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2013年03月17日

今に生きる親鸞  吉本隆明著



 2001年9月20日発行

 吉本隆明さんって、若い人には吉本ばななさんのお父さんと言ったほうが伝わるのだろうか?

 この本は4つの記事(講演を文字化したものかな?)をまとめたもの。

 法然上人は比叡山を下りて、1175年から現在の金戒光明寺のあたりに草庵を結んで浄土宗の布教を始めます。

 一方、浄土宗が盛んになってくると、比叡山は妨害を始めました。比叡山の一番位の高い僧侶、大僧正というのか、今で言う管長は良慶という学問のある坊さんでしたが、この人が、法然の悪口を言うわけです。いい加減なことを流布している、と弾劾状を出すなど、いろいろな妨害をしました。比叡山としては、念仏だけ称えればいいという簡単な教義のおかげで、浄土教が貴族階級や武家階級だけでなく、庶民にまで広まっていったことに危機感を覚え、何とかして抑えようと、批判を加え、邪魔をしたのです。
 しかし、浄土宗が広まってくると、中にはとんでもないことを言う信者も出てきます。念仏だけ称えれば、あとはどんな経文も宗派も問題にならないというふうに主張する。そんな信者も出てきました。そうなるとなおさら、あれはでたらめな宗派だということで、方々から批判を被ることになりました。
 浄土宗を批判するそうした弾劾状の中で、現在読めるほど広まっているのは、比叡山系統のものです。中でも、興福寺の学僧貞慶が書いたといわれる『興福寺奏状』が有名です。当時の律令の僧侶令によれば、朝廷の許可なくして新しい宗派を開いてはいけないことになっていました。ところが、法然は、朝廷の許可を受けずに、自分の考えている教義に従って、勝手に浄土宗を広めていったのですから、興福寺が殺気だって邪魔をするのも当然です。


 うわっ、ありがちなこっちゃなあ・・・

 あと栂尾の高山寺の学僧、明恵も「摧邪輪」を書いて批判します。その学僧たちと法然上人とどこが違っていたのか、という点について著者は

 法然と叡山や栂尾の明恵のような名僧・学僧たちと何が違っていたのでしょうか。わたしがいちばん重要な違いと考えるのは、法然には生々しい現実社会の動きや変化の方向がよく洞察できていたのに比べ、叡山やその他の学僧たちは、自分たちをそんなこととかかわりない僧侶としての修行を志し、それを遂げればいいと考えていたにすぎない点だと思います。
 時代の社会がはげしく動くときは、一見何の関係もない宗教や学問の修行が、生々しい現実の社会の変化と、皮膜を接触するほど接近して感じられることがあります。宗教や学問にしても、重要性を洞察し実感できることが大切な時期があるのです。
 法然は時代が貴族や武家だけでなく、一般の庶民の無意識をつき動かすようになってきたことを洞察できていたのだと思います。


 うむ〜〜、洞察とかいうのとはちょっと違うかもしれない・・・でも目の前の人たちを見て、つき動かされる思いがあったんやろなあ。

 で、親鸞上人の場合は、やはり叡山で疑問を感じて六角堂に百日間参籠し、聖徳太子の夢告を受けるわけですが・・・私の昔からの疑問。この時、親鸞上人は夢精したのだろうか??

 その後、法然上人のもとで百日間学び、しかし安楽房・住蓮房の事件が起こって越後に配流になり恵心尼と結婚するわけです。で

 親鸞が行きついたのは、「おれは坊さんをやめた」というのとおなじで、非僧非俗と自称しました。ほとんど首の皮一枚で僧侶ということにつながっています。要するに破戒坊主で僧侶の世界の常識では一番堕落したということになります。
 親鸞は妻帯し、子どもをもうけ、また魚や獣の肉を食べて、僧侶であることを戒律として停止しました。これは「非僧」とか「禿人」とかいう生き方です。また生活の面からいえば、俗人とまったく同じ生き方といえます。けれど俗人そのものにはなり得ないのです。親鸞自身は「愛欲の海」に溺れたり、「名利に人師を好んでいる」からだと謙虚に言っています。
 親鸞は同時に、愛欲や名利への欲望か重大な罪業であることを深刻にうけとめ、人間の規模の倫理では、それを免れることも、離脱することもできないことをよく知っており、自分を罪人とする自覚と内省力をもっていました。これが罪障感としてあるかぎり、俗人にはなれないと思ったのです。これが「非俗」の意味です。
 親鸞の『非僧非俗」は、じぶんは僧侶にもなれないし、俗人にもなれない存在だという懺悔を語っているのかも知れません。だが価値観としては、じぷんは僧侶以上だが俗人以下だと言っているのかも知れないのです。そしてこの懺悔があるかぎり、親鸞は僧侶以上で俗人以上だと受けとることができるように思います。


 私が自閉症の方へのあれこれに関わろうとする時、「名利への欲望」は大きい。そこんとこは自覚的でありたいと思っています。

 「名」私はパソコン通信の時代から、kingstoneという名前に誇りを持っていたし、「名を惜しむ」という気持ちもあった。だから変な実践は書けない、という思いがあり、より良い実践を求めた、というのがあるよな。

 それから「利」については、なんせついこないだまで無職だったんだから、お金が欲しいです。やっぱり「儲けたい」って気持ちは大きいよ。

 で、それをつゆとも「罪業」とは思ってないけどね。しかし自覚的でなくなればなんか「ええことしてる」と勘違いしちゃうんじゃないか、と思う。

 で、私は周囲(行ける範囲。ついこないだまでは「歩いて行ける範囲」と思っていたけど、最近はほんの少し範囲が広がっている)に、自閉症や発達障害の関連で困っている人がいたら何かお手伝いができたら、と思っているし「飛んで行く」という気分でいるけど(でもお金は頂くよ)

 しかし吉本さんは、唯円が歎異抄の中で親鸞の言葉として「目の前の飢餓の人のために動こうとするのは、やってもいいけど、一番いいことではない。ひとたび往生を遂げてから還ってくればすべての人を助けおおせる」という意味のことを言ってると書いてるけど、今「歎異抄」を読んで見たけど、どこかわからない??
 本当に「歎異抄」の中にあるのかな??別の書物じゃないか??

 まあそれもそうだと思う。何カ所かで吉本さん、ここに言及してるけど、どうやらそれは「こういう善行をすれば往生に近づく」とかいうことを考えるのは間違ってるよ、というころらしい。それは往生と何の関係もない、と。それならよくわかる。

 で、私は往生はしていないのだから、目の前のことをやっていくしかないんだよ、と思ってるわけ。「すべての人を」なんて大それたことは無理だと思ってるし。で、すごく修行の必要なものではなく、簡単にできることを広めていきたいのね。つまり易行。そして

歎異抄第八条(こちらから引用)

第八条
 一 念仏は行者のために、非行・非善なり。わがはからひにて行 ずるにあらざれば非行といふ。わがはからひにてつくる善にもあら ざれば非善といふ。ひとへに他力にして自力をはなれたるゆゑに、 行者のためには非行・非善なりと云々。


 わがはからいじゃない、そこに行きたいよなあ。

 あと「一念義」とか「造悪論」って言葉を覚えた。
 「造悪論」ってのは「善人なおもて往生する、いわんや悪人をや」という「悪人正機」説を拡張(?)し、「じゃあわざと悪いことやったらええやん」とか考える論。これは歎異抄の中でも第十三条に

「薬あればとて、毒をこのむべからず」

ってありますね。そりゃしかたなくやっちゃう時はあるだろうけど、わざとやっちゃいかんよな。
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posted by kingstone at 21:59| Comment(0) | TrackBack(0) | 宗教 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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