私の関わりのある法人
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※このブログに書いていることは、私の関わりある法人の意見ではなく、
 あくまでも、私個人の意見です。

2013年01月27日

1月27日(日曜日)  洗鉢盂去

 おはようございます。

 いい天気です。
 昨日はめっちゃ風が強くて寒かったけど、今日はどうだろうか・・・


ー秋月龍a著  一日一禅より  kingstoneちょい変えー

 ある僧が趙州和尚に尋ねた。

僧 「私は新入りの僧です。どうか老師ご垂示を」
趙州「朝の粥は頂いたか」
僧 「はい、いただきました」
趙州「洗鉢盂去(鉢盂(はつう)を洗い去れ)」
 僧ははっと気づいた。

 秋月さんは、これに2つの解釈があると言う。1つは「朝飯を食べる、食器を洗う、という卑近な生活の中に仏法がある」というのと、もう1つは「『粥を食べる』というのは『悟りは開けたか』ということで・・・」というもの。

 私は前者をとるな。
 典座教訓とかもあるし。

 阪神淡路大震災の時に河合隼雄さんが「こんな時こそ日常の普通の暮らしが大事」と書いてはったのを思い出します。
posted by kingstone at 09:23| Comment(2) | TrackBack(0) | よしなしごと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
 「去」には「汚れをとる」とか「新たな何かに向かっていくために、ここは移動する」というニュアンスがあります。ですので「鉢盂を洗って、それでお前が何かを悟ったのなら、新たなステージへ進め」ということかと思います。
Posted by もずらいと at 2013年01月27日 17:34
もずらいとさん、どうもです。

>「去」には「汚れをとる」とか「新たな何かに向かっていくために、ここは移動する」というニュアンスがあります

なるほど。
私なんか、どうしても「去る」に少しマイナスイメージを持ちがちですが、

>新たなステージへ進め

みたいな、前向きというかプラスイメージがあるのですね。
私の大好きな「喫茶去」なんかもそっちなんだな。
Posted by Kingstone at 2013年01月27日 21:48
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