私の関わりのある法人
ksbutton.png omemebuttan.png sowerbuttan.png
※このブログに書いていることは、私の関わりある法人の意見ではなく、
 あくまでも、私個人の意見です。

2014年12月29日

12月29日(月曜日) 長らへばまたこのごろやしのばれむ 憂しと見し世ぞ今は恋しき(藤原清輔朝臣)

 おはようございます。

 雨上がり。
 でも、今にも降ってきそう。
 今日は窓拭きの予定なのですが・・・やだなあ。


長らへばまたこのごろやしのばれむ 憂しと見し世ぞ今は恋しき

 これは調べなくても解釈できそうなんだけど・・・

解釈
「長く生きてくると、また最近、いいなあと思うことがある。うっとうしいなあと思っていた世の中も、今は、恋しいと思え出した」

 ちがうかなあ・・・「しのぶ」は「自分の心をかくす」の方かな?
 う〜〜ん、どっちだ?


藤原 清輔(ふじわら の きよすけ、1104年)- 1177年)
   平安時代末期の公家・歌人。
   藤原北家魚名流、左京大夫・藤原顕輔の次男。
   官位は正四位下・太皇太后宮大進。初名は隆長。六条を号す。


もずらいとさんのコメント

長らへばまたこのごろやしのばれむ 憂しと見し世ぞ今は恋しき

>解釈
>「長く生きてくると、また最近、いいなあと思うことがある。うっとうしいなあと思っていた世の中も、今は、恋しいと思え出した」

 合っているような合っていないような

長らへば → 今でもあわやの時に救われて「命を長らう」なんていいますが,これは今の時点から将来に向かって「長く生きる」であって,「今まで長く生きてきた」という意味ではありません。「ながらふ」の未然形+順接推定の「ば」
なので「これからも長生きするのだとしたら」となります。

またこのごろやしのばれむ →「また」は「再び」の意味です。「このごろ」は「今」,疑問の係助詞「や」に「しのば」+受け身の助動詞「る」の未然形「れ」+推量の助動詞「む」の連体形で係り結びになっています。

憂しと見し世ぞ → 「憂しと見」+回想の助動詞「き」の連体形で過去を示します。ですので「世」は「昔」の意味です。
 
今は恋しき → 形容詞「恋し」の連体形で「ぞ」と係り結びになっています。

 ということで「これからも長生きするのだとしたら,再び今を懐かしむのだろうなぁ,あんなにつらいと思った昔だって今では恋しいと思うことがあるのだから」といった意味になります。

 藤原清輔は六条家という和歌の名門の出ですが,父の顕輔と仲が悪く,父が選者だった「詞花集」には一首も採用されなく,二条天皇の名を受けてリベンジと意気込んだ「続詞花集」は完成寸前で天皇が崩御し,勅撰集にならなかったという辛目の人生を送っていました。

 この歌は三条大納言藤原実行が中将からなかなか上に上がれない時期に「まぁ,そういうときもあるさ」と慰めた歌だそうですが,自分の人生も大きく反映しているようです。



もずらいとさん、どうもです。

>これは今の時点から将来に向かって「長く生きる」であって,
>「今まで長く生きてきた」という意味ではありません

あっ、これ前にも教えて頂いたとこだなあ・・・
ながからむ心も知らず黒髪の 乱れてけさはものをこそ思へ

こんなもんですねえ。
スタッフさんに「自閉症スペクトラムの方の第一言語は見えるもの」と何度教えてあげても、すぐに自分の常識である「音声言語でやりとり」をしてしまう、っての、まあ当たり前なんだ、というのがよくわかります。教えてもらってもすぐには身につかないわけですね。

>これからも長生きするのだとしたら,再び今を懐かしむのだろうなぁ,
>あんなにつらいと思った昔だって今では恋しいと思うことがあるのだから

そうか・・・今がいい、と言ってるのではなく、昔を恋しいと思うだろうな、なんですね。全然意味が違いますね・・・
やはり私のポジティブシンキングバイアスがかかってるな。

>自分の人生も大きく反映しているようです。

なかなかいい歌じゃん、と思え出しました。


posted by kingstone at 09:14| Comment(1) | TrackBack(0) | よしなしごと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
長らへばまたこのごろやしのばれむ 憂しと見し世ぞ今は恋しき

>解釈
>「長く生きてくると、また最近、いいなあと思うことがある。うっとうしいなあと思っていた世の中も、今は、恋しいと思え出した」

 合っているような合っていないような

長らへば → 今でもあわやの時に救われて「命を長らう」なんていいますが,これは今の時点から将来に向かって「長く生きる」であって,「今まで長く生きてきた」という意味ではありません。「ながらふ」の未然形+順接推定の「ば」
なので「これからも長生きするのだとしたら」となります。

またこのごろやしのばれむ →「また」は「再び」の意味です。「このごろ」は「今」,疑問の係助詞「や」に「しのば」+受け身の助動詞「る」の未然形「れ」+推量の助動詞「む」の連体形で係り結びになっています。

憂しと見し世ぞ → 「憂しと見」+回想の助動詞「き」の連体形で過去を示します。ですので「世」は「昔」の意味です。
 
今は恋しき → 形容詞「恋し」の連体形で「ぞ」と係り結びになっています。

 ということで「これからも長生きするのだとしたら,再び今を懐かしむのだろうなぁ,あんなにつらいと思った昔だって今では恋しいと思うことがあるのだから」といった意味になります。

 藤原清輔は六条家という和歌の名門の出ですが,父の顕輔と仲が悪く,父が選者だった「詞花集」には一首も採用されなく,二条天皇の名を受けてリベンジと意気込んだ「続詞花集」は完成寸前で天皇が崩御し,勅撰集にならなかったという辛目の人生を送っていました。

 この歌は三条大納言藤原実行が中将からなかなか上に上がれない時期に「まぁ,そういうときもあるさ」と慰めた歌だそうですが,自分の人生も大きく反映しているようです。
Posted by at 2014年12月29日 11:23
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:

※ブログオーナーが承認したコメントのみ表示されます。

この記事へのトラックバック