私の関わりのある法人
ksbutton.png omemebuttan.png sowerbuttan.png
※このブログに書いていることは、私の関わりある法人の意見ではなく、
 あくまでも、私個人の意見です。

2012年11月03日

11月3日(土曜日・文化の日)  忽遇三種病人来 作麽生接

 おはようございます。

 いい天気です。めっちゃ寒い。長袖シャツを着ました。


ー秋月龍a著  一日一禅より  kingstoneちょい変えー

 玄沙和尚は弟子たちに言った。
玄沙「諸方の師家方は、みなさん衆生を済度するとおっしゃるが、もしたまたま次のような三種の病人が来たら、どう済度したものか。盲目には木槌を取り上げ払子を立てて見せても見えぬ。聾には語言三昧も聞こえぬ。唖にはしゃべらせようとしてもしゃべれない。まあ、これをどう済度するか。もしこれらの人々を済度できぬというなら、仏法にはなんの霊験もないということになろう」
 僧が雲門に聞いた。
雲門「礼拝せよ」
僧 「(礼拝して立った)」
雲門「(拄杖でついた)」
僧 「(退いた)」
雲門「君は盲目ではないな」
雲門「近くへ来い」
僧 「(近づいた)」
雲門「君は聾ではないな」
雲門「わかったか」
僧 「わかりません」
雲門「君は唖ではないな」
僧 「(はっと気づいた)」


 これ「障害者サポート」やってる人だったらめちゃ簡単な話やんね?「できないところがある」なら「できるところでやりとりする」でおしまい。

 それと後の雲門と僧とのやりとりは「今、ここ、のお前はどうなんだ?そんな仮定の話をしてもしかたないだろ」というやりとりにも見える。そう、「今、ここ」目の前のことをやっていきゃあいい。もし、そんなことを考えないといけないような事態になったら、その時、考えればいい、という話のようにも思える。

posted by kingstone at 08:54| Comment(0) | TrackBack(0) | よしなしごと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:


この記事へのトラックバック