私の関わりのある法人
ksbutton.png omemebuttan.png sowerbuttan.png
※このブログに書いていることは、私の関わりある法人の意見ではなく、
 あくまでも、私個人の意見です。

2016年02月22日

ワイマル共和国 林健太郎著 第4章(ワイマル共和国成立・ヴェルサイユ条約・憲法)





1919.1.19 国民議会選挙 投票率82.7%(すごい!)
社会民主党 163
中央党 91
民主党 75
国家人民党 44
独立社会民主党 22
人民党 19

1919.2.6 ワイマルで議会招集(ベルリンが不穏だったから)
      社会民主党・中央党・進歩人民党による3党連立
      (1917年の「平和決議」からのつきあいやな)
      議席の8割近く(安定多数)
      大統領エーベルト(社会民主党)
      首相 シャイデマン(社会民主党)
      国防相ノスケ(社会民主党)
      内相 プロイス(民主党)
      無任所相エルツベルガー(中央党)

1919.6.22 ヴェルサイユ条約を議会で承認
      ワイマル共和国から派遣された代表団は
      話し合いに参加させてもらえなかった。
      シャイデマンは反対して辞任。
      民主党は反対して連立から外れる
1919.6.28 ヴェルサイユ宮殿で調印
      ドイツは30年間にわたって賠償支払い義務
      (この時点で全額は決まっていない。
       1921年に決まる予定)
      まずは200億マルクの船舶・石炭その他の物資を交付


 金マルクは2790マルクで1キログラムの純金と等価
 今日(2016年2月22日)の時点で金1gは約4800円。
 1kgだと、4800000円。(480万円)これを2790で割ると1720円ほど。
 200億×1720円=約34兆円!!!
 まあこの式、金マルクなのか、紙幣マルクなのかによっても違ってくるのかな?
 しかし34兆円払え、ってのだったら無茶苦茶なことはよくわかる。

問題点
  1.敗戦国が賠償金を払うのは当時の慣例
   ではあるが、戦争責任という道徳問題
   への還元
  2.連合国側の被った損害を全て賠償させ
   ようとした

イギリスからパリ会議の専門委員として参加していたケインズは1.について反対して委員を辞任し「平和条約の経済的結果」を書いた。
アメリカの政治家も経済条項に強く反対していた。
結局フランスのゴリ押しによってこうなった。
(隣国というのは仲が悪くなって合理的判断ができなくなるのだなあ・・・)

     
1919.8.11 ワイマル憲法調印・制定(プロイスが起草)

 これだけで、1919年の1月から8月までだ・・・

posted by kingstone at 22:20| Comment(0) | TrackBack(0) | 本・記事・番組など | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:

※ブログオーナーが承認したコメントのみ表示されます。

この記事へのトラックバック