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2016年03月13日

3月13日(日曜日) 奧山に、猫またと云ふものあり(徒然草)



 おはようございます。
 天気予報は曇り後雨。
 予想最高気温は13℃。
 そこそこ暖かいかな?





・ 第八十九段

 「奧山に、猫またと云ふものありて、人を食ふなる」と人のいひけるに、「山ならねども、これらにも、猫の經あがりて、猫またになりて、人とる事はあなるものを」といふものありけるを、なに阿彌陀佛とかや連歌しける法師の、行願寺の邊にありけるが、聞きて、「一人ありかむ身は心すべきことにこそ。」と思ひける頃しも、ある所にて、夜ふくるまで連歌して、たゞ一人かへりけるに、小川(おがは)の端にて、音に聞きし猫また、あやまたず足もとへふと寄り來て、やがて掻きつくまゝに、頚のほどを食はんとす。肝心もうせて、防がんとするに力もなく、足も立たず、小川へ転(ころ)び入りて、「助けよや、猫また、よやよや」と叫べば、家々より松どもともして、走り寄りて見れば、このわたりに見知れる僧なり。「こは如何(いか)に」とて、川の中より抱き起したれば、連歌の賭物とりて、扇小箱など懷に持ちたりけるも、水に入りぬ。希有にして助かりたるさまにて、這ふ這ふ家に入りにけり。

 飼ひける犬の、暗けれど主を知りて、飛びつきたりけるとぞ。


「猫又」という妖怪にとびつかれた、と思ったけど、実は自分のところで飼っている犬だった、という話だよね。

 しかし、夜遅く帰った、ってことは当時、ほとんどの所は真っ暗だったと思う。江戸時代なら提灯を持ってたかもしれないけど、鎌倉・室町の時代に持って歩けるような灯はあったのかな?



もずらいとさんからのコメントがつきました。

 平安時代は通い婚でしたから、貴族は夜も出歩いてました。ので、鎌倉時代でも夜に歩くということはありました。
 ろうそくは江戸時代でも高価でこの時代は移動の照明用具としてはまず使われません。ごま油などに芯をさした灯明を灯籠に入れて持ち歩くか松明となります。
 それ以前に今と明かりの感覚も夜目の能力も違っていたでしょうから、満月の夜なら現代人が考えるより明るかったのだと思います。


もずらいとさん、どうもです。

>ろうそくは江戸時代でも高価でこの時代は
>移動の照明用具としてはまず使われません。
>ごま油などに芯をさした灯明を灯籠に入れて
>持ち歩くか松明となります。

 やっぱり江戸時代でも高価だったんですね。
 鎌倉・室町ならおしてしるべしだし、
 松明はおおげさすぎるし・・・

 結局、照明なしで目が頼りだから、もののけも多かったのだろうな。


posted by kingstone at 04:17| Comment(1) | TrackBack(0) | よしなしごと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
 平安時代は通い婚でしたから、貴族は夜も出歩いてました。ので、鎌倉時代でも夜に歩くということはありました。
 ろうそくは江戸時代でも高価でこの時代は移動の照明用具としてはまず使われません。ごま油などに芯をさした灯明を灯籠に入れて持ち歩くか松明となります。
 それ以前に今と明かりの感覚も夜目の能力も違っていたでしょうから、満月の夜なら現代人が考えるより明るかったのだと思います。
 
Posted by もずらいと at 2016年03月13日 11:09
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