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2012年08月13日

葬式は、要らない 島田裕巳著



 2010年1月30日発行

 めちゃめちゃ面白い。論は別としてトリビアがへえ!の連発。

財団法人日本消費者協会が2007(平成19)年に行った「第8回葬儀についてのアンケート調査」によると

全国平均 231万 
        内訳 葬儀一式(葬儀社に)  1423000円
           飲食接待費用(料理屋など)401000円
           お布施心づけ(寺などへ) 549000円

全国最低 四国 1495000円
全国最高 東北 2825000円

世界の葬儀費用(1990 年代前半)
     アメリカ 440000円
     イギリス 123000円
     ドイツ  198000円
     韓国   373000円

 わお、どこの国もケタが違う・・・

 日本で最初に葬式無用論を唱えたのが中江兆民で、しかし彼が告別式のできるきっかけになった。

 日本で最初に葬式無用論を唱えたのは、自由民権運動家の中江兆民だった。兆民が最初にそれを提唱したのは、1887(明治20)年だが、彼は1901年に咽頭癌の宣告を受けてから、『一年有半』といった著作のなかで、霊魂の不滅や神の存在を観念的なものとして退け、唯物思想を展開した。
 兆民は、癌宣告を受けた年に亡くなるが、遺言は「おれには葬式など不必要だ。死んだらすぐに火葬場に送って荼毘にしろ」というものだった。実際、葬式は行われず、遺体は当時としては珍しく解剖され、墓碑も建てられなかった。
 ただ、残された者たちは、彼の死を悼んだ。自由民権の運動に参画し、生前の兆民と親交のあった板垣退助や大石正巳たちが青山会葬場で、宗教的なものをいっさい排除した「告別式」を開いた。これが、今日一般化している告別式のはじまりだとされている。


 20年ほど前まで散骨は法的に認められていないと考えられてきた。1987年(昭和62年)に石原裕次郎が亡くなった時、石原慎太郎は太平洋に散骨したい旨を語ったが、法律に反するという周囲の反対で実現できなかった。しかし1991年(平成3年)10月「葬送の自由を進める会」が散骨を行った。ただ撒くだけでなく、黙祷なども行った。それに対し法務省は「遺骨の損壊、遺棄を禁じる刑法190条の規定は、社会的習俗としての宗教的感情を保護する目的だから、祭祀で節度をもって行われる限り問題はない」という見解を発表した。また厚生省も、墓埋法との関係で「散骨のような葬送の方法については規定しておらず法の対象外で、禁じているわけではない」という立場を表明した。
 最近では幅広く実践されるようになってきたが、規制すべき、という声もあり、業者の散骨を規制する条例を制定した自治体もある。

葬式の形態

直葬(じきそう・ちょくそう)亡くなった後、いったん自宅などに遺体を安置し、近親者だけで通夜を行うものの、その後遺体を直接火葬場に運び、近親者だけで見送って終わりにする。現在東京では20%がこの形。

ワンデーセレモニー 通夜を葬儀・告別式と一緒にしてしまい、火葬は翌日の昼間に近親者だけで行う。

友人葬(創価学会)お坊さんに来てもらわないでできる葬儀。

樹木葬 墓石を置く代わりに木を植える

宇宙葬 ロケットで飛ばす。100万円ほどでできる。(でもこれスペースデブリを作ることになるんじゃないか??)

手元供養(自宅供養)遺骨を埋葬せず手近なところに置いて供養する。遺骨をプレートやペンダントにすることもある。

神祭葬(神式)仏教の影響を受けてうまれた

「墓地を買う」という言い方をされるが「墓地は買えない」(買えると、そこに倉庫ロッカーを建てたりすることもでき、墓地としてふさわしくなくなるから)

仏教と葬儀の関係

装飾古墳の時代になると、仏教の公式な伝来と時期は重なる。しかし日本の社会には本格的な形で仏教は取り入れられてはいない。

高松塚古墳の時代には、すでに仏教は広がりを見せている。しかし高松塚に仏教の影響は見られない。キトラ古墳も。

当時の仏教が葬儀とは無縁であったため。高度な学問の体系として受容された。

密教の流入の中で浄土教信仰の下地が作られた。天台宗第3代座主円仁。(10年間唐で過ごした)

浄土教信仰確立に決定的な役割を果たしたのが、恵心僧都源信。「往生要集」で極楽浄土へ往生するための方法を示した。いかに死んだらいいかを「臨終行儀」という項目で書き、それを実行するために「二十五三昧会(にじゅうござんまいえ)」という結社を作った。

釈迦自身は、死後のことは、死んでみなければ知ることはできないとし、生前に死後について考え語ることはできないし無駄だと説いた。

法然→親鸞は念仏行による往生を説いたが、葬式を開拓したわけではない。

仏教式の葬式が開拓されたのは曹洞宗において。曹洞宗の第4祖となった瑩山紹瑾が、宗派の経済的基盤を確立する必要もあって、密教的な加持祈祷や祭礼を取り入れた。

日蓮は念仏宗も否定し、密教も否定していたが、日蓮が亡くなった後、密教を取り入れ加持祈祷を行うようになる。日蓮宗の密教は「蓮密」と呼ばれる(「探偵ナイトスクープ」で上岡龍太郎局長がキレて退場してしまった事件のきっかけは霊が出るという場所を日蓮宗の人が祈祷したけど、「ほんまに出なくなったのか証明しないとダメでしょ!」と言ってキレたんだよね)

禅宗はもともと中国で確立され、儒教の影響も受けている。そこで祖先崇拝が重視される。1103年に宋で編集された「禅苑清規」に葬式の方法が出てきて、そこに修行中の僧侶の葬式方法もある。修行中だと在家に近い。そこでそのやり方が在家にも応用され戒名を授けるという方法が確立される。

江戸時代、寺請制度が導入された。これにより仏教式葬式が庶民に浸透する。


posted by kingstone at 22:28| Comment(0) | TrackBack(0) | 宗教 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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