銃撃の3日前にプラム(卒業パーティー)に女の子と出席し楽しんだ。

・アリゾナ大学へコンピュータ科学を学ぶために進学することが決まっていた。
 (つまり将来へのみとおしが無い状態ではなかった)

   2)お母さんは大学でソーシャルワーク的(?)な仕事をしていた

・事件当時はコミュニティカレッジで障害のある学生がコンピュータのスキルを学べるよう、少額の奨学金受給の調整をする仕事をしていた
(週4日のため経済的には厳しかったとのこと。しかし事件後、しばらくして上司の勧めで仕事に復帰している)

・ディランの小さい頃から、家には脳性マヒの子や他障害の子がよくやって来ていた

 つまり「専門家」であった。
 (たぶん兆候をつかむのにもたけた人であった)


2.ディランのこと

・小学校時代ギフテッドクラスに通っていた  

・後付けでいろいろな診断名が言われているが、当時あったのは
 (今、探し出せないですが)「○○の無い学習障害」
 しかし、作文(英作文。国語ですね)も数学もそれなりに成績はあったようです。
 数学は高校に進む際に、「代数クラス」(たぶん数学の優秀な子が行くクラス)に進むことを進められていた。結局進まなかったが。


3.周囲の人には「その時点」ではわからなかった。うまく隠していた。

 地方の保守的な町で、本によればたいへん愛情深く育てられ、またディランもそれに応えていたと思われる。だからスーさんは全然予想していなくて奈落の底に落とされた気分になる。

 ディランが高校3年時に、他人の車(本人の弁では放置されていた車)から窓ガラスを割って電子機器を盗んだために受けた更正プログラムのカウンセラーはプログラムの期間を短縮し、2月3日づけの報告書にこう書いた。

予後‥良好
 ディランは多くの可能性を持った有望な青年である。その潜在能力を引き出し、自らやる気を持てれば、すばらしい結果を出せるだろう。

推奨‥早期終了
 ディランは早期終了に値する結果を出した。彼は道をはずれないためには、自らやる気を出すために努力する必要がある。夢を実現する知性はじゅうぶんにあるが、それには努力を怠ってはならないことを理解する必要がある。

 後で、ディランは「うつ」であったであろう、ということが出てくる。しかし中井久夫さんが書かれていたけれど、人の前で「顔をつくる」ことができちゃうんだよなあ・・・お母さんもカウンセラーもプロではあったけれど、上手に隠されてしまえばわからないだろうなあ・・・

 そして学校が一番長い時間を過ごし、いろいろな兆候が見えたり、情報が集まったりする場所なのだろうけれど。


4.兆候
 (後になってみればそうだろうと思われるもの)

高校2年生と3年生の間の夏休み
 長らくやめていたサッカーをしようとチームに入った時、プレーオフでディランのまずいプレーで負けた。するとエリックが金切り声を上げ、つばを飛ばし激しくののしった。(エリックは他罰的でかんしゃく持ちだった)


高校3年生
 ディランとザック(友人)が教師からサーバのメンテナンスを頼まれた。
 ディランたちはロッカーのカギ番号のリストを見つけ、データをエリックにも渡した。
 ディランは本当にロッカーが開くか試した。
 ザックは恋人の元カレのロッカーにメモを残した。
 これが露見し、ディランは5日間の停学になった。
 またこれにより学校のコンピュータについての手伝いはできなくなった。


 停学の時にディランがトム(父親)に話したこと
 学校側はスポーツ選手ばかりひいきして、ほかの生徒はもっと些細なことでも厳しく罰するのに、彼らのことはなんだかんだと言って許してしまう

 1年生の態度に不満を持ち、エリックと友達を集め、学校から離れた場所に1年生を呼び出そうとした。(1年生が来ず、ケンカにならず)

 ハッキング(?)事件から4か月目、他の生徒のロッカーに傷をつけた、ということで1日校内停学になり、修理費用70ドルを払わされた。何年もたってからこの時の傷は文字であり「fag(ホモの意)」であったことがスーにわかった。

 エリックと二人で他人の車(本人の弁では放置されていた車)から窓ガラスを割って電子機器を盗んだ

高校4年生

卒業間際、アリゾナ大学見学に行った翌朝
私たちはプエブロで簡単に食事をすまそうとマクドナルドに入った。壁際のテーブル二つに大人数の若者たちがいた。バーガーの包みを開けたばかりのとき、ディランが身を乗り出し、ほとんど唇を動かさずに、差し迫った調子で言った。「ここを出なきゃ。あいつらが俺のことを笑っている」私は彼らの方を見た。若者たちはプーイングしたり叫んだりと、楽しそうに騒いでいたが、誰もこちらにはまったく注意を払っていなかった。
「落ちついて、ディラン。誰もあなたを見ていないでしょ」私は言った。彼があまりに気にするので、私たちはバーガーをすばやく食べると、あわてて店を出た。


 もちろん、なぜディランがそう言ったのかはわからないのですが・・・自分が想像できない理由で、笑われたり、からかわれたりし続けた結果、人が笑っていたり、声を出していたりしたら、「自分が笑われている。自分の悪口を言っている」と思う例もありそう。そして環境を整えてあげると、そういうことが消失していったり・・・

 保護者面談で英語の教師から、文章力は褒められたが、内容が「ショッキング」と言われた。教師の評には「冒涜するような言葉使いが不愉快です」と書かれていた。ただしトム(父親)が「心配するべきですか?」と尋ねたのに対し教師は「問題ないと思う」と答えた。


5.いじめ

当時のコロンバイン高校の全般的な様子 

 事件後、コロンバイン高校の校風とその中でのディランの状況について、様々なことが書かれた。デンバー地方検事局の未成年者更生施設の所長レジーナ・フエーターは2000年に報告書を書いているし、ラルフ・W・ラーキンはその内容の多くを独自の徹底的な調査で確認した『コロンパインを理解する(未邦訳)』を2007年に刊行している。両者ともコロンバイン高校が学業の成績がよく、かなり保守的な学校だと認識しているそれは私たちもそう思っていた。しかし彼らはコロンバイン高校には伝統的にいじめが横行していたとも書いている。特に、スポーツ選手のグループがスクールカーストの下位にいる生徒たちに嫌がらせをし、恥をかかせ、肉体的に暴力をふるっていたと。ラーキンはさらに、福音主義のキリスト教を信仰する生徒たちが改宗を勧め、周囲を威圧していたとも書いている。自称倫理のエリートである彼らは、変わったファッションの生徒たちを邪悪だとして、標的にしていたという。
 この調査には、学校の同級生たちから身体的、精神的に虐待されていた生徒たちの話がたくさん集められている。学校側は生徒同士のもめごとを取り除く努力をしていると主張するが、それはうまくいっていない。多くの人にとって、コロンバイン高校は敵意に満ちたおそろしい場所であり、もっとも人気のある生徒たちでもそれは変わらない。しかもディランやその友達は人気グループではなかった。近所の人のもう成人した息子は、事件に対して、私たちが何度も聞いたせりふを言ったという。「いままで起こらなかったことに驚くよ」
 フエーターもラーキンも、教師たちが、嫌がらせも廊下での暴力にさえも、見て見ぬふりをしているという。「子どもはそういうものだ」と軽く扱っているせいもあるし、スポーツ選手たちと一緒になっていじめに加担しているといえるかもしれない。実際にいじめを報告しても、学校側が対応しなかった例が複数あげられている。当時はこういうことはいまよりも驚くべきことではなかった。1999年にはいじめは社会的に問題にされていなかった。いじめを禁じる連邦法はなかったし、学校がガイドラインを持つことも義務づけられていなかった。ニューヨークタイムズのベストセラーに『ある日、私は友達をクビになった」が挙がったりしてはいなかった。仲間うちの虐待はいまでは健康に深刻な害を与える問題と認識されているが、当時はそうではなかった。


ディランに対して

 ある日ディランはシャツにケチャップのしみをつけて帰って来た。
(中略。以下は報告書から)
 ディランとエリックをからかっている生徒グループが二人を突き飛ばし、ケチャップをかけ、二人はゲイだとののしったというのだ。

 駐車場に止めてあったディランの車のボンネットに人が立った痕のような物があり、中身まで損傷しており、ちゃんと走らなくなった。

 ラーキンはディランが映っているビデオを引き合いに出している。彼が数人の少年だちと廊下を歩いていて、カメラは特になにかを映していない。向かい側から四人の生徒が近づいてくる。そのうちの一人、コロンバイン高校のフットボールチームのスウェットシャツを着た生徒がすれ違いざまにディランのわき腹をひじで痛打すると、ディランは叫び声をあげ、カメラがひどく揺れる。スポーツ選手たちは笑い、ディランの友人たちは聞き取れない声でなにかつぶやいているラーキンはこのビデオがおそろしい理由を的確に示している。ディランと友人たちは、まるで何事もなかったように、この後も廊ドを歩きつづけたのだ。「あきらかに、こうした出来事はよくあることとして受け取られていたのだ」ラーキンは書いている。この分析は彼がインタビューした数人の生徒の証言で裏づけられている。


6.原因(要因)と思われるもの(複数)
  相互に絡み合っていると考えられる

1)うつ状態(これは多くの人が一致している)
2)いじめ
3)エリックとの共依存
(エリックは事件の前からホームページを持っており、
 そこで殺人や爆破をすると宣言していた。
 警察や少数の関係者はそれをつかんでいた)


 そして、スーさんは、(20歳以降でないと確定診断は出せないながら)人格障害を考えておられるけれど、私は様々なエピソードや片言隻句から自閉症スペクトラムの特性を思いついてしまうのだけど・・・

 上の、「あいつらが俺を笑っている」とかいうエピソードも・・・(もちろん他の疾患の可能性もあるのですが)


7.スー氏は現在、「自殺予防」取り組みをされている。

 ディランとエリックはたくさんの人を殺した後、自殺しています。
 たぶん、大量殺人をする人は「自殺したいけれど踏ん切りがつかなくて殺人をする」という場合があるのでは、と言われているけれど、まさにそうなのでしょうね。

 スーさんは、「加害者の母」としてものすごい非難を浴びます。
 しかし、同時に「子どもに自殺されてしまった母」でもあるわけです。

 非難としては特に「なぜ気づかなかった」「殺人犯になるように育てたのだろう」というようなものを。
 そして誠実に謝りたいのに、弁護士から止められてしまいます。
 また精神的にも不安定になり自助グループに入りたいのだけれども、そこでの発言がマスコミや、訴訟に使われる可能性があるために参加することができませんでした。

 しかし、仕事に復帰した後、声をかけてくれた方が「私も子どもが自殺したのです」と言ってくれ、手を重ねてくれた時に圧倒的ななぐさめを感じはります。

 そしてそこから「自殺予防」の取り組みに関わっていかれます。


8.その他

 本当に非難の嵐に囲まれるわけですが、多くの支援の手も差し出されたことが書かれています。

 またアメリカはうんざりするほどの訴訟の国ではあります。
 その費用のこともあり、破産されています。


 TEDに日本語字幕つきの動画がありました。




 こちらは、私が関連図書と思う本。




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