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 あくまでも、私個人の意見です。

2013年10月16日

荻上チキ(ちきりんではない)の言葉 「40歳以上はもういらない」より



「40歳以上はもういらない」は田原総一朗さんの対談集。
まあ刺激的な題ですが、別に題名通りではなくて、若い人たちと対談しただけの話。

第1章「ブルドーザー主義」はもう古い 荻上チキさんとの対談。

荻上 60年代の学生運動が盛んなころは、大学進学率が一割前後
   しかなかった。公害や貧困などの、近代社会の矛盾として
   の社会的課題があるなかで、大学に進学したインテリ特有
   のうしろめたさを感じていた者たちがいた。彼らは多くの
   学生を動員し、「反省する」ことによって、社会を変えて
   いこうと叫んだ。少なくとも、名目上は。まあ、結果はみ
   てのとおりですが。
   しかし、僕の周囲のアントレプレナーたちは、社会問題へ
   の共感を訴えて一気に解決を図るという方法を信用してい
   ない。「社会が共感してくれること」に対し、そもそも虚
   偽意識を前提としてもっていて、その上で「効果的な方法
   論」を追求しているように思えます。リソースは少ないか
   もしれないが、アイデアを基に適切な仕方でレバレッジを
   利かせ、大岩を動かそう、というような。


 60年代だけでなく、70年代でも「反省すること」つまり「自己否定」とか流行ってたよな。私も例外ではなかったような気がする。

 でも、そりゃしんどいし、なんで得したらあかんねん、なんで儲けたらあかんねん、なんで楽したらあかんねん、というのはずーーっとあって、いやあ、別に得してええやん、儲けてええやん、楽したらええやん、に、私はなるわけだけど。でもって「正義」とかで語るのは嫌になったわけだけど。

 で、なんやかんや言いつつも「効果的な方法論」「みんなが得になる方法」「みんなが楽になる方法」を追求してるつもりはある。

 でもって「私は、私のためにやっている」と強く思っている。
posted by kingstone at 22:58| Comment(0) | TrackBack(0) | 本・記事・番組など | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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