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2015年02月20日

今この子をほめるために私に何ができるか、を考える

 ある人から聞いた言葉。(決して私のオリジナルではありません)

   追記 これを言ったのは、 @hit1678 さんです。


「今この子をほめるために私に何ができるか、を考える」


 これはいい。


 で、確かに、そう言われてみれば、私も、そう考えてやってること多いわ。



 なんかね。「褒めて育てる」とか「いや叱らなきゃ」とかいう論争というか、何というか、なんか変、と思ってたんだよね。「ふへっ?育てるために褒めるのかよ。単にその子がすげえからこちらが褒めたくなる、ってことでいいじゃん。で、それはこちらにとって都合のいいことと限ったわけではないよな」とかね。


 なんか「褒めて育てる」にしても、「いや叱らなきゃ」にしても、「今この子」そのままではいけないような感じがするんだよね。でも「今この子をほめるために、私に何ができるかを考える」だと、その子はその子のままで、で、その子のすげえなあという点を見つけて褒める、見つけられるように環境を整えたりする、って感じがするなあ。


 で、もっといや、その子がやった行動そのものが、その子を褒めてくれるのがいちばんいい。

 あるいは「物」がほめてくれるとか。


 浅原さんがよく言ってるのは(ひょっとしたら、モンテッソーリの言った言葉なのかもしれない)

「物が教えてくれる」


 で、物や行動が褒めてくれる例として、比較的簡単なのが「自立課題学習を完成させた喜び」とか。人が介在しないやつね。(実は人が環境を整えてるんだけど)

posted by kingstone at 19:56| Comment(0) | TrackBack(0) | 特別支援教育や関わり方など | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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