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2015年04月11日

サルバルサン戦記 岩田健太郎著



 岩田健太郎著

 先日、もやしもんの著者石川雅之さんと「絵でわかる感染症」を出されたお医者様、岩田健太郎さんがサルバルサンを開発した秦佐八郎について書いた本。

 最近、岩田さん、めっちゃ多作やなあ・・・

 この本、何て言ったらいいんだろう・・・評伝とか伝記とかとは言いがたく、中で秦と野口英世(この2人は伝染病研究所で同僚だったので可能性は十分ある)と石川啄木と南方熊楠がお酒を飲みながら鼎談をするシーンなんかもあったりする、めっちゃフリーダムな内容です(笑)。

ちょっと生没年を調べると

秦佐八郎(1873 - 1938[明治6 - 昭和13])
野口英世(1876 - 1928[明治9 - 昭和3])
石川啄木(1886 - 1912[明治19 - 明治45])
南方熊楠(1867 - 1941[慶応3 - 昭和16])

伝染病研究所在籍は
秦佐八郎 1898-1914(辞職は伝染病研究所移管のためのゴタゴタで北里柴三郎とともにやめる)
野口英世 1898-1899(なんかいろんなところに行ってはるからよくわからんが・・・)

だからふ〜〜む、1899としても

秦 26歳
野口 23歳
石川 13歳
南方 32歳

か。また、登場人物が未来のことを語っていたり、それこそ「JIN-仁-」の世界ですね。

 なお私は和歌山県の田辺に旅行していたおりに、南方熊楠顕彰館に行ったけれど、入れなかったことがあります。

紀伊田辺散策 月曜なので大失敗編

 あと、私は名前を存じ上げませんでしたがサッカー指導者として有名な森孝慈って人も出てきます。

秦は1909年にサルバルサンの薬効(薬として細菌(スピロヘータ)は殺すけれど、人間への害は少ない)を実験で確かめます。これが化学的に作られた物質で病原菌に薬効(人に害が少ない形で)を表すものとしては初だったとか。

サルファ剤、忘れられた奇跡 トーマス・ヘイガー著

で描かれたドーマクによるサルファ剤の発見が1932年ですから、その23年前ですね。

なお生物由来であるなら、フレミングによるペニシリン発見は1928年です。これの19年前でもある。

 また森林太郎(森鴎外・陸軍)と高木兼寛(海軍)による、脚気細菌説と脚気食物説との確執についても詳しく書かれています。

posted by kingstone at 21:59| Comment(0) | TrackBack(0) | 本・記事・番組など | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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