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2012年12月23日

映画「フェイシング・アリ」 モハメド・アリと闘った男たちへのインタビュー

 今日は、元町映画館で「フェイシング・アリ」を見て来ました。



 モハメド・アリの過去の映像と、アリと闘った10人の男たちへのインタビューで構成されています。
 男たちは

ジョージ・フォアマン
ジョー・フレージャー
ラリー・ホームズ
レオン・スピンクス
ジョージ・シュバロ(カナダ・白人・息子と妻をヘロインで失う)
ケン・ノートン
ヘンリー・クーパー(英・白人・サーの称号を持つ)
ロン・ライル
アーニー・シェーバーズ
アーニー・テレル

 アントニオ猪木はインタビューされてないのね・・・(^_^;)

 みんなめちゃいい顔してる。
 また雰囲気がある。

 ケン・ノートンは引退後、自動車を運転してフリーウェイに上がろうとしてランプで12m下に転落した。その時のことをこちらのブログでは「アリが見舞って、身動きできないノートンに手品を見せて笑わせた」というふうに書いてはる。(エントリそのものはジョー・フレージャーの葬儀(この映画ができてほどなく亡くなった)に関するもの。

Sit down cahmp, it’s over. Nobody will ever forget Smokin' Joe. −さよならスモーキン・ジョー−

 しかし、映画の中でノートンは、事故後、ずっと意識が無い状態だったのが、アリが見舞いに来てくれた時に反応を示したんだ、というようなことを語ってました。友達(?そんな言葉以上のものか・・・もちろん現役時代はいっぱい憎まれ口をきいていただろうけど)思いなんやなあ。上のエントリのフレージャーのお葬式にも動きにくい体で出席してるし。

 ジョージ・シュバロはヘロインで息子2人をなくしています。そして妻は、息子が死んだあと、息子の持っていたヘロインを大量に摂取して自殺しています。やっぱり薬は怖いなあ・・・

 レオン・スピンクスは、バハマでコカインを持っていたということで捕まってますが、本人は「誰かにはめられた」と言ってます。で、その後も試合とかしてるし、薬中になってたわけじゃないんじゃないかな。今はホームレス支援組織で働いてるみたい。確かにハイな人だけど、「ヤバイ」感じはなかったけどな。

 アリとアメリカの歴史の年譜を上げておくと

1942 誕生カシアス・クレイ
1960(18歳)ローマオリンピックで金メダル
1962(20歳)ネーション・オブ・イスラムの集会に参加。マルコムXと出会う。
1963(21歳)世界ヘビー級王者ソニー・リストンへの挑戦が決定。ケネディ大統領暗殺。
1964(22歳)名前をモハメド・アリに。マルコムXとエライジャ・ムハマドが袂を分かつ
1965(23歳)マルコムX暗殺(内ゲバみたいなもんらしい)
1967(25歳)徴兵拒否
      「なぜ黒人と呼ばれる俺が16000キロも離れた土地に行って、
       罪のない有色人種の頭上に爆弾を落とす必要がある?」
1968(26歳)キング牧師暗殺
1974(31歳)ザイール(コンゴ)のキンシャサでジョージ・フォアマンに8RKO勝ち。
1975(33歳)マニラでジョー・フレージャーに14RTKO勝ち。ベトナム戦争終結
1976(34歳)東京でアントニオ猪木と異種格闘技戦
1981(39歳)最後の試合
1984(42歳)マスコミ向けに医師の診断結果を公式発表
      「パーキンソン症候群でもパンチ・ドランカーでもない」
      (しかし両方じゃないか・・・)
1990(48歳)イラクで人質のアメリカ人の釈放をサダム・フセインに直談判し、14人を連れて帰国
1996(54歳)アトランタオリンピックの聖火ランナーとして登場
2011(69歳)ジョー・フレージャーの葬儀に出席

 なお、ジョージ・フォアマンのインタビューには神の声が聞こえて回心した時のことも出てきます。

posted by kingstone at 21:58| Comment(0) | TrackBack(0) | 本・記事・番組など | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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