私の関わりのある法人
ksbutton.png omemebuttan.png sowerbuttan.png
※このブログに書いていることは、私の関わりある法人の意見ではなく、
 あくまでも、私個人の意見です。

2013年01月22日

1月22日(火曜日)  光明寂照遍河沙

 おはようございます。

 音たてて雨です。


ー秋月龍a著  一日一禅より  kingstoneちょい変えー

 ある僧が雲門和尚に問うた。

僧 「光明寂照遍河沙(仏陀の光明が寂(しず)かに遍(あまね)き河沙(むすう)の国土を照らす)」
 まだ一句を言い終わらないうちに
雲門「それは張拙秀才の語ではないか」
僧 「はいそのとおりです」
雲門「いいそこなった」

 これは昨日の風穴和尚の「長憶江南三月裏 鷓鴣啼処百花香」という言葉が杜甫の詩の一節であったことと対応させて秋月さんは書いてる。

 なるほど、なんだけど、「それは張拙秀才の語ではないか」と尋ねられた時に「最後まで聞かずに、何言うてんねん!!」と一喝する、なんてのもあるわなあ。


 ははあ、河沙で、河のすな、むすうの、となるんや。

 今日はおめめどう姫路「暮らしの相談室」私もすぐに飛び出さなきゃ。
posted by kingstone at 07:44| Comment(2) | TrackBack(0) | よしなしごと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
>ははあ、河沙で、河のすな、むすうの、となるんや。

 チャイナでは「河」といったら「黄河」のことです。
Posted by もずらいと at 2013年01月22日 20:22
もずらいとさん、どうもです。

>チャイナでは「河」といったら「黄河」のことです

黄河の砂なら、そりゃ数え切れないくらいありそうですね。
Posted by kingstone at 2013年01月22日 22:47
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:


この記事へのトラックバック