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 あくまでも、私個人の意見です。

2014年05月25日

ラグビーに例えると2

 1999年のどこかで、私は

「ラグビーに例えると」

 というエントリを書きました。
 このイメージはずっと持ち続けています。
 まあウツでネタキリになった頃2005年から3~4年は、また「孤立」のイメージではありましたが・・・

 しかし、そうなるとボールは何になるんだろう?自陣のゴールラインは何になるんだろう?敵陣のゴールラインは何になるんだろう?と考え続けていました。

 ボールはお子さんや当事者さんではない。なんかお子さんや当事者さんだと、持って前に運ばれたり、パスされたり、全然自分で動くイメージが無いもんね。それは違う。

 で、たぶんお子さんや当事者さんが、うまくいかなくなってる、トラブルを起こしている「状況」みたいなもんがボールなんだろうな。で、それが目の前に転がって来たら、取りあえずセービングして確保するか、地面から拾い上げて、とにかく前に進み始める。それが大事なんだろうな。これはぼーーっと見てるわけにはいかない。環境調整(人を含む)であったり、連絡・連携であったり、とにかく前に進みはじめなければ。

 自陣のゴールラインってのは「破滅的なトラブル」みたいなことかな。
 で、ラグビーなどのスポーツやゲームなどはそこでいったんそこで終わるというか止まるけど、人生というやつはさらに悪いことがどんどん起こったりする。(以前、ボクシングと人生で例えてた時、ボクシングならテンカウントで殴るのをやめてくれる(レフェリーが止める)けれど、人生だとその後も殴られ続ける、みたいな・・・)

 敵陣のゴールラインは、「そこそこ楽しく暮らせる」みたいなもんか。

 味方は、一緒に「そこそこ楽しく暮らせる」の方向に状況を持って行ってくれる(環境調整も含む)のに協力してくれる人たち。この中にはお子さんや当事者さんも含まれるだろう。

 じゃあ、敵は?
 まあ例えば「この子(人)は言えばわかるんです」と言って、環境調整をしてくれない人とか。
 「私はこの子の能力が高いことを理解している」と考えている優しい人が多いのでやっかいだけど・・・で、音声での説教を延々と続けたりね・・・
 あるいは「指導」と称して「威嚇と暴力」を使う場合だってあるわな。
 で、そちらの陣営に親御さんがいる場合もある・・・(それまでであった専門家は何しててん!・・・あっ、そやけどその専門家さん自身がそういう人である場合もあるわな)

 で、もちろんオセロみたいなもんで、「敵」であった人が「味方」になる場合もあるわけで。
 

 でもね、相談支援事業でも、あるいは1事業所での実践でも、状況を抱えたら、とりあえずは前に走り出す(あるいは相手を押す)ことが必要で、後ろに下がりながらパスを味方に出しても、味方も困るんだよね。ほんと「自分一人でも前へ」というのがあって、初めてパスも生きてくる。

 私の場合は、現在の職場「ソワサポート」でも「とりあえず前に走り出す」というのをよくやっていて、で、それが「前例が無い」であったり「それにぴったりはまる制度が無い」であったりするので、周囲の人はすごく困るのだけど、今はそういう事態になった時、かなり後方であっても、めちゃ集団でフォローして下さっている。必要な制度や理屈をひねり出してくれたりね。(私はそこを考える前に動くから)

 すごくありがたいことだと思います。

気分は敵地に一人でパラシュート降下
   ↑
敵ではないようだ、と書いてて、ほんとに「敵」では無かったのですが、私は若いもんを怒鳴りつけたりはしてました。こっちにその頃のことは書いてます。

怒りとか能力とか 特別支援学校で



posted by kingstone at 10:04| Comment(0) | TrackBack(0) | 特別支援教育や関わり方など | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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