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2015年08月23日

スペイン古代史


すがおのスペイン文化史
野々山真輝帆著(東洋書店)



を読んでたんですが、「古代史」のところで図書館に
返さなくちゃならなくなった・・・^^;


壁画で有名なアルタミラ
   ゲルニカの少し西、どちらもビスケー湾の海沿い
   1万5先年前の旧石器時代
   ってかゲルニカはフランス国境に近い(50kmくらい)

古代スペインの宗教
   満月の夜、月や星に祈りを捧げながら全家族で踊る
   ギリシアの影響で女神アルテミスを崇める

クラン(氏族)とクリエンテラ(恩顧)
   個人はクランを離れては保護を受けられない。
   しかし敵対的でないよそ者はオスピシオ(養護施設。
   ひょっとしてホスピタルの語源か?)で保護する
   場合もあり。客人として受け入れたよそ者に
   自分たちと同じ権利を与え、友好関係を保証する。
   クリエンテラは、パトロンがよそ者を保護する代
   わりに忠誠を求める。この関係が恩顧。
   なんか鎌倉時代の武士の倫理みたい。
   で、多くの人がグループを捨て有能な首領につき従った。


 ローマ人がイベリアを支配するようになった頃のローマ人の観察では、イベリア・ケルトは様々な面で野蛮と記述されている。遺産が母子相続なのも。(男はその子の親かどうかはわからないし、母方が遺産を相続していく)

BC227〜218 カルタゴの支配
BC219〜201 第2次ポエニ戦争
       (ハンニバルがイベリアの諸部族をまとめ
        象も連れてアルプス越え。
        しかしカルタゴ本国が日和見をしたため
        補給ができずハンニバルは敗れる)

BC133 ローマ軍のイベリア半島侵略はだいたい完了した
BC19  残っていたカンタブリアとアストゥリアスを、
    ユリウス・カエサルが制圧。(ポルトガルの近所)

BC2世紀からAD5世紀までの約700年間、ローマの支配が続いた。この時代は比較的平和で、農耕を勧め、トラブルは法廷で解決し、武器を持たずに外を歩けたとか。

409 ゲルマン民族の大移動の第1波がやって来る。

 結局まあ西から来た蛮族に支配され、ローマの統治は終わるわけだけど、その理由はやっぱり「パンとサーカス」で柔弱になったため、とのこと。当時は、強い者がやってきて簒奪するのは当たり前の時代だったんだろうな。現代だとどうだろう・・・確かに日本人は柔弱になってるとは思うけど、だから問題なのか?それとも組織や武器で戦えば「芯」の部分は柔弱でもOKか?

う〜〜ん、ここまで、第1章までで図書館に返さなきゃなんないな。

posted by kingstone at 14:16| Comment(0) | TrackBack(0) | 本・記事・番組など | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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