※このブログに書いていることは、私の関わりある法人の意見ではなく、
 あくまでも、私個人の意見です。

2013年06月04日

世界は貧困を食いものにしている ヒュー・シンクレア著



 2012年に原著が出版され、日本語訳のこの本は2013年3月30日出版。

 先日、「マイクロファイナンス 菅正弘著 中公新書 」を読んだ。これは2009年9月25日発行。時期的にも「世界は貧困を食いものにしている」より早いのでより「意気軒昂」な時代に書かれた、という見方もできるだろう。また「もと大蔵官僚でよく勉強した方」が書いた、という言い方もできるだろう。

 で、もちろんそういう方の「まとめられた業績」はあっていいし、しかし「現場を知らない人」のまとめであるのかな、というのは「世界は貧困を食いものにしている」を読んでみるとよくわかる。

 もうこれは「特別支援教育において大学教授が現場でやられていることを何も知らずに役に立たない講演とかしていた」という話にもつながるなあ、と思って読んでいた。(注・菅正弘さんの著書は全体像をつかむのにいいと思ったよ。別にそれはそれで悪くない)

 まあもちろんシンクレア氏の体験したことが「全て」ではないだろうし、また著書の中でも「とんでもないMFI」がほとんどであるにしても、「きちんとしたMFI」もあることも少しだけ触れられている。

 著者はもともとトロントとロンドンで何年も投資銀行で働いていた。バークレーズ銀行勤務中に銀行の支援を受けてファイナンスの修士号を取得。当時はデリバティブ取引担当。(現在批判されることの多い商品)次にINGベアリングスの企業金融部門。これは奨学金を返すため。2年後(返し追えたからか?)MBAを取得するためにバルセロナで勉強。卒業時にエンロンに就職が決まるが、アラスカの北岸からアルゼンチンの南端までギネス記録でバイクを走らせる計画を立て、ホンダの支援も受け、記録達成。しかしエンロンは破綻・・・2001年12月やな。

 ということでだいたいの人物像が浮かび上がってくるかな?

 で、職探しをしている時に、クェーカー教徒の運営するストリートクレッドというNGOを知る。東ロンドンのバングラデシュ人女性にお金を貸している。借りての笑顔で「これはいいんじゃないか」と直感して、採用に応募してみるが、ベンガル語ができなかったので不採用。

 次ぎにメキシコのサン・クリストバル・デ・ラス・カサスのグラミン・トラスト・チアバス(GTC)にまず3か月のボランティアとして採用。ここはグラミン銀行からのあいまいな「サポート」と種資本を受けて始まったところ。で行ってみて(2002年9月11日。9.11の丁度1年後)わかったのは

・CEOは貧困層に興味なし
・経営チームの大部分はCEOの友達
・IT化はされておらず指示はすべてポストイット(あるいはものすごい非効率)

 で、この3点はこの後、著者が関わったMFIのほとんどがそうだったみたい。

 IDB(米州開発銀行)の人がGTCに融資するかどうかで訪問して来た時にホワイトボードに書いた現状のGTCの使命。

 チアパス高原地方の女性が自営業によって貧困から抜け出すのを助けるために、彼女たちの文化と人間としてのありようを尊重しなから、マイクロファイナンスと技術的支援を提供すること、
 貧困緩和と地域全体の発展を主目的とする、自立したマイクロファイナンス機関になること。


 しかしIDBの人は「一般の銀行」になることを勧める。著者は

「私の理解が正しいなら、私たちのもともとの使命から、『マイクロ』『貧しい』『高原地方』『女性』という言葉を除外することを提案しているわけですね。これは機関の目的そのものからいくぶん逸脱していると思いませんか?」

と突っ込んだが「一般の銀行」になるようすすめていくことに決定。

 著者はこの後、GTCをすぐ辞め、コンセルバというMFIで働く。ここはわりときっちりしたMFI。

 で、実際に感動的な起業家グループに会う。

 ラス・ムヘレス・デ・シナカンタン(シナカンタン村の女性たち)呼ばれる数人の機織りが始めたグループで、先頭に立ったのはドーニャ・トマサだ。彼女は50歳前後で、未婚か夫を亡くしたかどちらかだ(私にはどちらかわからずじまいだった)。シナカンタンは先住民の男性優位社会で、ほとんどの人が早く結婚するので、おそらく18歳より上の独身女性はめったにいない。離婚はほとんど例がなく、女性の権利はメキシコのほかの地域よりもさらに遅れている。このグループはもともとGTCからの融資で生まれ、3〜4人の女性がすばらしい独創的なテーブルクロスや壁掛けや高品質の衣服をつくって、そこそこの利益を出していた。
 それから数年のあいだに、ほかの女性たちがグループに加わった。結婚しないことを選んだ人もいれば、家庭内暴力を経験した人や離婚を望んだ人もいるようだが、このグループができるまで、そういう女性たちを守るものはほとんどなかった。そのためラス・ムヘレス・デ・シナカンタンは、次第に村内の男性優位の現状に対抗するようになったーーそしていま、女性は選ぶことができる。女性が男性から自立して慟いて生きるのは、実際問題として以前は難しかったが、いまではできる。彼女たちの事業は経済的に存続可能で、成長していき、社会に対するプラスの影響は直接かかわった女性たちを超えて広がる。このことに私は心から感動した。女性の地位向上という観点から見たマイクロファイナンスの影響力はしばしば主張されているが、これはそのすばらしい実例だった。
 ジェシカ(当時私のガールフレンドで現在の妻)と私は、チアパスを離れる直前に、壁掛けを買いにグループを訪れた。ローンについて訊いてみると、グループはどのMFIからもお金を借りるのをやめたと知らされた。なぜかと訊くと、事業はとてもうまくいっているので、融資を受ける必要がないのだと言われた。これはMFIにとって究極の成功のしるしだ?顧客が自立したとき、彼らを引きとめるのではなく手放すのだ。鳥は巣立っていく。MFIが誇るべきなのは顧客が増え続けることではなく、顧客が貧しくなくなって顧客でなくなることではないだろうか?


 これ、よくわかるわあ。
 昔、アメリカでカウンセラーが自閉症児を持つ親御さんのカウンセリングをしていて、親同士のグループセラピー(エンカウンターグループ的なこと)をしたらどうか、と思いつき、やってみた。そしたらそれがだんだん発展していって親の会になり、カウンセラーは必要なくなった、というエピソードを聞いたことがある。このエピソードを私に話してくれた方は「だからカウンセラーなんていらないんだ」というニュアンスで話しはったと思うのだけど、私は「すごいカウンセリングの成功例」と感じたのだけどね。

 特別支援教育とか、支援とかも、なかなかむつかしいことではあってもそこを目指すべきなんじゃないか、という気はよくする。囲い込むことは必要ない。

 著者はその後、アメリカの組織に所属してモザンビークのMFIを立て直したり、オランダのMFIに投資するファンドに勤務しナイジェリアなどで現地組織立て直しをやったり、その他様々な国のMFIにかかわります。

 モザンビークの組織は「高潔なキリスト教精神」に基づいているはずなのに中はぐちゃぐちゃ。(ただし、著者は後年、「キリスト教精神」に基づいたきっちりしたMFIもあったことも書いています)

 またファンドは「投資したお金が利子をつけて戻ってくる」ことだけに関心があり(しかし・・・そりゃそうか・・・??)現地のMFIが違法なこと、悪辣なことをやっていようが関心はない・・・

 で、著者が言ってる問題点は(一部kingstone改変)

1.「シナカンタン村の女性たち」みたいな例を見つけるのは驚くほどむつかしい。男性はローンの申し込みによく妻を送り込む。
2.実際は生産のためにローンが使われることはほとんどなく消費か別のローン返済に使われる。
3.ローンの利率が驚くほど高い。(強制貯金なども含む)年30%未満というのはほとんどなく、100%以上が一般的。メキシコの有名MFIは195%。
(ちなみに日本だと、各社のホームページの主張を信じるなら、アコムは4.7%〜18%。プロミスが例に出してるのは17.8%)
4.この利子を払えるほどの大きな利益を上げることのできる零細事業はほとんど無い。
5.商売を始めても、「買う人のいない八百屋さんがいっぱい店を出している」というような状態や、「酷暑地帯で唯一のスキーウェアショップ(当然売れない)」とか・・・(ほんとうはMFIの人が相談にのる、とかいうのが理念としてはあったはずだが・・・)
6.そのあたりの成功事例・失敗事例含めた統計は無いに等しく、またデータがあれば貧困削減がうまくいったかどうかは「わずかにある」と「ない」のあいだをさまよっている。
7.児童労働の問題も周辺にある。(って、そりゃたぶん売買春も・・・)
8.先進諸国の人々は規制で保護されているが、MFIの顧客はほとんどの場合、保護されない。
9.借りてがグループを組む場合、返済できない時、友達も失う。



 19世紀初めに、インドネシアが植民地だったころ、オランダ人が金融サービスのシステムを作った。これがMFIの仕組みに似ている。(ってたいていの銀行ってそうじゃないのかな?)
 ラヤット・インドネシア銀行が設立されたのは1895年。少し戻って1864年、ウィルヘルム・ライフアイゼンが
、農民に良心的な金利で貸すために、信用組合を作った。
 ケベックでは1900年にアルフォンスとドメリネのデジャルダン夫妻が、やはり高い金利に対抗するために、信用組合を設立し、北米の先駆となった。

 1970年代にマイクロファイナンスの活用が良好な成績を上げ、貧困撲滅のツールになるのではないかと思われた。

 2005年、国連が「マイクロクレジットの年」と宣言。
 2006年、モハメド・ユヌスがノーベル平和賞受賞。

 ものすごく世界中にMFIが喧伝されるようになる。

 2011年、モハメド・ユヌス、グラミン銀行を解任。
 インドではMFIの顧客が数十人単位で自殺。

P275の図1「マイクロファイナンスで起こりうる利害の対立」(どこまでアスキー化できるかな・・・)


資本提供者       →「お金」→  仲介機関  →「お金」→  貧困者
(政府                 ファンド
 年金受給者              P2P
 個人投資家
 預金者        ←「最小限のデータ」←「選択されたデータ」←「十分なデータ(??)」
 キーヴァのユーザー  ←「ゼロかささやかな利子」←「中程度の利子 ←「高い利子」
 など)                       株式」

 
 で、上図(って図じゃないけど・・・)の「最小限のデータ」のところで「我々は『この地方で』『貧しい』『女性』に『マイクロ』な資金を提供し、発展に寄与しています。実例としてはかくかくしかじかであり・・・」とかきれいごとで「感動」を呼び、資金をさらに集めると・・・

 実は、この構図は「障害支援」の業界でもあるよな・・・

 で、またヒューは注意深くはやっていたのだけど、本当のことを(しかしポジティブな例)をメールに書き、それが送るつもりの無かった人に「善意で転送」され、でオランダのファンドを解雇されます。(ヒューは裁判を受けて立ち、(いや訴えたのか)オランダの裁判所で勝訴します。これがのちのち大きな証拠となる)

 いやはや・・・本当のことを書いたら解雇される・・・


 なお、ナイジェリアは「ナイジェリアからのメール」(宝くじに当選しました!とかの文言でつってお金を払い込まそうという詐欺メール)で有名です。これナイジェリアの刑法419条に違反してるから「419詐欺」と名付けられているのですが、ヒューの宿泊していたホテルの近所に「419インターネットカフェ」というのがあった。どうやら多くの詐欺メールがここから発信されているらしい。で、どうどうとその「419」という名前を使っているというのが・・・・すごいね・・・

 で、ナイジェリアでもモザンビークでも、著者は慎重には行動してるけど、「命の危険」「セキュリティーの危機」には何度も遭遇しています。やっぱり貧困も含めていろいろはんぱじゃない世界やな。で、ひるがえって日本ってとりあえず現状はめちゃくちゃ安全な場所やなあ、というのも痛感。

 それから枋迫篤昌(とちさこあつまさ)さんのやってるマイクロクレジットはCEOが現場を歩くという意味でも、借り主の信用調査ができている(基本的に毎月の送金をどれだけきちんとしているか、という情報がまずある)という点でも、もちろんIT化されている(からこそ送金情報が掴める)という点でも、すごいMFIなんじゃないか、と思った。

posted by kingstone at 12:17| Comment(0) | TrackBack(0) | お金・暮らし | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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