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2013年07月04日

7月4日(木曜日) 今日も事なし凩に酒量るのみ(山頭火)

 おはようございます。

 雨が降っています。2日連続です。


ー「種田山頭火と尾崎放哉」徳間書店よりー

今日も事なし凩(こがらし)に酒量るのみ
山頭火 1914年(大正3年)

1882年(明治15年)種田山頭火は、山口県佐波郡西佐波令村に生まれる。本名正一。
          父、竹治郎。母フサ。
          竹治郎は広大な敷地を持つ大地主。
1892年(明治25年)10歳。母フサが井戸に身を投げて死ぬ。父竹治郎の浮気
         (だけじゃなく家業も顧みなかった感じもある)が原因。
1902年(明治35年)20歳。私立東京専門学校高等予科卒業。
1904年(明治37年)22歳。早稲田大学を神経衰弱症のため退学。
          7月。療養のため帰郷。
1906年(明治39年)24歳。父・竹治郎が家業に失敗、転居。
          山野酒造場を買い受け、種田正一名義で父と共に酒造業を始める。
1909年(明治42年)27歳。佐藤サキノと結婚。
1910年(明治43年)28歳。長男、健が生まれる。
1911年(明治44年)29歳。
1913 年(大正2年)31歳。荻原井泉水に師事して「層雲」に出句。
         大道村で文芸雑誌「郷土」を創刊する。

 とまあ、このような頃ですね。
 しかし、昔の知識人とか「神経衰弱」って多いですね。今のウツになるのかな?
 また1904年の日露戦争の時、早稲田を退学していますが、徴兵は無かったのだろうか?
 1914年の第一次大戦は32歳だから、ある程度年齢がいってるから兵隊に取られないのかな?

 地方文化人として活動しつつ、仕事に対しては鬱屈があったのだろうか?
 「酒量るのみ」っていいじゃん、と思ってしまうが・・・



posted by kingstone at 05:38| Comment(2) | TrackBack(0) | よしなしごと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
>昔の知識人とか「神経衰弱」って多いですね。今のウツになるのかな?

 鬱より重症でしょう。夏目漱石もそうでした。子ども達からは「突然怒鳴りまくる怖い父」だったようです。

>早稲田を退学していますが、徴兵は無かったのだろうか?

 本名を見ると長男のようですので、徴兵されても戦地には行かなかったでしょう。

>1914年の第一次大戦は32歳だから、ある程度年齢がいってるから兵隊に取られないのかな?

 大正時代の30代と言えば、今の40代後半であり、普通のピラミッド分布でしたから兵隊にとられることはなかったでしょう。
Posted by もずらいと at 2013年07月04日 21:48
もずらいとさん、どうもです。

>夏目漱石もそうでした

そうでしたか。
とにかく明治時代の人ではよく聞きますね。

>長男のようですので、徴兵されても戦地には行かなかったでしょう

げげげげっ。
長男だったら入営しなくていい、みたいなことがあったんですね・・・

>大正時代の30代と言えば、今の40代後半であり

そのくらいの感じになるんでしょうね。
しかし・・・太平洋戦争の時はそのあたりも根こそぎ戦場に赴きはったんでしょうねえ・・・
Posted by kingstone at 2013年07月04日 22:44
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