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2013年05月19日

5月19日(日曜日) 冬山とはハートで登るもんなんや

 おはようございます。

 曇りです。



ーー「サバイバル登山家」 服部文祥著 よりーー

 「冬山における工夫」をインタビューのテーマとして、大阪にある和田の自宅に押しかけた。和田は開ロー番こう言った。
「冬山の工夫なんかないで」
 あんたは何年冬の黒部・剱を登っているんだ、と僕は思ったが、ちょっと怖かったので、言葉を換えて穏便に聞いた。答えはまた一刀両断だった。
「冬山とは手先の.工夫で登るものではなく、ハートで登るものなんや」


                 「黒部とは」
                 黒部横断
                 1996年末〜1997年始

 著者が山の雑誌(ってことは「岳人」だよな)の「冬山入門」特集号の記事のため、和田城志にインタビューした時。

 なるほどね。だいたい年末年始に日本の冬山に登るというのは本当に自殺行為で、それをあえてやろうとするんだから「ハートで登るもんなんや」となるわなあ。強烈なモチベーションがなかったら登れない。腰や胸まであるラッセルを繰り返し前進するとか、どれだけしんどいか・・・
 しかもこの人たち、冬の黒部十字峡を泳いで渡るという・・・夏でも心臓ちぢみあがるくらい冷たいんだよ・・・

 まあ「工夫」というのはとりたてて「冬山独自の工夫」があるわけでなく、ず〜〜っと、年間通して、そしてその時々の工夫はやまほどしておられるのだろうけど、それに語るべき重要性があるとは思えない、それよりはーとだろ、ってことなんだと思います。ほんと工夫は山ほどやってはるんちゃうかな。

 しかしこれ、いろんな人がこの言葉を使ってるよな、きっと。

「○○とはハートで△△するもんや」



 今日は第3回目のホームページ作り研修。

 おめめどうは網走市での講演ですね。

posted by kingstone at 07:32| Comment(3) | TrackBack(0) | よしなしごと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
 「自閉症児の指導における工夫」をインタビューしたら「自閉症児指導の工夫なんかないで」と応えられ、とどめに「紙幣症児の指導とは手先の.工夫で行うものではなく、ハートで行うものなんや」と言われても困りますわな。さらにとどめに「ハートさえあれば暴力威嚇だってアリや」とかか言われたら(笑)。
Posted by もずらいと at 2013年05月19日 10:21
当然ながら「紙幣症児」は「自閉症児」の誤変換です。
Posted by もずらいと at 2013年05月19日 10:22
もずらいとさん、どうもです。


>「自閉症児指導の工夫なんかないで」と応えられ、
>とどめに「自閉症児の指導とは手先の.工夫で行う
>ものではなく、ハートで行うものなんや」と言われ
>ても困りますわな。

爆笑。

でも実際にそういうこと言う人たくさんいたよねえ・・・

なお、このエントリを見て頂いてもわかるように、服部さんも困りはって、でも一緒に冬の黒部に行き、で真冬の十字峡(たぶんご想像がつかないと思いますが・・・簡単に命を落とせるようなところ)で水の流れを見て「これは渡れない」と判断してるのに、後からその場に来た和田さんは「これはいけるやないか」とずんずん川に入って渡ってしまったそうです。

で、実際に一緒に行ったので、服部さんは和田さんの工夫をいっぱい具体的に見つけたことだろうと思います。

私が「威嚇と暴力」を使う人からでさえ「ああ、なるほど。ここではこうしてるから自閉症のお子さんに伝わりやすいんや」と理解することができたように。(もちろん、その人たちは自分のやっていることがなぜうまくいったかについて、根本的に間違った解釈をしていたわけですが。だから「威嚇と暴力」になってしまっていた)

でも結局のところ、私自身も「ハートだぜい」とか「愛だぜい」とか言う言い方も好きだったりはするんだけどね(^o^)丿
Posted by kingstone at 2013年05月19日 16:40
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