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※このブログに書いていることは、私の関わりある法人の意見ではなく、
 あくまでも、私個人の意見です。

2015年11月23日

イスラム国の野望 高橋和夫著




 なんかめちゃわかりやすかったです。
 出版されたのは、2015年1月30日。
 2015年1月7日の「シャルリー・エブド襲撃事件」とその後の一連のテロ事件の後、もちろん今回のパリテロは起こっていないのですが、それが起きた理由もわかるような気がします。なお「シャルリー・エブド」の前身は「ハラキリ」という月刊誌だったそう。


イラク

1914 オスマン帝国第1次大戦で同盟国として参戦
1916 サイクス・ピコ協定(これ、ひどいなあ・・・)
1918 オスマン帝国降伏
    イラク地域はイギリス統治下となる

(1940年代 シリアではバース党ができた。
      バースとは「使命」という意味。
      アラブ統一運動。
      ただし、イラクのバース党とは仲が悪い。)

イラクの人口比
   北部クルド(20%)クルド人
   中部スンニ(20%)アラブ人
   南部シーア(60%)アラブ人

1921 イラク王国
1958 軍事クーデターでイラク共和国ができる
1968 サダム・フセイン 無血クーデターで実権を握る
1979 イラン革命が起こり、アメリカはイラクを支援
1980 イラン・イラク戦争
   イラクがイランに対して、またクルド人に対して化学兵器を使う
   クゥエートはイラクに戦争資金貸付
1990.8 イラクがクゥエート侵攻・制圧
    (戦争資金を返せ、と言われたことへの反発と、
     もともとクゥエートはイラクの一部、
     という意識もあった)
1999.1 湾岸戦争。
    多国籍軍(米軍が主力)がイラクを押し返した。
2001.9.11 アメリカ同時多発テロ
2003.3 イラクに大量破壊兵器があるとして米の攻撃開始
2003.5 イラクでの大規模戦闘終結宣言
     バース党(スンニ派)公職追放
     知識・技術をもった人材はバース党にしかいなかったが・・・
     スンニ派が100万人単位で失業
2005.12 イラクで(というよりメソポタミアで)初めてのシーア派政権
2006.4 マリキ政権
    米は撤退を検討していたが、内戦状態

2007.1 米デヴィッド・ペトレイアス将軍が現場復帰
  それまでのパウエル将軍によるパウエル・ドクトリン
  ヴェトナム戦争での経験に基づく
   ・大義の無い戦争はしない
   ・国民のコンセンサスを得てから介入
   ・一気呵成に攻撃
   ・終わったらすぐに撤退
  しかし、これはゲリラ戦を想定していなかった

ペトレイアスはゲリラ戦を重視
こんなマニュアルを作っていた

The U.S. Army/Marine Corps Counterinsurgency Field Manual

COUNTERINSURGENCY

   ・基本は敵を殺さない(殺すと家族が敵になる)
   ・あまり銃弾を撃たない(もったいないし、敵を増やすだけ)
   ・買収できる人間は買収する(雇用を作るという意味でも)
   ・通訳は自分の側に立たせる(互いに通訳を見て話すのでなく、互いに目を見交わせるように)

イラクでやったこと
   ・現地人みんなと会話する
   ・軍事車両での街のパトロールを控える
     それまでは戦車から見下ろしていた。
     車両から降りて歩け、と命じた。
     毎日同じ場所を歩き会話する
     一緒にお茶を飲む
     一緒にパンを食べる
     子どもを抱っこする
     自らデモンストレーションとして、
     ヘルメットをつけずに街を歩き回った
   ・基地を大きなものから小さなものに転換した
     兵士が民衆の中で居住するようにした。
     それで民衆も守れる。
     「アメリカ軍が24時間365日、民衆を守らない限り、
      民衆はゲリラが怖くて協力してくれない。
      一緒にいてくれると思うからこそ協力してくれるのだ」
  その他
   ・下水道、電気などインフラ整備
   ・ゴミ収集
   ・開店資金提供

  結果 アメリカ兵月別死者数
   2007.3 80名前後
   2007.6 120名以上(最初は増加した)
   2008.1 20名程度
     イラク人死者数も劇的に減った

  「イラクの息子たち」作戦
     スンニ派の人たちといってもアルカイダから
     戒律などごちゃごちゃ言われるのが嫌な人もいる。
     その人たちが月100ドルもらってゲリラに参加
     しているなら、200〜300ドル出してアメリカ軍が
     雇い治安維持にあたってもらう。その数約10万人。
     これでとても治安が良くなった

(これ、別に対ゲリラ戦だけじゃなく、もういろんなところに応用できる話じゃなかろうか)

2011 米軍イラクから撤退
   マリキ政権は「イラクの息子たち」を解雇
   解雇された人たちがイスラム国に合流
   結果イラク・シリアにまたがるイスラム過激派勢力ができあがる

   マリキは自分におもねる人だけを軍幹部に登用(無能かつ無責任)
   スンニ派地域でイラク中央政府軍の壊滅

2014.8 外圧に屈する形でマリキ退陣


シリア

1920年代 オスマン帝国が解体されフランスの委任統治領に
     フランスはアラウィー派を取り立てた
     (少数者に支配させるのは植民地経営の基本らしい・・・)

シリアの人口比
   スンニ派 70%
   アラウィー派 10%(支配層。バース党)
   シーア派やキリスト教徒 20%(支配層にくっついている)

1970〜2000 前アサド大統領(独裁)
2000 現アサド大統領(ロンドンで眼科医をしていた)
    秘密警察が強く、アサド大統領の悪口は絶対言えない。
2010 アラブの春。
    シリアに波及、軍隊で弾圧。

    アサド政権は相当残酷なことをしてるし、
    反アサド側も「勝ったらどうする?」という質問に
    「決まってるじゃないか。皆殺しにしてミンチ肉にして食うんだよ」
    とか言っている。つまり憎しみの応酬。

   アサド側の支援のために外国から入ってきているのは
     レバノンからヒズボラ(シーア派)
     イラクからシーア派軍事組織
     イランも背後から

   反アサド
     自由シリア軍
     イスラム系勢力
      ・イスラム国(スンニ派)
      ・ヌスラ戦線(アルカイダ系)

     アサドはまず自由シリア軍のみをたたき、
     それを弱らせるためにイスラム系はたたかなかった。
     するとイスラム勢力が強くなった。
     そして諸外国からイスラム国に馳せ参じる者が多くなった。


イスラム国

   バグダディ
     イスラム国指導者。
     もともとイラクでアメリカに反対する運動をしていた
     ムハンマドの後継者「カリフ」を名乗る
     黒ターバンはカリフを表す。
     ホメイニもハメネイも黒ターバン。
     ロウハニは白ターバン。

   カリフ  血筋の正当性がある。日本で言えば天皇?
   スルタン 正当性は無いが実力で権力を握る。
        日本で言えば征夷大将軍?
   しかし「血筋の正当性」と言ってももちろん日本の
   いろんな家系図と同じでええかげん。
   また著者は後で、家康は源氏につながるとでっちあげて
   征夷大将軍になれたけど、豊臣秀吉はつなぐことが
   できなかったので関白にしかなれなかった、
   という例を出してるが。

   イラクの元バース党員を利用して国家的機能を
   比較的短い間に整えた。

2013.4 「イラクとシャーム(シリア)のイスラム国」ISISと名乗り始める
     別称「イラクとレバント(東部地中海地方)のイスラム国」ISIL
2014.6 「イスラム国」ISと名乗り始める
    「国」としては「領土」と「国民」は掌握している。
     しかし「国際的承認」は無い。

   イスラム国はやることがあまりに過激でアルカイダから破門された
   しかしアルカイダは最近テロを成功させていないが、
   イスラム国はテロを成功させているので、イスラムの
   一部富裕層からの寄付金を多く集めている。
   ブランド化している。
   そういう意味では欧米から攻撃されればされるほど
   ブランド価値が上がる面がある。

   資金源
    ・税金
    ・奪った油田
    ・人質ビジネス
     英米は身代金を払わないので
     他国(独・仏etc.そしてたぶん日本も)を狙う
    ・寄付
    ・考古学遺産売却
    ・奪取した地域の銀行のお金

   ジハード
    (本来は「努力する」といった意味。
     しかし確かに故郷が侵略された時は頑張って
     戦いなさい、というのもあり、その意味で
     使われることが多くなった)
   原理主義と言うと
   「聖書をそのまま信じる」
   「コーランをそのまま信じる」
   とかいう意味になり、過激主義とは少し違うので、
   最近はイスラム原理主義と呼ばずにジハーディスト
   と呼ぶことが多くなった。


背景にあるのはヨーロッパの移民問題

 ジハーディストの大半はチュニジアやサウジアラビアなどの北アフリカ・中東出身ですが、ヨーロッパからもかなりの数が参加しています。その多くは、祖父や父たちがヨーロッパに移住したものの、社会に溶けこめなかった2世、3世たちです。
 欧米にもちやんとモスク(教会)はありますが、祖父や父親の世代にできたモスクだと、説教はアラビア語やウルドゥー語です。聞いてもさっぱりわかりませんから、おもしろくありません。
 まして、学校でも成績が悪い、あるいはイスラム系ということで就職先もないなどの差別も受けます。だったら祖父や父の国に帰ればいいのかもしれませんが、実際のところ、大人になってからイスラムの国に帰っても、うまく適応できません。
 そういう八方ふさがりの人たちが、イスラム国のような組織のウェブサイトを見ると、「君は戦わなくていいのか?」などと英語で記してあります。すると気持ちが焚きつけられ、ジハーディストになってしまうのです。若い世代のジハーディストヘの流人には、英語メディアの存在がかなり強く影響していると言えるでしょう。



 で戦争に参加すると、結局他の知識・技術は身に付かず、また高揚感が忘れられず、戦争が終わって地道に暮らそうと思っても、やっぱり戦争に参加するしかなくなる。これはジハーディストだけでなく、アメリカ軍兵士でも同じ。

1983 レバノン内戦でヒズボラが
   トラックによる自爆テロを初めてした。
   最初はイスラム教が自殺を禁じているので、
   「地獄に落ちる」と言われていた。
   しかしだんだん「自爆しても天国に入れる」から
   「自爆したからこそ天国に入れる」に変わってきている。


イスラム国と国際関係

  アサド政権を倒すのは困難。
   (ロシア・イランがついている。
    なお、ロシアとの関係は、ソ連時代、
    たくさんの留学生がソ連に行き、
    ロシア人花嫁がたくさんいる。
    だから自国民を守る、という大義もあり、
    ロシアの海軍基地もある)
  反アサド
    自由シリア軍
    ヨルダン・サウジアラビア・アメリカが支援。
    そしてイスラエルも支援。

  イラクはもう3つに分裂していると考えていい。
  クルドはバブル状態。ビルがどんどん建っている。
  しかし「独立」という言葉は使わないようにしている。
  イランとトルコから攻撃される危険があるから。
  イスラエルが強く支持している。(敵の敵は味方)

  トルコはもともとクルドを弾圧していたが、
  エルドアン大統領になって、クルド人の支持も
  とりつけている。
  トルコ辺境のクルド人にお金が流れる仕組みを作っている。
  (とこの本には書かれているが、最近クルド人が
   日本でデモしたりしたよなあ・・・)

 著者はクルドとも関係をつけておくべき、と書いてる。
 
 また本気で倒すなら、各国の大連合が必要、と書いてはるが、パリでの大規模テロがあった現時点でロシアも参加し、大連合ができてるんじゃないかな。ポーランド(ウクライナみたいになりたくないのでNATOとしての同盟強化)・デンマーク(クルド地域の石油開発に参加している)なども攻撃に参加し、またイスラム諸国もカリフを名乗る麦ディやイスラム国をよく思っていない。シリアのアサドも領空を飛ぶ米軍機を黙認している)


 しかし・・・移民問題のところを見ても、今の日本みたいに、「入ってくる人数は少なめ」にしておいて、入ってきはったら、うまく地元社会に適応できるように支援する、というの、大事だよなあ、ヘイトスピーチをして排除する方向は最悪の結果を産むんじゃないかな、と思った。

posted by kingstone at 23:10| Comment(0) | TrackBack(0) | 本・記事・番組など | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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