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2017年06月11日

映画「花戦さ」 野村萬斎主演




 映画「花戦さ」 野村萬斎主演

 私は前から5列目に座ったのですが、そこから後ろは6〜8割埋まっていました。

 今日の映画は完全にプライベートで見に行くつもりでしたが、見た後、「これは研修でいいよな」と思いました。


ーーーーー めちゃネタばれあり ーーーー

 だいたい予告編を見てると、いくら「元気」な人だとしても「普通」そのテンションと笑顔は無いやろ・・・と思っていました。

 実は予告編で見る野村萬斎さんの笑顔は私が肢体不自由養護学校で出会ったアテトーゼ型の脳性マヒのお子さんの表情を思い起こさせました。

 で、実際本編を見てみたら主人公、池坊専好さんはこんな人として描かれていました。

○当時、周囲の人が常識的に知っていることを知らない
  ・織田信長が極めて危ない人であることを知らない
  ・えらい人の前では顔を上げて喋ってはならない、ということを知らない。

○心に思ったことを言ってしまう、やってしまう。
  ・最後の「豊臣秀吉を諫める」とか、当時に人だったら絶対やらないだろう・・・
   (まあこの物語はフィクションですけど)

○興味のあることだけに集中する
   ・織田信長が危険な人であることを教えてもらっ
    ている時に、いい枝振りの松が目に入ると
    気持ちはそちらに行ってしまう

○人の顔を覚えられない

○人の名前を覚えられない

 あと、ユング心理学で言うところのトリックスター的な動きをよくしてはります。
 どっかで「トリックスターって、要するにADHDの人のことだよね」みたいな話を読んだことがあるな・・・



なぜアーティストは生きづらいのか? 個性的すぎる才能の活かし方

 この本あたりにも、関連することが書いてあるかもしれない。
 読んでみようと思います。



 印象に残るシーンは利休が初めて招いてくれた時、えらい人たちの屋敷に行くことが苦痛だ、と泣き出すところ。本当に、自由奔放に動きたい人にとっては苦痛だろうな・・・

 なお、利休が切腹させられ、一条戻り橋で晒された時、手向けていた花はハルジオンに見えたのだけど・・・明治になってからアメリカから入ったのだけど・・・

 冒頭シーンから河原で亡くなった人に花と経を手向けるシーンから始まっています。京に都ができてから、本当にたくさんの人が河原でたくさん死んでいたことだろうと思います。人の命が軽く、安く見られていたのやろな。だからこそ、戦争ですごくたくさんの人が死んでも武将も気にもとめなかったろうし、兵もそういうものだ、と思っていたんだろうな。

 江戸時代が落ち着いたくらいから、だんだんと人の死が重くなっていったのか。
 でもまあ日露戦争の旅順攻撃とかではものすごく人命が消耗させられているけど・・・
 って、第二次世界大戦でもか。
 で、それは日本だけでなく世界的なものだったろう。

 今は?


posted by kingstone at 21:53| Comment(0) | TrackBack(0) | 本・記事・番組など | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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