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※このブログに書いていることは、私の関わりある法人の意見ではなく、
 あくまでも、私個人の意見です。

2013年12月03日

専門家はウソをつく 勝間和代著



 題名はまあなんちゅうかキャッチーなタイトルをねらってはるけど(本書の中にも編集者が「・なるべく易しく・なるべく過激に」書いて欲しいという願いを持っている、というのが書かれてますが、このタイトルなんかまさにそれでしょう(笑))、書いてあることはまっとうだとは思います。

 ただし、医療分野のトンデモについて書かれた部分では、ご自分がトンデモに陥るか陥らないかのあやうい言説をされてるとは思いますが。

 勝間さんが博士論文を書こうとした時、のエピソードにからんで

「博士号」を持っていることと、経済の諸問題の問題解決ができることとは、関係があるのでしょうか?

 残念ながら、ありません。なぜなら、博士号を取るために必要なことは、

 特定の、ものすごく細かい分野について、博士論文を1本から数本書き上げること

 であって、それか世の中の問題解決と結びついているかどうかは、なーーーんにも関係ないからです。
 私は『日経マネー』というマネー誌の個人投資家調査の設計や調査分析を担当してもう5年になりますが、このデータを使って博士論文を書こうと考え、指導教授に相談したことがありました。
 そのときの、指導教授の答えには驚いてしまいました。
「そんな、ファイナンス理論通りの結果しか出ていない調査は、論文にする価値かないよ」と一蹴されたからです。
 この『日経マネー』の調査は、実は、ファイナンスの理論通りのことをやっている人が勝っていて、そうでない人は負けているという結果かきれいに出ています。それ以外にも、ほとんどすべての項目か、これまでの理論と整合性がとれた結果でした。
 私はある意味、実務家ですから、こういうものを掘り下げることに価値があると思うのですが、実は、専門家というのは

 "自分だけの"専門分野

 を持つことが尊く、それ以外はあまり価値がないと考えがちなのです。
 アカデミックな世界では、そうしないと評価されないのでしかたかないことなめですが、これか起きれば起きるほど、すべてとは言いませんが、多くのアカデミズムの専門家たちは、専門論文を競うための

 視野狭窄

 に陥りがちになります。


 と書かれています。これ、特別支援教育の分野でもだし、またもひとつ言えば、教える側も教えられる側も勉強熱心な人たちは「新規性」ばかり追い求め、地に着いた実践をやろうとしない結果になっていないかな。いわば、いい実践を集め、ほり下げる、みたいなことをしてくれていないというか・・・


 それから教育・コーチングの分野では、(ここ、勝間和代さんのゴルフに関するスキルアップについて書かれてて、つまり「仕事」というより「趣味」の分野ってことが、ちょっと私の興味関心とは違う部分もあるのだけど)スキル伝達の困難さの理由として

理由1.相手がこちらに教えてくれようとしている内容に、
    万人に適用できるような、汎用性があるかどうか
    がわからない。
理由2.教えてくれる理由に汎用性があるとしても、その
    内容の多くは非言語的な感覚であり、これを言語
    化するスキルのある人はまれである。
理由3.内容が汎用的であり、かつ、言語化できるスキル
    があるとしても、個人への教育はあまりお金にな
    らないため、よほどうまくやっている人でないと、
    経済的に続けにくい。


をあげてはります。
 まあ、非常によくわかる。しかし特別支援教育分野では、仕事だし、実際に困ってる人がたくさんいるのだから、そんなこと言ってられない部分もあるなあ・・・
 そして解決法として

解決法1.一貫した方法論やコーチング論を構築し、その方法論を使って複数の人た
     ちに明確な実績を上げながら、PDCAサイクルを回して、よりよいもの
     にしていく仕組みがあること
解決法2.方法論か、書籍やDVDなど、ある程度、「市場性ある市販物」というレ
     ベルにまで、言語化や視覚化が可能であること
解決法3.教えられる側に対し会員課金をしたり、ウェプなどの最新技術を活用した
     りして経営を安定化させており、長期継続的に設備投資や社員雇用を行え
     るだけの規模の利益があること


 今、私自身は、1はソワサポートでなんとかさせてもらおうとしてるけど、2.3.は、私自身には無い・・・
 あっ、DVDは1枚出したんだ。→「kingstoneが語る 自閉症スペクトラムとおめめどうグッズ」

 でも、なかなかなあ・・・

 このエントリも関係してくるかな・・・

「講師謝金について 厚労省。「平成22年発達障害者支援実地研修事業」から考える」
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posted by kingstone at 23:00| Comment(2) | TrackBack(0) | 本・記事・番組など | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
> そのときの、指導教授の答えには驚いてしまいました。
>「そんな、ファイナンス理論通りの結果しか出ていない調査は、論文にする価値かないよ」と一蹴されたからです。
> この『日経マネー』の調査は、実は、ファイナンスの理論通りのことをやっている人が勝っていて、そうでない人は負けているという結果かきれいに出ています。それ以外にも、ほとんどすべての項目か、これまでの理論と整合性がとれた結果でした。

 これは勝間和代さんの認識の方が違っています。このデータは「ファイナンスの理論は正しい」を示すものに過ぎず、勝間さんのオリジナルな解釈が生まれる余地がありません。TEACCH理論に従って視覚支援や構造化をしたら、そうでない場合より自閉症児に違いが生まれたというしょうれいデータをたくさん得ても、それはTEACCHの理論が正しいという話で、その実践者の地検ではないわけです。勝間さんの例だと、別に外国でも学位論文にはならないと思います。

> 私はある意味、実務家ですから、こういうものを掘り下げることに価値があると思うのですが、実は、専門家というのは

> "自分だけの"専門分野

> を持つことが尊く、それ以外はあまり価値がないと考えがちなのです。

 これも博士の学位取得で言えば間違っています。博士号というのは「自分だけで研究することができる人」の証明書で「オリジナルの解釈や理論を作る」ことが重要なのです。実務家であってもそういう発想があるのなら博士号はとれるでしょう。
Posted by もずらいと at 2013年12月04日 05:26
もずらいとさん、どうもです。

>TEACCH理論に従って視覚支援や構造化をしたら、そうでない場合より自閉症児に違いが生まれたという症例データ

これはデータそのものが取れないんじゃないかな・・・
対照群が取れないだろうし・・・
もちろんABAB実験計画なんてえのもあるけど。
またTEACCH理論なんてものは無い、ってのも大きいし(これは異論のある方は多いかも。でも「理論」って何なんだろ・・・)
ただ、視覚支援をやってる学校と、やってない学校の、教師の「楽さ」の疫学的研究とかは誰かやってくれてもいいんじゃないかなあ、とは思いますが。

あと、実践家よりに考えれば、「オリジナル」「新しい知見」であることより、「人まね」「古い知見」であっても「目の前のお子さんや大人の方が楽に落ち着いてすごせる」ってのがより大事になると思います。でもって、実は「新しいことを追いかけている」ところより、「古い」ことやってるところのほうが「楽に落ち着いて」過ごせてるよ、となれば、それは実は「新しい知見」になるかもしんないんだけどね。
Posted by kingstone at 2013年12月04日 09:42
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